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カラダの関係は、ほどほどにね。

ごめんなさい

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咲子に話したことで改めて心の整理がついた綾乃は、気持ちを入れ替えてデスクについた。


「(咲子のおかげで頑張れそう…!)」
「(いつまでもクヨクヨしてても仕方ないもんね!)」
「(それに……今夜、葵の家に行ってみようかな…話したいことだってあるし、早く安心させてあげなきゃ…)」


頭の中を埋め尽くすのは、ひたすらに愛しい男の顔。

──早く、直接会って抱き合いたい。

「(……いかんいかん!仕事に集中せねばっ!)」

今度こそ何もかも切り替えてパソコンに向き合ったその時、不意にお局様から呼びかけられた。


「……藤崎さんっ」

「あ…はいっ!」

すぐに反応して顔を向けると、お局様は自分のパソコンから目を離さないまま声だけを投げてくる。

「そっちに送ったデータ、すぐに『20部』コピーしてきてもらえるかしら」

「えっ…(自分でやればいいんじゃないの?部長じゃあるまいしっ…)」

綾乃が返事に困っていると、お局様はその顔をやっとこちらに向けてキッと睨みつける。


「…聞こえないの?!」


その威圧感にすら呆れながらも、綾乃は渋々席を外す。

「……わかりました」
「(お局様…葵のことで完全に私に嫉妬してるな)」

そして、言われた通りにコピーした書類の束をお局様に届け、またデスクに座ったその時…


「藤崎さんっ、これどういうことかしらっ」


またまた神経質っぽい耳障りな声が綾乃を呼ぶ。


「…え?私、言われた通りにしましたけど…」

「いーえ!アタクシは『10部』って言ったはずよっ!!」


ガタッと席を立ち、綾乃にビシッと指を刺すお局様。


「…えぇ?!た、確かに20部って──」

「何?!あーた、自分のミスをこのアタクシのせいにするっていうわけ?!」


ますます鬼の形相へと変わっていくお局様を見かねて、綾乃はガクッと肩を落とす。

「い、いえ…そういうわけでは…」

「コピー用紙を10枚も無駄にしてくれちゃって!ほんっとあなたって使えないわネッ!!」

「(へーへー、どーもすみませんでしたネッ!)」


するとお局様は、一変して猫撫で声で話し始めた。


「ハァ……それに比べて鈴宮さんは本当によくできる子ねぇ♡」


突然名前を出された光里は、一瞬ビクッとして顔を上げる。


「えっ……私、ですか?」

「ええ、そうよぉ♡誰かさんと違って可愛げがあって、よく気が利くんですものぉ!」

「………。」

「(へーへー、可愛くないうえに気が利かなくてすみませんでしたネッ!)」

それから5分ほどが経った頃、お局様が今度は自慢げに話し始めた。


「そうだわ、皆さん」
「アタクシ、先週の休みに熱海へ一泊してきましたのっ」
「その手土産にお饅頭を持ってきたんだけど、皆さんでいかがかしらっ?」


そんなお局様に合わせるようにして、社員たちは対応し始めた。

「へぇ、熱海ですか、いいですねぇ(どうせ一人で行ったんだろうな…)」

そして、デスクの引き出しからお饅頭の入った紙袋を取り出すと、お局様はウキウキしながら周りの社員たちに一つずつ配り始めた。

そして…

「…はいっ、鈴宮さんっ♡」

「あ……ありがとうございますっ…」

苦笑いを浮かべる光里に最後に配ると、お局様は綾乃の方をチラ見しながらこれ見よがしにアピール。

「さーあ!これでに行き渡りましたわネーッ!♡」

そう、これはお局様のイビリ常套手段“お菓子外し”というヤツである。


「(あの…私だけもらってないんだけど 笑)」
「(いや、別に欲しいってわけじゃないんだけどね…笑)」

そんな時、一人の社員はボソッと意見を唱えるのだった。


「…あのぅ、お局様…藤崎さんにだけ配るの忘れてますけど…(笑)」

それにピクリと反応したお局様が、一瞬そちらを睨みつけては高笑いし始めた。


「あらあらぁーっ?!ごめんなさーいネッ!藤崎さぁんっ!」
「アタクシ、あなたの存在すっっっかり忘れてたわぁーっ!(笑)」


静まり返るオフィス内。


「いえ…私は大丈夫ですから…(笑)」
「(ついさっきまでイビってたくせに何言ってんだかっ!)」

そして…だんだんイラついてきた綾乃の元へ静かに向かうお局様は、声のトーンを落として囁くのだ。


「そうよねぇ…藤崎さん」
「だって、あーたの場合は毎日お饅頭なんかよりももっと甘~いスイーツを口にしてるんですもの…」
「…ほんと、どこがいいのかしらネッ!ブツブツ…」

それが葵のことを指しているのはすぐにわかることだった。


凄まじい嫉妬による理不尽な八つ当たり。
いい加減腹を立てた綾乃がお局様に反抗的な目を向けた時、ある人物が静かに声を上げた。


「あの…お局様」


それは光里だった。

「あら、なぁに?鈴宮さん♡」

上機嫌で答えるお局様に、光里は優しく微笑む。

「私、お局様の気持ち…手に取るように分かりますよ」

「あら…そう?」
「やっぱり藤崎さんって、ちょっとダメよねぇ?(笑)」

「いえ、藤崎さんのことではなくて…お局様が藤崎さんに嫉妬してる気持ちですよ?」

「えっ…嫉妬?」

嫉妬ということすら自覚していないお局様に、光里は優しい口調でさらに続ける。


「桐矢くんのことが大好きだから、どうしようもなく嫉妬しちゃうんですよねっ?」
「実は私もつい最近、同じような経験をしたのでお局様の気持ちが痛いぐらいに分かるんです」


何か不穏な空気を感じながらも黙って聞いている綾乃。


「鈴宮さん、あーたって本当に優しい子なのねぇ…♡」

すっかり仲間意識が芽生えて安心しきったお局様に、光里は笑顔を絶やすことなく言い放った。

「でもね、お局様…」
「嫉妬しすぎてあまりにも相手をいじめてたら、桐矢くんに今度こそ嫌われちゃいますよっ?」

それは、自分自身が経験したからこそ出た言葉だったのかもしれない。


「……ぬ、ぬわんですって…?!」


目を丸くしてワナワナと震えだすお局様。

「ひ、光里ちゃん…!」

まさかの展開に、驚きを隠せない綾乃。
そして、そんな周りの注目をものともせず、光里はお局様の顔を指差して笑い始めるのだ。


「…ああっ!ほら、また眉間のシワが1つ増えたんじゃないですかぁー?(笑)」
「お局様ってせっかくお綺麗なのに…」
「嫉妬は女を醜くするんですよぉ?(笑)」

ここでやっと本性を現した光里が、可愛らしい笑顔を小悪魔の嘲笑へと変えたのだった。

そして当然、バカにされたお局様はその怒りを露わにした。


「あ、あ、あーた!!」
「このアタクシにそんな口聞いてっ……ただじゃおかな──」

「ぷっ……クスクスクス…」

突然湧き出した周囲の失笑。
それを感じ取ったお局様は、真っ赤になってその口を閉ざす。

「…ふふっ♡」
「じゃ、そろそろ私、お昼休憩ですので失礼しますねっ♡」

そう言って席を立ち、膝から崩れ落ちて震えるお局様を残して光里はオフィスを出た。

あまりにも想定外だった出来事に理解が追いついてこない綾乃だったが…

光里の行動の意味をついに理解した頃には、もうその足は向かっていた──。



「…光里ちゃんっ!」

一人中庭を歩く後ろ姿に声をかけると、その歩みが止まった。
それでも振り返りはしない光里に少し躊躇いながらも、綾乃は続ける。

「さ、さっきは…ありがとう」
「私、ちょっとスカッとしちゃった!(笑)」
「光里ちゃんって…意外とやるんだね!(笑)」

いまだに振り向かない光里。


「…勘違いしないで下さい、私…別にあなたのこと助けたんじゃありませんから!」

「え…?」

「ただ……このまま“負けっぱなし”じゃシャクだっただけ…」

「……っ」

「…藤崎さん、私…」
「私、葵くんのことが本当に大好きなんです…」


その言葉に、また心がチクッと痛む。


「だから…ここに入社してきて以来、ずっと葵くんのことだけを見てきました」
「それで私…思い知ったんです」
「私に対してまったく嫉妬したり束縛もしてくれなかった葵くんが、飲み会の席であんな行動に出た時に…」
「あんな彼は、見たこともないって…っ」


それはまさに、綾乃が予想していた通りだった。


「試しに私が“他に好きな人ができた”って嘘ついても、葵くんは嫉妬も引き止めることもしてくれなかったのに…っ」


胸の内を吐き出しながら、その肩は小刻みに震えていた。


「悔しかった…」
「あなたにあって、私にないものがなんなのかわからなくて…!!」

その後ろ姿からも読み取れるほどに鮮明な心の悲鳴。

「でも…なんとなく、それが何なのか今はわかる気がします」

「…え?」


「…実は私、葵くんにこっぴどくフラれたうえに怒られちゃったんですよね(笑)」
「あなたのことを傷つけるのだけは許さない……って」


──心の中で、安心した自分がいた。
そして今、傷ついた光里を目の前にしていても尚、そんな葵の思いを知って喜んでいる自分も…。

「(そっか、葵……光里ちゃんと話してくれたんだ…!)」

「付き合ってた頃ですらあんなに真剣に怒ってくれたこともなかったのに…笑っちゃいますよね(笑)」

そう言って鼻で笑った光里が次第に肩を震わせていき、顔を覆ったのが後ろからでもわかった。


「私…っ葵くんに言われた通り、前に進まなきゃいけないのに…っ」
「ごめんなさい…っ!!ごめ…なさっ……!!」
「………っ!」


そのか細くて消え入りそうな声に嘘がないことぐらい、背後に立つ綾乃にはじゅうぶん伝わっていた。


「…ねぇ、光里ちゃん……恋愛って難しいよね」

「……え?」

「相手が自分のことをどれだけ愛してくれてるかなんて、いくら考えたってわからないんだもん」
「だから…ちょっと嘘ついちゃったり、わざと嫉妬させるように仕向けてみたり…」
「少しでも自分の心を満たすために、いろいろ試してみたくなっちゃうんだと思うの」

「………。」

「でもね、多分…… 相手を傷つけるような嘘で試したってね、本当の気持ちなんて絶対に届かないよ」


その言葉を聞いた光里はそっと目を閉じ、また開いては初めて綾乃を振り返るのだった。


「……藤崎さんでも、男を試してみたりするんですか?」

唐突な質問に、綾乃は目をパチクリさせる。


「えっ?」
「あっ…ま、まぁね…そんなこともあったかしらねっ?(笑)」
「(…全部失敗に終わったけどね)」


「へぇ…」

目が合った光里は、なぜかプッと吹き出し笑いを始めた。

「え……光里…ちゃん?(笑)」


「でも、さすがに男の人の前でゲップとオナラはやりすぎですよねーっ!(笑)」


「…ええっ?!な、なんで光里ちゃんがそのこと知ってんのぉ?!」


「さーぁ?なんででしょうねぇ(笑)」


「ちょっと!誰が言ったのぉ?!」
「誰にも言わないでよね?!私の黒歴史なんだからっ!!」


改めて目を向けたその先には…

初めて見た、光里の素直な笑顔があった───。


































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