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カラダの関係は、ほどほどにね。

いつもとなんだか違う彼

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───その日の夜9時。

お風呂上がりの濡れた髪が乾ききらないまま、葵は自宅のソファーでスマホと睨めっこしていた。

『もう落ち着いたか?』
『今日、ちゃんと出勤した?』
『俺も明日からまた仕事。』

「………。」

『綾乃、早く会いたい』
…そこまでメッセージを編集して、やっぱり全部削除した。


「……はぁ」

ため息をついて、ソファーにゴロンと寝転がる。
「(“こっちから連絡するまで待ってて”って言われたもんなぁ…)」


──ピンポーン


インターホンの音が鳴った瞬間、ガバッ!と起き上がった葵は足早に玄関へと向かった。

「(もしかして綾乃っ?!)」
「…はいっ!」


ガチャッ!


「こんばんはぁ♡」

その見ず知らずのグラマラス美女は、わざとらしく谷間をこしらえた胸元を強調しながらそこに立っていた。
そして、目の前にいる超イケメンを目視すると、手に持っていた大きなバッグをドサッと力なく床に落とすのだった。


「………だれ」

はっ!…と正気に戻った女は、慌てて落としたバッグを拾い上げてはうわずった声でペラペラと話し始めた。

「あ、あの、私、こういう者なんですがっ少しお時間よろしいでしょうかっ!!」

渡された名刺には、『(株)シックスナイン TOKYO』と書かれている。

「…シックスナイン…TOKYO?」

「ええ♡専らアダルトグッズの製造と販売をしておりましてぇ……今回は、若い男性向けのとっておきの商品をご紹介したくて参りました♡」

「(訪販か、今時珍しいな…でもいらない)」
「お姉さん、悪いんだけど──」

断ろうとする葵を無視して販売員は、バッグの中からあれやこれやと商品サンプルを取り出しては早口で解説し始める。

「お客様っ、こちらのバイブと媚薬のセットなどいかがですかぁ?!」
「この2点クリ攻めバイブは振動はもちろん、38℃までの加熱式でしてっ、天然由来エキス配合のこの媚薬と併せれば彼女もすぐに絶頂天国間違いなしですよぉ!♡」

「ふぅん…媚薬かぁ…」

葵が少し興味を持ったのを察知すると、販売員はそのドアを閉めさせまいとして内側へと入ってきた。
そしてその豊満なオッパイの谷間を葵に擦り付けながら見上げる。

「お客様っ…なんならこの私に実演させてもらえませんか…?」

「はい?(笑)」

「私のこの体で商品をお試しいただいてからの購入でも、かまいませんから…♡」
「…いえ!なんなら、買わなくてもお試しだけでもいいんですぅ!(こんなイケメンとヤレるならノルマ達成できなくてもいいんですぅ!!)」

鼻息を荒くしながら迫る販売員だが、それを冷静に眺めながら葵は少し考えた。

「『シックスナイン TOKYO』っていえば、確か国内のアダルトグッズメーカーの中でも5本の指に入るぐらいの大手ですよね?」

「ええっ!もちろんですぅ!♡“安全・安心・気持ちいい”の3点攻めがモットーですから♡」

「そっかぁ…でも残念だなぁ、お姉さんみたいな若くて綺麗な人がわざわざこんなふうに体を張って営業かけないと売り上げが伸びないなんて…」
「そんなに会社の業績、良くないんだ…」

「……え」

今までの勢いが嘘のように止まった販売員に、葵はニッコリ営業スマイルで微笑みかける。

「実はうちの会社、Webデザイン関係の仕事も幅広く請け負ってるんですけど…」
「どうです?一度会社のWebサイトを外注してリニューアルしてみては!」

「い、いえ…その…」

「今時アダルトグッズなんて尚更ネットで買うのが当たり前の時代ですし、その肝心な通販Webサイトがイマイチだったら売り上げも伸びなくて当然っ!」
「優秀なスキルと実績を持つデザイナーとコーダーが揃った我が社に任せていただければ、業績アップに直結させてみせますよ!」

「えっと…あのですねぇ…っ」

後退りを始める販売員に、今度は葵が迫る。

「ご提示いただいたイメージやコンセプトに沿って、必ずそちらが思い描いたもの以上のものを提供致します!」
「あ、ちなみにご予算はどれぐらいで考えておられま──」 

「そ、そうねっ…じゃあ一旦、社長に相談してみますから…っ(笑)」
「(…チッ、ヤル気無しか…こんなことなら先に“栄養剤”だとか言って媚薬飲ませてやればよかったわっ!)」
「じゃっ…しつれーい!!」

風のように販売員は消えていった…。

「…ふっ、口ほどにもない」

勝ち誇ってドアを閉めようとした時、足元に落ちていたサンプルパックに気がついて拾い上げた。

「あれ……これってさっきの…」

『ルナティック7~Hしたくなる!感じやすくなる!~』
パッケージにそう書かれた媚薬のサンプルが入った小袋を手にし、玄関に入った時またインターホンが鳴り響く。

「(さっきの人、これ取りに戻ってきたんだな)」

そう思って再びドアを開けた。

ガチャッ

「はい、このエッチな忘れ物でしょ?お姉さんっ♡」

ほんの悪ふざけのつもりで笑って出た玄関先には…


「………は?」

呆然とする綾乃が立っていた。

「なっ…!綾乃っ、なんでここに?!」

まるで化け物を見たような顔で驚く葵。

「なんでって……会いたかったから来たに決まってるでしょっ?!」

「綾乃…っ」

照れ臭そうに口にした“会いたかった”というその言葉にほだされて、綾乃を抱きしめようと近づいた瞬間、綾乃の目がギラリと光った。

「で、なんなの?“お姉さん”が忘れていったエッチな忘れ物って。」

…ピタッ

「えっ…あ、いや、その…っ」

「……誰よっ、お姉さんって!何よっ、エッチな忘れ物って!」

しどろもどろの葵と、鬼のごとく問い詰める綾乃。
とうとう逃げ場をなくした葵は、綾乃を部屋に入れてからその説明に追われるのだった。

「……というわけ!だから変な勘違いすんなよなぁ」

キッチンに立って何かしながら弁解する葵の後ろで、綾乃はソファーの上で媚薬のサンプルを手にマジマジと見つめる。

「媚薬…かぁ…私、初めて見た」

「ちなみにけっこう大手メーカーの製品だし、安全で効果も高いと思うよ、それ」

「へぇ…」

「……綾乃、試してみる?(笑)」

飲み物が入ったグラスを2つ運んできた葵が、ニコニコ笑って恐ろしいことを口にする。

「の、飲まないわよっ!こんなの…!」
「…あれ、何持ってきてくれたの?」

ソファーの前のローテーブルには、レモンの薄切りを添えたレモンサワーのグラスが2つ。

「レモンサワーだよ、案外買わなくても簡単に作れるんだ」
「レモンの皮を一晩漬け込んだ黒糖焼酎に、冷凍しといたレモンの輪切りを入れて炭酸水で割って飲むんだけど…溶けていくたびに濃厚な味になって、けっこうイケるんだよね」

「ふぅん…市販の缶チューハイなんかより断然美味しそう…!」

そして、隣に座った葵がようやく本題を持ちかけるのだった。

「……で、何か俺に話したいことがあったから来たんじゃないの?」

「あ……うん」
「葵…ごめんね、私……一人で嫉妬してどうにかなっちゃってた」

「………。」

「光里ちゃんから…葵に怒られたって聞いたの」

「……そっか」

「それなのに…私、ほんとバカだよね」
「勝手に妄想して、嫉妬して、自分のこと見失っちゃって…っ」
「葵は私のこと、こんなに大切にしてくれてるのに…!」

「……うん、バカだな、お前。」

あっさりと切り捨てられたことに遅れて気づいた綾乃が、その顔を上げた。

「そ、そんなハッキリ言わなくてもっ!(笑)」

目が合ったと同時に頬から髪をすくいあげられ、それを耳に掛けられながら目を見つめられる。

「でも……俺のことがこんなにも好きなバカだから…許してあげる」

そんな甘い言葉と一緒に、葵の顔が近づく。
“あ、キスされる…”

そう察して目を閉じた瞬間、唇ではなくてほっぺにキスされる感触がした。

「(………へ?)」


開いた目をパチパチしていると、葵はスッと離れてソファーでくつろぎ始めた。

「(なんだ……てっきりキスしてくれるかと思ったのに…)」
「そんでもって、そのまんまいい感じになって押し倒されると思ってたのにっ)」
「(そんなこともあろうかと、お風呂も済ませてお気に入りの下着だってつけてきたのに……バカッ!)」

綾乃が心の中でそんなふうに拗ねているとは知らず、葵は唐突な質問を投げかけてきた。

「なぁ綾乃……俺ってさ、そんなにエッチのことしか頭にない男だと思う?」

「え?なんで…?」

「いや……なんつーか…今回のことでさ、ちょっといろいろ反省しちゃったんだよね」

「…何を?」

「エッチって……もちろん相手のことが好きだからしたくなるんだけどさ」
「求められすぎたら女って、逆に不安になっちゃうもんなのかなーって」

「………。」

「そういう女心とか…心の中みたいなのってさ、理解するのがいまだに難しいんだよな…俺」
「だから、無意識に誰かを傷つけちゃってたりするのかもな」

ハッキリと名前を出さなくとも、葵がそういう考えに至った原因となった人物が誰なのかはすぐにわかることだった。

「(だからさっきもほっぺにキスだったのねっ!)」
「(キスしちゃったらいつもみたいにスイッチ入っちゃうから)」
「(でも……)」
「(葵の気持ちはわかるけど…私と光里ちゃんは違う)」

そう思った綾乃が伝えようとしたその時、葵のスマホが着信音を鳴らすのだった。

「あ……ごめん、徹夜してる奴らから電話だ」
「仕事で何かトラブってるかもしれないから、先に飲んでてくれる?」

「あ…うんっ!」

スマホを片手に席を立ち、葵はそのままバルコニーへと出て窓を閉めた。

「………。」

ポツンと残された綾乃は、何気なくさっきの媚薬のサンプルをチラリと見つめた。

「(人を発情させる媚薬…か)」

試しに袋を開けて中身を取り出してみると、液体が入った小さな目薬のような形の容器が出てきた。

「(なるほどぉ、これを飲み物とかに数滴垂らして混ぜて飲ませることで相手を発情させられるんだ…)」

綾乃はニヤリと笑った。

「(ふふふ……性欲モンスターのあんたが、一体どこまで我慢できるのか…)」
「(試してやろうじゃないの…♡)」

そして、葵の方のレモンサワーのグラスの中に…

媚薬の容器を逆さにして、説明書きに書かれていた以上の量をポトポト、と垂らす。

そして、電話を終えてこちらに戻ろうとする葵に気づいた綾乃は手早くそれを袋に仕舞い、元の場所へと戻した。

そんな企みを知るよしもなくバルコニーから戻ってくる葵。

「ごめんごめん、なんかコーディングミスしてシステムがバグっちゃってたみたいで…」
「…あれ、綾乃…まだ飲んでなかったの?」
「レモンサワー、あんまし好みじゃなかった?」

何も知らずにそう問いかける葵に、綾乃は天使のような微笑みで答える。

「ううん、すっごく美味しいわよこのレモンサワー!」
「……ほんと、他の味がわからなくなっちゃうぐらい、レモンの風味が濃厚で……ねっ!♡」

そして…

「あっそう?よかった♡」
「んじゃ、今夜は久しぶりに二人で飲もっか!」

嬉しそうに、葵はレモンサワーを口にした───。





































































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