アトランティス

たみえ

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第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士

出征前

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 ガザル王子の返還は恙なく実行された。しかし新たな人質交換に関しては相手国から当然のように拒絶されてしまい、ならば再戦するまでだとエネストラ王家が強気の沙汰を下した。
 あまりに頭が悪すぎる展開だった。

 戦争となれば前線に駆り出されるのはサルバド家だ。今のサルバド家に余力なんてないことは分かりきっているはずなのに、王家はそれほどまでにリオンの実力を信じているとみるべきか、それとも相手国を裏で所詮は属国同然と見下しているからなのか本音は定かではない。
 いずれにしても。再びの戦争を狙っていたと言われたほうがしっくりくるほどあっさりとした宣戦布告だった。

「お姉様……」
「心配するな。私が負けるわけないだろうに」
「でも……」

 つい先日、戦争によって父親を亡くしたメアにとってリオンは血が繋がっていなくとも唯一残された家族だった。だから王家の命によってサルバド家暫定当主として出征しようとするリオンの姿が父親と重なってしまうのだろう。
 不安からか普段よりも顔色が悪いのに、弱々しい力で飾りであるマントを掴まれていては出発したくともなかなか出来ない。

 物理的にもであるが、何よりもリオンがこのところ感じていた不穏な気配や違和感が再戦によって増々全身や周囲に纏わりつくように感じられたからである。
 それがリオンだけならまだしもサルバド家、何よりもメアにまで纏わりつこうとするように迫っている危機感があり、出発しようにも後ろ髪を引かれる思いであったのだ。

「すぐに終わる。何も怖いことは無い。安心して待っているんだ」

 メアに言い聞かせているようでいて、それはまるでリオン自身に言い聞かせているかのような言葉だった。そうしたリオンの隠しきれない不安がメアの手を離させないのかもしれない。
 さっさと終わらせて帰ってやはり杞憂だったのだと確認したい気持ちと、このまま出征して本当に良いのだろうかという不安から湧き出る疑問が衝突しあってかろうじて均衡を保っていた。

「お姉様、わ、わたし、お姉様がいなくなったら、う、や、やだっ」

 何をどう想像したのか、リオンの不安を感じ取りでもしたのかメアの中ではリオンが出征すればもう戻ってこないとでも言うような取り乱しっぷりであった。
 シークの時にはいつも笑顔で見送っていたメアであったからこそ、今回のこの尋常ではない引き留めにはリオンにしても嫌な予感しかしなかった。

 だからといっていつまでもリオンが出征しないのでは、王家からどのような命が新たに下されるか分かったものではない。最悪、引退したサルバド家の非戦闘員たちすらも駆り出される事態になれば恨まれるのはリオンだ。
 剣は剣らしく、その実用性を証明し続けなければならない。でなければ今後のメアとサルバド家にとって良くない結果へと結びつけてしまうだろう。
 ――もとより覚悟はとうに決まっている。

「私はいなくならない。サルバド家に――メアのもとに帰ってくる」

 シークにエミリー、メアはリオンにとっても唯一の家族。両親を救うことは叶わなかったが、唯一残された二人の証を放り出すなんてあり得ない。必ず守ると誓った家族なのだから。
 リオンが何を言おうとも不安は晴れないのか、メアは相変わらず弱々しい力でリオンのマントを掴んで離さなかった。むしろ大丈夫、心配ないと繰り返せば繰り返すほどに悪化していた。

「でもぉ!」
「……何があっても、必ずメアは守る。必ず、だ」

 何度も何度も根気強くメアに言い聞かせていればそろそろ活動するための体力も限界だったのか、メアの頭がふらふらとしだし、近くに控えていた侍女が慌てて近寄ってきて身体を支えた。
 最後まで離すまいとしていた握りもするりと、呆気ないほどに滑り落ちてリオンをその場に留める為の表面上の理由はもはやなくなっていた。

「ぐす……ひっく……」
「だからそのために必ずメアのもとに帰るのだと、メアに誓おう」

 まるで今生の別れかのように泣き止まないメアに手を伸ばして頭を撫でようとし、止める。今また近付けば未練たらしくも離れがたくなってしまう。そうなればきっと、いつまで経っても出征は延期になるからだ。
 リオンが迷えば迷うほど、戦場で散るのは訓練も施したことのある顔見知りの味方だ。流石に戦争に赴かずにメアの傍に居たいというリオンの我儘で不必要な犠牲を出させることは躊躇われた。

「いかないでぇ……」

 振り返ることなく踵を返す途中、気配でメアがリオンへ弱々しく手を伸ばすのを感じ取った。一瞬、あまりに悲愴な声音に足が止まりかかったが、静かに待機していた近衛兵に催促されてしまい戦場へ直行する馬車へ乗り込んだ。
 情勢が情勢の為に出立式のような催しは行われず、義父となるはずの王や夫となるはずの王子から挨拶や激励の言葉、ましてや手紙さえ貰う事もなく戦場へ送られる様はまるで使い勝手のいい奴隷のようだと、リオンは自身の状況を揶揄したくなった。

「おね、さまぁ――」

 遠くなるサルバド家からわずかに聞こえてきた慟哭の声に聞こえないフリをして、リオンは改めて自身への覚悟を問うていた。……最も不穏な気配は王家から嫌というほどに漂っていたからだ。
 ――奴隷ならば奴隷でもなんでもいい。それでサルバド家を、ひいてはメアが守れるのであれば構わない。

 たとえリオンが死のうとも。メアだけは――。
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