54 / 100
王宮にてお茶会?
しおりを挟む「――このように。現状の問題を解決へ向けて進展させるには、全てにおいて相応にまだ時間が掛かるかと思われます」
「そう……思っていたよりも大変な状況のようね」
「面目次第もございませんわ……」
胃をしくしくさせながら、目の前で優雅に茶を楽しんでいたカトレアに不甲斐ない結果の報告ならぬ、白状を行った。
先日謁見してから既に一週間以上が軽く過ぎている。上司への定期的な報告は必須。遅すぎるくらいだ。
……とはいえ、その殆どの期間をまたしても不可抗力で長く気を失っていた身としては多少、弁明の余地が欲しいところではある。
最近、私、気を失いすぎじゃない……?
「それにしてもまた急に倒れたと聞いたのだけれど……まだ具合が悪いようね。意欲があるのは結構だけれど、無理は禁物になさい」
「はい……ご心配ありがたく……」
体調云々というより耐性云々の問題な気もするが、言い訳みたいに下手なことは言わないでおくのが処世術というものである。
――そう、耐性。これは耐性の問題だ。たぶん。
あの日、色んな新事実を知った焦りや戸惑いで視野狭窄に陥っていたのもあってか、強引にというか意気揚々と勢いに任せて不浄を嗅げるようにしてもらったが、その結果を一言で言い表すとするならばまさに――地獄そのものであった。
あんなに耐えがたいものとはまるで思わなかった。気を失う直前、何故忘れていたのか、いつだったかあの兄ですらも顔を顰めて超絶逃げ回っていたのだ、ということを走馬灯として思い出した。
……思い出すのがあまりに遅すぎる。
結局、私が倒れてすぐ夫によって元の鼻づまり状態に戻されたそうだけど、受けた衝撃の酷さに私が回復して意識を取り戻せたのはずっと後となった。恐ろしい。
二度と不浄を嗅ぎたいだなんて言わない、鼻づまり最高! と気絶から復活して早々硬く心に誓うほどに。というか寝起きですぐに叫んだけど。
……それを何の罪悪感も無さそうに私の隣で普通に寝転んで聞いていた夫が、何故か自分のことのように非常にニッコニコで嬉しそうだったのが未だに解せないけど。
あんなものを普段から――産まれた時から嗅ぎ慣れている魔女たちの我慢強さもそうだが、あんな劇薬みたいなヤバイものを無意識に吸って浄化しているらしい自分の身体構造に対する今までに感じたことの無かった異様な気持ち悪さがあれ以来ずっと続いている。
気絶するまでの短い間に感じたあの恐ろしいまでの悍ましさを思い出すだけで、全身に鳥肌が立って嘔吐きそうになるほどだ。
……常に他のことを考えていないと気分がどんどん悪くなってくるのは、酷く悪い副作用だろう。はあ……安易にお願いしなけりゃよかった。
「いまいちシオンからの報告を聞いても実感は沸かないものだけれど……各地で赤の魔獣の出没が増えているのも事実。――受け入れがたくとも最悪の想定を為政者としては真っ先に受け入れるべきね」
赤の魔獣。私はあまり討伐現場に同行したことがない。というより同行しても過保護な兄やアザレアたちが毎回一緒だったので、危険な魔獣を直接目にする前に兄たちによって葬られてしまい、私が直接間近で魔獣を見られる機会が今までにまるでなかったのだ。
遠目や絵、資料とかでならともかく、対面するくらい近くの状態で魔獣を見られたのは学園で襲われた時が初めてであったくらい。
……兄たちと行ったときのは間違いなく討伐とかではなく、だたの散歩かピクニックである。
今思えばおかしいが、普通に昼餐用の豪華なバスケット持参してたし。
……ともかく。魔獣には危険度があって、それは分かりやすくも色によって危険度が分かるようになっている。ゲームの名残りなのだろうか?
信号機のように大まかに三種で、赤系統が一番攻撃的で危ない魔獣、黄系統が縄張りに近づいたり直接ちょっかいを出さなければそこまで危なくはない魔獣、青系統が大人しく危険は非常に少ないが人気を相当に嫌うために滅多に会えない魔獣、と区分されている。
なので基本的に人に対して最も攻撃的な赤系統が一番よくみられる魔獣の種類となり、魔獣が危険だ思われるイメージの大元となる。
しかし危険というだけあって討伐も長年掛けてそれなりにされており、出没する数自体は生息地に踏み入らない限り一般に見られる機会は限りなく無くなってきていたはずだった。
……それがこうも各地で突如として大量に目撃されているというのはもう、いよいよ――ということは嫌でも分かることだった。
この前の学園魔獣襲撃事件や各地での大量出没が落ち着いたと思ったらすぐこれだ。今まで一体どこにこれほどの数が隠れ潜んでいたのかと疑うほど対処が追い付いていない。
……でもそれはきっと、魔女たちが他の事で手一杯になって余裕のないことが原因であるはず。
母と兄が不在となるだけでこうも色々ギリギリになるとは……まだ私の認識が甘かったのだと思い知るたび酷く頭痛がする。
とはいえ、いくら人手不足で余裕がなくとも現状出来ることといえば、まずはひたすらに魔獣を討伐しつくしていくことだけというのがなんとも心苦しい……私が母やアザレアの代わりにお飾りとはいえ魔女全体の指揮を執るため表面的に実質戦力外の蚊帳の外となっているから、特に。
まだ誰もギリギリで失っていないのが唯一の救い――。
「――それで、あなたたちにばかり負担を掛けていてはこの国に先は無いとルディ様が仰られたのよ」
「負担だなどとそんな……臣下として当たり前のことでございますわ……」
と言いつつ、カトレアの言い方に素敵な支援を非常に期待してしまう。
さらっと未だに聞き慣れない愛称でらぶらぶアピールされてても全く気にならないくらいには期待に胸が膨らんでいく。
――出来れば食糧! 次にお金で! 討伐って想像以上に諸経費がものすごく掛かるんですよ! 想像以上にっ!
私が正式に母の代理と認められて王宮に留まることになり、各地から届き始めた魔女たちからの報告書に記された必要経費だと掛かれた数字たちが素早く脳裏を猛スピードで駆け巡っていく。
なんなら走馬灯が流れた時のスピードよりもマッハで速い。
……これを今まで代官として権限が少ない領地経営の中で、顔色変えずにさらっと全て捌き切っていたアザレアの有能さだけが浮き彫りになる。
私にはとても無理だ。大量の謎経費数字を見ているだけで頭がイカレてしまいそう。優秀な部下に全部丸投げして遊んでる風な母の怠慢を過去に何度も嘆いたことがあったが、私の立場になって分かる丸投げのしたさという誘惑への抗いがたさ。
一体どこをどうしたらこんなに莫大な費用が簡単に捻出出来ていたのかと、何度も首をぐるぐる360度メリーゴーランドしたくなったほどだ。
いきなり代理となって上手く処理出来るほど私の要領は良くない。よって、書類に押しつぶされてる私を見かねた牡丹くんによって勝手に報告がなされ、結局は一度アザレアを経由して整理されてから私に届いた書類を確認して了承印を押すという責任取る係りに丸く収まることとなった。
……あれほどアザレアに負担を掛けないよう張り切っていたのに、実に不甲斐なくて申し訳ない。
ちゃっかりアザレアと裏で連絡を取り合ってるらしい牡丹くんに思うところは色々とあったが、結果オーライだ。
せめて何があっても責任だけは全部私が負うから許してアザレア!
「そこで此度、ルディ様と相談した上で、特に酷い状況であるデルカンダシア領に隣接する東の森への討伐を国軍として敢行することにしたわ」
「そ、それは――ッ!」
そこまではちょっと求めてなかったですごめんなさいやめてください。
と、言えればいいのだが――。
「……ご、ご配慮ありがたく――」
私の了承の返事に満足そうに頷いたカトレアに色々と文句を言いたいところだったが、残念ながら上司に楯突くことが出来ない私が出せる言葉は了承のみであった。
何故ここまで嫌がるのかといえば単純で、国境で大胆に軍事行動しますって言われたからだ。
ただでさえ皇女様をひっそり匿ってあげてる件もヤバそうなのに、魔獣が活発になっている時期に表面上は友好国だとはいえ隣という間近にあるバチバチに因縁も曰くもあるような宗教軍事大国を刺激するようなことをしたくはないのが本音だ。
……夫の件で気付いたあることにも深く関わっている国だし。出来ればちゃんとした確信が出来るまではそっとして触らぬ神に祟りなしとしておきたかったんだけど……がっくし。
――それにしても。
デルカンダシア領には物理的に動けない母やアザレアたちが居るので、私の独断で優先的に討伐指示を行っていて実はそこまで被害が酷い状況ではないことをカトレアたちは報告によって知っているはずなのだが……。
……なので軍事行動をわざわざ、国として宣戦布告してるとも取られかねないような危険な意味を持つことになるデルカンダシア領という特殊な場所で敢行しようとすることが非常に引っかかる。
……まあでも表向きは魔獣討伐という立派な名目だし、そこまで帝国を刺激するようなことは流石にしないだろう。きっと。……しないよね?
さすがにカトレアたちだって今帝国を刺激したらヤバイかもって、私の断片的な報告とかからもそろそろ薄々察してる頃合いだろうしさすがに――。
「何もなければ帝国領まで一息に掃討へ赴く計画よ。――これで簡単に尻尾を出してくれると、とても後がやりやすいのだけれど……」
「…………」
違った。不穏な会話の流れで薄々察してたけど、やっぱり普通にバリバリ殺る気満々だったわ……なんてこった……。
「――皇女に伝えられるかしら? 援助は今回の戦争限りだと」
「――――」
もう隠す気もなく堂々と戦争なんて言ってますやん……なんかもう、急に好戦的過ぎるよ!
前からこんなだったっけ……? カトレアはもっと普段の言動に慎重なキャラだったような気がするんだけどな……?
ゲームではたまに愛が暴走して刀傷沙汰にはなったりしてたけど、それだって結局はなんだかんだで人目の無い場所で処理されていたはずなので、主人公が色んな場所で刺されて殺された時の周囲の状況を思い出せば出すほど、カトレアが暴走しながらも殺った主人公の後処理がバレずに簡単に出来る状況かどうかを判断出来るくらいには常に冷静だったことがよく分かる。
それ以外では普通というか、もっと表面上では周囲に悟られないようにマトモで穏健な言動をしてたはずだよね……? もう前世のこともかなり昔の記憶になってるし、私の記憶違いだったかなあ……?
内心でカトレアがハッキリと表出してきた過激さに対して首を傾げつつも、話は終わりとばかりにもう今日はもう帰って身体を休ませるよう――暗に追い出されたともいう――言われたので、退出の挨拶を行って本日の胃と頭の痛くなるお茶会ならぬ報告会ならぬ緊急会議がやっと終了することとなった。
帰りに復興途中の庭園に寄って進捗を確認することにした。まさか諸問題の中で一番これがマシだったとは、夢にも思わなかったほんの数週間前の私が実に懐かしい。こうしてほのぼのとお花が少しずつ植えられたりして復興していく庭園を見ているのが悲しいことに最近一番の癒しだ……。
「――む。シオンか」
「……あら。ナズナ様。奇遇ですわね」
などと遠い目をしながらお花を愛でていると、非番だったのか珍しくカトレアの護衛をしていなかったナズナに遭遇した。
正直、プライベートでこんな場所で遭遇するようなイメージがナズナに対してまるで無かったので、内心で物凄く驚いてしまった。
……よく考えればナズナも年頃の女の子だもんね。お花くらい愛でるか……。
「近くで見かけたからな。挨拶を……と思ったんだ」
「そうでしたのね。珍しいところでお会いしたと、ちょうど思っていたところですのよ」
「珍しい、か……」
私の言葉に、口をもごもごさせてむむっとした表情になったナズナが、隣にしゃがみ込んで私が愛でている花に触れながら聞いてきた。
「――やはり、女が花を好むことは当然のことなのだろうか」
「? いいえ」
と、思わず反射的に答えてしまってから慌てて追加で理由を述べる。
「私の場合はただ美しいものを好んでいるだけで、花自体を好んでいるわけではありませんもの。女に生まれたからと、当然として何かを愛でることなど有り得ませんわ。……それに正直、好ましくない姿形の花さえも愛でられるほどの自信や愛好などございませんわ。人によっては花粉などで嫌うほどですので、女が花を愛でるのが当たり前という風潮は語弊があると常々思っておりますわ。そもそも男性であっても高尚な趣味として花を愛でるということはよくあることですもの。重ねて、女性として当然の義務などではありませんわ」
「……そうか。そうだな、――答えてくれてありがとう」
「お役に立てたのなら何よりですわ」
頭を使ったばかりの疲れもあってか、思わず何も配慮せず勢いだけでこの世界版の世間一般ではなく前世寄りな自分の考えを披露してしまったが、ナズナが最初の暗そうな顔から軽やかな明るい笑みでお礼を言って帰ってくれたので何はともあれ結果オーライだろう。
女性騎士として、貴族女性として、その間に挟まれてる葛藤みたいなものでもあるのだろうか。原作では可愛らしいものに対するコンプレックスの印象が強かったので、これは違うベクトルの悩みかな?
――などと流してしまったことを後日、私は盛大に後悔することとなった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
61
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる