アトランティス

たみえ

文字の大きさ
上 下
25 / 31
第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士

告白

しおりを挟む

 ――あいシテル!

 シーク以外の数々の猛者を相手でも表情を変えることなく、汗一つ見せたことの無いリオンにしては珍しく全身に冷汗が瞬時に籠り、顔はいつの間にか淡く火照っていた。
 適齢期まではシークが周囲のガードをしており、婚約したことで更に男女の事に縁遠くなっていたリオンにとって戦いならともかく、唐突な愛の告白の対処方など知る由も無い。どんな奇襲でも対応出来る自信のあったリオンには想定外の奇襲であった。

「な、なな何を……」
「リオン! けっコン! スル!」

 なんとか言葉を絞り出したリオンであったが、先程までアホ面を晒して固まっていた王子はどこへやら。ツカツカとリオンの元に歩み寄ったかと思うと、圧し掛かる勢いで片言で迫ってきていた。リオンは気付けば後退りして壁際まで追いやられてしまい、固まった。
 リオンの実力を信用されていることもあり、使用人は外で待機している。ここは分厚い壁に囲まれており、窓も無く叫んだとしても響かない。この部屋の中で二人きりなのだ。

 壁際に追いやられてしまい、身動きが取りづらくなったリオンの顔の両側にスッと影が落ちる。見上げれば影で顔の陰影が濃くなった王子の真剣な顔があった。
 レイブンにも劣らない造形であるその顔が先程は気にならなかったが、戦うこと以外でこうまで男性に長く近付かれた経験の無いリオンは、妙に王子の瞬く睫毛や顔に掛かる吐息が気になって居心地が悪くなった。

 レイブンと婚約していると伝えたのに、愛の告白とは頭がおかしい王子だ。人質であるのに、その国の王太子の婚約者に手を出そうとするのは正気の沙汰ではない。
 頭がおかしいのか、もしかしたら何かほかに思惑があるのかもしれない。

 シークがいれば、たかが愛の告白で狼狽えて隙を見せたのはリオンが悪いと笑いそうだ。……ここにシークがいれば、相手を粛清してくれただろうが。もういないものはいないので、助言も助けもない。

 シークの豪快な笑みを必死に思い浮かべ少しだけ冷静さを取り戻したリオンは、気を取り直して人質の王子を睨み、その思惑を読み取ろうと目を探った。
 が、あまりに甘やかな笑みで見下ろし、更にはその笑みのまま流し目で横髪を口づけたり、見せつけるように指で弄んだりされたため、早々に目を逸らしてしまった。

 レイブンとの交流では何度か手を繋いだ程度の経験しか無い耐性ゼロのリオンにとって、何か思惑のある誘惑であると理解しつつも至近で見ているのは耐えられないほどに刺激が強すぎる光景であった。
 力業で制圧するのは簡単であるが、今後も話を聞きだすための交流が行われるのに、最初からこれでは話を聞くどころではない。ハッキリとお断りして、人質として態度を改めて貰わなければ。

「お、お断りし――」

 動揺しながらもどうにか居心地の悪い空間から出たくて早々に結論が出たリオンは、ひとまずお断りを申し伝えようと声を出した。が、リオンを腕の中に囲んだ王子の行動のほうが何倍も素早かった。
 リオンがお断りの言葉を発しようとした瞬間、王子の顔がリオンの肩に近付き、耳元で甘やかにささやかれる。

「――愛してる」
「なっ、ななななな」

 片言から急に流暢になったド直球な愛の言葉は、リオンにとって刺激が強すぎた。

「ぐわッ……!?」

 ……気付けば、目の前にいたはずの王子は視界から消え去っており、ぽろぽろとリオンの前に何かの欠片や破片が不規則に落ちて散らばっていた。リオンは落ちてくる破片や欠片を辿って上を見上げた。

「やってしまった……」

 王子は天井に綺麗にめり込んでいた。

「あ」

 暫く放心していたリオンは、時間経過で剥がれるようにポロリ、と落ちてきた王子を反射で捕まえた。一応の手加減はしたため、王子は粉々にはなっていない。
 多少、蹴り上げられた胴体としたたかに打った背中は今後かなり痛むかもしれないが、自業自得であるとリオンは気にしないことにして備え付けのベッドまで運んであげた。

 相手の思惑なのか、相手のペースにまんまと呑まれて予想していた対面にはならずとんだ失態となった。だが、リオンは悪くない。そう、悪いのは急に変なことをする王子だ。
 意識が飛んでしまったのか、ピクリともしない王子の顔を見て過ぎる、甘やかに誘惑してきた顔を脳裏から振り払うようにリオンは己に言い聞かせた。

「――つ、次はこうはいかないからな!」

 気絶している王子に捨て台詞を掃き、リオンは赤い顔のまま部屋をスゴスゴと撤退することとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)

ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。 流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定! 剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。 せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!? オマケに最後の最後にまたもや神様がミス! 世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に なっちゃって!? 規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。 ……路上生活、そろそろやめたいと思います。 異世界転生わくわくしてたけど ちょっとだけ神様恨みそう。 脱路上生活!がしたかっただけなのに なんで無双してるんだ私???

処理中です...