らぶさばいばー

たみえ

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花金鳳花羽衣

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「『――霊器、花金鳳花ラナンキュラス羽衣ヴェール』」

 ふわり、ふわり、天を舞う。

「『テメェの器がこいつに見惚れて堕ちた刹那とき――』」

 ひらり、ひらり、天に踊る。

「『――テメェの聖名みなも堕として凶帖に刻むぜ』」

 ふわふわり、ひらひらり、私の世界の全てを覆っていく。
 優しく、柔らかく、慈しむように――。

「『――――ッ!!』」

 ――誰かが何かを叫んだ、気がした。
 ふわふわり、ひらひらり、天を舞い踊り、裾が柔和に閃く。

「『どうした下手っぴ、手元が狂ってんぞ。――見惚れてねェで、もっとしっかり狙ってみせろよ、なァ? ――ほらよ』」

 下手っぴ……相変わらず、小人さんの言動はハッキリと理解出来る。そして、相手を挑発する為にわざわざ足を相手の目前で制止したまま、両手を大きく歓迎するように広げたこともちゃんと、認識出来た。
 すぐに大量の弾幕が襲い掛かってきた、でも全く当たらない。宙に閃く薄絹と対照的に、私はずっと立ち止まったままなのに。わざと全てを意図して外してしまったかのように、まったく当たらない……。
 ノーコン……?

「『~~ッ!!』」

 間近で撃っても尽くが逸れて当たらない。そのことに対して何か口汚く罵っている。……そこまでは、なんとか分かる。でも内容までは、全くもって理解が及ばない。
 ――まるで思考回路を、須らく統制されているみたいだ……。ちゃんと聞こえている、けれど内容の理解だけは妙に徹底して妨げられる。
 分かるのに、分からない……不思議。

「『――――ッ!?』」

 ほら、また……ああ何かに驚いてるみたい。どうして? ――そっか。小人さんに向けて撃ったはずの銃弾が、何故か尽く到達前に失速していくからだ。
 ――まるで急に、全ての運動エネルギーを吸われてしまったかのように。

「『んで、玩具チャカはそれで終いか?』」

 チャカ……視界の先、ライフル銃のような見た目の武器が無数に浮いて存在し、未だに無数の銃弾をこちらへと容赦なく撃ち続け、あちらの殺意の高さを表すように弾幕を形成し続けていた。
 ――けれど、そうしてとめどなく撃ち続け、撃ち続け、終わりない永遠のように撃ち続けていた銃弾は、……気付けばいつの間にか、撃った次の瞬間には即座に物理法則完全無視でぴたりと、まるで当然の成り行きのように尽くが勢いを失っていく。
 。……

「『――ガ、……ィ――ッ!?』」

 武器が使い物にならなくなっていく過程を、とんとまま静穏に見つめていると。
 ――突然、まるで幼子がイヤイヤをするように頭を横に振り、両手で抱えて何かを絶叫した。
 なんて言ってるのだろう……。

「『ッギ、ギュ、ギャ、……」

 けれど何も、……何も理解出来ない。でも、聞こえている。
 ――あの子の心の叫びが。

「――ギュ、ラ……?」

 確かに聞こえた。
 でも、ギュラ……?

「ギュ、……ギュラ……」

 ――――。

「『――そのまま追い出せ、翠色』」
「ギュラぁぁあああ……ッ?!』」

 ――――。

『――あれ、嫉妬してくれたの?』
『――ねぇねぇ、今日もかわいいね?』
『――え~、だめ……? いいでしょ……ね?』

 ――ロータス・ギュラ=オルベスタイン……?

 その名に思い至った直後、一気に情報が無差別に引き出され、節操なく思考へひらすら淡々と端的に羅列されていった。
 ――ロータス・ギュラ=オルベスタイン。年下枠の攻略対象その4。あざとい。アイリス最愛の婚約者。可愛い天使。腹黒系ヤンデレ。邪気の塊。でも可愛い天使。狡猾、残忍、やり口は可愛くない。でもあざと可愛い癒し天使。ただしアイリスが同担拒否。バレたら死ぬ。すぐ死ぬ。即死ぬ。でもすんごく可愛いんだあの破滅天使――。
 ……なんだこれ。どうでもいいお気持ち情報多いな。なんだこれ。

『――ッ!!』
「ア、……」

 あまり有益じゃなさそうな情報群を粛々淡々と処理していると、絶賛絶叫中のアイリスから分離するよう、モヤがもわっと出て来た。
 ……何だアレ。出て来たモヤは、半分だけ身体に埋まったままだった。

「ア、ァ、……ァァァァァアアアアアアアアアアア」
『――!?』

 発狂するアイリス、とアイリスの中になんとか戻ろうと必死にしがみついてアイリスへ潜ろうとするモヤ。
 何だアレ……シュールだ……何だアレ……。

『……っ。――? ……っ? ~~ッ!?』
「『おうおう、好きに咆えやがれ。テメェがいくら咆えたところで、どうせからなァ』」

 アイリスの中に半身以上戻れないと悟ったのか、モヤの矛先がこちらへ向いて罵倒を浴びせて来た、んだと思う。おそらく。内容は全く理解出来てないけど。たぶん、そう。雰囲気的に。
 激しく罵られている、気がする。なんと言っているのかはまるで分からない、けれどそれを小人さんがかなり適当にあしらった、らしいのはしっかり分かった。うん。

「『つーわけで、――必死こいてその程度にしかならねェ無駄な努力たァ、随分とご苦労なこった! 才能ねェテメェでもそんくらいは解るだろォぜ? それにそいつはってことも解るよなァ、オイ』」

 あれって正気……なの? モヤが半身抜けたとはいえ、未だに見た限り御乱心ってレベルじゃ収まりきらないだろう酷い絶叫発狂してますが正気……でいいのかアレ……。
 確かにアイリスの声――ギュラギュラ言ってるだけ――はちゃんと聞こえるし、モヤと違ってこちらの言葉はちゃんと――名前連呼してるだけだけど――

『……? ――――、……?』
「『あァん? オレ様が何だって?』」

 あ。今度は罵倒……じゃ、ない? なんだ、ろ……う、――。

『――――。――ッ!?』
「『おうおう、そんで?』」

 ――――。

『――……ッ。――ッ、――ッッ!!!!』
「『なんだもっと続けてみろや、あァん?』」

 ――――。

 ――なんと言っているのか。
 ふいに、ふと凪いでいたはずの感情から好奇心だけがぴょこぴょこ小さく芽を出して、内容を理解しようと集中しようとした――ら、今まで以上に格別なまどろみが急激に精神に襲い掛かってきた。抗えない……。

 ――――。

 身体の瞼はしっかりぱちぱちと正常に開いているのに、意識が深く引っ張られて意識を容易に保てなくなるような、――ぬるま湯に長時間浸かって逆上せたときの、身体全体が重怠い感じの――急激に奥の奥底に引っ張り込もうと、重く思考に圧し掛かってくるような到底抗えないまどろみが襲う。
 ――まるで、優しく包まれながらも「ダメだよ」と諭すように叱られ、危険なものから遠ざけるように隔離されているみたいだった。

「『……さっきご丁寧に教えてやったろォが。テメェの理解力おつむはアホ以下かよ』」

 と、私の好奇心がなんとかまどろみに沈むまい、と抵抗しつつもあっさり意識を更にふわふわ混濁させている間に、何もかもどうでもよくなるような優しいまどろみがまた急に解けて波が引いていった。
 おかげで小人さんが、何故かモヤをバイク様と比較して馬鹿にしたのが理解出来た。

 ――何故に比較対象がバイク様? 相手無機物では?
 あ。でも、そういえばさっき小人さんと会話? してたっぽいし、無機物ではない……じゃあなんだ? バイク様ってば何種何族なの?
 私のファンタジー辞書に記載はないぞ……って。

「『――いいか。もっぺん耳かっぽじって有難く傾聴しやがれクソガキ』」

 今まで聞いてきた中で最も低いだろう声で言葉を口にしながら、小人さんが側頭部こめかみをトントン、と苛々した風に人差し指で触り、さらに煽るように真っ直ぐモヤを視ながら鼻で笑い、言葉を更に低い声で続けた。

「『――残念ながら、いくらテメェでもテメェに都合よくはいかねェっつってんだよ』」

 なんでこんな当たり前の事を何回も言ってるんだろう……と思った。

「『何度言わせんだ、面倒臭ェ』」

 ……話の内容は、相変わらず全く理解出来てない。でも、小人さんの言ってる言葉はしっかり理解出来ているのだ。
 だからなんとなくの推測で、こうだろうか……という会話の流れ、というより会話内容をぼんやり類推出来てる。……はずだ。

「『……、』」

 ――つまり簡単に言ってしまえば、小人さんは最初からずっとモヤに対し「人生って何事も都合良く上手くはいかないものだ」って意味の説教をそうとは分かりにくい言葉で、態度で、永遠としていたのだ。おそらく。
 それは話の私でも察せた。

「『――とっくにテメェが請える慈悲なんざ、跡形も残ってねェよ』」

 だからこそ……いくらなんでも、なんでそんな当たり前の説教をわざわざ執拗にずっと繰り返ししてるんだろう? とつい思ってしまったのだ。
 みたところ相手は理解出来ない、というよりは理解したくない、という風に見えるのだから。
 それを小人さんが理解出来てないわけじゃなさそうなのに、なぜ――。

『――~~ッッ!!!!』
「『悟って呑み込んだか? ――なら、とっとと潔く凶帖に刻みやがれや』」

 モヤの罵声? は相変わらず理解出来ない。まるで全く知らない未知の別言語のように理解出来ない。
 ……けれどそろそろこの問答の終わりが近いのは、小人さんの言葉運びの雰囲気から大体なんとなく察して理解出来る。
 ――と、視界が急激に前へ倒れ、視界の端で薄絹が美しくはためいた。

「『――テメェの聖名みなをなッ!』」

 小人さんが言いながら、スーッと地を嘗め滑るように予兆無く動いてアイリスへ至近眼前まで近付いたのだ。
 いや、近付いたのはモヤのほう……え?

「――――」
「『……おっと、マジかよ。今度はそっちがそうくんのかよ?』」

 ピタリ、私の身体が変な態勢――下半身の両つま先は地に足ついて、上半身は前世の古代美術の彫像のようなくんずほぐれつした芸術的で謎可動域なぐにゃぐにゃ手つき――のままに動きを瞬時に止めた。
 何故……。

「――ス」
「『オイオイ、本番はこっからですってか……楽しいなァ、オイ』」

 ピタリ、と止まったままに全く動かす様子の無い態勢とは裏腹に、小人さんがこれでもかと口をペラペラ動かしまくる。
 何が起こっているのか……と内心で困惑していると、月明かりに一瞬だけ細長い何かがでちらちら照らされたのに気付いた。
 ……これ、糸?

「『――オイ、クソガキ。やっぱテメェにゃ才能なんざねェぜ。見ろよコレ』」
『~~――ッ!』

 小人さんに言われ、モヤが私とアイリスの頭上で激しくぎゃあぎゃあ口汚く喚き、これでもかと罵った。
 ……登場からずっと、何かが気に障るたび、誰かを逐一罵ったり怒ったりして疲れないんだろうか……。

「――ス」

 ひたすら頭上からモヤに罵られ続けている――おそらく――アイリスはといえば、私からあと一歩の距離、な位置で俯いたまま何某かを不気味にぶつぶつと呟いているようだったが……小人さん操る私の身体も奇妙なほど微動だにしないまま時間が過ぎていく。
 眼という急所の寸前に謎の糸があったが、不思議と間近で見えていても思わず反射で目を瞑りたくなるような恐怖感などは全く湧いてこなかった。

「『――んで。テメェの司源たましい禁戒タブーはなんだ』」

 唐突に、小人さんがアイリスへ意味不明な謎の問いかけをした。
 その返答は、――。

「“――”ハ、コロス……」

 据わった目つきと、全方位からのシュルシュルという音で返ってきた。
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