28 / 31
第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士
出征前
しおりを挟むガザル王子の返還は恙なく実行された。しかし新たな人質交換に関しては相手国から当然のように拒絶されてしまい、ならば再戦するまでだとエネストラ王家が強気の沙汰を下した。
あまりに頭が悪すぎる展開だった。
戦争となれば前線に駆り出されるのはサルバド家だ。今のサルバド家に余力なんてないことは分かりきっているはずなのに、王家はそれほどまでにリオンの実力を信じているとみるべきか、それとも相手国を裏で所詮は属国同然と見下しているからなのか本音は定かではない。
いずれにしても。再びの戦争を狙っていたと言われたほうがしっくりくるほどあっさりとした宣戦布告だった。
「お姉様……」
「心配するな。私が負けるわけないだろうに」
「でも……」
つい先日、戦争によって父親を亡くしたメアにとってリオンは血が繋がっていなくとも唯一残された家族だった。だから王家の命によってサルバド家暫定当主として出征しようとするリオンの姿が父親と重なってしまうのだろう。
不安からか普段よりも顔色が悪いのに、弱々しい力で飾りであるマントを掴まれていては出発したくともなかなか出来ない。
物理的にもであるが、何よりもリオンがこのところ感じていた不穏な気配や違和感が再戦によって増々全身や周囲に纏わりつくように感じられたからである。
それがリオンだけならまだしもサルバド家、何よりもメアにまで纏わりつこうとするように迫っている危機感があり、出発しようにも後ろ髪を引かれる思いであったのだ。
「すぐに終わる。何も怖いことは無い。安心して待っているんだ」
メアに言い聞かせているようでいて、それはまるでリオン自身に言い聞かせているかのような言葉だった。そうしたリオンの隠しきれない不安がメアの手を離させないのかもしれない。
さっさと終わらせて帰ってやはり杞憂だったのだと確認したい気持ちと、このまま出征して本当に良いのだろうかという不安から湧き出る疑問が衝突しあってかろうじて均衡を保っていた。
「お姉様、わ、わたし、お姉様がいなくなったら、う、や、やだっ」
何をどう想像したのか、リオンの不安を感じ取りでもしたのかメアの中ではリオンが出征すればもう戻ってこないとでも言うような取り乱しっぷりであった。
シークの時にはいつも笑顔で見送っていたメアであったからこそ、今回のこの尋常ではない引き留めにはリオンにしても嫌な予感しかしなかった。
だからといっていつまでもリオンが出征しないのでは、王家からどのような命が新たに下されるか分かったものではない。最悪、引退したサルバド家の非戦闘員たちすらも駆り出される事態になれば恨まれるのはリオンだ。
剣は剣らしく、その実用性を証明し続けなければならない。でなければ今後のメアとサルバド家にとって良くない結果へと結びつけてしまうだろう。
――もとより覚悟はとうに決まっている。
「私はいなくならない。サルバド家に――メアのもとに帰ってくる」
シークにエミリー、メアはリオンにとっても唯一の家族。両親を救うことは叶わなかったが、唯一残された二人の証を放り出すなんてあり得ない。必ず守ると誓った家族なのだから。
リオンが何を言おうとも不安は晴れないのか、メアは相変わらず弱々しい力でリオンのマントを掴んで離さなかった。むしろ大丈夫、心配ないと繰り返せば繰り返すほどに悪化していた。
「でもぉ!」
「……何があっても、必ずメアは守る。必ず、だ」
何度も何度も根気強くメアに言い聞かせていればそろそろ活動するための体力も限界だったのか、メアの頭がふらふらとしだし、近くに控えていた侍女が慌てて近寄ってきて身体を支えた。
最後まで離すまいとしていた握りもするりと、呆気ないほどに滑り落ちてリオンをその場に留める為の表面上の理由はもはやなくなっていた。
「ぐす……ひっく……」
「だからそのために必ずメアのもとに帰るのだと、メアに誓おう」
まるで今生の別れかのように泣き止まないメアに手を伸ばして頭を撫でようとし、止める。今また近付けば未練たらしくも離れがたくなってしまう。そうなればきっと、いつまで経っても出征は延期になるからだ。
リオンが迷えば迷うほど、戦場で散るのは訓練も施したことのある顔見知りの味方だ。流石に戦争に赴かずにメアの傍に居たいというリオンの我儘で不必要な犠牲を出させることは躊躇われた。
「いかないでぇ……」
振り返ることなく踵を返す途中、気配でメアがリオンへ弱々しく手を伸ばすのを感じ取った。一瞬、あまりに悲愴な声音に足が止まりかかったが、静かに待機していた近衛兵に催促されてしまい戦場へ直行する馬車へ乗り込んだ。
情勢が情勢の為に出立式のような催しは行われず、義父となるはずの王や夫となるはずの王子から挨拶や激励の言葉、ましてや手紙さえ貰う事もなく戦場へ送られる様はまるで使い勝手のいい奴隷のようだと、リオンは自身の状況を揶揄したくなった。
「おね、さまぁ――」
遠くなるサルバド家からわずかに聞こえてきた慟哭の声に聞こえないフリをして、リオンは改めて自身への覚悟を問うていた。……最も不穏な気配は王家から嫌というほどに漂っていたからだ。
――奴隷ならば奴隷でもなんでもいい。それでサルバド家を、ひいてはメアが守れるのであれば構わない。
たとえリオンが死のうとも。メアだけは――。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~
月見酒
ファンタジー
俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。
そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。
しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。
「ここはどこだよ!」
夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。
あげくにステータスを見ると魔力は皆無。
仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。
「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」
それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?
それから五年後。
どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。
魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!
見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる!
「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」
================================
月見酒です。
正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる