色色彩彩ーイロイロトリドリー

えい

文字の大きさ
上 下
8 / 38
2色:困惑の躑躅色

2.描かれる答え(1)

しおりを挟む

まずはじめにおれがルーズリーフの上に描いた渾身のイラストを見て、蘇芳は首を傾げる。

「『新種のオタマジャクシ』ですか。スタートから難解ですね」

「『りんご』だよ!」

これ以上ないほどシンプルにスタートを切ったというのに、妙な感心のされ方におれは顔をしかめた。丸と線しか描いていないのに、もう画力の底が知れるなんてひどい話だ。

「あぁ……りんごですか」

「いかにもしりとりのスタートらしい、『りんご』だろ。蘇芳の感覚の方が難解だよ……」

「そういうもんですかね」

おれの苦情をしれっと躱しながら、蘇芳はおれの手元から薄っぺらいルーズリーフを抜き取り、自分の方に向けた。おれの描いた味気ない記号のような絵の隣に、蘇芳の持った鉛筆の芯が触れる。

綺麗な指先が動くのと同時に、静かな生協の空気が微かに震えたような気がした。紙の上を滑る鉛色が、流れるように複雑な軌跡を描く。生きている、みたいに。

柔らかな線は今にも風に揺れそうで、蘇芳の指の動きは、ほんの少しの速さの違いで、いとも簡単に黒の濃淡を生み出していく。まるで、最初からそこにあるものを浮き立たせていくように。なんの変哲もない鉛筆の、黒一色の芯から、布地の漆黒、風に揺れるリボンのグレー、光に照らされる白く柔らかなブラウス、そんなものがするすると解けるように導き出される。おれは息を飲んで、しばしその光景に絶句した。おれが「りんご」を描き上げたのとさほど変わらない時間のあと、蘇芳はいつもどおりの鋭い瞳を上げておれを見た。

「変な顔して、どうかしました?」

「…………え、あ。いや、別に」

訝し気に問われ、我に返る。生協の静けさの中に、ルーズリーフの上を滑る鉛筆の音が反響して、まだ耳に残っているような感覚がした。昔、蘇芳の絵に惹きつけられたとき以上の生々しさを持って、おれはこいつの絵を描く「姿」そのものに圧倒されていた。それは歓びとも、悔しさとも、虚しさとも取れる掴みどころのない感覚だった。気を取り直すために手元に置いていたコーヒーをぐっとあおり、現実的な苦みで口の中を満たしてから、おれは蘇芳の手元に視線を戻した。

「…………これって」

いつのまにか完成していた蘇芳の手元の絵は、ふわりとした漆黒のワンピースを纏った少女のような後ろ姿。今にも動き出しそうな柔らかな黒の布地の質感は、少し重みのあるシルエットに調和し、袖口や裾には繊細で華やかなレースが重厚にあしらわれている。少女の髪と大きなリボンが、その個性的ないで立ちには似つかないほどの儚さで風に吹かれてなびいている。

「見てのとおり、『ゴスロリ』です」

「…………は?」

思いきり怪訝な声で訊き返したのは、蘇芳の描いた絵が、「ゴスロリ」なるものに見えなかったからではない。むしろ、それにしか見えなかった。ただ、そのどこか不可思議な単語の響きと、この状況、蘇芳のいつもどおりすぎる表情との異様な温度差、おれの「りんご」からのいろんな意味での急展開に、おれの脳と感覚の回転速度は追いつかない。しりとりって、一体どんな遊びだったか。

「……蘇芳は、こういうのが好きとか……?」

「は?」

再びおれの方に向けられたルーズリーフを見下ろし、頭を整理するためのわずかな時間を稼ぐつもりで、とりあえず聞いてみた。蘇芳は面倒そうに頬杖をついたまま呆れたように、いろいろと消化不良のおれを眺めた。

「彩さんって、短期記憶の回路ちゃんとつながってます? おれ達、『しりとり』をしてるんですよね。趣味嗜好の話なんかしてましたっけ?」

「……いや、そうじゃないけど」

なんでわざわざ、『ゴスロリ』……。続きの言葉は、声に出さずに飲み込んだ。別にそれがだめだというわけではない。おれはファッションや流行の知識なんてほぼほぼ皆無だが、蘇芳の描いた少女の姿は、絵のタッチ云々を差し引いても充分に魅力的で、生き生きとして可愛らしかった。ただ、おれのイメージの中に在る「しりとりで登場する主なワード」には一切含まれていなかった、それだけだ。気持ちを切り替えるように、おれは自分のボールペンを握り直した。

しかし、おれはまたもや性懲りもなく、重要なことを見落としていた。
今おれの目の前にいるのは、他の誰でもない、「蘇芳日和」だということを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

【フリー声劇台本】地下劇場ゆうとぴあ(女性3人用)

摩訶子
キャラ文芸
『いらっしゃいませ。カフェではなく、【劇場】の方のお客様ですか。……それなら、あなたはヒトではないようですね』 表向きは、美しすぎる女性店主と元気なバイトの女の子が迎える大人気のカフェ。 しかしその地下に人知れず存在する秘密の【朗読劇場】こそが、彼女たちの本当の仕事場。 観客は、かつては物語の主人公だった者たち。 未完成のまま葬られてしまった絵本の主人公たちにその【結末】を聴かせ、在るべき場所に戻すのが彼女たちの役目。 そんな二人の地下劇場の、ちょっとダークな幻想譚。 どなたでも自由にご使用OKですが、初めに「シナリオのご使用について」を必ずお読みくださいm(*_ _)m

処理中です...