色色彩彩ーイロイロトリドリー

えい

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2色:困惑の躑躅色

2.描かれる答え(1)

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まずはじめにおれがルーズリーフの上に描いた渾身のイラストを見て、蘇芳は首を傾げる。

「『新種のオタマジャクシ』ですか。スタートから難解ですね」

「『りんご』だよ!」

これ以上ないほどシンプルにスタートを切ったというのに、妙な感心のされ方におれは顔をしかめた。丸と線しか描いていないのに、もう画力の底が知れるなんてひどい話だ。

「あぁ……りんごですか」

「いかにもしりとりのスタートらしい、『りんご』だろ。蘇芳の感覚の方が難解だよ……」

「そういうもんですかね」

おれの苦情をしれっと躱しながら、蘇芳はおれの手元から薄っぺらいルーズリーフを抜き取り、自分の方に向けた。おれの描いた味気ない記号のような絵の隣に、蘇芳の持った鉛筆の芯が触れる。

綺麗な指先が動くのと同時に、静かな生協の空気が微かに震えたような気がした。紙の上を滑る鉛色が、流れるように複雑な軌跡を描く。生きている、みたいに。

柔らかな線は今にも風に揺れそうで、蘇芳の指の動きは、ほんの少しの速さの違いで、いとも簡単に黒の濃淡を生み出していく。まるで、最初からそこにあるものを浮き立たせていくように。なんの変哲もない鉛筆の、黒一色の芯から、布地の漆黒、風に揺れるリボンのグレー、光に照らされる白く柔らかなブラウス、そんなものがするすると解けるように導き出される。おれは息を飲んで、しばしその光景に絶句した。おれが「りんご」を描き上げたのとさほど変わらない時間のあと、蘇芳はいつもどおりの鋭い瞳を上げておれを見た。

「変な顔して、どうかしました?」

「…………え、あ。いや、別に」

訝し気に問われ、我に返る。生協の静けさの中に、ルーズリーフの上を滑る鉛筆の音が反響して、まだ耳に残っているような感覚がした。昔、蘇芳の絵に惹きつけられたとき以上の生々しさを持って、おれはこいつの絵を描く「姿」そのものに圧倒されていた。それは歓びとも、悔しさとも、虚しさとも取れる掴みどころのない感覚だった。気を取り直すために手元に置いていたコーヒーをぐっとあおり、現実的な苦みで口の中を満たしてから、おれは蘇芳の手元に視線を戻した。

「…………これって」

いつのまにか完成していた蘇芳の手元の絵は、ふわりとした漆黒のワンピースを纏った少女のような後ろ姿。今にも動き出しそうな柔らかな黒の布地の質感は、少し重みのあるシルエットに調和し、袖口や裾には繊細で華やかなレースが重厚にあしらわれている。少女の髪と大きなリボンが、その個性的ないで立ちには似つかないほどの儚さで風に吹かれてなびいている。

「見てのとおり、『ゴスロリ』です」

「…………は?」

思いきり怪訝な声で訊き返したのは、蘇芳の描いた絵が、「ゴスロリ」なるものに見えなかったからではない。むしろ、それにしか見えなかった。ただ、そのどこか不可思議な単語の響きと、この状況、蘇芳のいつもどおりすぎる表情との異様な温度差、おれの「りんご」からのいろんな意味での急展開に、おれの脳と感覚の回転速度は追いつかない。しりとりって、一体どんな遊びだったか。

「……蘇芳は、こういうのが好きとか……?」

「は?」

再びおれの方に向けられたルーズリーフを見下ろし、頭を整理するためのわずかな時間を稼ぐつもりで、とりあえず聞いてみた。蘇芳は面倒そうに頬杖をついたまま呆れたように、いろいろと消化不良のおれを眺めた。

「彩さんって、短期記憶の回路ちゃんとつながってます? おれ達、『しりとり』をしてるんですよね。趣味嗜好の話なんかしてましたっけ?」

「……いや、そうじゃないけど」

なんでわざわざ、『ゴスロリ』……。続きの言葉は、声に出さずに飲み込んだ。別にそれがだめだというわけではない。おれはファッションや流行の知識なんてほぼほぼ皆無だが、蘇芳の描いた少女の姿は、絵のタッチ云々を差し引いても充分に魅力的で、生き生きとして可愛らしかった。ただ、おれのイメージの中に在る「しりとりで登場する主なワード」には一切含まれていなかった、それだけだ。気持ちを切り替えるように、おれは自分のボールペンを握り直した。

しかし、おれはまたもや性懲りもなく、重要なことを見落としていた。
今おれの目の前にいるのは、他の誰でもない、「蘇芳日和」だということを。
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