らぶさばいばー

たみえ

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ユルサナイ

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「“――”ハ、コロス……」

 据わった目つきでアイリスが言葉を零す。

「『チッ』」

 アイリスの答えに舌打ち後、私の眼球が目まぐるしくあちらこちらと忙しなく動くのが伝わってきた。
 同時にシュルシュルシュル……、とリールを巻くような音が前後左右から包囲を狭めるようにして近付いてくるのも。
 ――迫りくる音はまるで全身を締め付けていくようで、息苦しさを錯覚させた。

「『――――』」

 先ほどまで小人さんが饒舌に動かしていた口は固く閉じて、そのすぐ後にまるで失った渇きを潤すようにかぺろりと舌先で唇をひと舐めされた。
 ――そうして否応なく高まる緊張感に何がきっかけだったのか。

 突如、私の右足の踵だけがトン、と地に疾く降ろされた。

 キュイィィィィィィィッ!

 途端、何かを劈くような甲高い高音が踏みしめた足元から身体の芯へ這い上がって響く。
 ……まるで鋼鉄を切断したような、思わず首を竦めたくなる嫌な響きだ。

「――ァアアアアアアア゛ア゛ァァァコロスッ!」

 直後、トランプを空中で飛ばして遊ぶマジシャンのように、両掌を互い向けの上下に開いたアイリスが正気を失った声色で叫ぶ。
 ……よく見れば、いつの間にか細長い糸が幾重もの束となってアイリスの両手の間を繋ぐように存在していた。

「『――玩具チャカよか随分物騒なモン持ってんじゃねェか』」
「コロスコロスコロスコロスコロス……」

 もはや会話が成立するような状態ではない。
 そう内心で認識した――次の瞬間。アイリスが上に広げていた右手を前触れなく後ろへぐっ、と引っ張るような動作をした。

「アヤメリュウホウセイジュツ……」

 アイリスから発された、どうにも聞き取りづらい言葉の意味を理解する前に、私の身体が踏みしめた右足を軸に後ろへ半回転し、右手でパシッ! と
 踏みしめたままな右踵の下では、キュイキュイと甲高い金属音が響き続けている。
 ぽた――。

「『――オイオイ、鋼糸に毒針かよ。んでこれ使った人間のお裁縫が得意ですってか』」

 ぽた、ぽた、私の手で握った感じ直径数センチはありそうな太い針の先に、零れ落ちる液体があった。
 ――これ、毒なんだ……触れてて大丈夫なのだろうか。

「『――なかなかイイ趣味してんじゃねェか』」

 言いながら、素早く手の中でくるりと針を一回転させ、未だに足元でキュイキュイ響いていた物体に地深く針を突き刺し固定した。
 そうしてからやっと退けられた足元には縫い留めれたままで蠢く、まるで軟体動物のような気持ち悪い動きをする鈍色の縄みたいに太い糸束が存在していた。
 針に深く刺された糸縄の両側の先は宙に浮かび、目視不可な闇夜の奥へと続いている。

「――カクサツ、アヤメヌイ」

 小人さんの言葉を無視して呟いたアイリスが、引いたままだった手を叩くようにパンッ! と森へ木霊するよう強く手を打ち、封じ込めるようにそのまま強く両手を握り込んだ。
 ――途端、周囲に響いていたシュルシュルシュル、という音がさらに激しさを増す。

「『……チッ、スイセン並みの暗器使いじゃねェか面倒な――ッ』」

 アイリスの手打ちに呼応するよう、私たちの周りを囲って巨大な網目の檻が突如出現したのを認識する猶予もなく、小人さんが喋りながら素早く走り出して愚痴らしきものを零した、が――。
 出現後すぐに包囲を縮み始めた網目は、瞬きする間もなく複雑に編み込まれて、僅かに光差す隙間が開いていた出口を容赦なく次々と固く編んで閉じていく。
 ……間に合わない。

 触れた地草諸共捕らえ圧縮し、かすかな月光すらも覗かせない緻密さで全てを圧し潰すべく呑み込んでいく光景を、どこか他人事のように内心から冷静に眺めた。
 決して自分の手を汚さない系の頭脳労働タイプかと思えば、実はバリバリに武闘派だったんですねアイリスさん。

 そんなどうでもいい内容が頭に浮かぶ。死の寸前に訪れた走馬灯にしてはあまりに残念過ぎる。もっと思い浮かべるべき事柄はあるだろうに。
 ……そっか。死ぬのか、私。そう思っても内心はとても穏やかなままだ。前に死ぬかもって思ったときはもっとパニックに陥っていたのに……。
 ただ今回は本当に何も――何の恐怖感情も芽生えてはこなかった。

「『……しゃあねェ。使うか』」

 と、私がアホなことを考えていると、もう猶予幾何もなくすぐにでも閉じてしまいそうな網目の壁を前に、小人さんがのん気に心底嫌そうな声を零した。
 そして迫る網目の壁へ走りながらも被っていた薄布の両端を持ち、そのまま閉じた網目に接触する直前で両端を引き寄せ、その中に膝を抱えて小さく収まるよう包まってから勢いよく迫るくる壁へと前転した。

「『咲乱、花金鳳花ラナンキュラス――』」

 ――ふわり、前転した反動で勢いよく上へと翻った薄絹の裾が、収縮する閉じた暗闇に触れて
 完全な漆黒に染まっていく視界の中、閃いた薄絹の淡かった光がどんどんと強く発光し、瞼の裏まで眩しいくらいに轟々と豪快に輝き始めた。

「『見惚れるのは構わねェが手は伸ばすな』」

 くるりと回り、気付けばそこは既に網のだった。

「『今のこいつに触れたらヤケドじゃ済まねェ』」

 ふわふわ、ひらひら、……激流にたなびく薄絹は、しかし相反したような柔和で、けれど美しくも力強い光を轟々と無音で発している。
 まるで地上に光臨する御子の現身かのように全身に優しく纏わっては神々しく輝かせ、只人では到底計り知れないだろう圧倒的な存在感を放ち続けていた。

「『――御触り厳禁、だぜ』」

 私の身体は、小人さんがアイリスを見下ろしてそう言葉を発した。
 下では据わっていたはずの目をまん丸に開け、口を半開きにしたまぬけ面なアイリスが居た。
 なかなかに激レアな表情である。

「『なんだ、この程度の衝撃でもう司源たましい飛んだかよ』」

 いや……こんないかにも御光臨、なんて姿を目にしたら驚くでしょう。
 素材は平凡な私でごめんなさい、だけど。

「ッコロス! アヤメリュウホウセイジュツ――」

 小人さんの言葉にぽかーん顔からすぐさま真顔に戻ったアイリスが、両手をそれ何て拳法? な感じで宙に陰陽みたいなものを大きく描いて「ハァッ!」と腹から出すような気合の声を上げた。
 アイリスの動きに連動してか、ぎゅぎゅぎゅっと未だに圧し固められていた糸群が収縮一拍後、倍速早送りで開花するように蕾を開いて丸ごと私の身体を呑み込まんと下から迫ってきた。

「『……オイオイ、冗談も大概にしやがれ』」

 その言葉は迫る糸群に恐れ戦いた、というよりはどこかやれやれと呆れてるような声色をしていた。

「『このオレ様相手に――』」

 言ってる途中、何故か迫り来る糸群に自ら落ちていく。

「『――二度も同じ手が効くかよ、人間ザコが』」
「ナ!?」

 そして纏う薄絹を、片方の素手で無造作に糸群の一部を引っ掴み、辿らせた末路を見もせずそのまま適当に遠く空の彼方の背後へとゴミのようにポイッと
 そうして糸群は、お空にキラーンと煌めくお星様となってしまった……。

「『一度でもりゃあ、なんでもござれだぜ』」

 なにそれ。それなんてチート。

「バケモノ……」
「『テメェに同調してたクソガキを、逆に乗っ取って利用するたァ大したもんだったぜ。オレ様でなきゃ初見殺しに殺られたろうよ。――クソガキより少しばかしは才能あんじゃねェか?』」

 ククク、と可笑しそうに小人さんが笑った。
 そしてひとしきり笑って気が済むと、――。

「『――が、悪ィな。そいつの司源たましいは文字通りひたすらうぜェだけのクソガキ以上でも以下でもねェ』」

 嘲笑うようにして小人さんがそう告げる。

『~~~~ッ!!』
「『おうおう、まだ咆えやがる元気があるかよ。クソうぜェ』」

 もはや空気と化していた……というより、よく見れば本当に薄っすらと消えかけてるようにアイリスの背で薄れているモヤが何かを喚いていた。
 ……相変わらず、アレだけ何言ってるのかがまるで分らない。

「『……さて、そろそろ出てくる頃合いか』」

 そう言ってから唐突に首を左右に傾げ、肩を竦めた。
 ――出てくる頃合いとは? 何が……?

「『――んで。テメェの司源たましい禁戒タブーはなんだ』」

 と、内心の疑問を置き去りに小人さんが再び先程と同じ問いを投げかけた。
 そういえば、さっきは大事なところだけよく聞こえなかったような……?

「ク、ぅ……コ、ころ、ころす……」

 問いかけた先のアイリスに意識を向けてみれば、何故かいきなり先程までの皆殺抹殺、な雰囲気の攻撃的な姿が引っ込んでしまったかのように全く違った様子となっていた。
 ずり、ずり、と後退りするように腰を引かせてアイリスが呻いていたのだ。その怯えたように震える姿は、まるで一刻も早く私から……というより小人さんから逃げようとしているみたいだった。

「ゔぅ……」

 ……いやまあ私があちら側なら、明らかなんかの必殺っぽい奥義を初見はともかく、二度目にあんなギャグみたいな雑な対処されちゃあそんな態度になるってのも分からなくはないけど……。
 でも殺そうとしてたの、最初からずっとそっちなんですがそれはお忘れで……? むしろ何度も死にかける想い――セルフ縛りのせいで――をしたの私なんですが……ええ……。
 というより、必殺奥義出したっぽいにしてもなんか諦めるの早すぎない? しつこさでモヤに負けてるよ。

「ァ、ぁ……カ……」

 ……なるほど。だから小人さんも『うぜェ』評価なのか……。

「イぃ……さなぃ……」

 そりゃいくら小人さんがチートでも、何度も何度も執拗だと嫌だよね。なんでそんなに執拗かは内容を全く理解出来ないから一体何に執拗なのかとかは全く知らないけど。
 なんとなくの理解と雰囲気で想像すると、小人さんが何かに刻ませろーとモヤを詰めてて、それを絶対嫌だーとモヤが逃げてる図が出来上がる。
 あれ? なんか違う? でも仕方ないよね片方しか理解出来てないし。

「か、……い……は、ゆる……さない……ッ!」

 ……ん? 今なんて……。

 気付けばアイリスは完全に腰が抜けてしまったようで、小刻みに震えるように頭を抱え地べたにいつの間にかすとん、と降ろしてアヒル座りしていた。
 ……こんな時だが、見た目がいかにも出来ます、な眼鏡お姉さんキャラのちょっとだけ乱れた弱々しい内股姿にオタク心がついつい疼いてギャップ萌え。

「か……か、わい……――」

 先程より、もっとハッキリした言葉が聞こえた。かわい……? 誰?
 と、思ったのも束の間――。

「――可愛いは、許さないッ!」

 ハッキリと告げられたその言葉に、私の理解力が宇宙へと暫し旅立った。
 かわいいは、ゆるさない……カワイイは、ユルサナイ……。
 ――可愛いは、許さない……!?

「『――くっそくだらねェなァ、オイ』」

 思わず内心で小人さんの言葉に同意してしまう。
 驚きで平穏だったはずの内心が、抑えきれずにざわついた。

「『わざわざテメェの司源たましい禁戒タブーとして刻まれるくらいだ、よっぽどのものかと思いきや……』」

 まさか……え、そんな理由で私を殺そうとしたの!? え!?
 可愛いは許さない……って、私が可愛いってこと!? ありがとう!
 でも褒められてるのに不思議と全然嬉しくないよどうしよう……っ!
 内心が色々な思考と理解で荒れ狂う。

「『んなしょうもねェ誓いでクソガキを乗っ取るたァ、よほどクソガキに才能ねェのか、テメェの欲望が魔女の禁戒並みに凄まじいのか』」

 欲望……まさか、可愛いを許さないっていうのが?
 何故アイリスが可愛いものを許せないというのか。
 アイリスは可愛いよりはキリッとしたスマート美人というやつだ。
 有能秘書系キャラなアイリスと可愛いに共通点なんてものは――あ。

 ――――。

「ギュラ……可愛いギュラ……」

 ……そうだった。
 そういえば同担拒否な可愛いの権化な婚約者様が居ましたね貴方には……。
 なるほど……自分の可愛い婚約者以外の可愛いが許せないのか……。

 ……いやそれで納得していいのかコレ? ――じゃあ何か。
 原作で、何故か他を攻略中にも理不尽に殺されてた理由コレなんか。

 ――――。

 ……思い返せば確かに、作中ちょいちょいとその片鱗はあったような気がするけども。これはむしろ理由なんてなかった、と言われたほうがマシだったかもしれないよこの理由。
 対象範囲が広すぎ、理不尽過ぎ! アイリス基準じゃ人類皆アウトも有り得るのでは?

 ――――。

 ……て、そういえば主人公以外の攻略対象たちってば基本的に皆が皆してなんだけど……もれなくよね……アイリスの可愛いってどこ基準なんだろう……婚約者の特徴基準なら容姿だけでなく、性格や言動、愛嬌含めて全部? なら大半の善良な人類がもろアウトじゃん!
 ……全部が全部、まるで全く該当しないような人間ってむしろこの世に存在するのかって疑惑のレベルだ。
 今さらになって明かされた衝撃の事実――私にとって――である。

「『――仕事が遅ェよ、アホが』」

 と、小人さんが急に言葉を零した。
 その直後――。

 ブォオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!

 ――闇夜を轟音で切り裂くように、バイク様が華々しく飛び込んできた。
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