78 / 100
ガーデンパーチー
しおりを挟む「――心ゆくまでご堪能下さいませ」
もう何度目になるか分からない同じ挨拶の言葉を「ご注文は何でしょうか」とおもてなしするAIロボット気分で機械的に言葉を出していく。
湖畔に急遽設営されたガーデンパーチー会場には、先日カトレアお祝いパーチーに参加していた老若男女問わずな貴族たちの殆どが集結し、各々が湖畔を散歩して美しい自然の景色を堪能していた。
私はそんな貴族たちに都度、会場責任者として声を掛けて挨拶を二、三の会話を交わしながら表面上はにこやかなまま優雅にこなしていた。
……のだが、どうしても貴族たちに文句を言わずにいられないことがあった。
ちら。
「なんて美しく輝く水面ですこと……」
「目が眩むほどの君の美しさには叶わないようだがね」
「まあ……あなたったら」
ちら。
「このまま自然に溶けてしまいそうなほど心地良い場所ですわね」
「……ああ、お前がそのまま溶け消えてしまわないか心配になるほどだ」
「ふふ、その前に捕まえておいて下さいませ?」
ちら。
「きゃっ、想像していたよりも水が冷たいわ!」
「では僭越ながら、私が温めて差し上げましょう」
ぐぬぬ。
「……く、」
――クせぇカップル多過ぎぃぃぃい!! 爆発しろリア充どもめぇ……っ!!
こちとらあんたらのイチャイチャの為に必死こいて夜通し準備してねえんだよ!
徹夜明けにこの仕打ち、マジふざけんなし!
……まぁ。よくよく考えて気付けば、そもそもがカトレアの婚姻事前おめでとうパーチーに集まった貴族だったから、夫婦や婚約済みのカップルが多いのは必然なのだろうけど。
このイチャイチャが過ぎる光景をあちこち見まわしてみると、何故か非リアらしき存在はどこにも見当たらない。
そんなバカな……もしや肩身狭くて避難してるとか? ぼっちで身軽だもんね。
……もしくはカトレアのパーチーへ招待する際に、既に容赦の無い非リア排除が事前に為された結果ではないかとも疑わしい。
非リアに孤高あれ! リア充に爆発あれ! ……てそんなことはどうでもいいのだ。
そもそも今回のガーデンパーティーは、ガーデンパーティーでありながらも真のガーデンパーティーではなく、ついでにガーデンパーリィーでもなく、ガーデンパーチーなのだ……!
……自分で言ってて全く意味分からんな、何ぞソレ。でもなんとなくのニュアンスは伝わるかもしれない。気がしないでもない。閑話休題。
――つまり。有体に言ってしまえば、集まる為の体のいい口実なのだ。
先日、カトレアからもたらされた情報について秘密裏に話し合うための機会をバレないように設けただけなのだ。
――そう、帝国との本格的な戦争に関する話を。
以前、帝国を刺激する目的で遠征訓練なる実に胡散臭い波乱大有りだった遠足が決行なされたわけだが……本当にこんなにすぐ引っ掛かってくれるとは思わないじゃん。
確かに学生だけで充分、的な見方によればかなり舐めてかかった煽りや挑発そのものの遠征だったし、その裏で魔女が堂々と帝国に侵入してあちこち最前線で謎のゲリラ・テロ組織として活動してたり、ついでに難民として国民を勝手に掻っ攫ってきてたり、好き放題していたのでまあ……さもありなん、としか。
……しかしどうやら。
追加の詳しい情報によれば、それらの理由よりも別のとある理由が何故かよほどカチン、と決定的に頭に来たようで、その理由だけで国境にすぐさま軍がずらりと配置されたらしい。
先ごろの挑発の際はもぬけの殻だったのに、今回は尋常じゃないスピードでどこからともなく大軍が展開されたので、その理由が原因だろうと判断されたらしい。
そのとある理由というのが、帝国との外交の際――挑発中にも関わらず、平然と知らんぷりで色々な条約などの交渉の為に赴いてる――にあまりに挑発に尽く無反応な帝国にしびれを切らした外交官が、あまりに不適切な発言を試みた結果、その日のうちにその外交官らを凄まじい拷問の後に少しづつ生きたまま切り落としていくという、あまりにエグ過ぎる公開処刑に処すほどブチ切れられた、らしい。
なので――外交団は全滅したそうだ。
情報は潜入中の諜報員によるものだが、それはかなり慎重なやり取りの末に分かったことなので、実際にその惨劇が起こったかどうかは定かではない。
――その情報がもたらされた直後に、突如として国境へと大軍が出現して行き来を完全に封鎖されてしまったので、潜入中の諜報員との連絡難易度が著しく上昇し、真実の確かめようは無い。
……あれだけ国を好き放題されても全く気にしなかったのに、急に煽り耐性低すぎじゃね? と思うかもしれないが、私はそのとある理由を聞いた時になるほどそれはブチ切れるわ、とむしろ納得した。
――神に等しい帝国『始まりの英雄』、偉大なる皇帝を侮辱されたのだから。
身内があーだこーだと身内を馬鹿にする分には、陽気に笑ってやるか白目を向けてハブる程度で済むだろうが……もし全く関係の無い第三者が身内を馬鹿にする目的でバカにしてきたら、そら誰だってブチ切れる。
そこにその第三者が言ってることが正論であるかどうかなどは全く関係なく、正義か悪かというのも全く関係なく、事実か虚偽であるかどうかも全く関係ない。
――てめぇはおれをおこらせた、そこに愛はあるんか? というやつである。
単純に、関係ねえやつが口出しすんじゃねえっ! という気持ちだろう。
私だって普段は家族や夫のことを散々にボロクソ言ったりしているが、だからって赤の他人から「あなたの母親はマフィアプロですね」とか「あなたの兄はニートプロですね」とか「あなたの夫はストーカープロですね」とか……どうしよう。
それ言われても真っ先に「ごめんなさい」が出て来てしまう。ごめんなさい。
これは例えが悪かったわ……う、うぅん、でも謝ったあとにフォローというか「でも物凄い美人ですよ」って擁護は必死にするかもしれない。
あれ……擁護に美人しか思い浮かばない末期案件。それただの共通項だし。
――話を戻そう。
とにかく! 帝国でその王国の外交官が文字通り命がけで不適切な発言を行ってくれたせい、というかおかげで当初の予定通り、一気に両国をいつ開戦してもおかしくないほどの緊張状態へと持ち込むことが出来た。
そもそもドンパチやる気満々だったからね。いつからかは知らんけど。
今回はその戦争において重要な役割を魔女が――というか私が担うことになったので、話し合いをして計画を詰めておきたいというところだろう。次から次へと散々である。
……ちなみに、私が帝国内へ赴くことになってしまった件ついては、アザレアが猛反対するかと思いきや何故かどうぞどうぞ、と逆に大喜びで快く送り出してくれる気満々であった。
なんでだし。反対してくれし。なぜおすすめするし。行きたくないやい……。
――何故そうなったかは後日思い出し黄昏してやることにして。
ひとまず、このガーデンパーチーの裏で私はこっそりとその件に関連した重要な顔合わせを執り行うこととなっていた。
……ロータスと。
「初めてお目に掛かりますわ。シオン・ノヴァ=デルカンダシアと申します」
「はじめまして。ぼくはロータス・ギュラ=オルベスタインだよ。大変な役目だけど、よろしくね? シオンさん」
「ええ、よろしく頼みますわ……オルベスタイン様」
お気づきだろうか? ギュラたんである。あのギュラたんなのだ!
萌え袖とかあざと可愛――死ぬ! 殺される! 私の命日は今日だ!
「まだまだ至らぬ婚約者が大変なご迷惑をお掛けするかもしれませんが、どうか御寛恕のほど、宜しくお願い致します。シオン様」
ひぇっ!? とにっこにこな名前呼びに思わず過剰反応してしまう。
「……え、えぇ。ももも、もちろんですわ……アイリス様……」
普段は絶対的に仕事第一です! って感じで公私混同何それ美味しいの? なかなり事務的なデルカンダシア様呼び一択だからね。
顔はこんなにもニコニコなのに、その目の奥がギランギラン爛々で、そんな人によろしくお願いされましたら普通にビビりますて……前科というか実際に記憶無いだろうけどこっちは前に何故か「ギュラたん以外の可愛いは絶対に許さない!」で理不尽に殺されかけたことあるんだし。
そんなこんなでとりあえず身の安全のためにもとっとと本題へ進ませる。
「――例のご招待は届かなかったようですわ」
私の言いたいことの意図を察したのか、アイリスがニコニコをにこにこに戻してから少し哀し気な雰囲気で話を合わせてくれた。
よし。ヤンデレOFF。仕事モードON。なんとか峠を越えたな……。
「……そうですか。それは残念です。今回、こちらへご参加頂けるものと楽しみにしていましたが」
「本日のご招待が届いたとしても、最近は特に寒さが身を蝕む様子で体調も非常にお悪いようでしたから……」
「もしや、本日お見掛けしない婚約者はその付き添いを……?」
「――そのようですわ。仲がよろしくて、微笑ましいですわね」
「……ええ。そうですね。本当に羨ましくなるほど仲が良い方々です」
これは全然、全く、これっぽっちも微笑ましくも羨ましくもない話だ。
何故なら――デイジーとジギタリスが帝国に亡命したという隠話なのだから。
――スパイとして。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
60
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる