らぶさばいばー

たみえ

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滅びゆくもの

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「――どうか我が領の自然な美しさを、心ゆくまでご堪能下さいませ」

 少し疲れたような笑みを浮かべる、訪れた領地の次期領主に主催としての細やかな気遣いとして声を掛けられた。
 他にも挨拶があるだろうからと、忙しなく適当な言葉を交わし見送ってやる。

「美しさ、のう……」

 他からは遠く落ち着けるよう距離を置き、その上でさらに見えにくいようにという細やかな気遣いを図って用意してくれたらしい日陰の席でぽつり、とぼんやり景色を眺めながら独り言つ。
 ――日差しに輝く湖畔の水面みなも。その周囲で青々と茂った芝は、大自然の豊かさと活力を見たものへと与えるのであろう瑞々しさを、静寂を厭うよう風に揺られ誇っていた。
 誰もが見惚れるに違いない、美しい光景だ……きっと、美しい光景なのだろう。

「滑稽じゃ。――お主もそう思わぬか」

 虚空に話しかけるように声を掛ける。
 ――居るのは分かっている。そういうがあった。

「それとも美しいと想えるかえ?」

 ガタッ、と突如近くに乱暴に椅子が引かれ座られる。
 ……やはり、気配は感じられなんだ。

「……まさかオレ様に聞いてんじゃねェよな」
「そのまさかじゃ」

 クソ面倒だ、とでも言いたげなあからさまで不遜な態度ではあったが、本気で面倒ならばそもそもノコノコとこの場へと出て来ることは決してなかっただろう。
 ……折に触れて噂話として当時のから少し聞いて知ってはいたが、本当に面倒だと表面では嫌がりつつも良く聞いてくれるものだ。妾たちのくだらぬ愚痴を。
 当時はそのようなことどうでもいいとまで考えてすっかり忘れていたというのに、今さらそれに慰めてもらおうとするとは、心底情けないにもほどがある。
 ……本当に、弱くなってしまったものだ。

「少しばかし付き合うがよい。相も変わらず、まるで風情が無いのう」
「貶してるやつにゃ言われたかねェよ」
「仕方ないじゃろうて」

 ――世界が美しく輝いて見えるならば、どれほど慰められただろうか。
 こんな風に昔の誼に頼ってまで、己の情けない吐露なんぞ絶対に此奴にしようなどとは微塵も思わなかったであろうほどに。

「――妾には、美しさよりも醜さが際立っておるのじゃから」
「…………」

 本当に聞き役として優秀だ。
 まるで興味無さそうな顔で興味無さげにふるまう。
 それだけでいい。たったそれだけで全てを吐露してしまいたくなる。
 ――まるで何かを懺悔したかったかのように。

「醜い。なんと醜いものよ」

 とても見られたものではない。気持ち悪い。

「――そのあまりの悍ましさに、思わず腹を抱えて大笑いしてしまいそうになるほどじゃよ」

 大笑いしてしまいそう、と言いながらも真顔でそう言い切るこちらに特に何も言わず、話題を変えるように別のことを聞かれた。

「……テメェは最後まで動かねェかと思ってたぜ」

 ふ。

「よく言いよるわ。この程度、想定内じゃろうて」

 そう鼻で笑ってやるが、相変わらず興味無さそうな顔で頬杖すらし出した。
 ……ずっとこれではきっと、内情は推し量れないだろう。だが、どのみち――。

「どうせ妾が居ようが居るまいが、結末は変わらぬ――そうじゃろう?」
「……さあな」

 目を細め、適当にはぐらかされる。無意識だろうか。それとも意図したのか。
 本当に……嫌なヤツじゃ。ここだけ曖昧な態度を取りおってからに。

「結末は変わらぬ。そうおる」

 そうでなければ、とっくにどこかの時点で何かが変わっていたことだろう。
 ――特に、目の前に在るこの存在は顕著に。、その変化の影響を受ける。

「しかして、それをただただ傍観することなぞ――妾にはとても耐えられぬ」

 あまりに耐えがたき醜悪さに目を逸らし、閉じ、背を向け、全力で逃げてしまいたくなる。
 ――それは、到底許されない。赦すことが出来ない。

「そもそも耐えられなかったのじゃろうよ、最初から」
「…………」

 自嘲の笑みすら零れない。己を蔑むことは既に何度も無為にやっている。
 ――そんなことをしたところで、なんの足しにもならぬ。
 無為で無駄、極まりない愚行。そう、理解した。させられた――。

「己が身を滅多刺しにし、千々に引き裂き、粉々に潰し、跡形なく焼き、腐らせてもなお――耐えられる覚悟が、到底足りてはおらなんだ……」

 まるで意味の無い愚行でしかない。
 ――何度となくそれを繰り返したところで、己が赦せるはずもないというのに。

「ただ、それだけのことじゃ」
「……そうかよ」

 首の後ろを掻き、欠伸を漏らしそうなほど興味ない様子で適当に流される。
 ……愚痴を聞いて、返事をもらえるだけマシなほうじゃな。
 本当に心底面倒な時は、話しかけても完全に無視されていたという。

「んで、何かかよ」
「ふっ……気になるかえ?」

 返答を誤魔化した途端、空気が淀み、息苦しい程に圧力を増した。
 出所は言うまでもないだろう。

「――――」
「……お主はほんに分かりやすいのう、これに関してのみじゃが」

 ちぃとばかし悪戯心で茶化しただけというのに、ほんに分かりやすいやつじゃ。

「――安心せい。視えてはおらぬよ。のう」

 そう告げれば、空気の流れがまるで何事もなかったかのように元通りになった。
 ふ……よほど癇に障ったようであったが、原因は知っていても詳細は知らない。

「――口惜しいのう。あの時、あの時にじゃ。お主が、口を割らせておれば俄然、だったじゃろうに」
「…………」

 本気で口惜しいのう……きっと妾はもっとも欲しかっただろう、それが、その答えを最期まで知らずに終わってしまうのじゃから。
 ――どれほどの対価を提示しようとも、絶対に教えてはくれぬことじゃろう。

 万が一にも、が滅茶苦茶になる要素は排除したいじゃろうからな。
 知られれば乱れ狂う、不和が生ずる――とはそういうものじゃから。

「――妾は、お主が残すあまりに少ない痕跡から予知をするしか出来ぬわ」
「ハッ……それが出来れば充分だろうがよォ――クソが」

 ……妾のことは、やはりそういう認識であったか。厭味な奴じゃ。

「足りるかどうかはお主に決められることでは無いのう」
「クソうぜェ」

 それはそうだろうとも。執拗に探られることほど嫌なことはない。しかも予知。
 もしも逆の立場だったならば即刻、問答無用で容赦無く排除しているところだ。
 ――このように会話を熟す隙もなく、徹底的に。

「それと訂正せい。――妾はもはや、
「…………」

 ――これを黙認し許容出来るのは、妾たちの間にある決して超えられぬ、また埋められぬ差による圧倒的な余裕と傲慢ゆえのこと。

 その差があるのを知っているのはかつて、それがあることを認識出来ていた――否。認識だけだったからに過ぎない。
 そう頃より幾段も劣る今では、その超える超えないの次元を認識させてもらえた基準すら、もはや認識することが出来なくなっている。
 ……それ程までに、かつてより遥かに弱り切っていた。当然じゃろうが。

「魔女を名乗るには、妾の執念があまりにもじゃろうて」
「……ならその執着はどう説明すんだよ」

 執着? ――違うのう。違う、まるきり違うものじゃ。
 これは執着なぞではない。断言しても良い。

「――魔女ならば、己が執着をそう簡単に変えられぬよ」
「単にテメェが特異ってだけだろうぜ」
「………そうじゃな。それはあるかもしれぬ。じゃが、それでも――」

 ……執心にを求めることを、決して執着とは呼ばぬ。
 どちらかといえば単なる諦め、じゃからのう――。

「――妾は、魔女には在らぬのじゃよ」
「…………」
「ましてや手放すどころか、それを踏み躙るような行いなぞとても、とても――に逆らい苦悶するくらいならば、――それが魔女の性質というものじゃ」

 ……実際、かつての古き同朋ともものも居る。
 耐え難き苦痛から解放してくれるだろう、丁度良く表れた此奴の存在を都合の良い理由として、仕方が無かったのだとそう言い訳出来る状況を仕立て上げてまで。
 その想いは理解出来る――とても耐え難く、在れぬだろう切実な想いを。

「そうかよ。……クソ面倒臭ェやつらだぜ」
「お主ほどではないのう、つんでれ?」
「クソうぜェ!」

 妾を魔女呼ばわりした意趣返しじゃ。甘んじて受けい。
 何より――。

「――あのには霊器を随分と大盤振る舞いしたようじゃな」

 ぴくり、と眉を顰めてから訊ねられる。

「……なんだ、欲しいのかよ。テメェにもやろうか? オレ様はだからな」
「要らぬわ。捨て置け、あんなもの」

 貰ったとて

「ひでぇ言い草だぜ、同朋だろ?」
「――もはや単なる道具と朽ち果てた、かつての同朋の成れの果てに過ぎぬ」

 なんとことか。

「……お主が妾を狩った時。あの時、妾も道具になっておればのう」
「テメェは今も変わらず、ただの道具だろうが」
「ふん。わざわざ言われんでも分かっておるわ」

 かつて魔女で在った頃、魔女の中でも特異であったこの
 魔女でなくなっても妾が妾であり続ける限り、使特異な能力。

「――妾は道具とするにはあまりに勿体なく、な存在じゃからな」

 待ってもまるで否定の言葉は無かった。つまりはそういうことだ。
 ああ、そうじゃ――ついつい愚痴に夢中で、忘れるところじゃったのう。

「そうじゃ――のう。嘆かわしいことじゃ」
「…………」

 無言で、いかにも胡乱そうな眼差しを向けられた。無視ではなく。
 ――よう、効いておるわ。
 ほんに、これだけに関してのみは分かりやすいものじゃのう……。

「あの花は一体、何処へかとのじゃろうか」
「…………」

 ……やはりそうじゃ、そうなのじゃな――ミル

「ただの独り言じゃ。気にするでない」

 このクソ魔女が、とでも言いたげに目を細める口が悪くとも美しい少女。
 ――なんと忌々しい。執着を手放してすら、拭えぬ醜い本質が顔を出す。
 この本質は、邪魔でしかない。邪魔にしかならぬ。

「――お主は視えておる」

 震えを悟られることのないよう笑みを浮かべたまま、問うてみる。

「オレ様視えねぇよ。特にクソ魔女どもにはな」
「……無駄な問いじゃったな」

 あからさまに妾の問いを別の意図へと躱され、とぼけられてしまった。
 なんじゃ、急に冷たいのう。――妾はというに。

「テメェ、まさか奉迎祭にも出るつもりかよ」
「うむ。それはお主の幼子への始末が後か先か、それにもよるのう」

 あからさまに嫌そうに顔を顰められた。
 ――あの幼子の癇癪に後も先も関係無いからのう、御苦労なことじゃ。

「――後だ」
「ならば今や懐かし、かつての祭りを存分に堪能出来そうじゃな」
「……好きにしやがれ」

 それだけ言い残し、存在ごとまるで無かったかのように掻き消える。
 ――安堵した。心底。

「――――」

 ――結末を知ることは出来なくとも、推察は可能なのだから。

「浅ましくも長らえようとせず、とっとと滅びればよいものを――」

 己に課された酷な大役、楽な大役――今こそ
 醜い世界の景色を無感動に眺め、自然と言葉は吐き出される。

「……やがて滅びゆくものどもに、妙なる苦痛を与えたもう――」
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