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カラダの関係は、これからもずっと♡

自己犠牲の果て

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それから、数ヶ月が過ぎた頃。
“その時”は、なんの前触れもなくやってくる──。

「はーい、ホームルームにするから席についてーっ」

放課後直前、教壇に立つ理恵子の向かいの座席の中に葵はいた。
いつもの光景、いつものホームルーム。
帰り支度をしながら目を向けた教壇で、理恵子は淡々と話し始める。

「…今日はみなさんに、報告したいことがあります」

「え、なになに?」

「結婚することになりました……とか?!」

口々に勝手な憶測を口にし始めるクラスメイトたちを横目に、葵は頬杖をつきながら鼻で笑った。

「(つい昨日まで俺とセックスしまくってたのに…ありえないっつーの)」
「(でもなんだ?報告って…)」

そして、間を置かずに耳に入ってきたのは、理恵子の明るい声だった。

「そうなのっ!」

──プツン、と思考が停止した。

「実は先生、長い間お付き合いしてる人がいたんだけどね…」
「正式にプロポーズされて、今年中に結婚することになったの」

言っている意味を徐々に理解していくと同時に、漠然とした疑問が焦りとともに湧き上がってくる。

「(な、何を言ってるんだ…?)」

そして、理恵子が話し続ける中で今までしょっちゅう交わっていたはずの視線は、一度たりとも交わることはない。

「リエコ先生おめでとーっ!!」

「ちくしょー!旦那が恨めしいっ!!」

そんな周りの声など、まったく耳にも入ってこない。
ただひたすら、目の前に立つ“教師”の明るい笑顔が信じられないのだ。

「それでね…残念なんだけど、先生は学校を辞めて家庭に入ることにしたの」
「短い間だったけど、一緒に過ごせたこと……忘れないわ」

その言葉と一緒に初めて目が合った理恵子は、葵に向けてニコリと微笑んでみせた。

「はい、今日のホームルームはここまでっ!」
「…部活がある人は、せずに向かうこと!」
「それじゃ、解散~!」

軽い口調と足取りでザワつく教室内を出て行く理恵子。
しばらく机の下で硬直していた脚は、徐々に増す憤りを確信した瞬間、走りだしていた──。


校舎を駆け回って、やっと見つけた後ろ姿。
放課後しばらく経って静まり返った理科室の角を曲がろうとする理恵子を、葵は呼び止めた。

「…リエコ先生!」

足を止めた後ろ姿は、振り返ることなく返事をした。

「ダメじゃない……寄り道しちゃ」
「部活に遅れちゃうでしょう?…」

なんの前触れもないその態度の豹変に頭の整理がついていかない葵を、理恵子は静かに振り返った。
それは、とても前日まで情事に耽っていた相手とは思えないぐらいに清々しい顔だった。

「…なんで?」
「いきなり結婚して学校辞めるって…なんでだよっ?!」
「つい昨日だって、俺たち──」

「ただの“八つ当たり”だったの!」

「八つ当たり…?」

その真意はわからないものの、自分が期待していたものとは違うということには察しがついた。
そして、それは理恵子の口から語られることで明らかなものとなるのだ。

「私の実家はね、そこそこ大きな会社を経営してるの」
「一人っ子の私は会社を継ぐのが当然のように育てられたけど、教師になる夢を諦めきれなくて家を出た…」
「…でもね、現実はまったく違ったのよ」

葵に向けられたのは、虚しい微笑みだった。

「夢だったこの仕事も使命に逆らってやっていることだと思えば、心の底から喜びは感じられなかった…」
「母親が年老いて事業に専念するのが難しくなってきたのを実感すれば、尚更…ね」
「だからもう抗うことはやめにして、現実的に生きることに決めたの」
「教え子のあなたに迫って関係を持ったのも……そんな自分への不満を解消したかっただけなのかもしれない」

“八つ当たり”、そんな言葉で片付けられるなんて許せなかった。
当然、その憤りは握りしめた拳の力を強めていくのだ。

「なんだよそれ…っ」
「人の人生…狂わせといて…!!」

頭の中に再び暗い影を落とすのは、“普通の恋愛”ができなくなった“もう一人の自分”。

「そうね…私があなたを引き摺り込んでしまったんだもの」
「自分と同じ所に…ね」

「同じ所…?」

「私の結婚相手は昔から親が勝手に決めていた相手…いわゆる政略結婚ってヤツよ」
「表向きは“恋人”として会うことはあっても、セックスなんて一度もしたことないんだもの…笑っちゃうわよね」

それは“恋人”との間に愛情は存在していないという意味なのだろうか。
そして、そのまま愛のない結婚をするということなのか。
そんな疑問はふと理恵子の部屋で見た写真立てのことを思い出させるのだ。

「でも、写真に映る先生と彼氏は幸せそうだった」
「だから俺はっ……」

──“普通の恋愛”ができないのは、自分だけだと思っていた。
だからこそ性の快楽に依存し続けていたのだから。
しかし、それは思い違いだったことを知る。

「…やっぱり見たのね、あの写真」

「う、うん…」

「あれは私がこれから結婚する相手とはまったく別の人…」
「私が教師になる前の学生時代……初めて“普通の恋愛”をした元恋人との写真なんだから」
「まぁ、当然私の親から猛反対されて別れさせられちゃったんだけど!」

あっけらかんとした口調で、理恵子はまた葵へと笑顔を向ける。

「だから、“普通の恋愛”ができないのは私も同じなの」
「でもね、これだけは忘れないで」
「葵くんには美術家としての夢もあるし、これから先“普通の恋愛”だって必ずできるってこと」
「あなたって本当はすごくまっすぐな人だから…」

微塵も嘘が感じられないその言葉に、不思議と胸は締め付けられる一方だった。

「私が“教師”として最後に言えることはそれだけよ」

無機質にそう言って歩みを進めようとする理恵子を、葵は力任せに抱きしめた。

「あっ…?!」

「どこまで自分勝手なんだよ…!」
「散々俺のこともてあそんどいて、勝手な都合で突き放してっ…!」

そんな恨み言よりも、伝えたいことは山ほどあった。

「“普通の恋愛”がしたいんなら…その親とも縁切って、結婚も破断にすればいいだろ?」
「リエコ先生はリエコ先生なんだから、好きに生きる権利だってあるじゃん!」

「あ、葵くん…!」

「俺、今はまだ子供かもしれないけど…すぐ大人になるから!」
「だから…」
「自分だけ犠牲になるようなことしないでくれよ、先生…!」

抱きしめられるその大きな背中に回そうと伸びた細い手。
しかし、それは途中で力なく垂れ下がり、やがては葵の胸を突き放すのだった。

「…バカね、自分は私から逃げられなかったくせに…っ!」

返す言葉も見つからない棘を突きつけられ、葵は黙り込んだ。
そしてその棘は収められることなく、深く突き刺さることになる。

「覚えたてのセックスに依存するような子供に大人の事情なんて、理解できるはずがないでしょう?」
「どれだけ魅力的な“男”でも、あなたは…」
「所詮は子供でしかないんだから」

その冷ややかな声と、流れる長い黒髪が遠ざかっていくのを見つめながら葵は思い知った。

自分がいいように“吐口はけぐちにされていたこと、そして…
それに甘えて、ただセックスの快楽に堕ちていただけの、自分の愚かさを──。


ーーーーーーーーーーー


そして時が経った現在いま

クライアントの“西谷理恵子”が“リエコ先生”とは別人だと信じて待つ中、過去の過ちは24歳という“大人”になった自分自身を今だに後悔という穴に落とし込むのだ。
そして、思い出すことさえ拒絶して塞いできた記憶が開け放たれた今、改めて大きな共通点に気がついてしまうのだった。

「(そういえば…リエコ先生も“親の会社を継ぐ”って言ってた…)」

そして、数日前に電話で話した“西谷理恵子”との会話の内容を思い出す。

“ 私が親から会社を継いだばかりでエステの施術をしていた頃に……”

それは、何度も何度も自分のカラダを操っては快楽に堕とした、なまめかしい声色。

脳内でハッキリとそう確信した瞬間、いわれのない不安と焦りに駆られた。

「あ…!」

ほんの数秒で変わった気持ちはその場から立ち去ることを衝動的に判断し、即行動へと体が動きだした。
そして、タイミングを見計らったかのように前方から飛んできたその声は、座席から立ち上がろうとするその動きを止めてしまうのだった。

「…葵くん?」

ビクンと反応する体は、あの日逃げられなかった自分を無意識に想起させる。

「やっぱり…葵くんなのね…?!」

──そこに、“リエコ先生”は立っていた。

あの頃とほとんど変わらない色香を携え、その表情はまるで、宝物を見つけた時のように目を輝かせながら───。
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