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彗天燈を灯して
しおりを挟む「すごいね」
「…………」
――私は今、とんでもないブツを手にしていた。
「一等賞大当たり! おめでとうございまーす!」
「…………」
からんから~ん……。
祝福のベルの音が、どこか空々しく感じられた。
すん……と全ての表情が虚無る。
「? どうしたの」
「……いえ。なんでもございませんわ」
私が大当たりした快挙を喜んでくれた夫が、喜ばずに微妙な顔をする私を見て不思議そうな顔で問いかけて来た。
……とりあえず、人目が集まってきたので夫の手を引いて其の場を離れた。
――貴族たちの訪問パーチーが奉迎祭に重なったのは偶然ではなかった。
そもそも最初からそう意図されていたのであるからして……これはもういいか。
……せめて時期をズラしてくれれば物凄く助かったのだが、いつ開戦になるかも分からない状況なせいで、そこだけはカトレアも引けず強引に上司命令発動。
おかげで不要な準備を突如するはめになり、奉迎祭には全く手が回らない状態に陥ってあわや……となるまで追い詰められていた。
しかしそれも、遠回りに誘い出して売り込みしてきた癒されたい系ガチ有能ヤバ魔女という語彙力喪失させられる上位のヤバイ魔女のおかげでか、準備を丸投げして凌ぐことができ、こうして延期や中止にならずに開催することが出来た。
……残念ながら、何故かありがたみは湧いてこない。ゾワゾワはするけども。
そんなこんなで意図が分かれば怖い売り込み、みたいな恐怖体験を挟みつつも、奉迎祭と同時に貴族たちを出迎えてパーチーを開くことが出来た。そこまではいい。
問題は私が湖畔の隅っこで黄昏ていた理由にもなるのだが、奉迎祭の準備に全く関与出来なかったせいで、どうすればいいのか分からないことだっだ。
このどうすれば、はどう行動すればいいのか、の意味だ。
小人さんから彗天燈を飛ばすという内容は聞いたが、それ以外については分からない。というより、ギリギリまで貴族パーチー関連の準備をしててやっと出迎え当日に間に合ったので知る時間がまるで無かったのだ。
当日は当日で貴族たちの対応があったので疲労困憊となり、前夜祭には参加することもままならなかった。
――そう、前夜祭。あったのだ。参加出来なかったけど……。
他の魔女たちに任せた、というかカモミールが全部の指揮を任せてくれと真顔で迫ってきたので、責任者だった元々の魔女から権限移譲して監督を任せた。決して謎の圧力に屈したわけではない。
事実として、これ以上ないほどのあまりに有能な仕事ぶりに、他の魔女たちが揃いも揃って文句の付けようがないと粛々従ったのが良い証拠だ。
……ごめん、エビネ。でも自業自得だと思うんだ。下剋上、もっかい頑張って?
そういった経緯もあり、私には心のどこかで全く何の準備も手伝ってないのに顔だけを出すのはどうなのだろう……という、何故か普段はサボってるのに文化祭や体育祭、修学旅行なんて楽しい行事にだけは参加する不良ヤンキーや不登校みたいな居心地の悪さがあったのだ。
いや、憂慮し過ぎなのは分かっている。ただ魔女はともかく、領民たちに嫌な顔をされるかもしれないと考えるだけでお腹が痛くなってくるのだ。特にここ一年は領地に居ないことのほうが多かったし。
のほほんいちゃらぶなだけの貴族たちへの粗方の応対を終え、疲れ切って宛所もなく黄昏ている時に小人さんが来たのは、私の憂鬱な気分を逸らすには充分な衝撃であった。
可愛さに癒されただけともいうが……。
可愛いに癒されたおかげで一気にハイテンションへと至り、憂鬱な気分は大体吹っ飛んでくれたので結果オーライであろうか。
まあそんな訳でハイテンションになった隙と、そこら中に蔓延るバカップルの雰囲気に釣られてしまい、ついつい夫の顔にのこのこデートに付いてきたアホのちょろ子な私であった。
――よし、回想終わり。通りすがりに見つけた、明らかに怪しい雰囲気の屋台で景品として手に入れたブツの説明書をぱらぱら確認。
『どきどきっ!? 逢引き透視眼鏡! 取扱説明書――』
なんだこの、絶対勢いだけで造られたであろう謎の面白アイテムは……スチャ。
とりあえず説明書が長くて読むのは怠い、というか待てないので装着してみた。
ふむ……おおっ!? これはっ!!
「!?!?」
「何か視えた?」
「……ええ。近しい魔女の逢引の様子が視えましたわ。なんて――」
――恐ろしい。ハゲとカモの逢引現場だった。
まだ付き合ってたんかい、あんたら。心底びっくりだよ。
勝手にもう破局したものだと思い込んでたわ……。
……まあでも、ハゲはなんやかんやで今は身辺軽々のフリーだし、いいか別に。
そんな風に考えつつ、とんでもないものを初っ端に目撃した衝撃のせいか、無意識で反射的に眼鏡を外してから眉間をもみもみしていた。
いきなり、なんてものを見せてくるんだ……。
「へえ。凄い性能だね。ちょっと見せて?」
「どうぞ」
そういえば何か物凄い技術者っぽい夫におねだりされた。ので、どうぞどうぞとさらに楽し気に目を輝かせる夫に眼鏡をお渡ししてあげる。
……別に、透視した数舜後にカモミールが唐突にこっちを見てニコッて笑ってきたので、この面白眼鏡を持ってるのが恐くなったからとかではない。きっと私の気のせいだろう……。
だって間にゴツイ建物挟まってるし。てかそうであれ。いとこわし。ぶるぶる。
好奇心に負けて眼鏡をかけ、急に二人がホログラムのように眼前に浮かび上がってきたのには本気で驚いたが、なるほど確かにこれは透視眼鏡だった。
そう納得し、夫が横で面白眼鏡を解剖する勢いでじっくり眺めているうちに、判断を誤ったことを反省して今度こそちゃんと説明書を確認してみた。
「……そういうことですのね」
どうやらこの面白眼鏡、私にとっての知人友人家族などを勝手に判定して、その上でさらに勝手な基準――親しい順で優先して透視してくれる代物らしい。
カモちんが私の親しいにカテゴライズされているという判定にもそうだが、それ以上に私の近くにカモちん以上に親しい誰かが居ないという事実に、失礼だが内心でちょっとしたショックを受ける。
親しいというか、どちらかといえば恐怖しかないのだが。此れ如何に……。
「む。貴様は……」
と、どこかで聞いたような声が聞こえて顔をあげてみる。皇女だった。え。
「イベリスも一緒だったか。気楽なものだな」
「……あの」
「ん? なんだ」
いやいやいや、なんだってそりゃ――。
「ひ、人に戻っておりますわ!?」
「ああ、色々あってな。なんとか人型に戻れた」
「元の姿へと戻れたこと、遅ればせながらお慶び申し……人型?」
びっくりしたが、何であれ戻れたのなら僥倖だ。特にエサ代が減って助かる。
と思いつつ、反射的に染みついた縦社会で祝辞を述べようとし――途中で変な言葉に気付いて首を傾げて疑問を口に出した。
「ああ、まだ完全には戻れていない。――戻れないそうだ」
「そう、なんですの?」
そこまで言われてやっと気付いた。なんか角とか鱗が生えてる。
白、という色合い的に一見して分かりにくいのがせめてもの幸いか……。
「どうやってお姿がお戻りに……?」
「一時的だが、魔女どもに浄化してもらったのだ」
「浄化……」
……浄化で戻れたのか。一時的でも。
「この姿を維持すること自体は、生涯努力すれば叶うらしい」
「そうなんですの?」
「貴様、魔女だろう……?」
ぎくっ。
「お、おほほ……魔女にも得意不得意はございましてよ」
「……そうか」
ちょっと間は開いたが結局そういうものか、と納得してくれたので良しとする。
危ない危ない。まさか皇女に私が四天王の中でも最弱よ、な感じで魔女の中でも最弱よ、な魔女だと決して悟られてはならない。
数々の無礼は、存在していない超つおーい魔女像で相殺されているのだから。
「あ! それではお父様はどちらへ……」
話題を逸らすために、気になっていたことを聞いてみた。
「ああ、レオンなら私が人型に戻り安定していて問題ないと確認した後、挨拶もなく妻の元へと一目散に帰って行ったが」
ちちー!?
「おほほ……父のご無礼をお許し下さいませ、殿下」
「構わん。レオンの話は帝国でも有名だ」
……そうだった。そういや父は巷じゃ有名な愛妻家だったわ。
仕事から解放された途端に家に真っ直ぐ帰っちゃう、愛妻家にはあるあるだ。
――ん?
「……ねーね」
道端で遭遇した皇女と会話していると――ひょこ、と突如として何かが皇女の背後から上目遣いで皇女の服を掴んだまま顔だけ出してきて、反射的に目が合い固まった。
それは小人さんとどっこいどっこいなサイズの小さな男の子だった。ただし頭には皇女と同じように、けれど丸っこい角が生えてるし、ぷにぷにの肌には皇女の攻撃力高そうな硬質な鱗とは似ても似つかない柔らかそうな質感の鱗が引っ付いていたし、おまけになんと――ゆらゆら揺れる、尻尾があった!
――なんだこの可愛い生き物は!? 超絶かわゆい……! はっ。
「……こんなに愛らしいお子様がいらっしゃいましたのね、殿下」
「貴様の勘違いだ。断じて私の子ではない」
「へっ?」
……まさかのネグレクトですか? ――ひどい!! うちの子にする……っ!!
「暫し預けられ、面倒を見ていただけだ」
「……まあ、そうでしたか。それはそれは」
「何やら変に疑っているようだが、本当のことだ」
完全に皇女の言い訳にしか聞こえてない私は、皇女に不敬な視線を送り続けた。
「名前は確か……リュウタ、だったか」
「!? まさか」
「私の浄化中に遊びと勘違いしたのか乱入してな、何かの影響を受けてしまった」
それを聞いて思わずまじまじとリュウタという聞き覚え有り過ぎる名前の可愛らしいショタ……おっほんおほん、男の子を観察してみた。
……よく見たら既視感があるような?
「両者の人型状態が落ち着くまで、暫くの間は一緒に行動しているようにと言われた。貴様が飼い主と聞いているが、お互いに離れてしまえば簡単に龍へと戻ってしまうそうだからな。仕方なく暫くの間は預かっていることにしたのだ、許せ」
「……面倒をしっかりと見て頂けるのであれば、問題ありませんわ」
「そうか、貴様にも了承してもらえて助かる。人型のほうが利便性が高いからな」
マジでうちの子だった。疑ってごめんなさい……!
と、理解したところで龍太をじーっと確認。
「……あなた、あの龍太ですの?」
「うん……?」
と首をこてん。――可愛い。お持ち帰りしたい。犯罪級の可愛さだ。
これならお腹ぽんぽこりんでのぐーたらなお昼寝も全然許せる。
「――!」
――はっ! 待って、そういえば兄がめちゃくちゃ龍太を虐待してた!
知らなかったとはいえ、なんて酷い事を……っ!
……いや、兄の事だから知ってて気にしてなかった可能性の方が割合高いかも。
後でしっかりと制裁しておこう。可愛いへの虐待、マジ許すまじ。
「む。すまんがそろそろ失礼する。――丁度良くこの国の有力な貴族どもがここに集まっているからな、これからのことで事前の綿密な打ち合わせが色々と必要なのだ」
「……そうですわね。ですがくれぐれも龍太の面倒は疎かにしないで下さいませ」
「ああ、もちろん配慮しよう」
そう言ってから、皇女は近くの屋台で売っていた美味しそうなお菓子を龍太にたらふく買い与えてから、颯爽と人混みの中へと消えていった。
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領地のあちこちに散らばる陰謀と屋台の複雑な絡み合いに、少々クールダウン。
「――はい。ありがとう、返すね」
皇女が消えてすぐ、タイミングを計ったかのように面白眼鏡が返ってきた。
「遠くも視えるみたいだよ。試してみなよ」
「……ええ、そうですわね」
スチャッ。と言われるがままに装着、音量調節みたいに視点を遠くに設定した。
今はどこか遠くを見つめていたい気分なのだ――て!?
「――まあっ!」
と声を上げてから、先程よりも瞬時に面白眼鏡を外した。
「何か視えたの?」
「ええ、ええ……ですけれど、これ以上は野暮というものですから」
暗い森の中で男女二人、何も無いということは無く――ふ、これ以上は野暮よ。
と、気分アゲアゲの変なテンションになりながら面白眼鏡を片付け始めた。
「そう? そのためのものでしょ」
「ええ、確かにそうですわね。――けれどよく考えれば他人の恋路を覗き見るだなんて、とてもよろしい行いではございませんでしたわ」
「そっか。君がそう言うなら」
「……ええ」
……にこにこと楽しそうに会話していたが、私は騙されない。アザレアのあの笑みは、めちゃくちゃ怒ってる時の笑みである。ガチおこぷんぷん丸なのだ。
一瞬で止めたので覗きがバレていたかどうかまでは定かではないが、前にあの笑みを見たのは私の研究成果が葬られた時だった。二度と悲劇は繰り返すまい。
私は夫の金で手に入れたブツ――面白眼鏡を懐に着服した。何も言われない。
「そろそろ灯す時間じゃない?」
「――そのようですわね。移動しましょう」
夫に言われて思い出し、そろそろ完全に陽が落ちてきて丁度良い頃合いになっているのに気付く。……色々目移りして遊び過ぎた。ちょっと急がなければならない。
――なんといっても、これから湖で奉迎祭においての私の唯一にして無二のお役目を果たしに行かなければならないのだから。
「緊張してる?」
「……少しだけですわ」
小人さんからも教えてもらっていたが、湖畔からの帰宅後に何かを察したかと疑うタイミングでカモミールからもお願いされていた湖の点灯式――と彗天燈に想いを載せて飛ばす、という魔女にとってはかなり大事で重要な儀式がこれからある。
これは毎年、あの超絶サボり魔な母がちゃんと担っていたほどのお役目だ。
「そっか。僕も傍で見守るよ」
「……ありがとう」
夫の好意に甘えてお礼を言う。……恐らく、色々な意味での緊張や疲労でいっぱいいっぱいになって引き籠ろうとしてた私を引っ張りだしたのも、最初から気を緩めるというか、気分をリフレッシュさせる目的だったのかもしれない。
――おかげでそこまでの緊張感は残ってない。むしろ楽しみまである。
夫と共にちょっとだけ急ぎ足で湖畔へと向かうが……森に近いからだろうか、先程は野暮だなんだと言っておきながら、アザレアたちの様子がちらちら頭に思い浮かんでしまう。
父が母の元へと直帰したので、アザレアも休憩がてら――というよりは夫婦水入らずの邪魔にならないようにと、一時的に退避したのだろう――外に息抜きで出て来たのかもしれない。もしくは連れ出してもらったのかもしれない。妄想が膨らむ楽しい。
一体何をしてあれ程までにアザレアを怒らせたのか牡丹くん……強く生きろよ。
「……時間ですわね」
――かつて、幼少に初めてこの湖に魅入られた思い出が花開く。
ぽわん、ぽわ、ぽわ、と湖に吸い込まれる淡い光たち。輝きの波紋が広がった。
「綺麗ですわ……」
――本当に、綺麗だ。自然と感嘆が零れ、心が震える。
この幻想的で美しい雰囲気は、きっとこの世にふたつとは存在しないのだろう。
「――ねえ」
――かつて、幼少に魅入られた金と蒼の虹彩異色症は今も変わらず煌めいてた。
儚い容貌の中で、変わらずに一等美しく煌めいている。
「僕の名前、呼んでよ」
「――――」
……やっぱり、バレてるよね。
「君に呼ばれたいんだ、僕の名前」
「…………」
真剣な雰囲気での言葉に、だらだらと内心で冷や汗を掻く。――無理!
内心ですら既に夫の名前を呼べてないというのに、まさかここでいきなり本人に対しては呼べる、だなんて道理――奇跡はない。ムリだから。マジで。
「好きに呼んで良いって言ったのは僕だけどさ」
「…………」
「あれからずっと事務的な夫呼びだ。それはそれで嬉しいけどね」
はい。ごめんなさい。でも無理なものは無理です。
ちゃんと名前は憶えている。忘れたわけじゃない。でもいざとなれば無理!
「む、むりですわ……!」
「……どうして?」
恥ずかしいから、だとすぐ口にしようとして――ふと思いとどまった。
確かにそれもあるだろうが……私は、――。
「――分かりましたわ。では、こう致しましょう」
胸元の隠しポケットから取り出したミニトマトな種を見せる。
「……なにこれ」
「種ですわ」
胸元にもあった、こんなこともあろうかと……なアザレア製の隠しポケットには散々見ているせいでか特にツッコまれなかったが、ミニトマトはさすがに無視出来なかったらしい。
実は、卵を温めて孵す的な発想で人肌に触れさせて持ち歩いていたのだ。
小人さんによればこれは普通の種ではなく信じる心によって芽吹く特殊な種らしいので、なら愛情たっぷり注いで育てればきっと美しく咲いてくれるだろうと考えたわけである。
意味が分からないだろうが、そんなことはどうでもいい。これで場を凌ぐ!
「――この種を花咲かせられた時、その時にお呼びしますわ」
「――――」
沈黙……やっぱしダメだったかな? もし私が相手ならイラッとするかも。
「――――」
当然だよね。花咲か爺さんなんて存在してないし、時間が掛かり過ぎる。
「――――」
にしても長い。普段は即断即決してるから、これは異常な待機時間である。
「――――」
あまりに長い沈黙が怖くて顔があげられず、ミニトマトをころころしてみた。
「――――」
こ、これで嫌われたらどうしよう……めっちゃ面倒な女だって思われたよね?
「――――」
長い長い長い長い――もうむりしぬ。おわりだあ……しんだあ……!
「……あ、の」
「――分かった。そうしようか」
声の調子からは怒ってるのか呆れてるのか面倒に思ってるのかは分からない。
酷いこと言っちゃったかな……。
「――みてよ、シオン」
俯いてミニトマトを見つめる私の手を、夫がミニトマトごと包み込んだかと思えば、分かりやすいほどに優しい声音でそう告げて来た。
恐る恐ると言われるがままに顔を上げてみれば……手を繋いではいるが、近さと暗さであまり表情がよく見えない夫が見つめる先に、大量の空へと舞い上がる彗天燈の軌跡が存在していた。
……そっか。そういえば湖に光を灯すのが飛ばすための合図だった。
「綺麗で、美しい光景ですわね……」
「そうだね」
そう言ってこちらを見つめる、夫のいつも通りの穏やかな笑みが降り注ぐ淡い彗天燈の灯りに照らされ、ようやくはっきりと垣間見えた。
先程の件は気にしてないようで、心底ホッとした……。
「…………」
……けど。何故だかちくり、と胸が思わず痛くなるような切ない雰囲気を、表情ではなく夫の言葉からわずかに感じ取った気がした。
――ごめんなさい。はぐらかして。
「また来年、一緒に見に来ようか」
「――――」
私、本当は――。
「――ええ、楽しみですわね」
――あなたの名前、呼びたくない。呼んではいけない気がするの。
「来年までに咲くかな?」
「まぁ、せっかちですこと。育生には時間が掛かりましてよ」
だから、ごめんなさい。
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