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結婚、そして子育て

第15話

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───大人になってから、他人に対して感じたこともなかったほどの怒りの感情に支配される。

まさか、その矛先がかつての『親友』だとは…思いもしなかった。

『このまま返信することなく、無駄な争いを避けて自然とフェードアウトすべきか…』と、しばらく悩んだ。

しかし、本当にそれでいいのだろうか。

自分の中で何も解決しないまま、スッキリしないまま……。

…いや、だからこそキッチリと終わりにするべきだ。

『それなら、LINEなんかじゃなくてちゃんと会って面と向かって話した方がいい…?』

……いやだ。
もうこれ以上、あの意地悪そうな顔から出てくる意地悪な声と言葉なんて聞きたくもない!!

それに、何を言っても100%言い負かされるのがオチだ。

今までそれがわかっていたから、何も言い返せずにいたんだ。

もうこれ以上、辛い気持ちになりたくない…それならば。

『一方通行で自分の思いを全部ぶちまけて、どんな返事が返ってきても一切返さず終わりにしよう』

私と真奈美は、元々『親友』なんかじゃなかったんだ。

とんだ悪縁だったんだと、この歳になってようやく気づけた。

悪縁は断ち切らないといけない。

そう…私にとっても、真奈美にとっても。


怒りも冷めやらないうちに、私は真奈美への最後のLINEを送信した。


「このまま疎遠にしようかとも考えたけど、やっぱりそれじゃ何の意味もないから最後に私の気持ちを伝えて終わりにするね。
真奈美とは数えきれないぐらい一緒に遊んできて、楽しかった思い出もいっぱいあるよ。
でも、長い間理不尽に見下されたり意地悪なことを言われたりして傷ついてたのも事実です。
今はもうお互いに守るべき生活があって生きてるわけやから、もうこの歳になってそんなことはないやろうと思ってただけに…残念やわ。
真奈美のこと友達だと思ってたし、真奈美もそう思ってくれてると思ってたから。
私のことが嫌いなら、ハッキリそう言ってもらえた方がいくらか楽だった。
それと、私のことを『誰ともうまくいかへんと思う』って言うけど、そんなことないよ。
私は真奈美ほど友達は多くないかもしれないけど、みんな同じように子育ても頑張ってて、誰かに見下されたり誰かのことを見下したりすることもないし、対等な付き合いができてるから。
もしこのLINEを削除することがないなら、いつか自分が私に言った内容を読み返してみて欲しい。
私も、いくつになっても子沢山だろうと独身だろうと若々しくて綺麗な女の人は素敵だと思う。
でも、いくら見た目が綺麗でも他人の粗探しをしてバカにして笑ってるような人は醜いと思います。
それに、真奈美は『私とサエは違いすぎる』って言ったけど、本当にそうだと思うよ。
だって、私は自分の価値観や感情だけで人を軽視して上から目線で意見を押し付けたり、故意に言葉で傷つけたりはしないから。
なので、私には真奈美の気持ちがとても理解できません。
そして今回のことで、あなたが私の人生においてまったく必要のない人だと確信できました。
もう一生顔も見たくない。
あなたとの繋がりは削除しておくから、そっちも自由にして下さい。
一方的で悪いけど返信はいらないし、くれてももう返さないでおくね。
それじゃあ、元気で。」


─────。


誰かに対して、ハッキリと明確な拒絶を訴えることがこんなにも自らのエネルギーを消耗させ、疲れるものだとは知らなかった。

───苦しい。

人から拒絶されることも、その逆も…

いやだ。気持ち悪い。
私は……こんな人間関係のネチネチしたイザコザを平気な顔して渡り歩けるほどメンタルが強くはないのだ。

無縁になりたい。

お互いに気持ちよく、ほどよい距離感で楽しくて心地いい付き合いができる…そんな人とだけ繋がっていたい。

こんないがみ合いなんて、もうまっぴらだ。

でも、もうそんな不毛で長かった悪縁もこれでついえたんだ。


───最後ぐらいもっと言葉を荒げてボロクソに文句言ってやればよかったのにって思った?


…そんなことしないよ。
中高生じゃあるまいし。

心の中では、そりゃーもう何度も感情的になって汚い言葉で怒鳴り散らしたよ。(笑)

でもやはり、真奈美と私はそんな感覚ですらまったく違うようだった。


最後のメッセージを送信して30分もしないうちに、真奈美からの返信が届いたのだ。


『返信、いらないって言ったのに…!』


そんな苛立ちと、またエネルギーを消耗させられるような言葉を目にしなきゃいけないという、恐れ…。


真奈美のことだ、きっと怒り狂っているに違いない。
なにせ、今までまともに言い返してきたり反論してきたこともなかった『サエ』にここまで拒絶され、それも絶縁を言い渡されたのだから。


───あのエベレスト級のプライドが、そんなことを許すはずがない。


そんな予想は、見事に的中。


「私はサエを見下してるつもりなんてなかったけど、ネガティブなサエに対して見下してるふうに見えてたんなら、ごめん。
でもな!私の友達に私の愚痴言ってるような奴に、どうこう言われたくないわ!!
私の大切な友達に嫌な思いさせて、陰で愚痴るなんて最低!!
今回のことで、より一層サエのこと嫌悪したわ!!
次こんなことしたら許さん!!
もう私らに二度と関わらんといて!!
こっちこそ返事いらんから!!
じゃあ、お元気で!!」


中学生の頃、クラスメイトの女子と喧嘩した時にこんなふうに声を荒げて言い合った覚えがある。

若い、それもまだ子供だった頃の話…。

私はこのメッセージを読んで、真奈美自身の精神的な幼さを目の当たりにしたのだ。

文句を言われたことに対する怒りに任せ、単純にムキになって出てきたような感情的で短絡的な言葉たち。

こんないい歳した大人相手に、そもそもまともな対話など不可能だったのだ。


───そして、私は…


『大切な友達』というワードに今一度、目を止めた。

沙希がそうなら、私は真奈美にとって一体どういう存在だったのだろうか。

昔の出来事を掘り返すことが正しいこととは思えないけど、現に私は真奈美から何度も自信をなくすような扱いをされてきた。

結婚する時ですら、素直に祝福もしてくれなかった『友達』。

それでも私が真奈美を『友達』だと思ってきたのは…

美人で真面目で努力家で、ちょっとキツイところもあるけど自分の意見をはっきり言える、そんな『私が持っていないものをたくさん持っている真奈美』のことが好きだったからだ───。

だから、酷いことを言われたりしても…

『友達』だから、嫌いになれなかった。

───それなのに。

笑っちゃうよね。

今まであんたからさんっざん上から目線でバカにされて!!

それでも『自分がダメな奴だから言われても仕方ないんだ』って何度も何度も自分に言い聞かせてきて!!

あんたのイイトコばっか見ようとしてた私は、一体なんだったっていうんだよ!!!


───怒りと悲しみ、虚しさ、自己嫌悪、後悔…

いろんな感情が、涙となって溢れ出した。

そっか、ようやくわかったよ。

真奈美にとって私は友達でも何でもなく、ただ単に自分の鬱憤を晴らしたいだけの都合の良いサンドバッグだったんだね。

そんな人と絶縁できて、本当によかったよ。

そう強く確信し、もちろん返事などすることなく真奈美のLINE画面を閉じた。


そして、私はもう一つの問題に改めて目を向けた。

───そう、沙希に嫌な思いをさせてしまったことだ。

真奈美は沙希にとっては友達なのだ。

そんな真奈美のことを詳しくは伏せたとはいえ、マイナスな印象を与えるようなことを言ったのは事実なのだから。

真奈美が急に『沙希の家に寄って、いろいろ話して楽しかった』と言い出したのも、そのことを示唆していたわけだ。

おそらく、その時に沙希から聞いたのだろう。

『あんたが私のことを沙希に言ったことを、私は知っているんだからね』……という匂わせ的なものだ。

真奈美の性格上、やりそうなことこの上ない。


『沙希に謝って、真奈美と絶縁したことだけ報告してから沙希とも疎遠になるべきかな…?』

真奈美に関わるなと言われたこととは別に、単純に沙希に対して悪いと思った。

せっかく、お互いの旦那や子育ての話で盛り上がったりしてて、楽しかったのに…

でも、それを壊したのは……私なのかもしれない。

そうして私は、数日悩んだ末に思いきって沙希に電話をかけた。

電話に出た沙希は、いつもと全然変わらない感じだった。

でも、心なしか、だいたいの事情を知っているかのような……そんな気がしたのだ。

とりあえず、私は沙希に真奈美のことを悪く言ったことを謝った。

「友達のことを悪く言うようなことして、沙希に嫌な思いさせてしまってごめんな…」

真奈美からそう聞いたというのは伏せておいた。

ところが、沙希から返ってきたのはまったくもって考えもしない答えだったのだ。


「ううん、私のことは気にしないで大丈夫だよ!そもそもあれって悪口なの?私は、サエの真奈美に対するだと受け取ったんだけどな。」


「……え、そうなの…?」

でも、確かに真奈美は……『沙希に嫌な思いさせた』って…。

どゆこと??


頭がこんがらがりながらも、沙希の次の言葉を耳にした私は…

───まさに耳を疑ったのだ。


「ただ、私にとってはサエも真奈美も大切な友達だから…そんな二人のの口から悪い話は聞きたくなかったっていうのはある…。私には、二人の話を聞くだけでどっちか一人の味方にもなれないからさ…」


───ちょっと待って?

今、お互いの口って言いましたか?(笑)


そして、その意味を理解すると同時に得体の知れない笑いが込み上げてきた。


───おい、真奈美。
あんたも沙希に私のこと、ゆーとるんやないかい。(笑)

自分のことはすべて棚の上、悪いのは全部私か……さすがやね。(笑)

私には真似できません。(笑)

沙希は本当に、そんな真奈美の性格を知らないんだろうか…。

…いや、おそらく真奈美が私にだけしか見せないんだろう。
じゃなきゃ、周りが敵だらけになってしまうはずだ。

───沙希に、何もかも話してやりたい。

そう、できることならば。

でも、そんなことしたって何の意味もないのだ。
余計に問題がこじれるだけで、得になることなど何もない。

やはり、私の方から疎遠になるべきだ。

───そして、私はだいたいの流れだけを説明し、真奈美と絶縁したことを沙希に報告した。

多分、沙希はもう真奈美から聞いていて知っていたのだろうけど。

「…ということで、私は真奈美とはもう理解し合えないやろうから、線引かせてもらった。でも、沙希にとっては板挟みにされるみたいでいろいろやりにくいと思うから…無理のない範囲で付き合ってもらえたら私も嬉しいよ。」

それは暗に、『沙希がしんどいなら私の方は疎遠にしてくれても大丈夫だから』という意味だった。

それは沙希にも伝わったようで、すぐに答えが返ってきた。

「え、ちょっと待って待って?さっき、私にとってはサエも大切な友達って言ったよね?サエが真奈美とのことがネックで辛いなら無理にとは言わない…それは私のセリフだから!(笑)
せっかくお互いに子育て頑張ってて、愚痴でも何でも話せる仲なんだから…私はこれからもサエと関わりたいし、愚痴でも何でも相談してきて欲しいと思うよ。」


グッと涙が込み上げてくるのを我慢した。


そう……『友達』って、こういうことなんだよね。
格上も格下もない対等な関係で、お互いに気を遣い合えて、ほどよい距離感は保ちつつだけど話してると安心できて、必要不可欠な存在だから疎遠になるなんて考えられない。

だから、私も。


───愚痴も言うし相談もするけど、『真奈美のこと』は一切沙希には話さない。


自分の中でそう心に決め、私のことを理解して必要としてくれる『友達』の存在の大きさを改めて実感した───。
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