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楽しい、神!
しおりを挟む「『――オイ、そこの銀色水色。邪魔だから、とっととそこのアホに乗ってここから去りやがれ』」
この空気、どうしよう……などと思っていると、小人さんが急にバイク様を雑に指しながらナズナたちのほうを向いて告げた。
それにしても銀色水色って……銀閣金閣じゃないんだから……もうちょっと、こう……でもすっごい語呂いいな。
「……わ、私たちのことか?」
ジニアがナズナを、非力ながらもなんとか支えようとしながら控えめに聞き返した。
普段のジニアであれば、こちらの言葉遣いに眉を顰めて厭味っぽくご丁寧に注意しただろうが……今は呻くナズナが気になってそれどころではないらしい。
「『他に誰がいやがる。クソ女が無様に埋まってる間に、とっととしやがれ』」
「いやだが……」
小人さんのチクチク刺さるような冷えた視線にどこか表情を引き攣らせながら、バイク様のほうを……というより、バイク様の下敷きになってぴくぴくと、手足だけがわさわさと虫のように気持ち悪く蠢くアイリス(仮)を見て躊躇するジニア。
うん……皆まで言わずとも、分かるよ。分かるよジニア。あれはちょっと、ねえ……?
「『巻き込まれて死にたくなきゃ、さっさと行動しやがれ』」
「ッ……分かった」
が、小人さんの容赦無い催促が決め手となり、ナズナを見てからとうとうこれから死ぬ覚悟を決めた漢のような表情になったジニアが、ナズナに肩を貸しながら慎重に、けれで素早くバイク様に近寄った。
いやこんなことでそこまでの覚悟を決めんでも……分かるけども……。
ブォンブォンッ!
「『うっせぇ。テメェの分際で文句言ってんじゃねェよアホが』」
ブォォォォォォォ……。
ナズナたちがアイリス(仮)を避けつつバイク様に乗り込む最中、それに配慮してかただ暇なのか、少し控えめに鳴ったバイク様が小人さんとやり取りする。
というより……薄々察してたけど、会話成立してるんだねあなたたち……なんてコメントに困る微妙ファンタジーを……あ。
「『ギャアアアアアアッッ』」
ナズナたちが地から足を離し、しっかりバイク様へ乗り込めた負荷というか重量のせいなのか、アイリス(仮)から辺り一帯に轟くような悲鳴が漏れ出た。
……トンまではいかずとも、ジニアはもやしでも平均的な成人男性サイズ内ではあるし、ナズナはそもそも騎士で鍛えてる上にそうとは見えない編み込み系とはいえ服装が重鎧だ。それに近い数値は出ている気がする。
ブォンォンォンォォォオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!
そんなどうでもいいだろう考察を目の前の出来事からの現実逃避よろしくなんとも言えない顔でしていると、気勢を上げるようにバイク様が咆哮して動き出した。……バイク様の轟音に幾分か掻き消されてるが、地中からの「『ギャアアアアアッ!!』」な悲鳴は断続的に聞こえている。
そして咆哮後すぐ、アイリス(仮)の悲鳴により表情を更に引き攣らせたジニアと、そのジニアに一見して支えてもらいながら、実は逆に落ちないようにとジニアをしっかり捕まえてバイク様にしがみつく苦い顔のナズナが一気に闇の中へと消えていった。
「『ぐげぎゃっ』」
…………。
「『ぐ、ぐが……こ、のッ』」
ボロ雑巾が如くボロボロなアイリス(仮)だけを残して。
「『――あの程度、器を掌握出来てれば容易く退けられただろォが。テメェやっぱ才能ねェぜ、クソ女』」
そう言った小人さんが、急に両手指を組む定番お祈りポーズをしてから指を繋げたまま両掌をアイリス(仮)へと向けた。
なんだ急に。ストレッチ?
「『――ッ!!』」
と、アホ暢気なことを思ったのは私だけっぽい。
何やらアイリス(仮)には大ダメージというか、今までの小人さんの煽りの数々のうちで一番効果覿面だったようだ。ひぃ! 顔怖優勝!
「『――ほら見やがれ。テメェは結局、こっちのがお似合いってことだろォが』」
カチャチャチャチャチャチャ……。
立ち上がることすらも止めて、小人さんからの煽りパスに完全に途中で動きを止めて――中途半端に立ってるからよりホラーな感じで怖い――ギラギラと射殺すような視線を地に半身倒れ伏したまま向けるアイリス(仮)の背後に、先程の倍……というかもはや数えるのもバカバカしいくらいの壁かってくらい視界を覆いつくす大量の銃器がお返事代わりにお目見えした。
……わ、……わーお……無理では? 色々。
「『んな兵器揃えたとこで、オレ様には毛ほども意味ねェっつてんだよ何度言わせんだ馬鹿が。テメェが授かったせっかくの才能が持ち腐れだぜ』」
などと、表面上では半笑いで馬鹿にしたように言いつつ。実は小人さん操る私の身体がアイリス(仮)にバレない程度に足幅を広げて踏ん張り、少し腰を低く身構えたのが分かった。
これは逃げ腰……じゃ、ない?! あれこれむしろ前のめりでは!? まさか突っ込……う、うそでし、ぃぎゃあああああああ!?
「『――ッうるさいうるさいうるさい! くたばれ化け物!』」
「『んで癇癪かよ、うっぜェなオイ!』」
アイリス(仮)の一際甲高い幼稚な罵り声の後、月明かりでなんとか見えていた暗闇が本当に視界一面が真っ暗闇に染まった。
たぶん、全部の銃口から銃弾が発射された弾幕なんだと思う。
耳に、地面を抉るような……というかもはや大地震でも起きてるのか? ってくらいにガガガガガガガガガガッッッッ!!!! って轟音が響いたことしか私には分からなかった。
なにせ気付いたら、太い木の枝に逆さでぶら下がっていたからだ。
一瞬のことに何が何やらではあるが……自分の身体の位置状況に素早く気付けたのは、普段はゆるふわ編み込みハーフアップにしてる髪が、今回の魔獣討伐の為にとポニーテールに縛っていたので視界の上に尻尾みたいにぷらぷらする自分のピンクな毛束が見えたおかげで状況把握が……えっ、ピンクな毛束!? え!?
「『――どこ行ったァ、化け物ォ……?』」
と、己の身にいつの間にか起こっていたまさかのファンシーチェンジに内心でひとり動揺していると、ォオオ……ォオオ……という効果音付きでおどろおどろしい声が真下から聞こえてきた。
ひぃ、こわ! 物理で背筋冷えたよ怖っ! 足元から這い上がるようにぞぞぞぞって鳥肌きたよ怖っ!
「『どこだァッ!』」
ひぃ……ッ! そっちじゃないけどそっちです!
森が抉れたように開けた場所に向かって、アイリス(仮)が血走った目で手あたり次第に更に撃ちまくって平野を作っていた。
さっきの弾幕で小人さん、というか私を殺せたとかは全然思わないらしい。なんでだ。あんな弾幕から逃げるなんてムリだよ普通。何故か逃げられてるけど! いや逃げられてないと私死ぬから困るけど! でも無理だよ普通は! だからお願い諦めてっ?
「『出てこないならァ――こうするまでよッ!』」
こちらを山姥が如く恐ろしい声で探す姿に、内心でぶるぶるぷるぷるしていると、突然にたぁと笑ったアイリス(仮)が360度立体カバーの全方面に銃口を向けた。
さっきまで一方向にだけ執念深くしきりに撃ってたけど、ここでまさかの単純ながらも正解だろう全方位にくるとは思わなかったので不意打ちだ――私にとっては。
ドドドドドドドドドドドドドドドドド――ッッ。
そして再び始まった弾幕に、ひぃぃぃと慄く私を置き去りにクルクルと視界が回っていく。
自分の手が何かを掴んだ感触がした次の瞬間には別の何かを蹴って跳んで、息つく暇さえないほどに視界が目まぐるしく変わっていく。
――インドアな私の身体とは思えない、なんてアグレッシブさ!
「『アハハハハハハハハッッ!! 逃げられないわよ化け物ッ!!』」
機嫌がよろしくなったアイリス(仮)が高笑いして撃ちまくるが、その間も私の身体は、というか小人さん操る身体が全く疲れた様子もなく回避で動き続ける。
本来の私だったならば、とっくに身体の稼働限界を迎えて色々な苦痛で軽く魂を口から飛ばしている頃だろう。
「『アハハハハハハハッ!!』」
アイリス(仮)のなんか無駄に耳障りな高笑いをBGMに、これほんとに私の身体か? と疑いつつ、圧倒的な回避能力? でもって今のところ有難いことに全くの無傷だった。身体の持ち主である私が言うのもなんだが、……いやなんでだ。おかしいよ。――はッ! まさか!
も、……もしかして。私が生来から鈍臭かったのは身体のせいじゃなかった、とか? 小人さん操る私の身体が本来の能力値でつまり……単に動かしてる中身が悪かったと……う、気付かなければよかったかも……。
ね、年齢とかは関係ないよね? う、だめだ。真実がどうであれ、ショックな事実には変わりない……。
「『――チッ、ありきたりでつまんねェなァオイ。興醒めだぜ』」
と、あまりに出来ることが無さ過ぎたせいで内心で暇になってついつい気付きたくなかった真実? に気付いてしまい落ち込んでいると、今まで無言のまま粛々と回避をしてた小人さんが突如ボソッと不満を零した。
えっ、いや……命掛かってるのに興醒めとか……。
というかむしろ、あれらの攻撃を受けてありきたりとかつまんないとかいうのはちょっと理解が……えっ、もしや薄々そうかなぁって言動から気付いてはいたけど、やっぱり小人さんってば戦闘狂の側でしたかやっぱりっ?!
待って――だとすると、戦闘狂側な小人さんが急に興醒め発言をするというのは私にとっては非常に、いや凄まじく嫌な予兆な気がするんですがそれは……ッ!
「『馬鹿の一つ覚えの繰り返しでつまんねェし、そろそろ面倒になってきたぜ。魔法でも一発ぶっ放すかァ?』」
ま、魔法。
そういえばうんちぃはもう処理したから使ってもいいの、か……?
そ、そっか。そっち――さっさと終わらせる――パターンね。
なら、――。
「『せっかく魔法一発で終わるところを、わざわざ魔法無しの物理だけで相手してやってんのに、クソつまんねェ癇癪ばかり起こしやがってクソ怠ィぜ』」
――え、は。な……ななな、なんですとぉ!?
まさかのセルフ縛りの引き延ばしとなッ!? わぁお、既にやらかされてたよ! 今までの無駄に襲ってきた恐怖心とかどーしてくれんのよ、まさか今までのあれ全部不必要な無駄怯えだったの!? え、嘘でしょ!?
――というかこの殺意マシマシな、粉微塵となった森跡地からも分かる通り、一発でも食らえば絶対お陀仏だろう命のやり取りをしてる状況下でセルフ縛りとか……想像外にめちゃくちゃ余裕のよっちゃんそうだな小人さん!
でもこれ私の身体だよ! それなのにあずかり知らぬうちに勝手に縛りプレイとか正気!? ナズナを助けるために身体を貸してるだけだって思い出してっ?!
……あれ。そういえばナズナはもうバイク様に乗って離脱したけど、私ってばなんでここでこんな山姥みたいに恐ろしいアイリス(仮)といつの間にかタイマン? なんて張るハメになってるんだろう……あれぇ。
「『チッ……これだけ譲歩してやって無駄骨かよ、クソつまんねェぜ』」
そうして内心でついにあれこれと気付き始めて困惑する私を知ってか知らずか、もはや避け隠れる気すらも失せて、普通の声で発言しつつ小人さんがすちゃっと地に軽く降り立ってトコトコとアイリス(仮)へ一見して無防備に近づいた。
おかげでバッチリ見つかりましたとも。ひぃ! ぐるんって変な角度で首回してギラギラな目をしっかり合わせないで怖いからああああああっ!
「『いたぁ……』」
間近で見ると更にド迫力なホラー顔に内心でビビる私を置き去りに、見つかった瞬間から繰り出された大量のドドドドドッと迫る銃弾というか弾幕を必要最小限の動きで全て避けながら、小人さんがまるで何の障害も無いが如く容易にアイリス(仮)へスタスタと足を一切止めずに近づいた。
そしてそのまま凄まじい形相で睨むアイリス(仮)が何か反応する隙すら与えず、鋭利に尖らせ揃えた指先を何の衒いも無く当然の真理のように、まるで周囲の時が一瞬だけ止まった走馬灯のように遅れて映る視界の先で、このままこれから突き刺しますよ、な動作で肘を引いて突き出そうと――。
「『――これで終いだ』ッ殺さないで!」
――する前に、全精神力でもってなんとか口を自力で開け、小人さんを無理やり制止した。おかげでアイリスの喉元にトスッ、と指先が刺さりかけたところでなんとかギリギリ止まったようだった。
つー、と血が一筋零れたようだが、なんとか殺すのだけは阻止出来たので、あのままアイリスが死んでいたかもしれないと思えば些細な傷である。
――せ、せーふ。色んな意味で、せーふ!
そしてたった今、自分が殺されかけた事実を毛ほども気にせず当たり前のように至近距離でドドドドドドドドド、と再開された弾幕弾幕弾幕。――ひぃッ! 容赦無いッ! 殺意高いッ! 容赦ないッ!
に、小人さんが勢いよくバク転バク宙でザ、ザ、ザザザァと素早く地を抉るように追いかけてくる弾幕を避けるよう、大きく暗闇に紛れるように後退したので私の身体は無傷だ。やっぱりなんでだ。
「『なんだ、なんで止めやがった』」
色々理由はあるけど、まずもって人を殺しちゃだめだから。普通に。
というか私の身体でさらっと殺人とかやめてもらえません!? トラウマだから! 普通に絶対トラウマになるからッ!
「殺しちゃダメッ! 『……そうかよ』」
だってアイリス(仮)とか言ってるけど、どう見ても姿形がアイリスだし……たとえよく似せた偽物だったとしても、万が一にも本物かもしれない可能性があるなら、やっぱり殺せないのだ。
攻略対象が死ぬと困る。超困る。ゲーム的にな!
「『ならどうっすかなァ……』」
お。なんだ。殺さないで、ってお願いというか我儘聞いてくれるんだ。
終わらせようとしてたのを邪魔したから無理かもとか思ってたのに。
「『――楽しいなァ、オイ』」
と、説得要らずに一安心したところへ突如降る不穏なつぶやき。
え……。
「『オイオイオイ、更に追加で殺さずってか。――んな条件付けるたァ、クソほど面白ェ趣向じゃねェかよ、最高かよ神!』」
違った! なんか変なやる気スイッチ押してた!
オフ機能はどこだ!? まだ間に合――。
「『――あァ、心底楽しいぜ! 神!』」
お、おう。それは何より……。
というか、きゃっきゃとはしゃぐJKみたいなテンションで神! 神! って、そんなに喜ぶ縛りなのかコレ……分からん世界だ……。
「『なァ?』」
――そうして。突然テンションぶちあがりとなり、返事をまるで期待してない感じの問いかけをくれた小人さんを止められる言葉を、不本意ながら言い出しっぺとなってしまった私は知らない。
うん……もう殺さないとか殺されないなら、怪我しない程度に何でも好きにしていいよ……うん……。
応援ありがとうございます!
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