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第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士
告白
しおりを挟む――あいシテル!
シーク以外の数々の猛者を相手でも表情を変えることなく、汗一つ見せたことの無いリオンにしては珍しく全身に冷汗が瞬時に籠り、顔はいつの間にか淡く火照っていた。
適齢期まではシークが周囲のガードをしており、婚約したことで更に男女の事に縁遠くなっていたリオンにとって戦いならともかく、唐突な愛の告白の対処方など知る由も無い。どんな奇襲でも対応出来る自信のあったリオンには想定外の奇襲であった。
「な、なな何を……」
「リオン! けっコン! スル!」
なんとか言葉を絞り出したリオンであったが、先程までアホ面を晒して固まっていた王子はどこへやら。ツカツカとリオンの元に歩み寄ったかと思うと、圧し掛かる勢いで片言で迫ってきていた。リオンは気付けば後退りして壁際まで追いやられてしまい、固まった。
リオンの実力を信用されていることもあり、使用人は外で待機している。ここは分厚い壁に囲まれており、窓も無く叫んだとしても響かない。この部屋の中で二人きりなのだ。
壁際に追いやられてしまい、身動きが取りづらくなったリオンの顔の両側にスッと影が落ちる。見上げれば影で顔の陰影が濃くなった王子の真剣な顔があった。
レイブンにも劣らない造形であるその顔が先程は気にならなかったが、戦うこと以外でこうまで男性に長く近付かれた経験の無いリオンは、妙に王子の瞬く睫毛や顔に掛かる吐息が気になって居心地が悪くなった。
レイブンと婚約していると伝えたのに、愛の告白とは頭がおかしい王子だ。人質であるのに、その国の王太子の婚約者に手を出そうとするのは正気の沙汰ではない。
頭がおかしいのか、もしかしたら何かほかに思惑があるのかもしれない。
シークがいれば、たかが愛の告白で狼狽えて隙を見せたのはリオンが悪いと笑いそうだ。……ここにシークがいれば、相手を粛清してくれただろうが。もういないものはいないので、助言も助けもない。
シークの豪快な笑みを必死に思い浮かべ少しだけ冷静さを取り戻したリオンは、気を取り直して人質の王子を睨み、その思惑を読み取ろうと目を探った。
が、あまりに甘やかな笑みで見下ろし、更にはその笑みのまま流し目で横髪を口づけたり、見せつけるように指で弄んだりされたため、早々に目を逸らしてしまった。
レイブンとの交流では何度か手を繋いだ程度の経験しか無い耐性ゼロのリオンにとって、何か思惑のある誘惑であると理解しつつも至近で見ているのは耐えられないほどに刺激が強すぎる光景であった。
力業で制圧するのは簡単であるが、今後も話を聞きだすための交流が行われるのに、最初からこれでは話を聞くどころではない。ハッキリとお断りして、人質として態度を改めて貰わなければ。
「お、お断りし――」
動揺しながらもどうにか居心地の悪い空間から出たくて早々に結論が出たリオンは、ひとまずお断りを申し伝えようと声を出した。が、リオンを腕の中に囲んだ王子の行動のほうが何倍も素早かった。
リオンがお断りの言葉を発しようとした瞬間、王子の顔がリオンの肩に近付き、耳元で甘やかにささやかれる。
「――愛してる」
「なっ、ななななな」
片言から急に流暢になったド直球な愛の言葉は、リオンにとって刺激が強すぎた。
「ぐわッ……!?」
……気付けば、目の前にいたはずの王子は視界から消え去っており、ぽろぽろとリオンの前に何かの欠片や破片が不規則に落ちて散らばっていた。リオンは落ちてくる破片や欠片を辿って上を見上げた。
「やってしまった……」
王子は天井に綺麗にめり込んでいた。
「あ」
暫く放心していたリオンは、時間経過で剥がれるようにポロリ、と落ちてきた王子を反射で捕まえた。一応の手加減はしたため、王子は粉々にはなっていない。
多少、蹴り上げられた胴体としたたかに打った背中は今後かなり痛むかもしれないが、自業自得であるとリオンは気にしないことにして備え付けのベッドまで運んであげた。
相手の思惑なのか、相手のペースにまんまと呑まれて予想していた対面にはならずとんだ失態となった。だが、リオンは悪くない。そう、悪いのは急に変なことをする王子だ。
意識が飛んでしまったのか、ピクリともしない王子の顔を見て過ぎる、甘やかに誘惑してきた顔を脳裏から振り払うようにリオンは己に言い聞かせた。
「――つ、次はこうはいかないからな!」
気絶している王子に捨て台詞を掃き、リオンは赤い顔のまま部屋をスゴスゴと撤退することとなった。
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