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2色:困惑の躑躅色
3.描かれる答え(2)
しおりを挟むその異変に気づいたのは、その衝撃的なスタートから僅かに数分後、数回目のおれのターンに差し掛かったあたりだった。おれは相変わらず、覚束ない曲線をぐっと結ぶ。隣にある蘇芳の絵と、同じ空間に存在させることがもはや痛ましい。せめてものお詫びに大きな木の実を描き加えてやった。
「『つぶれたコッペパン』ですか」
「『リス』だ……」
相変わらず躍動する手元の動きとは裏腹に、いつもどおりすぎる表情の蘇芳がおれの絵を見て感心したように呟く。おれは疲れた声で返しながら、ルーズリーフを蘇芳の方に押しやった。コッペパン描いたら、しりとりは終わるだろうが。
蘇芳は「あぁ」と気のなさそうな相槌を打つと、一瞬だけ考えるように宙に目を走らせ、すぐに鉛筆を動かし出した。さっきの滑らかな布地の質感とは少し違う、細かな砂の上に置かれた、縞模様の果実。一部が砕けて、中から鮮やかな果肉と甘い香り、豊かな水気が溢れ出すようだ。ものの数十秒でそんな夏の1ページを描き終えた蘇芳は、長い指でルーズリーフの向きを変える。
「スイカ割り」
「スイカ」じゃなくて? そろそろ、さすがのおれでも気づいてきた違和感。しかし、結局はもう遅い。こんな「遊び」を始める前に、おれは気づくべきだったのだ。……この男の、「食えなさ」に。
「……りくがめ」
苦し紛れに描いた、楕円からちょこんと出た顔と手足。リクガメとウミガメの違いどころか、カメとたわしの違いすら明示されていないおれの絵を、蘇芳はちらりと一瞥する。微かに口角を上げたが、それ以上は何も言わずにすぐに自分の鉛筆を握った。
「目薬」
「……理科」
「缶切り」
1枚のルーズリーフが、子どものラクガキと一流画家のデッサンで交互に埋め尽くされていく。蘇芳が描くテンポは徐々に速くなっていき、おれの頭の中に、世の中の「り」で始まる言葉が緊急招集されていく。
やっと、「ゴスロリ」の謎が解けたときには、もう完全に手遅れだった。蘇芳の「意図」に、唇を噛み締める間もなくルーズリーフの向きは容赦なくこちらに向かう。
そうなのだ。最初から、この男はすべて「り」で終わる言葉しか使っていない……こいつ、おれに「龍」を描かせる気だ。
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