アトランティス

たみえ

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第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士

プロローグ:リオン

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 リベリア大陸エネストラ王国アルマ地方ババ村。人口およそ百人に満たない寒村である。

「んっしょ、んっしょ!」

 少女は今日も、幼い身体に鞭打って畑仕事に精を出していた。

「この役立たずが! 働かないやつに食わせるもんはないよ!」
「ぁァ……ッ」

 近くの掘っ立て小屋から、怒り心頭のやせ細った女性がその女性よりやせ細った子どもを引っ掴んで出てきた。抵抗する力も無いのか、されるがままに子どもは地へと投げ飛ばされた。
 ババ村は、王国が後ろ盾として始まった数ある開拓村のひとつであり、甘い謳い文句に誘われ着の身着のまま移住をした者が殆どの村であった。故に、とても貧しい。

 貧しければ、より弱い者が搾取されるものであり、少女の近くで繰り広げられた光景も、ここらでは日常茶飯事であった。叫び声も出ない様子を見て、大方、幼いからと食事を減らされ、ろくに食べられない状況が続いたことでとうとう力尽きたのだろう。
 ピクリとも動かなくなったのを放っておけば、冬が近づく今、凍え死ぬのは目に見えていた。

 少女は耕していた畑を一旦放置し、近くの森へ入って雑草をちぎる。ぱたぱたと小さな歩幅で走り、投げ飛ばされた子どもの元へ一直線に向かって傍にしゃがみ込むと、手に持った雑草を子どもの目の前に翳した。

「……これ、マズイ、生きる、食べる」

 虚ろな視線のまま空虚をさまよっていた目が、少女が手にした雑草へと移る。少女が今までに見たことの無い顔であった。哀れな新参者なのかもしれない。

「食べる、生きる」

 貧しい寒村に教育を施せるような人材がいるわけもなく、この村で生まれた少女が片言でしか話せないのは自明の理であったが、それでも、伝えたい言葉を伝えられるだけの語彙を扱える少女は、寒村の中でも賢いほうであった。

「――――」
「なに?」

 ぼそぼそと、子どもが何か言葉を発したが、少女には聞き取ることが出来なかった。だが、少女の手から雑草を取られたことでその意図を悟ることが出来た。
 弱々しくも雑草を咀嚼し始めた子どもを、少女はニコニコと見下ろした。

「ぅぅ……」

 雑草を咀嚼しながら、どこから湧いてきたのか、ぽたぽたと涙を溢し始めた子どもに、少女は気遣わしげにしつつも神妙な顔で念押しをした。

「マズイ? 生きる、食べる」

 少女の真剣な声に、泣きながらこくん、と子どもは返事をした。それを満足げに見ると、少女は放置していた畑仕事へと戻っていこうとした。
 ――その時である。

「ギャアアアアアアアアアア!!」

 耳を劈くような激しい悲鳴と共に、ゴゴゴゴゴォォオオッッ!! という凄まじい大地の揺れが少女たちの元へ伝わった。

「ま、魔物だあああアア!!」
「に、逃げろオオォォぎゃッ!?」

 突如として小さな寒村が阿鼻叫喚に包まれた。

「ッ! 逃げる! 早く!」

 少女は手にしていた農具を放り投げ、唖然としたまま上体を起こした格好の子どもを、片手で引きずるように森に連行した。魔物は大きい獲物――大人――を狙うはず。そうした思考の元、少女は森へと隠れ潜むことにした。
 子どもは咄嗟のことで、ついでであった。

「うぎゃああああああ!?」
「どけ! うおっ!? うわああああああ」
「どきなさいよ!」
「ぎゃあああ!!」
「あんた邪魔!」
「へぎゃっ?」

 あちこちから醜い争いと悲鳴、何かが潰れる音や断末魔が立て続けに聞こえた。少女たちは息を殺し、惨劇が終わるまでじっとしようとしていた。

 ――ガサッ

 嫌な予感がして、咄嗟に少女が逃げようとするも、手を繋いでいた子どもがコケたことで一歩逃げ遅れる。

『グルルルルルルルル……』
「ひっ!」

 大人の頭を余裕で超える巨大な四足の獣が、草むらからにゅっと出た。口の端から涎をだばだばと垂らし、その目は正気ではなかった。
 あまりに恐ろしい容貌に、少女たちは悲鳴が漏れてしまった。悲鳴が漏れたことで、少女たちの存在に気付いたのか、大きな獣がぎょろりとその目の焦点を少女たちに合わせた。

『ガアアアアアアッ!』

 小さな獲物を見つけた獣は、嗜虐心たっぷりに、嬉々としてその前足を振り上げた。

「……ッ!」

 咄嗟に、近くに落ちていた石ころを少女が手に取る。無意識の防衛本能であった。

「うがあああああアアアアアッッ!!」
『ガアァッ!?』

 己を奮い立たせるように、獣の咆哮をマネた少女は、勢いよく飛び上がり、ただの石ころを獣の脳天に振り下ろした。少女の反撃に、甚振るつもりで動いていた獣は虚を突かれ、反応が遅れる。

「アアァァァァァアアアァァアアア……ッ!!」

 続けて、止めたら死ぬとばかりに、必死の形相で少女は獣の頭を石ころで殴った。石ころが赤く染まり、砕け、塵となり、獣さえも動きを止め、周囲の悲鳴がいつの間にか止まっても、少女は自らの拳が粉々になる勢いで、獣を殴り続けた。ずっと。

「――そこまでだ」

 その手は、救世の手であった。
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