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3色:蒼天の露草色
4.夏の海の色
しおりを挟むじっと見つめる透明な溶液の中に、涼しげな青の線が現れる。ゆらりと立ち上る煙のように、柔らかな曲線を描きながら溶け込んでいく様子を眺めながら、小さく安堵の息を吐いた。
「うまくいったみたいだな」
穏やかな声がして、顔を上げると恭介が嬉しそうに表情を崩してこちらを見ていた。つられておれも笑い返す。
「うん。恭介のアドバイスのおかげだよ。溶液の濃度と分離器にかける時間を調整したら、かなり鮮やかに出せるようになった」
ここ最近ではかなりうまくいった実験の成果に、おれの頬は緩んだ。やはり、一度基本に返って見直してみてよかったのだと思う。
この間、蘇芳が女の子に絵を教えていたあの藤棚の近くに咲いていた露草の花。青色の植物の色素は染料としても活用しやすく、日本でも古くから親しまれてきた。原点に返りつつ、この青色に合わせて細かな部分を丁寧に見直してみたら、他の数種類の植物でも満足のいく結果が出せるようになったのだ。
「アドバイスっていうほどのもんじゃないけどな。むしろ彩が自分で考えるって聞かないから、一般的な指針しか出してやれなかった」
恭介はおれの手元の、青色が溶け込んだ美しい色合いの溶液を眺めながら肩をすくめる。それでも、恭介のアドバイスはいつだって有益だ。なにより、こうして一緒に成功を喜んでくれることが嬉しい。
「充分だよ。なぁ、この色、夏の海の色みたいだな」
露草の色が溶け込んだ溶液は光の加減でとても明るく、鮮やかなブルーに見える。実際はもうかなり長いこと青空を見ていない、鉛色の景色の中に咲いていたというのに、その花の色は太陽の下できらきらと光る夏の海そのもののようだった。
海の水に色はない。あの青は、光の屈折がそう見せるだけのものだ。それでも、真夏の海辺に立てば、海の青さを掬えるような気がしてくる。頭上の青空の色に手をかざせば、掌を染められそうな気がしてくる。科学者のはしくれとしては馬鹿げた思考なのだろうけど、そういう感覚を味わわせてくれる色の力を、おれはやっぱり大切に思う。
「そうだなぁ。快晴の空の色にも似てる。早く梅雨が明けて、こんな色の空が見たいよな」
恭介はおれの幼稚とも言える発想に呆れることもなく、楽しそうに笑いながらそう言った。
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