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ジニア、駆ける
しおりを挟む「公私混同はいけないと理解しつつも行軍中につい、な」
何がつい、だ。出来るならぶん殴ってやりたいよコイツ。本気で。どっこいどっこいの身体能力なので、お互いが怪我しない為に絶対やらないけども。でも殴りたい。
この――主人公不在なのにやらかしてくれちゃった、目の前で一人惚気てばかりで深刻な事態になりかけてるのに全く気付いてないボンクラをどうしてくれようか……この純粋培養な貴族のお坊ちゃまめッ!
なーに画面外でやらかしてくれちゃってんだ! せめてもうちょっと言い争いで粘れよ! そうすれば私も僅差で間に合って、こっそり主人公に代わって仲介出来たかもしれないのに! 妙なところでややこしくしやがってからに……ッ!
……こうなればもう無視は出来ない。早々に解決しないとどこで支障というか、しっぺ返しがくるか分かったもんじゃないからね。本当に何やってくれてんだジニア。あんた真面目キャラじゃろうが!
今は絶賛行軍中だよ?! しかもお前上官だろ?! 頼むから脳内お花畑にしてないでしっかり真面目にしてくれ! 間違っても代わりの指揮とか到底出来ない私の為にもな!
――てことでもう、手っ取り早くこれしかないよね?
「――このクソ野郎! ふざけるなッ!」
腹に力を籠めて力いっぱい言い放つ。若干、このゴタゴタに巻き込まれた私怨が混じってないこともない。おかげでナズナと同等とまではいわずとも、そこそこ声に籠った迫力はあったはずだ。
何事も、最初の一発目が肝心だからね。いい加減、己のせいで生じた危機にも気付いてない暢気な惚気から戻ってこい! 今すぐに!
「彼女に似合うだろうと、……え、はっ?」
「とでも言われまして? ついでに、顔も見たくないとか」
「え、あ、あぁ、はっ?」
トリップしていた惚気畑から強制的に戻されたジニアが、何を言われたのか理解出来なかったかのように呆けた顔でこちらを見る。
そして復活というか頭の回転が速いのは流石攻略対象、理解が回ってきたのか、呆けた顔から驚いたような顔に変わりながらも私を見た。
「な、なぜそれをっ?」
「予知ですわ」
――まあ原作の知識ではあるものの、予知とそう違いは無いのでまるっきりの嘘ではない。
予知、と言われて真剣な顔になり、そしてすぐさま何故そんな場面の予知を……? などと分かりやすく考えてそうなジニアを見て、周囲を確認する。
勿論、周囲にナズナの気配はない。それどころか、時間も時間なので会議に参加していた上官たち以下は早々にテントに入ったようで人っ子一人いないようだった。
――邪魔が入りそうにないこの状況なら、今夜のうちに二人のすれ違いというか仲直りをなんとか出来るかもしれない。
「ナズナ様は今、どちらへ?」
「分からない……ただ、あの後すぐにポーリュジャン殿がナズナの後を追って行ったのが見えたからおそらくもう――」
「なんですって!?」
天幕に入って寝ている頃だろう、と言葉を続けようとしたジニアの言葉を思わず遮ってしまった。
アイリスと一緒!? あのアイリスと!? しかもこんな時間に……!? 嘘でしょう……ッ!
「ま、まずいですわ……っ!」
アイリスは……悪役令嬢としては異色だった。
なにせ、特別な条件を全て満たした上で後から出てくる性質上、メタ的にも他の悪役令嬢とは毛色も難易度もまるで違っていたのだから。
数々のアイリスによる妨害は、何も主人公相手ばかりではないのだ。その中にはもちろん、特定の条件下では悪役令嬢たち攻略対象らも例外ではなく含まれていた。
つまり、――身分性差関係なく全員が殺害対象になっているのだ。
「ふ、二人が、ど、どどどちらへ向かったかは……」
「急に震えてどうした? それなら自らの天幕しかないだろう?」
ガチガチと鳴る歯音はこの後のことを考えたときの恐怖か寒さか、あるいは薄っすらと気付いていたはずなのに見逃してしまった己の愚かさへの憤りか。
特定の条件、それは――笑顔、夜、涙、のたった3つだった。
「は、はやく二人を見つけませんと、なっ、ナズナ様がたっ、大変なことに……!」
「何!? ナズナがどうしたんだ!?」
笑顔はアイリスの、夜はいつでも、そして涙は攻略対象者――。
状況証拠が出来過ぎてるっ! どどどどうしよう!? 記憶違いでなければ、アイリスって後半から出て来たエンドコンテンツキャラぽかったせいか、割とステータスがギャグかってくらいインフレしてて激ヤバだった気がするんですけども……?!
だってルート選択や主人公死亡に対して、ステはカンストしてても丸っきり無用の長物だったし! 開発陣もただの遊び心というか、プレイヤーが飽きない用の申し訳程度のRPG要素だったのだろうけども! それは分かるけど……ッ!
「まさかもう手遅れにっ? でもっ」
「おい! なんだ! 何があるんだ! 手遅れとはなんのことだ!?」
問題は、一回でも攻略対象を狙うような殺戮モードに入ると、最初の殺しを阻止出来ないと主人公が死ぬまで殺戮が止まらない仕様なんだよね……ははは……。…………。
今は武闘派魔女たちが全員出払ってるし、ここにはやっと野営に慣れてきたばかりのお坊ちゃんお嬢ちゃんしか残ってな……あ、詰んだかも。
「ひぃぇぇぇぇぇ……」
「お、おい! しっかりしろ!」
お、お兄ちゃあああああああああああん!!
こういう時のお兄ちゃあああああああああああん!!
くっ、やっぱりまだ反応なしだ……。
ううっ、誰か……誰でもいいから助けてぇ……。
「――オイオイ。めちゃくちゃ面白そうなことになってんじゃねェか。オレ様も混ぜろよ」
「こっ」
小人さん!? どこ行ってたのっ?
森に入って暫くして「つまんねェ。暇つぶしにちょっくら散歩してくるぜ」とかなんとか言ってぶらぶら出掛けて行ってからずっと見かけていなかったのに!
ちょうどいいところに、と言ってもいいかどうかは疑問だが、とにかくいいところに戻ってきた! 助けて小人さん!
「オレ様をぴぃぴぃ呼んだかよ」
「よ、んではないですわね? ですが助けて下さいませ」
「おう、いいぜ」
ぴぃぴぃとは言ってない。ひぃぇぇぇ、だ。て、そんなことはどうでもいいか。
誰か助けてとは思いましたけど……えっ、もしやめちゃ凄い魔法が使える小人さんが助けてくれるんですか? おお、そうですか。ありがたや~!
とにかく助けてくれ。超特急で。
「で、オレ様にどうしてほしい」
「……ナズナ様を見つけに行きませんと」
もし間に合うなら、阻止出来るのが一番だ。
恐怖でナズナを見捨てて逃げたい気持ちに負けそうになるが、赤の他人の生死でさえ気になるのに、ましてや友人を見捨てるなんて小心者な私にはもっと出来ない。
と、急に腕を掴まれて悲鳴を上げる間も無くぐぐっと強く引っ張られた。
「――ならぬでござる故に」
びっくぅ! ぼぼぼ牡丹くん!? あなた、近くに居たのね……。
森に入ってから小人さんと同じく見掛けなくなったからてっきり傍には居ないものかと……。
「なんだ、ぼうたん。いいじゃねェか別に」
「ならぬものはならぬでござる故に」
「誰だ貴様……?」
あ、ごめんジニア。今それどころじゃないから一旦スルーするね。
ごめんね。でも良い子で静かにしてて。お願いだから。
「……面倒な奴らだぜ」
「――周辺一帯、既に囲まれているでござる故に」
「「えっ」」
何に? とか聞かないほうが心の安泰を保てるだろうか……いや無理だろうなあ。むしろ予想が容易につく分、気になり過ぎて逆に吐きそうだ。
いつもの飄々とした態度を一変させ、周囲を油断なく睥睨する姿は相手が何かについてを言葉にせずとも理解させてくれた。
いやほんとどうすんのよコレ……。
「――この場を離れれば、シオン殿を中心とした魔女の結界は薄れ、そこへ一斉に襲い掛かって来られればすぐさま結界は破られるでござろう」
「それは……」
ちょっ、それって酷い脅し過ぎない?
素人に毛が生えた程度の軍、しかもしっかり熟睡中に結界無しって。
惨劇待ったなしだよ……。
「ナズナ殿のことは諦めるが良いでござる故に」
「なにをっ!?」
ジニアが牡丹くんの言葉に気色ばむが、ギンッと鋭く睨まれて一発で押し黙った。ちなみに私も余波で腰抜かすほどめっちゃビビったことを追記しておく。牡丹くんが支えてくれました。
きょろきょろと忙しなく深い闇に染まる森のあっちこっちに視線を飛ばす牡丹くんに、ついつい不安そうな視線を送ってしまう。
……アザレアより――暫定で――強いだろう牡丹くんがこんなに警戒するなんて。不安になるなと言われるほうが無理だ。
しかもぼそぼそと頭の上で「この数は――」とか「上級の――」とか「厄介な種を――」とか不穏な単語だけ零されちゃあ余計に。
不穏な単語だけ零すなら、せめて丸ごと全部心の中に留め置いてくれないものだろうか……特に「最悪シオン殿だけ――」とかな!
そんな後味悪そうな展開になりそうなほどヤバイんですか、とか空気を軽くする為でも気軽に聞いちゃいけない感じだ。
襲われてないのにもう死にそうだ。精神が。
「――そう固く考えんなよ、ぼうたん」
「当然の取捨選択でござる故に」
ついに取捨選択とか明言しちゃったよ!
しかも当然ですってよ奥様! うわぁん!
「――こいつがダチ助けてェっつってんだぜ。甲斐性なしかよ」
「――――」
ひぃぃぃぃ……ッ!!
なんだかよく分かんないけど、小人さんが牡丹くんの何かの地雷を踏み抜いたことだけは確実に分かったよ……!
だってもう、ずぅん……ってきたのよ! 空気が! 物理的に! ずぅん……って! お、おも、ひぃぃぃ……ッ!
「――だとて、今の拙者は護衛でござる故に」
「ハッ、んだよ。テメェぼうたんよ、クソ真面目にもほどがあんぜ。……いちいち正攻法でやんなよ面倒臭ェ。裏技使いやがれ」
小人さんが、牡丹くんから漏れ出る重苦しい空気をものともせずに鼻で笑ってからこちらへペタペタと歩いてきた。
……こんな時に不謹慎かもしれないが、歩幅がめちゃくちゃ可愛い。後で思う存分愛でていいですかっ!?
「――オイ、シオン。テメェの身体オレ様に一時貸しやがれ」
「か、貸す?」
「おう」
ちょっとあまりにもサイズ感が違うのでは……とか真っ先に思ってしまった。
いやその前に身体を貸すってどうすんの、とか考えるべきだったかもしれないが……目の前に来られて、つい。
「安心しやがれ。ちぃとばかし勝手にテメェの身体だけ動かすだけだぜ」
それは、果たして安心していい類のものなのだろうか。
「前にも経験しただろ? あれから何もなかっただろうよ」
「前にも……? あ」
そういえば、そうだ。
長い眠りから覚めて、なんやかんやと騒いで部屋を出る際のひと悶着でそんなこともあったなあ。
「テメェのダチを助けに行くぜ。暫く貸しやがれ」
「……えぇ。ナズナ様をお助け出来るならば。あ、ですけれど」
「心配すんな。あとはコイツがなんとかするぜ。な!」
そう言って小人さんが牡丹くんのほうに声を掛けた。牡丹くんといえば、めちゃくちゃ渋い顔で小人さんを睨んでいた。
が、ひとつため息を吐くと了承するかのようにしっかりと頷いてくれた。……本当に大丈夫だろうか。
「問題ねェぜ。そもそもコイツ、魔女の護衛向きじゃねェし。むしろ居ねェほうが好き勝手出来るからなァ。オレ様たちが戻ってくるまでには、というより結界が破れる前には全部片付け終わってるだろうぜ」
「……その通りでござる故に」
私の不安そうな顔を見てむすっと答えた牡丹くん。どうやら私の心配は彼の気分を害してしまったらしい。
……それにしても、魔女の護衛向きじゃないのに私の護衛なのか。
「んじゃま、ちゃっちゃと行くぜ!」
そんな感じで今後の流れを勝手に大まかに決めた小人さんは、そのまま軽く片手を天に向けるようにしてそれを喚んだ。
「――『来いよ、アホが。テメェの主の御召しだぜ』」
古代の言葉で凄い呼び出しの文言である。というか、召喚でそんなハッキリとアホとかテメェとか罵って大丈夫なんだろうか……。
一応、こちらはお願いして来てもらう立場というのが召喚儀式のスタンダードなのでは……?
ブォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンッッッッッ!!
などと疑問に思っている間に、そんなの関係ねぇ! とばかりに頭上から突如凄い音がして反射的に見上げた。
「あ、あれはっ!」
見上げた頭上、夜闇に裂けた空から大音声を鳴らして蛍光色な何かが光の軌跡を残しながら勢い良く地面へと突っ込んでくるのが見えた。
そしてそのまま地面に辿り着く前に止ま――らずにずぼっと地中に勢いよく突っ込んで埋まってしまった。えっ?
「アホが。飛べねェくせに毎度毎度上から来てんじゃねェぜ。面倒臭ェ」
小人さんの罵りに、思わず反射的に頷いてしまいそうになった。
いやだって、あれどう見ても――。
「これに乗ってちゃちゃっとテメェのダチ助けに行くぜ!」
ショッキングピンクなどぎついバイク来たあああーーーー――ッ!
ブォォォオオンン、ォォオオンン。
私の隣で、勢い余ってずぼっと地中に埋まってしまったバイクという一部始終の喜劇をしっかりと見届けてから、天を仰ぐように顔を片手で覆った牡丹くんが、暫くして仕方なさそうにため息を吐いてからバイクを地中から救出してあげた。
おかげで夜中にとっても迷惑なお礼の大音声が聞こえて大迷惑だ。
「な、なんだそれは!」
おっと。今まであまりに静か過ぎてすっかり忘れてたよジニア……。
キリの良いところまで黙ってるとは……なんだ、案外お約束が分かってる口じゃないか。
と、モブらしく空気になっていると。
「『――とっとと乗って行くぜ、救出に!』!?」
あれ!? 身体が勝手にバイクに乗車を――!?
「ま、待ってくれデルカンダシア殿! 救出とは、ナズナのことか!?」
と、ジニアが待ったをくれた。
……さすが攻略対象、殆ど何も言ってない少ない情報でその結論に辿り着くとは、状況把握が速いな。ナズナ関連だからかもしれないけど。
「お、おれ、いや私も連れて行ってくれ!」
「『……テメェはここの責任者だろうが』」
「くっ、分かっている、だがっ」
えー。水を差すようで悪いけど、たぶんこの無駄になるだろうやり取りの結論は連れていくになるだろうし、省略していいと思うのは薄情だろうか。
さっきまでアレコレ悶着してた私が言うのもなんだが、今も刻々とナズナたちがどうなっているか分からない状況で無駄に時間は潰したくないんだよね……。
「『――おう、分かったぜ』」
「な!? い、いいのか!?」
「『ただし、』」
そう言った私は、バイクに乗ったまま後ろに上半身だけ振り返ってビシッ! とカッコよくジニアを指さしてニヒルに笑う。
……やっべぇ。なにこれ恥ずかしい。自分で身体自由に動かせないから、本当に第三者視点になっちゃってるけど……自分が今どんな顔してるとかは全部ダイレクトに分かるのね。うん。猛烈に恥ずい!
などと内心で一人もじもじ羞恥に悶えていると。
「『コイツは一人乗り用のじゃじゃ馬だぜ。へっ、だからテメェは自力で駆けやがれ』……え」
「っああ!」
いや、ああじゃないよ!? 君ナズナと対照的な文系もやしキャラでしょうが! 無理だよ!? 普通に!
羞恥心とかもうどうでもよくなるような危険な話が進められていた。しかも今気付いたけど、私ってばバイク専用のシートベルトとか、ましてやヘルメットすら装着してないんですが!? えっ!? 事故ったら一瞬でお陀仏なのではっ!? てか勢いとノリで興奮してたけど、一度冷静になってよく考えたらここ舗道とか全くない、辺り一面が木々生い茂る鬱蒼とした森の中なんですがっ。ええっ、正気!?
動けない内心から色んな意味で蒼褪めてあわあわと焦って見ていると、ジニアが命綱的な紐で結ばれ、さらにはタイヤのホイールに紐の先が繋げられたのが見えた。
――いや違う違う違う! 全部違うよ! 間違ってるよ! そうじゃない! そうじゃないよ!? せめて荷台に括り付けるとかでも……っ! っていやその前に色々無謀なんだってッ! ちょ、待っ――。
「『全力全開で行くぜ――障害余さず吹っ飛ばすぜ!』」
ちょちょちょ、待って待って! 色々待って!
まずは最低限でも私のヘルメッ――。
「――『本気駆る、莎奈羅』」
ブォン……ブォン……ブォン、ブォン、ブォンブォンブォオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!
ぎぃぃぃぃやああああああぁぁぁ――ッッッッ!!!!
もちろん、私は白目を剥いた。そして早々に気絶しボロボロになったジニアは荷台に回収された。大怪我なしという世紀のミラクルだった。
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