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2色:困惑の躑躅色
8.揺れない漆黒
しおりを挟む「…………蘇芳」
「何、へたってんですか。腹でも減りました?」
呆れたようにそう言って、蘇芳は微かに目尻を下げた。どこか薄暗くぼんやりとした視界に、蘇芳の纏う黒はいっそ鮮やかに映り込む。その鋭い存在感が、微かに頭の芯を冷やした。
「……蘇芳は、見たんだよな。おれの、『力』」
蘇芳が「安っぽい」という、頼りない金色の髪を透かしてその表情を見返す。蘇芳はおれの唐突な質問に目を瞬いたが、それからじっとおれを眺めて、平然と頷いた。
「見ました。彩さんが、とかげモドキの謎の生命体を描いて、そいつが実体化して、黒いモヤモヤを叩き潰すところを」
「……おまえらしくない、よくわからん表現だな」
「よくわからん現象を、理路整然と述べろという方が無理でしょう。まぁ……さすがに俄かには信じがたかったですけど、自分があんな馬鹿げた白昼夢を見るような人間だとも思いたくなかったですし、一応確認させてもらったんです」
「……で、信じたのか?」
「信じたというか……とりあえず、信じざるを得ないというか。世の中広いですから、アホみたいに奇妙なことだって起こり得るでしょう。そう思っておきます」
「…………」
大して表情も変えずに、蘇芳はさらりと言ってのける。心なしか、「アホ」とか「奇妙」とかの響きにアクセントが置かれていたような気がするのも、どうでもいい話でおれに絡んでくるときの感じと同じだ。こんなところで異様な現実を突きつけられているというのに、視界に映る、黒い靴の足元は決して揺らがない。どんな色でも染め変える黒を纏い、どんな場所でも、こいつの描く線は確信的で、美しく、そして強い。
「…………蘇芳なら、何を描くんだろうな」
「は?」
訝し気に聞き返した蘇芳の目を見返す。力の抜けた掌から滑り落ちたレジ袋が地面に落ち、色鮮やかな花が足元に散らばった。
「……彩さんは、今、何かを描こうとしたんですか?」
「……した……けど、どうせ描けない」
「……どんなものを描こうとしたんですか」
「…………躑躅の、植え込みに潜んだ妖怪を、人目につかずに退治できるようなモノ」
「………………はぁ。出来の悪い絵本の中にでも迷い込んだような気分です」
「…………」
心底疲れたようなため息まじりの言葉に、おれは顔を上げることもできずに小さく唇を噛んだ。蘇芳の言うとおり、今のおれは出来の悪い絵本の中のキャラクターそのもの。揺らがない輪郭を持った目の前の男とは、そもそも立っている地面が違う。
「おれの人格が崩壊したら、ちゃんと責任取ってくださいよ」
「……え?」
少し調子が変わった、呆れたような、でも少し笑い出しそうな蘇芳の声。おそるおそる伏せていた目を開けると、不敵に口角を上げた蘇芳の表情が間近にあった。
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