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あゝ永久の雫よ
しおりを挟む赤眼の君
「…………」
天泣に雷火が如く
天変地異に横災惨禍とは
飛散せし露の熱を浴びて、嘸かし侘びしかろうと
夏から冬に移りし君に、歓喜の芽吹きが歌を紡がんことを祈り
君が為、便りを頼りに心幾許かと筆を染めやらん
道々灯す業にかかりきり、君の傍らに道無きことには灯し届かず
清遠なる君に安寧と祝福を送りけり
「……エリカ様は今現在、どこか遠くへお出掛けに?」
手に持っていた上質な紙を一旦視界から離すようにひざ元に置き、読み取った内容から詳しくは分からなかった部分を傍に護衛として控えていたナズナに問いかける。
私の声掛けに反応し、ナズナが驚いたような表情で答えてくれた。
「? よく分かったな。実は、今回起きた諸問題の影響で我が国の上級外交官たちが対処に追われていてな。それでエリカ嬢の父がその外交官のうちの一人なのだが……少々人手が足りない為、付き添いという名目でエリカ嬢も各国へと共に訪問して外交を手伝っていると聞いている」
「……なるほど」
外交するエリカ様……ダメだ、想像するだけでカオス!
「こんな時ではあるが、こんな時だからこそエリカ嬢のように素晴らしい教養の持ち主が居るのだと示せていることで、外交による酷い混乱は今のところ起きていないそうだ」
「なるほど」
この世界の貴族は変なところでプライドが高いので、エリカ様の言葉が理解出来ないとは口が裂けても言えまい。この混乱に乗じて外国がアレコレ画策してたとしても交渉事は永遠に難航することだろう。可哀想に。
今にも顔を見たことが無い各国の想像上の外交官たちが、エリカ様との対面で突然宇宙空間に放り出され、そのまま宇宙の真理と邂逅してしまったかのような顔で適当にコクコク頷いて知ったかぶりしている光景が目に浮かぶようだ……。
「ところで、聞いて知ってはいたが想像以上に容易に解るのだな」
「ええ、まあ……多少は。ほほほ」
嘘です。多少じゃないレベルでバリバリ意味分かります。
でもエリカ様限定でしか発揮されることのないヒアリングパワーなので、下手に自慢して変な墓穴を掘らないように自粛してます。
にこり、とナズナに誤魔化し笑いをしてから、ひざ元に一時隔離していた業深き手紙へと視線をささっと戻す。
……さっさと解読、げほごほっ! 翻訳……拝読をしなければ!
ひとたび悠遠に戸惑う君へ、空音が奏でし玉音は灘らかか
新緑のすゝめには相々交々なりと
「…………」
宵々ばかりか命の始まりより黄金の光までも狂い咲かぬか
天より地にと亀裂纏いし後に思い及びけり
「…………」
陽を浴び、火を浴び、土を浴び、泥を浴びては魔が差し
はたと君への心配りこそ増すばかり
「……小言ばかりですわね」
まるでやんちゃな子どもに向けて怒涛に注意する母、みたいなどこかで聞いたような小言のオンパレードである。
この手紙を貰ったらしい姫様は私と同年代だった気がするが、エリカ様の文面を見る限りでは内容が完全に幼児向けだ。
……もしや年齢が記憶違いだったとか?
「ん? すまない。今なんと聞いた?」
「いえ。ただの独り言ですわ、ナズナ様」
「そうか」
私の独り言に反応したナズナへ曖昧に微笑んで躱しながら手紙に目を通していくが、暫くつらつらと幼児に向けたようなお小言がこれでもかと並々に書かれていただけだった。
太鼓を打ちならす男に姫がお呼びだから、という理由でどこぞの離宮まで強引に連れてこられた時は一体何があるのかと緊張していたが、来てみれば肝心の呼び出した姫は不在で、しかしだからといって男が私たちを逃がしてくれる様子もなく、何故か先にこれを読んでおいてくれとエリカ様から姫様に届いたという手紙をまたしても強引に渡されたのだ。
いや、なんで……? とは思ったものの、男が姫を連れてくると念押ししてきたので、どのみち例のお姫様は解決すべき諸問題にも含まれているからと結局仕方なく流されて予定変更し、姫が来るまで姫が過ごしているという離宮で待機することになったのだ。
そんな雑な流れで渡されたエリカ様の手紙だが、渡されたはいいものの勝手に読んで良いのか暫く迷い、しかしあまりにも暇だったので暇つぶしと興味本位で解読……翻訳……閲読することにした。
もしかしたら高貴なお姫様としては内容が理解出来ないとは言えないから、私にこっそり手紙の内容を読んで遠回しに教えて欲しいと暗に頼んでいるのかもしれないし、と思い至ったのもあるが。
それならば、私たちを呼び出しておいてこうも長時間に亘って姫様が席を外している理由としては辻褄が合う。
だってエリカ様語を理解出来る人類なんて私以外に知らないからね、なーんて思いながら小言を流し読みしていると――。
――滅びし大地の君よ、かくありし水鏡の時を重ね給わん
「あ……」
え、どうしたのエリカ様。
急に内容がより不敬で辛辣になってますけど!
「どうかしたか?」
「い、いえ……なんでもございませんわ」
天の定めし悪夢に従うすべすら欲せずに
叡智の天秤こそを欲深きものに従わんと欲することなきよう
「…………」
秘されし赤眼の理を銘々に打ち固めんと
「ん……?」
満ちる月の流れを眺め潤し渇きに臨めば華よ
――お姫様と何か約束してる? 破るなってなんの約束だろう……。
さすがに書かれてない約束の内容までは正確に読み取れない――。
悪戯に炉に灯をくべ、天火を陽星に遣わし
虚空の精より生みし邪気を滅封せし息を繋ぎて
悠々より語り継ぎし赤き刀匠に準ずるまで
「刀匠……まさか本当に鍛冶の意味ではないですわよね?」
「間違っておらん。妾は鍛冶を得意とした守精カサンドラの直系子孫じゃからな」
バッ! と読むのに熱中していた手紙から勢いよく顔を上げ、いつの間にか正面に座って優雅にお茶をしていた少女に今更気付く。
中央大陸ではあまり見慣れない褐色の肌はサンドラータ大陸――西南大陸出身者の分かりやすい特徴のひとつであり、この状況で登場するサンドラータの少女となるともう一人しか存在しない。
「授かりし名はガーベラ・ミノウ=サンドラータ。サンドラータの名を継ぐには秘伝の極意であるサンドラ式鍛冶技術の習得が必須じゃ――故に妾が刀匠であることは紛うこと無きサンドラータの誇りじゃ」
「――ご無礼、大変失礼いたしました」
「うむ……」
見苦しくない程度に慌ててその場で礼をとったが、正直もっと丁寧に挨拶をやり直したい心境だ。
しかし既にお互いに向かい合って座っている状態の為、それは難しい。
なので少々礼儀に反するが動作略式で挨拶を行うことにした。
既に滅んだとはいえ、相手は西南大陸一の由緒ある血を継ぐ姫君なのだから。
血筋や教養を最も尊ぶ貴族社会において、土地などといった資産はオマケの付随物でしかない。下はともかく上に君臨する貴族たちにとっては血筋と並べれば石ころほどにも価値の無いものだ。
特に貴重な血筋であればあるほど価値は上がるもの――つまり、滅んだ大陸の姫ともなれば絶滅危惧種そのものなので、その価値なんて当然計り知れないものとなる。
一番上の身分から子分のような格下の貴族たちに向けて挨拶を行った入学式の時や、代わりの多く居る自国の王子に挨拶する場合とは言動も全く異なってくるというものだ。
「――初めてお目に掛かります、サンドラータ姫殿下。デルカンダシア辺境伯が娘、シオン・ノヴァ=デルカンダシアと申します」
「うむ……」
最低限の礼儀としての挨拶は済ませたが、やはり機嫌を悪くさせてしまっただろうか。
ジロジロと上から下まで真顔でじっくり見られていると何もしてなくとも非常に不安になってくる。
「――ほう?」
暫く何かを見定めるようにジロジロ見分された後、面白げに吐かれた吐息に思わずビクッと反応してしまいそうになり、慌てて重ねていた手に力を入れて笑顔を崩さないように耐えた。
私の様子を見ながら姫のオレンジがかった金髪が傾げた首に従うように揺れ、その赤々としたルビーのような真っ赤な瞳は楽し気に細められた。
「全く見えぬな、お主」
「? はい。何がでございましょうか」
「ならばやはり本物か」
「本物とは……」
さっきから何のことか、と問おうとしたところで突然背後からドンッ! と大きな太鼓の音が急に打ち鳴らされた。
それに驚いて肩が飛び上がったのは私だけだったようで、向かいに座っていた姫はちらりと私の背後を少し見ただけで視線を逸らして何も言わず無視しようとした。
「――姫! ひどいっす!」
ドンドンドンッ!
ドンドンドンッ!
ドドドドドドド、ドン、カッ!
「姫の仰せの通りにしたのに、ご褒美無しとは何事っすか!」
「妾は忙しい。見て分からぬのか愚か者」
ドコドコドン、カッ!
「そんなこと言ってまた放置――」
「二度は言わぬ。――黙るのじゃ、ポッポ」
「ハイっす!」
急な乱入者である太鼓持ちのポッポ? が、客として招いた私たちそっちのけで何やらご褒美を! とガーベラ姫に真っ先に迫ったが、それに対してギロリと鋭い視線で返事した姫の眼力にやられてしまい、静々とした動きで姫の背後にそそくさ移動することになった。
怒られたのに姫の背後に嬉しそうに控える姿には、ピンと立った動物の耳とぶんぶん振られるしっぽの幻が見えるような気がした。
……思わず目を擦りたくなるような、あまりに主人に命令されて嬉しそうだと分かる姿に内心で引いてしまう。
その姿はまるで飼い犬……忠犬……ワン公……ポチ……いや、これ以上考えるのはよそう。この先は知っても良いことが無いような気がする。
「すまぬな。こやつはこれでもかつては妾の伴侶と定められていた優秀なものじゃが、ちと陽気が過ぎて思慮の皺が少々足りぬのじゃ。――多少強引であったことは代わりに妾が謝ろうぞ」
「とんでもないことでございますわ……」
ほほほ、と曖昧に笑って謝罪をさっさと受け入れる。……周囲に変人が多いのでなるべく誤解せず姿形で偏見を持たないように接したいが、会話しているとどうにも「やっぱり……?」と思うところがあって笑顔が姫を見た当初と比べて段々と引き攣ってきていた。
先程は全く気にしていなかったが、もうなんでもいい。なんでもいいから早く呼び出された用件を聞いてこの場から去りたい、と内心で叫ぶ。
エリカ様の手紙のインパクトでひょっこり忘れてしまっていたが、そういえば嫌な予感自体は未だにバクバク継続中だった。
「姫! 話が違うっす! 骨を折ってでもすぐにお連れしろと――」
「――黙れと聞こえんかったのかのう、ポッポよ」
「ハイっす! 黙るっす!」
ひ、ひぃぃ……!
い、今、骨を折ってでもって言った?! 言ったよね!?
そ、そこまでして一体何故私たちを――。
「うむ。そう怯えるでないわ。冗談に決まっておろうに」
「も、申し訳ございませんわ。ほほほ……」
冗談として済ますには姫の貫禄がありすぎる。
――何故私がこうも怯えているのかといえば、単純に姫の恰好のせいだ。
ドレスでも現代風の服でもなく着物。そこまではいい。
サンドラータは和風文化寄りだと覚えた記憶があるので理解出来る。
問題はそれ以外――。
「そ、そういえば私に御用が御有りであるとお伺いいたしましたわ」
「うむ。しかしその前に――お主の護衛の刀が見たいのじゃが」
チャキ、と自らの懐から小刀をちらつかせながら聞いてきたお姫様は、胸元を黒々とした晒しで巻き、肩から腕まで豪快に派手色な着物をはだけて上半身を魅せていた。
派手色の着物――流石に褌ではない――をミニスカのように腰に引っ掛けただけの下半身は、貞淑あれと育てられるはずの王侯貴族には有り得ない破廉恥な姿だ。
ワタシノシッテルオヒメサマジャナイ。
「む? 拙者の刀でござるか?」
一体今までどこに居たのか。気配を完全に消して控えていたらしい牡丹くんが、いつの間にか気配もなく真横に立ったことに内心でビビる。
そしてはたと、そういえば姫が来たと教えてもくれずにナズナはどこへ行ったのかと視線を周囲に巡らせてみると、いつの間にか壁際へ移動して静かに「我、護衛以外関せず」とばかりに待機している姿を発見した。
さっきまで一緒にお喋りして待ってたのに……!
ひ、一人だけ先に逃げて――!
「その恰好、お主もサンドラータの者であろう。その誼でどうじゃ」
まさしく牡丹くんとどっこいどっこいな只者ではない格好。というより、どう見てもカタギじゃない感じの界隈のお人ではないだろうか。
その証拠に、数えきれないほど肌に残された刀傷痕らしきものが気になって仕方がない。
普通のお姫様ならば負わないだろうものだから。
「拙者の恩師はそうでござるが、拙者は異なるでごさる故に」
それなのに、逆に誇示するように姫としてはあるまじき服装で肌を見せびらかす姿はまるで――。
まるで歴戦の武将だと言われたほうがしっくり来るほど貫禄があった。
「なんじゃ、今度の滅封刀の主は狭量じゃのう」
「――拙者は拙者の務めを果たすまででござる故に」
「なんじゃ、全く面白味のないやつじゃな……つまらぬ」
ふん、と鼻を鳴らしたガーベラ姫は、そのまま私に視線を合わせた。
何を言われるのか――と、ごくりと喉を鳴らして言葉を待つ。
……どうしてこう、バクバクドキドキが一向に止まらないのか。むしろ姫が登場してから気のせいでなければどんどんと加速している気がする。
面識も今まで無いし、何かやらかした心当たりも全く無いから大丈夫なはずなのに……と心を落ち着かせようにも落ち着かせられない。
「うむ。借りていた聖物を返さねばと思うてな」
「聖物……?」
「押し付けられたともいうがのう、おかげで脱出出来たからお相子じゃ」
頭の中をハテナマークが一気に埋めていく。一体何のことか、と。
「……どういった聖物でございましょうか」
「うむ。こちらでは神龍と呼ぶのじゃったかのう?」
「し、神龍!?」
ガーベラ姫とは完全に初対面なのに、どうして神龍の貸し借りだなんて恐ろしい話が出てくるのか……!
話を聞く限り、西南大陸一の姫君に対してまるで粗大ごみかのように気軽に神龍を押し付けたかのような不敬な内容だ。
それが事実とするなら、そんな大事を何故誰からも聞いてな――あ。
「……つかぬことをお伺い致しますが、どなたから借用を……?」
そんな非常識な大事を、全く何も報告せず勝手にやってしまうだろう可能性アリアリな兄が一人だけ我が家に存在していた。
……三か月前、舞踏会直前に王都の庭で「龍太」と名付けた時に神龍が狭苦しそうに庭で蠢いているのを見て「留守の間、ご近所にご迷惑ではないかしら」といったような趣旨の発言をした記憶が薄っすらと残っている。その場には兄も居たはずだ。
……まさかその発言が原因ではないだろう。おそらく。そもそも兄は準備の為にずっと王都の邸に居たはずなのだから、そんなことを仕出かす余裕は無かったはず。
私も自分の準備に追われてずっと傍に居たわけではないので、あまり自信はないが……。
「うむ……そうじゃのう……」
それでも貴族の準備は舞踏会ともなれば本当に大変なものなのだから、そんなことを仕出かす隙は全く無かったはずなのだ。だからこれはきっと、ガーベラ姫の人違いか勘違いだろう。
……でも起きてからずっと、龍太見当たらないんだよね。
ううん! 違う! そんなはずない!
ちょうど遊びに出掛けてたとかで領地に居なかっただけに違いない!
そもそも物理的な時間で考えても、流石の兄でも数か月は軽く掛かるような大陸間移動を短時間で済ませた上で他大陸の高貴な姫君に気軽に直接会って神龍をそのまま押し付けてくるなんて不可能――。
「確かアスター、と名乗っておったのう」
「不肖の兄が、大変失礼致しました――ッ!」
どうやって? 何故? と考えることを速攻で放棄し、とりあえず深々と謝罪を行う。あの兄だからどうにかしたんだろう、きっと。
これで納得出来てしまう兄の凄まじいチートみたいな能力が羨ましい。
「うむ。おかげで妾も助かってお相子になったのじゃから謝罪はいらぬ」
「寛大なお言葉、有難く存じます……」
「うむ。長旅で疲れておろう。引き取りは後日でも良いぞ」
「ご配慮、心より感謝致します」
呼び出された件の話が一応は何事もなく終わりそうな雰囲気に安堵でホッと息を吐きそうになり、無駄に掻いた冷や汗をすぐにでも拭きたくなるが、もちろん我慢する。
今日はもうこのまま早く帰って何もせず寝てしまいたい――。
「それともうひとつ話があるのじゃが」
「も……」
もうひとつっ?
エリカ様の手紙で頭を酷使して、カタギじゃない雰囲気のお姫様に体力を使ったのでもうへとへとだったが、そこに追撃かのようにまだ話は終わってないと付け加えられて思わず目をカッ! と見開いてしまいそうになったが最後の気力で我慢して笑顔をキープした。
「それじゃ」
「……エリカ様からの便りでございますか」
「そうじゃ」
そうだった。そういえば手紙を渡され解読……解読してた時に遠回しに姫に教えることになるかもしれないと考えていたではないかと思い至る。
今日一の疲労の源がまだ残ってた――!
「お主はその難解な呪文が解るそうじゃのう」
難解な呪文……。
「ま、まあ! そんな。解るだなんて、恐れ多いことですわ。語られる言葉の真意を、寡聞ながらも少しばかり理解しようと常日頃から必死に努めているだけで……」
「妾はエリカとは幼馴染みのようなものじゃが、やつの言葉は昔から聞くだに雑なだけじゃ。適当に諳んじた遊びの言葉なぞに深い意味なぞ全く含まれてはおらぬ」
「そ、そのようなことは……」
ありますねー。はい。仰る通りでございますよ、姫!
私も解読するときは前世の『らぶさばいばー』に登場していたエリカ様の言動や雰囲気を参考にただただ感覚で読み取っているだけなので、深い意味の無い意味深な言葉の解釈の仕方の説明は物凄く難しいけど。
唯一助言するならば、肝心なのは深読みではなく虚無るべきだという事くらい――。
「まあ、それはもうよい。意味が理解出来ずとも、どうせ下らぬ小言しか書いておらぬじゃろうからな。もしも読めたとて興味なぞない」
「それは……どうしてお分かりに?」
姫の「読むの怠い」とでも言いたげな言葉にぴくり、と思わず反射的に反応してしまう。
……私みたいに事前知識のようなものがあって読めてるならともかく、それもなくエリカ様が書いた内容が予想出来てるような発言に違和感があったのだ。
実はエリカ様の手紙が読めてる……?
それなら何故読めないみたいに振る舞うのか……。
「……うむ。お主、存外分かりやすいのう」
「え」
「まんまと顔に出ておるわ。――本当はそこな難解で雑な呪文の意味が理解出来ているのではないか、と」
「――――」
そんなに顔に出てるだろうか……。
「うむ。言った通りじゃ。妾はエリカの紡ぐ言葉の意味なぞ何ひとつとして解っておらぬ」
「では……?」
「しかして、見る聞く言うだけが確かな意味を持つ言葉になるのではない。――お主ら魔女らも言葉を雑に操っているではないか」
「――――」
魔女であることが知られていることに対して、特に驚きはない。
国内では上級の貴族であれば知っていること。
他大陸とはいえ、その大陸一の大国の姫なのであれば魔女について何か知っていてもおかしなことはない。
しかし、言葉を雑に操るというのは――。
「うむ。面白いものを見せてやろう」
「面白いもの……」
そう言ったガーベラ姫が私からエリカ様の手紙を取り上げると机に広げて置き、そのまま私が見やすいように一番下にあった「あゝ永久の雫より」という短い文字をなぞるようにして指を動かした。
なぞられた文字からは、魔女の瞳でなければ絶対に視えないだろう司源の痕跡が浮き上がっており、ガーベラ姫もそれが視えているのが指の動きや司源の痕跡の揺れ方からすぐに分かった。
魔女でもないのに、ただの痕跡とはいえどうやって司源を――。
「――うむ。この言葉の意味は解るじゃろう?」
「え、ええ……」
そりゃあ、勿論。
本人と会えば毎回毎回必ずといっていいほど何度も聞いた、なによりも使用頻度が凄まじい言葉なのだから。
他は解釈が間違ったとて、これだけに関しては勿論バッチリですとも。
「……本当に解っておるのか?」
「勿論でございます。こちらはエリカ様が日頃から好んで用いる、自身を指すお名前の呼び方でございますので」
念押しするように聞いてきたガーベラ姫に、自信満々で答えた。
すると、感心したようにガーベラ姫が深く頷いた。
「ほう……お主、本当に理解しておるのか。凄いのう……正解じゃよ」
そうだろうとも。
もしもこれを間違ってたら、私はきっとエリカ様に仲間として認められていないだろう。
「――妾が受け継ぐ精霊の赤眼は魔女の瞳と同等に特別なものじゃ」
特別な瞳……魔女だけじゃなかったんだ。
さすがファンタジー。やっぱり居るところには居るものだ。
「しかして、同等に特別であっても全く同じ力を持っているわけではない。唯一同等なのは、魔女が干渉を得意とするように妾たちも干渉が得意じゃということくらいじゃな」
「干渉」
痕跡とはいえ、魔女でもないのに司源を目の前で軽々操ってみせた姫の言葉には絶大な説得力があった。
……ただ、私も知らない魔女と同等の力を持つ存在がこの世界に居たという事実を、今になって知ったことには大分引っかかりがあったが。
「根源は同じとて、その方向性は全くの別物じゃ。……例えれば、器用かどうかじゃな。魔女らは何事に対しても大概が雑で大雑把じゃ」
「雑……大雑把……」
どうしよう……何も否定できない……!
「――故に妾たちはその真逆の力、というわけじゃな。読めず理解出来ずとも、こうして思念で読み取りさえ出来れば万事解決なのじゃ。――故に、何事も扱いを雑に大雑把にと済まそうとするお主ら魔女らの性質にとっては妾の真似事なぞ、しようとしたところで何度挑もうが全てが残念な結果に終わることじゃろうな」
そう言いつつ手紙の文字をなぞり、次々と浮かび上がらせた細かな司源の痕跡を何てことないように簡単に操って遊ぶ様子に沈黙した。
……たぶん、私にアレは絶対無理だ。途中で絶対に集中力が途切れる。
そもそも司源そのものではなく、ただの小さな痕跡なんかをそこら中からいちいち感知していたら私の身体が疲労困憊になってもたないだろう。
もっと大きな流れを感知するか操るならともかく――。
「むむっ。……やはり下らぬ小言ばかりじゃったな。まったく、エリカは妾を一体なんじゃと思うておるのか!」
「…………」
そうなると私より断然忍耐力の無い魔女たちがもしもガーベラ姫と同じことを出来たとして、きっとやる前から面倒になって放棄するに違いないだろう――と言われてしまうのは充分に理解出来る。
しかしだからといって本当に全部が雑とか大雑把というわけでは――!
「うーむ。しかしお主、思ったよりもエリカと仲が良いのじゃな」
「いいえ。それほどでもございませんわ」
「……何を言うておるのじゃ?」
心底驚いたようにこちらを見た姫の驚きように私が驚く。
何かそこまで変なことを言っただろうか。
確かにエリカ様とは会えばそこそこ会話をしたが、だからとて別に「うちらズッ友! はーときゃぴ!」みたいな感じでそこまで親しいという間柄ではない。……はずだ。
手紙のやり取りもして、さらには日常的な家族みたいな小言を言われるくらい仲が良いとみえるガーベラ姫とは、そもそもからして年季が違うのだ、年季がッ!
それなのに私をさも当然かのように自然と道連れにしないで頂きたい。
何故なら私はイパーン人。イコクノコトバ、ワカラナイカラネっ!
「お主もエリカのことを永久の雫――ラディちゃんと呼んで良い、という許しが出ておるのじゃろう? 妾は遠慮しておるが」
「………………………………………………はい?」
ナンノコトデスカ。
テカ、ソンナイミダッタノ?
「照れることでもないじゃろうに。親しい名で呼び合うことは女子同士の可愛らしくも初々しい戯れじゃからのう。妾は遠慮するが」
戯れというか、戯れと書いてロンドと読む感じのアレなやつですが。
というか遠慮してんじゃねー! なんで私に押し付けようとするの!
遠慮したって姫様だってちゃっかり「赤眼の君」とか呼ばれてんだぞ!
ネタは上がってんだ、一人だけ梯子外そうだとか絶許だかんね――ッ!
応援ありがとうございます!
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