【R18】カラダの関係は、お試し期間後に。

栗尾音色

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カラダの関係は、しばらくおあずけ。

奪われたビーフシチュー

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──キッチンで激しく交じり合ってから数十分後。

タイムロスはあったものの、なんとか出来上がった料理をお玉ですくい、スープ皿に盛ってテーブルへと運ぶ綾乃は終始ニコニコしていた。

「はい、どーぞっ!」

目の前に出された、茶色くドロドロに澱んだスープの中には溶けかけた人参やブロッコリー、そして見るからに硬そうな牛肉がゴロゴロと自己主張している。

「な、なに…これ」

「何って、ビーフシチューに決まってるじゃないのぉっ!」
「けっこう自信あるのよねー、私っ」

「へーえ、実は俺もちょっと興味あったんだ」
「綾乃の手料理ってヤツになっ」

興味津々で、葵はスプーンを手に取り…

「…んじゃ、(見た目はともかく)いただきまーすっ♡」

…ぱくっ。

「………。」

綾乃がウキウキしながらその顔を覗き込んだ瞬間…
指をすり抜けたスプーンが皿の中へとカチャン、と音を立ててゆっくりと落ちていった…。

「……ぅぐ」

そして突然口を手で覆い、顔面蒼白になった葵は麦茶の入ったグラスに手を伸ばし、まるで口の中の物を流し込むかのように一気に飲み干すのだった。

「葵……どうしたの?」

ちょっと不安そうに様子を伺う綾乃の顔に、また化け物を見たような目を向ける葵。

「な、なぁ…これってほんとにビーフシチュー…なんだよ…な?」

「…えっ?そうだけど、なんで?」

「なんか…俺が知ってるのとは全然違う気が…っ」

「ああ、それなら私がちょっとアレンジしたからじゃないかな?」

「アレンジ…?」

葵の中で、一抹の不安がよぎる。
“コイツは一体、何をどうアレンジしてこんな味を作りだしたんだ…”という、漠然とした不安と疑念が。

「なぁ、ちょっと…レシピ教えてくれない?」

しかし、それに対する綾乃は少し考えながら平然と答えるのだった。

「えっと…鍋に水を入れて沸騰したら市販のルーと牛肉と野菜を全部入れてー」
「…で、すっごくお肉の匂いがキツかったから、生姜とパイナップル缶を入れてみたの!」

不安はすぐに、確実なものとなってきた。

「生姜と…パイナップル…?」

明らかに笑顔が引きつっている葵のことを無視して、どんどん突き進む綾乃。

「うん、煮魚なんかも魚臭さを消すために生姜を入れるでしょ?」
「パイナップルは……ほらっ、ハンバーグとかにも乗ってるし、酢豚にも入ってたりするからビーフシチューにも合うんじゃないかと思って♡」
「だから、生姜も丸々1個入れてパイナップルも1缶全部入れたんだけど…」
「なんか……変?」

説明しながら、何の反応も見せずに冷ややかに見つめる葵の顔を見て、だんだん自信がなくなっていく綾乃。

「いや……別に…」

あえて告白せず、明らかに変な味に仕上がったビーフシチューに視線を落とす。

茶色く濁ったスープの中には、野菜の他にほとんど溶けてバラバラになったパイナップルの破片が散りばめられており、一気に強火でボコボコ煮込まれたのが明白だった…。

魂が抜けたかのようにそれを見つめる葵の様子についに痺れを切らした綾乃が、横からスプーンを手に取った。

「な、なによっ?毒でも入ってるって言うの?!」
「そんなの入ってないって私が証明すればいいんでしょっ?!」

そう言って、スープをすくったスプーンを思いきってパクリと一口。

「ああっ!綾乃っ、やめとけって──」

「うっっっぐ…!!」

葵が制止するまでもなく、綾乃は真っ青になって両手で口を押さえて震え上がった。
そして、葵は大きなため息をつくのだった。

「あーあ…だからやめとけって言ったのに…」
「……綾乃、ちょっとキッチンおいで」

「…おえ?」

──キッチンにて。

「本当は牛肉と野菜を最低でも半日以上は赤ワインに漬け込んだ方がいいんだけど、今からそんなことはできないから…」
「まずは、バターをひいて牛肉と玉ネギを焼き色がつくまでよく炒めるんだ」

口でそう説明しながらまな板で食材をカットしていくその手つきは、ほんの数秒単位で下拵したごしらえを終わらせてしまった。

ジュワァァーッと鍋の中で肉が炒めつけられる芳しい匂いが、隣に立つ綾乃の鼻をくすぐる。

「──いい感じに炒まったらたっぷりの水を入れて、人参、ニンニク、ローリエと一緒に火にかける」
「沸騰したら弱火にして肉が柔らかくなるまで煮込むんだけど、そうだな…2時間はかかるかな?」

「に、2時間?!」
「(私なんて、15分ぐらいしか煮てないけど)」

「そうそう、2時間も待ってられないけど、これ圧力鍋だから30分に時短できるんだ」

「ルーはまだ入れないの?」

「先に入れると肉と野菜のアクでダメになっちゃうんだよ」

「へえぇ…」

───30分後。

圧力鍋の蓋を開けると、肉と野菜が煮込まれたいい匂いが湯気とともに上がるのだった。

「す、すでに美味しそう…」

ヨダレをすする綾乃の隣で、葵はまたテキパキと動きながら説明する。

「そろそろ肉が柔らかくなった頃だから、別で煮込んでアルコールを飛ばしといた赤ワインを入れて…」

ドボボボボ

「半分ぐらいの量になるまで煮詰めるんだ」
「だいたい15分…ってところかな!」

ふむふむ、と隣でメモを取る綾乃。

「あ…この時、赤ワイン入れすぎちゃったら酸味とえぐみが出てマズくなっちゃうから、入れる量には要注意!」

「はいっ、わかりました!」

──さらに15分後。

デミグラスソース缶を開けて鍋の中に流し入れ、軽く混ぜてから味見をして葵は「うん」と満足げに頷いた。

「デミグラスソースを入れて味を整えてから、塩コショウを少々、隠し味に醤油とミリンと砂糖を少々っ」

調味料類が怒涛の速さで投入されていく。

「ビーフシチューに醤油なんて入れて大丈夫なの?」

アシスタントのそんな疑問にも、葵先生は快く答えてくれる。

「もちろん入れすぎたら醤油が自己主張し始めるから、あくまで隠し味だよ」
「ちなみに…綾乃が入れた生姜も実はアクセントになるし、パイナップルだって意外とビーフシチューには合うんだよ」

「じゃ、じゃあ私の作り方って間違ってなかったのねっ?!」

「綾乃の場合は極端に入れ過ぎ…だな(笑)」
「どいつもこいつも自己主張しまくってて味が大変なことになったんだよ…」

そんな会話の中、鍋からはデミグラスソースが溶け込んだ凄まじく食欲をそそる匂いが漂い始めた。

「…よっし!そろそろ良さそうだな」

お玉ですくい、改めてスープ皿に盛ったビーフシチューに茹でたブロッコリーを添え、上から少量の生クリームを回しかけて…

「じゃーん!俺特製のビーフシチューの完成っ!」

こうして綾乃の元へと置かれた一皿は、見た目も香りも素人技とは思えないほどの完成された逸品。

「うわぁっ、まるでちょっと豪華なレストランに出てくるビーフシチューみたいっ!」
「それじゃ、さっそく……いただきまーっす!!」

いきなり主役の肉の塊をスプーンですくい、少し眺めてからパクッと一口。

口いっぱいに広がる、牛肉と野菜の旨味が凝縮された濃厚で上品なスープの味わい。
そして、歯を立てて噛まなくてもホロホロと口の中で崩れて程よい脂と肉汁が溢れ出す柔らかい牛肉。

柔らかい食感の牛肉と、その旨味を存分に引き立てるスープの調和は…一寸たりとも狂うこともなく、ただただ、口の中を幸せにするのだった。

そして…

「綾乃…?」

口を動かすだけで一点を見つめ続ける綾乃の顔を葵が覗き込んだ瞬間、指をすり抜けたスプーンがカチャン、と皿の上へとゆっくり落ちていった…。

「なにこれ…」
「なんでこんなに美味しいの?!信じらんなーーいっ!!」

正気に戻った綾乃はスプーンを拾い上げ、感動で目をキラキラさせながら次々に食べ進めていく。
そして、そんな姿をそばで見ている葵も顔をほころばせるのだった。

「よかった、喜んでもらえて♡」

そう言ってニコニコしながら食べる様子を眺める葵を見て、綾乃は大事なことに初めて気がついた。

「……って!なんで私が葵にビーフシチュー作ってもらってご馳走になってるわけぇ?!」
「今日は私が葵にビーフシチューを振る舞う予定だったのにっ、こ、これじゃあ立場が逆転じゃないのぉぉ…!!」

…と半泣きで憤りつつもスプーンを口に運ぶ手が止まらない綾乃。

「い、いや…ちょっと教える必要があるのかな…と思って…っ(笑)」

そりゃあ、あんなゲテモノビーフシチューを出されれば当然なのだろうが、しかし…

「でも私、葵がこんなに料理上手なんて知らなかった!」
「どうして今まで隠してたの?!」

「別に隠してたわけじゃないよ、ただ……今はまだ、こうしてお前が作るパイナップルジュースみたいなビーフシチューを味わって衝撃受けていたかっただけ…」

「……なにそれ、どーゆーこと?」

言っている意味がわからず首を傾げる綾乃から目を逸らすと、葵はまたキッチンへと向かう。

「だってお前、俺が料理できるなんて知ったらきっとそれをアテにして料理なんてしなくなるだろー?(笑)」
「主婦になってもそんなんじゃ、俺だって困るしなぁ」

その衝撃的な言葉に、綾乃の手がピタリと止まった…。

「(しゅ、主婦になっても…って…ど、どういう意味っ…?!)」

頭の中に浮かび上がるのは、“結婚”という2文字。
そして、葵と二人で生活を共にしている自分の幸せそうな姿。

ドキン、ドキン…と期待は胸を高鳴らせ、次の言葉を彼の背中越しに待っている自分がいた。

ところが、発した言葉の意味にハッとした葵は…

「あ、ああ…っ、それに俺、料理ってストレス発散方法でもあるんだよな!」
「だからさ、お前が将来困らないようにいくらでも教えてやるから心配すんなよ」

…明らかにごまかしている。
そしてサラダが入ったボウルを手にして戻ってきた葵に、綾乃は不信の目を向けた。

「ねぇ、なんか…隠してない?」

疑いの視線に刺された葵は、ますます目を泳がせて言い訳を探し始め…

「何にも隠してないって!」
「び、ビーフシチューぐらいっ、まともなモン作れるようになれって言ってんだよっ!」

墓穴を掘ってしまうのだった。

当然、それを聞いた綾乃は…

「わ、悪かったわねぇぇ……まともなビーフシチューすら作れなくって!」

ギクッとする葵に詰め寄る綾乃。

「なによっ!ちょっとばかし美味しいビーフシチュー作れるからって調子に乗っちゃって!」

「い、いや…その…っそういうわけでは──」

「ふんっ!いいわよね、葵は!」
「イケメンイケボでオシャレなうえに仕事のキャリアも上々で収入だってそこそこだし、ただでさえ欠点なんて見当たらないのに…」
「そのうえ料理までできるとなれば、もう“完璧な男”だもんねっ!」

「……それって褒めてくれてるんだよな?(笑)」

「…褒めるしか……ないもん」

そう言って綾乃は、つまらなさそうに俯く。

「…バカだな、お前……料理なんてセンスと経験で誰でも上達できるんだから、これから頑張ればいいだけの話だろー?」

そんな励ましの言葉すら、自分の惨めさに拍車をかけるのだ。
その時、綾乃の中である考えが浮かび上がった。

「(……そうだ、何も料理だけにこだわる必要なんてないんだ!)」
「(そう、料理がダメなら…)」
「(他の家事を完璧にこなして、私の女子力と主婦力を思い知らせてやる…!!)」
「(そんでもって、葵の欠点を見つけて思いっきりほくそ笑んで見下してやるんだからっ!)」

一度意地になるともう、引き返すことなどできないオンナ・綾乃。

「それもう全部食べたんなら、お皿片付けるよ」

空っぽになったビーフシチューのお皿を下げようとする葵の手を、綾乃はパシッと掴んで止めた。

「…綾乃?」

「……ビーフシチュー…おかわりしてもいい?」

「え、別にいいけど……もう怒ってないの?」

「うん、だって…」
「すっっっっごく美味しいんだもん、葵のビーフシチュー!」

そう言って綾乃は…
満々の微笑みを浮かべた───。

















































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