らぶさばいばー

たみえ

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はたらく魔女さま!

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 カタッ。天窓が開いた。
 スチャッ。忍者が降りて来た。
 ササッ。何かの書類を夫に手渡した。

「――ご苦労様。引き継ぎはいいから」

 コク、スー……――。忍者が頷き、消えていった。

「…………」

 スク、スタスタ。夫が書類から抜いた一枚を持ってきて渡す。

「はい、これ。困ってたよね」

 ちらり。桁がいち、じゅう――どこの国家予算?

「……いやいや。いやいやいや……!」

 待て待て、待ちなさい。落ち着け、私。
 なに、今の? なに、これ? え? えっ? えぇ……?

「今のどなた!? 闇金ですの!?」

 忍者が小切手届けにきたけど!?
 ついでに消えたのは魔法だよね!? 誰もが一度は考える系の!
 それともまさかの忍法? 忍法とかもあるのこの世界は!?

「そもそもなぜ、当然のように私の執務室に居座っておりますの!?」

 そんなツッコミどころが多すぎる、我が家のある昼下がり。
 私は国家予算規模の数字が書かれた出所が恐ろしい小切手を手にしていた。

「とりあえず、そのお金は僕個人の持ち出しだから大丈夫。全部あげる」

 ……これ全部、私にくれるって? ――今すぐ隠せぇい!
 この世の全てが詐欺師に見えてくる……!

「き、きゅうに渡されても困りますわ!」
「そう? ごめん。いらないなら……」

 ひょい、と小切手を回収されそうになる。
 がしっ! と離すまいと反射的に力を籠めて抵抗した。

「いらないとまでは言っておりませんわよ!」

 卑しい。卑し過ぎるぞ私。でも力は弱めない。

「ただこのような大金、驚くのは当然でございますでしょう?」
「大金? 僕個人の総資産を考慮しても、それはただのはした金だから気にしなくていいよ」

 はした金! 人生一度でいいから言ってみたいやつぅ!

「……ではありがたく。ご厚意は頂きますわ」

 によによとしてしまいそうな卑しい心を表に出さないように、なるべく神妙そうな顔で小切手を受け取ってから、こんなこともあろうかとアザレアがいつの間にか全ての衣服に縫い付けてくれていた、ドレスの袖の下に存在する隠しポケットへブツを丁寧にしまい込む。
 ――これだけあれば、我が家を圧迫していた借金が帳消し出来る上に、それでも有り余るおつりで長らく滞っていた領地開発であんなことやそんなことまで投資する余裕が……!
 夢がひろがりんぐっ★りんごジュースは売らないけど。

「はい、これ。最新のものだよ」

 表で出さないのを堪え切れずに「ぐへへお主も悪よのう……」な顔で小切手をしまい込んでいると、先程小切手を抜き取って放置していた書類を夫が渡してきた。嫌な予感。
 この最新版らしい書類がなんだというのか……? ――はっ! まさかこれは、あの宝くじの高額当選者が必ず貰うらしい特別な冊子というのと同じ類なのでは……!? 実際にそうなのかは知らんけども。
 どうせ当たりもしないのに、当たった後の事を詳しく調べてしまう。貧乏でなくとも、誰しもが一度は経験する捕らぬ狸の皮算用である。
 ……悲しい。卑しい。スン……とテンションだだ下がりになった。

「年刊にする? 月刊にする? それとも週刊がいい?」

 なんだその、お風呂にする? ごはんにする? それともわ・た・し? みたいなノリでの突然の謎の選択肢。
 はじめての宝くじ当選ご案内冊子って、そんなに刊行されてるの……?
 もしかして、この書類はその冊子の購入案内書的なやつ?
 ……これまさか。
 大金持ちになったら今まで無料だったものであっても、なんでも金吹っ掛けられるから気を付けようぜ、的に身をもって教えてくれる洗礼のような感じのやつなのか……?
 と内心で勝手に自己解決を試みつつ、それでもまだ凄まじく嫌な予感が拭えなかったので、渡された書類のひとつを恐々と中身確認してみると――。

『デルカンダシア領、季節別開催行事』

 なタイトル。宝くじ全く関係無かったわ。なんだこれ。回覧板?
 ……何はともあれ嫌な予感は勘違いだったか、とひとまずホッとひと安心。
 うちの領、そんなに公式行事が多くあったっけ……? という妙な引っ掛かりは残っていたものの、お知らせ欄らしき箇所に”個人の行事主催希望者はデルカンダシア領主まで、許諾の為の申請が必須“的なことが書かれてあったので、回覧板認定。
 ……引っ掛かりはただの気のせいかな? 悪寒が凄まじかったから、ついつい勘違いしてしまっていた。最近は特に働き過ぎだったせいで、疲労が回復する間もなくストレスが蓄積されていたのだろう。

「…………」

 ……これを使って、今まで町おこし的なイベントが開催されていたんだよね。
 許可出した覚えないけど。忙し過ぎて適当に処理しちゃったとか……?
 今この時まで私はちっとも知らなかったので、つまりは主に魔女によるやらかしに端を発するトラブルなんかも起こることがなく、今まで問題なく健全に運営開催されてきたということなのだろう。
 ……但し今まではそれで良かったものの、次期領主としては確認を怠ったことをキッチリ猛省しなくてはならない。その線引きはとても大事だ。

 ――公式行事の情報公示。
 ……地域活性化にもなるイベントの周知が主な目的なら、この書類に問題はないはずだ。
 この程度の内容で警戒する必要は全くないので、刊行するほどの内容か? もう普通に回覧板を回すとかでよくね? とは思いつつ、好きにしてもらって全然大丈夫だろうと判断する。

「…………」

 ……でも一応、念の為に! 箇条書きにリストアップされた、特に今年に入ってから実際に開催されたらしき直近の行事と、その行事への参加者を募った際のキャッチコピーを最新順でなんとはなしに流し見で確認――。

・秘密探訪安行:絶大な解放感による癒しの虜。君もきっと、癖になる!
・呪い人形串刺し会:憂鬱な気分もすっきり、圧倒的爽快感に癒されます。
・カツアゲ行楽:おすすめの名所で、あなたも癒されてみませんか?

 どんだけ癒されたいんだよ、この主催者。……て、ちょっと待って。
 なんか、イベント名がおかしくない?

「…………」

 秘密……呪い人形……カツアゲ……。

「…………」

 ……好きにしてもらって全然大丈夫? ――全然大丈夫じゃねえよっ!
 一見普通のキャッチコピーに騙されるけど、普通にダメなやつだよコレ! 

 ――備考:盛況。

「!!!!」

 誰だ、こんなものを企画して開催までしてるは! しかもちゃっかり盛況!
 ――って、ハゲの魔女じゃん! しかも全部の主催コイツかよ。
 どんだけストレスに弱いのよ、この子。
 派手にハゲ暴露しておいて全然癒されてないじゃん。ハゲ損じゃん!

 ――もうなんか捜査とか面倒だし前科有るし有罪で!
 裁判不要でアザレア刑、延長! 執行猶予もなし! 以上閉廷!

 ……ふぅ。これでまだひとつめか。この先をめくるのがこわい。……ぺら。

『魔女のこころ』

 んんんっ、予想しずらいタイトルッ!!
 でも圧倒的、魔女という単語の不穏さよ……!

「…………」

 更なるげっそりにげっそりするが、確認せずにげっそりしない訳にもいくまい。
 ……げっそりがゲシュタルト崩壊してるわ。ぺら。

・みんなの経験談・
[Tさんの場合]
《戦闘において重要視されるのは意外にも魔法力ではなく筋力》
〇実例〇
 とある辺境の当主は自己治癒と身体強化の魔法同時展開による超近接戦闘の達人であり、その過去戦闘においては魔法より筋力による圧倒的な戦果を誇っている。
〇経験〇
 魔法戦において治癒不可能な瀕死の重体に陥るのは、筋力を鍛えていないからである。筋力を鍛えていれば、どんな即死の攻撃を受けても気合いで骨折程度に済む。鍛える最終目標として、とある辺境の当主を尊敬すべし。諦めなければ素のままで魔法すら気合いと暴力で跳ね返す、究極の魔女の高みへと至れるだろう。
〇格言〇
 魔女ならば、まずもって筋力を鍛えるべし。ひ弱で軟弱な魔女は魔女に非ず!

 ――衝撃! 魔女は体育会系だった! 知ってた!

[Eさんの場合]※本人希望により原文ママ
《社会において大事なのはぁー、要領の良さですぅ》
〇実例〇
 初手はぁ様子見で恐喝ぅー。わざと負けてぇー油断したところを闇討ちぃ。これでただの脳筋は蹴落とせますぅ。軟弱にはぁ、疑心暗鬼を生じさせるよう誘導するのが有効ぅ。一服盛ることが確実ですねぇー。手際よく処理した成果はぁー定期的に取り入りたい上司へ提出ぅ。――こうして地道な積み重ねで熾烈な競争を出し抜いてぇー見事、徐々に下剋上を為して前よりも重役に抜擢されましたぁ。
〇経験〇
 現在ぃ、要領の良さを買われてぇーとある高貴な御方にお仕えしてますがぁ、かつて抜け駆けされたウザい上司を一方的にしばけてぇー毎日最高に楽しくて充実ですぅ。ざまざまですぅ~。
〇格言〇
 やり込められる魔女が悪いですねぇー。

 ――衝撃! 魔女は悪徳主義だった! 知ってた!

[Cさんの場合]
《ストレス解消法》
〇実例〇
 定期的に領地にて開催される癒し行事に参加し解消。
〇経験〇
 軽度な場合は【カツアゲ行楽】を推奨。
 中度な場合は【呪い人形串刺し会】を推奨。
 重度な場合は【秘密探訪安行】を推奨。
 専門知識不要で気軽に参加可能な上、定期開催が最も多い。
 なお。やむを得ない諸事情により暫く全て休催中。次回開催日未定。
〇格言〇
 ハゲ散れ。本能のままに。

 ――衝撃! ハゲ魔女の名前の頭文字、Cだった! 知らなかった!

 ……そんな感じで、なるべく脳を空っぽにしてとりあえず一旦受け入れるがままにぺらぺらと先を読み進めてみるが、まるで物凄くためになる訓戒みたいに書かれている内容が全く身に沁みない。
 ちょいちょい実例の項目を我が母が埋めていたりはしたが、他はほぼ似たような内容というか……経験者は語る、的な何かの教訓的なものが続くだけであった。

「…………」

 にしても内容が酷過ぎる。魔女ならともかく、一般人には全くもって何も参考にならない内容しか書かれていない。それは刊行書としていかがなものだろうか。
 ニーズが狭すぎ……そういや『魔女のこころ』ってタイトルだったわコレ。いやいや! だとしても何がこころだ。内容ただの魔女の為のハウツー本じゃん。……あ。そっか。

 ――コレってば魔女の道徳こころ入門書ってことだったんか! 衝撃!

「…………」

 いやいや。道徳の教科書というより、むしろ背徳の教科書だけどねコレの内容!
 いかにも魔女の道徳が一般的みたいなニュアンスで書かないでもらえません!?
 絶版! 絶版! 即絶版だこんなもん! 回収して焼却炉行きじゃああああ!!

 ……ふぅ。よし、身構えてたからか、さっきよりダメージは少ないぞ。たぶん。

「…………」

 最後、いくかぁ……。ぺら。

『デルカンダシアの乙女異聞』

 シンプルにダサい……っ! 何故あえて、そこ乙女にしたし!
 デルカンダシア領には魔女しか居ないんだから、もう魔女でいいじゃんか!
 謎に絶妙な共感性羞恥刺激してくんの、なんなの……? 嫌がらせ?

 ふすぅ、ふすぅ、と荒ぶる内心のツッコミを整える。
 まだ内容の確認が残っている。びい、くーる。私は冷静だ。ぺら。

【本日の起床は恙なく。朝食を召された後に執務を開始。昼餐前にはひと段落つけ、好物である特製魔女御前にゆっくり舌鼓を打つ。食後、おやつを持参し寝室にて晩餐まで夫君と懇ろにお寛ぎになり、――】

 バシッ! と思わず執務机へ読んでる途中の書類を叩き付けてしまう。
 ……なんだ今の。まさか、違うよね? ……ぺら?

【――共に仲睦まじく団欒を過ごされてから身を清め、今宵もめくるめく】

 こ、ここここっ、こよっ……!

【月明かりに映える瑞々しさに】

 バシィィィ――ッ!!!!

「……っ!?」

 ……な、な、なんじゃこりゃああああああああああ!!!!

「――――」

 ……ちょっとこれの内容をじっくりしっかり確認する勇気はないので、危険な本文は避け、それ以外の部分をなるべく薄目で注意深く調べていく。
 おっ、ここはもう最後のほうだし大丈夫そう……ぺらっ。

【※この物語は事実に基づいており、登場する人物・団体・名称等は全て本物であり、実在の事件とも深く関係しています】

 ガタタッ!

「……ん。読み終わった?」
「いぇっ!?」

 優雅に足を組んで、律儀にずっと静かに私が確認作業を終えるのを待っていてくれてたらしい夫と、立ち上がったままの状態で目が合い、思わず素っ頓狂に裏返った声で返事してしまう。
 あまりに私の急に挙動不審過ぎる言動を訝しく思ったのか、首を傾げながらそのお綺麗過ぎる顔で心配そうに真っ直ぐ一切の邪念が籠ってない澄んだ眼差しで見つめてくる。
 ――今はこっち見んな! あっち向け! むりっ! 色々! むりっ、頼むから!

「……どうかしたの?」

 ……心配そうにみてくるところ申し訳ないが、本気でこっち見ないでほしい!
 だって、どんな顔をすればいいのかが分からない。ぶっちゃけ気まずい!

「にゃ、なんでもありましぇんわっ!」

 誤魔化せたとは全くもって思えないが……返事しながら座り直し、断固として顔を隠すように書類を再び手にしたからか、その後何かを深く追求されることはなかったのは幸いである。
 ふぅ……と小さく息を吐いてから覚悟を決めて本文があるだろう部分をぺら、と秘密の袋とじを開封する気分で少しづつめくって確認してみる。
 それにさっきはもしかしたら、少し早とちりしてしまっただけかもしれないし――。

【絶頂に乱れ狂――】

 バシィ……ッ!! と何度目かになる机への衝動的な叩き付けを敢行した。

「――――ッ」

 ――バリバリの官能小説じゃねえかよ!
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