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結婚、そして子育て

第8話

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義実家に寄り付かなくなって、しばらく経った頃。
時折義両親のことを思い出しては、小さな後悔に苛まれた。

『なんとかうまくやっていく方法は他になかったの?』
『夫の両親っていう目上の人の言うことを聞かないでやってきて、これで本当によかったの?』
『本当は私が意固地でワガママなだけだったんじゃないの?』

そんな自己嫌悪は、のちに起きた義父と義母の騒動によって杞憂となる。
『こんな人たちの言いなりにならずに済んでよかった』と胸を撫で下ろすことになったその事件の発端とは…


義父の、不倫だった。


──実際に義父は男前だ。
少しコワモテだけれど、オールバックがよく似合うワイルド系イケオジといったところか。
前に若い頃の写真を見せてもらったことがあるが、その色気ムンムンのイケメンっぷりに目を奪われたほどだった。
おまけに気風きっぷが良く、多趣味で行動派となればモテないはずがない。
まさかしないよな…とは思っていたけれど、車の助手席に女性を乗せていたところを義母が目撃してしまったことから大騒動は始まった。
そしてそんな夫婦間の問題は、義家族はもちろん、私の家族にまでその火種を撒き散らすこととなるのだ──。


ある日、突然私の元に義母からのメールが届いた。

「お父さんの浮気が発覚しました。相手は飲み屋の派手な女です。ちなみに初めてではありません。お父さんとはもう別れるつもりです。私たちは別々になりますが、サエちゃんの義理の父母であることには変わりありません。どうかこれからもよろしくお願いします」

目が点になった瞬間だった。

私は思わず義母に電話を掛けた。

「お義母さん、本当なんですか?!別れるなんて、ちょっと待って下さいよ!」

義母の話によると、すでに義父の荷物を勝手にまとめて家から追い出したらしい。
まぁ、浮気されたのだからそこまでするのも頷ける。
私だってきっと同じことをするだろう。
なんなら、旦那の物という物すべて窓から放り投げてやってもいいぐらいだ。
しかし、義母の声は明らかに弱々しく、今にも泣いてしまいそうだった。
義母が義父にゾッコンなのは一族みんながわかっていることだったし、私も義母の精神状態が心配になった。
以前、義父の帰りが遅い時期があった時にも義母は私の前で言っていた。

『お父さんの帰りが遅いの。毎日手が震えて頭痛がして眠れない』と。

義父のこととなるととことん精神不安定になる義母が気になったので、私は義父に電話を掛けてみた。
義父の話も聞かなければならないと思ったからだ。
しかし電話に出た義父の声は、焦るどころかあっけらかんとした元気な声だった。

「実は追い出されて、今一人で部屋借りてそこに住んでるんだ。市内で一番家賃が高い単身者向けのマンションにな!はっはっは!」

家賃が高い部屋を借りたのは多分、追い出された義母への当てつけだろう。
まったく、いい歳してやることが幼稚すぎる。

とりあえず私は、義母が憔悴しているから一旦家に帰って何とか話し合って欲しいと提案した。
すると義父は、意外にもあっさりとそれを承諾したのだ。

『なんだ、二人とも意地張ってるだけで本気で離れる気なんてないんじゃないか』…と、私は安心した。
しかしそれも束の間のことだった。
しばらくしてから義父から電話が掛かってきた。

「サエちゃん、あんたのお父さんは口が軽いんか?俺の女のこと、お母さんに喋ってくれてたみたいやわ」

意味がわからず言葉に詰まった。

私の父と義父は、私たちの結婚をキッカケに酒を酌み交わす仲になっていたのだ。
そして私の父は母と離婚してから小さなカラオケスナックを経営し始め、義父が飲みに来てくれることも多いらしかった。
しかし、義父はあろうことか、その父の店に自分の女を連れて行ったのだ。
息子の嫁の父親の店へ。
なんてアホなのだろうか。

一旦帰宅した義父が義母から突きつけられたのは、浮気相手のことを私の父から教えてもらった…ということだったらしい。

(なぜお父さんが義母にそんなことを…?)

まったく状況が飲み込めない私に、義父は言った。

「あのオッサン(私の父)は自分が離婚したからって、他人の夫婦間に波風立てて楽しんでるんか?」

さっぱり意味がわからない。
なぜそこまで父を罵倒されなければいけないのか。

「普通はそんなこと喋らへんやろ!」と言われ、『いやいや普通は息子の嫁の父親の店に女なんか連れて行かへんやろ!』と突っ込みたい気持ちを我慢した。
そして、とにかく私は父から詳しい話を聞くことにした。

その直後に電話で話した父の話によると、数日前に突然義母が店に現れたらしい。
そして…

「旦那が浮気しているみたいなんですが、ここに女の人と一緒に来ませんでしたか?」
と聞かれ、父はさすがに本当のことを言えなかった。
すると、義母が父の目の前で泣き崩れたというのだ。

「お願いします、相手の人のことを教えて下さい。どんな人なのかだけでも知りたいんです。ただそれだけなんです。もう離婚届にも判をついたし、別れる覚悟もできています。お願いします」

…と泣いて懇願された父は義母に同情してしまい、口を滑らせてしまったというのだ。

相手の女がどこの飲み屋の女なのかということを。

そして、自分が義母に情報を漏らしたせいで大事おおごとになってしまったと思った父は、義父に謝罪の電話を入れておく、と言った。
その直後、唐突に父はこんなことを言い出したのだ。

「あのお義母さん…ちょっとおかしいんと違うか?」と。

義父の浮気相手のことを父が話してしまった後、義母は不倫発覚の詳しい経緯いきさつを話し始めたらしい。

「最近、夫が勃起不全を治す薬みたいな物を飲んでいるみたいだし、私との行為の時も変な体位でするようになって、女がいるんじゃないかと直感したんです」…と。


……きっっっっも!


長男はアラサーで、孫もすでに4人いる50代の義両親。
いまだに夫婦生活があるのは悪いことではないけれど、そんなことを息子の嫁の父親に話せるというヤバイ神経。
そして、薬を飲んでまでやりたいという色欲モンスター。
ドン引きしてしまった。
そして、のちに判明することなのだが、驚くことに義両親は正式な夫婦ではなかったのだ。
昔、夫婦喧嘩をした時に一度離婚したが復縁し、それ以来ずっと事実婚状態だったらしい。
…ということは、離婚届もクソもないのだ。
義母が父に『もう離婚届に判もついたし別れる覚悟です』と話した意味は、実際は父の口を割らせるための泣き落としでしかなかった。

──私は義両親を心底軽蔑し、失望した。


それ以降の出来事は、まったく反省の色もない義父の口から語られた。
義母が浮気相手が働く飲み屋に行ったこと、そして…
その店内で、義父の女が立つカウンターに座って普通にカラオケを歌い、笑ってお酒を飲みながら周りの客の歌に手を叩く…そんなことを一週間以上続けたらしい。

…ゾッとした。

浮気相手の店に突入し、『私の旦那に手を出したのはあんたねっ?!許さないわよ!!』…と、修羅場になる方がよっぽど人間らしくて共感できそうなものを…。

しかし、あの義母だからこそそんな行動にも納得がいった。
きっと嫉妬深く、陰湿な目で義父の女を黙って見つめていたに違いない。
その腹の中にドス黒い炎をメラメラと燃やしながら──。

そして結局、義父と義母は元の鞘へと戻ったのだ。
散々周りを巻き込み、それに対して私へ謝罪の一言もないまま。

夫は私に言った。
「自分の親がここまで狂ってるとは思わなかった。今まで付き合わせて悪かった、もう二度と関わらなくていいから」、と。

他県に嫁いだ義妹は義父からのメールに、『私に二度と関わらないで下さい』と返したらしい。

そして義両親は一連の騒動の後すぐ、何の前触れもなく唐突に言った。

『沖縄に移住することになりました』…と。

なんでも、沖縄で海水浴や釣りを楽しみながら悠々自適な生活をするのが義父の夢だったらしい。

…が、実際のところは地元に住めなくなったからだろう。
なぜなら、義父の不倫騒動の渦中、近所じゅうの飲食店や料亭、飲み屋などすべてに義母がガサ入れ捜査していたからだ。
義父が女と一緒に来ていなかったか、知っていそうな店という店に聞いて回っていたのだから。

…アホ極まりない。

こうして下の義妹と末の義弟を連れて沖縄へと旅立った義両親。
義父の経営する会社の名義は長男である義兄が継いだ。
私はせいせいした。
これでもうあの義両親と関わらなくて済むんだ…と、心底ホッとしたのだ。


そして義両親が飛んでってくれて少ししてから、今度は突然…
まさかの義兄嫁から私個人に連絡が来たのだ。
一体なんの要件かと思えば…


──義両親に対する壮大な愚痴だった。


「義父も義母もマジでありえない、私のことを散々いいように利用し尽くしておいて沖縄に逃げた。サエちゃんはどう思ってる?」

皮肉にも、義兄嫁の方から私に近づいてきたのはこの時が初めてのことだった。
とりあえず私は義兄嫁の言い分を聞いてみることにした。

義兄嫁は、義両親の不倫騒動の時に義母から散々使われたらしいのだ。
義父の携帯電話を盗み見し、浮気相手の女とのメールのやり取りなどを義母の携帯に転送させられたり。
飲食店などへのガサ入れ捜査にも協力させられたり。
挙げ句の果てには沖縄へ旅立つ前日の夜、義家族はすき焼きを作って食べてその鍋を台所に放置したまま翌日旅立ったらしいのだが、その鍋の片付けや家事などを義母が義兄嫁に指示したというのだ。
義兄嫁は仕方なく、その腐ったすき焼きの残骸を処分して鍋を洗い、片付けたらしい。
実に義母が頼みそうなことであり、その言いなりだった義兄嫁も引き受けそうなことだった。
しかし、義兄嫁は時間の経過とともに憤りを抑えられなくなった、と言う。

「私は今までずっと『いい嫁キャンペーン』をしてきて、何でも義母の言うことを聞いて義家族に尽くしてきた。それなのに最後までこの扱いは酷すぎる、許せない」

そんな義兄嫁の気持ちは私にも理解できた。
義兄嫁は、ずっと私の知らない所で私がしたこともない苦労をしてきたのだろう。
そして、私に共感を求めてきた。

もちろん私は義兄嫁に共感できた。

「そっか、今まで大変だったんだね」…と。

──しかしもう、何もかも遅すぎたのだ。

「私ね…義父の名前を『うんこ』、義母の名前を『クソババァ』って電話番号登録してるの!(笑)ちなみに私、末弟くんのことも大っ嫌いだからね。名門校通いだからって、小学生のくせにワガママすぎない?それに義母ってさ、エステにお金かけてるわりに全然スタイル良くないよね(笑)料理も下手だし、あれじゃ『サレ妻』にされても仕方ないよ」


『こんなことを言われて、されて、辛かった』という話はまだ聞く気になれた。
しかし、人の見た目やステータスそのものを貶すようなは聞いているだけで虫唾むしずが走った。


──義兄嫁よ。

あなたも義母と同じく非常に勝手な人間だ。

義実家に行くたびに疎外され、義母と一緒に陰口を叩かれ、長い間悩み苦しんだ私に手のひらを返して義実家の悪口を聞かせるという図太さ。
そんな義兄嫁には私の気持ちなど理解はできないだろう。

「出会った当初は嫌な態度取ってごめんね!私の方が義実家と付き合いが深かったのにサエちゃんがいきなり入ってきて、あの時は素直に歓迎できなかったの」

…ほらね。

何よりも自分の気持ちが大切で、自分の立場を守るためならば他人を平気で蹴落としたり傷つけることができる人種。

──反吐へどが出る。

一体どこで何を間違えたのだろうか。
愛する夫の両親はもちろん、その身内にすら私は恵まれなかった。
他の友達なんかは義家族ともうまくやってるっていうのに。
でももう、仕方がない…それだけなのだ。

私は義兄嫁からの連絡を徐々に取らないようにしていき、そっとフェードアウトした───。
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