らぶさばいばー

たみえ

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真実の嘘をつけ

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「ぉ~ぃ!」
「ん?」

 何かが聞こえた気がして、キョロキョロと辺りを見回す。
 しかし、部屋の中には私以外には誰も居ない。気のせいかな?

「ぉ~ぃ!」
「……ん?」

 やっぱり空耳じゃない。何か聞こえる。
 一体どこから――!?

「な、あ、小人さん! 何故こんな場所に挟まって……!」

 もう少し注意深く周囲を探してみて気付く。
 小人さんらしきものが、部屋の壁と柱にあった小さな隙間に挟まって足をバタバタばたつかせて暴れていたのだ。
 何をしてそんなところに挟まったんだろうか……。

「ぷっはー! 悪ぃ悪ぃ、助かったぜ……入る場所を間違えちまったな」
「それは見れば分かりますわ……」

 というか何故に扉から入ろうとしない。
 もしくはノックしてくれれば……いや、サイズ的にキツイか。

「どこに居りましたの? あちこち心配で探しましたのよ」
「おう。そりゃ悪ぃな、手間かけちまった! 野暮用があっただけだぜ」
「野暮用……」

 遊びに出掛けてたとかだろうか。
 身体を解すようにぐっぐっと全身を伸ばしている、小人さんのぷらぷら揺れる可愛らしい桃色のツインテールに口元が綻ぶ。可愛い。
 その様子を眺めているうちに、頭の中でフェアリーサークルをぐるぐる回って遊ぶ小人さんたちの姿も再生された。可愛い。

「それではここへは遊びにいらしたのかしら?」

 メルヘンな映像を脳裏に浮かべたままぽわわんとした顔で問うと、私の言葉に反応しちっちっち、と言いたげに指を振って小人さんが答えた。
 なんでこうも仕草が生意気でもいちいち愛らしく感じてしまうのか。
 ……小っちゃいから? 小っちゃいからなの!?

「おっと悪ぃな。オレ様はこれでも超絶忙しいんだぜ? 遊んでる暇なんざねェな! ――ここにはただ、シオンの確認に寄っただけだ」
「確認?」
「あァ。どっかに遠出するって話を聞いたからな」

 遠出……? 王都に行くことかな? なら顔を見に来たってこと?
 あ、じゃあ一緒に王都へ行くつもりはないのか……。

「一緒に行きたくはありませんの?」
「無理だな!」
「……無理?」

 行く行かないではなく、無理とは……?

「――オレ様はこの領から出られねェからな」
「えっ」

 そうなんだ……なんでだろ。

「顔に書いてあるぜ。――何故か気になる、ってな」
「ええ、まあ……返す言葉もございませんわ。……何か特別な理由でもございますの?」

 私の素直な疑問にフッと笑った小人さんは、キメ顔で言った。

「――神の思し召しってやつだぜ!」
「……ふざけておりますの?」
「ククク、オレ様は常に真剣だぜ?」
「なお悪いですわ!」

 この世界において神というのは精霊を指す場合が多い。実際には全くの別種であるが、混同されてしまっているのだ。
 精霊の大多数が意思薄弱なエネルギー体のような存在だから、そういったところが混同されているのだろうが。

 しかし精霊にも「意思」があるので、精霊と神は全くの別物である。
 ――何故なら神に「意思」は

 神に至りかけた精霊を神と表現することもあるために同じものとしがちだが、神という存在に近くなればなるほど「意思」は消えるのだという。
 なので「神の思し召し」という言葉の意味は、前世でなら「神様の言う通り」という表現がしっくりくるだろうが、今世方式で簡単に解釈すれば「理由はない」と言ってるも同然となるのだ。

 ……理由があるそぶりで理由が無いと答えるとは。

 これがふざけていないというのなら、意味深なことを言って単に私を弄んでからかいたいだけなのか。
 前世でも妖精や小人はいたずら好きと言われていたのだし、そういう共通点がこの世界にもあるのかもしれない。

「人を騙すのはよくありませんわよ」

 私の表情を見てケラケラ笑う小人さんの姿に自然と眉根に皺が寄り、気付けば言葉が口から勝手に出てくる。
 ……そんなに私の反応が面白かったのだろうか。

「――オレ様は大嘘吐きだ」

 ムッと拗ねて負け惜しみのように注意した私に、小人さんからは思っていた反応と違う反応が返ってきた。
 さきほどまでにやにやケラケラ笑ってた顔から、急にスン……と表情を落としたかと思えば、小人さんが真顔でそう呟いたのだ。

「……は、話を聞いておりましたの? 何を言うかと思えば……己が嘘つきだと宣言したからといって、それを免罪符に騙していいということにはなりませんわよっ!?」

 その表情の変化に得体の知れない寒気を感じて、声が自然と裏返る。
 まくしたてるように言葉を告げると、小人さんがニヒルに笑って言う。

「いや。オレ様は大嘘吐きだが――真実の嘘しかついてねェから問題ねェ」
「真実の嘘……?」

 短い言葉のうちでもう思いっきり矛盾しておりますが。

「……それは結局のところ、嘘ということではありませんの?」
「そうかァ?」

 そうですとも。

「はぁ……まあ、よろしいですわ。わざわざ一緒には行かないと言いに来てくれたのでしょう? こんなに愛らしいのに……王都で一緒にお散歩出来なくてとても残念ですわね」
「……まさかとは思うが、オレ様を愛玩動物扱いしてねェよな」
「……まさか。そのようなことは、ええ」
「オレ様の目を真っ直ぐ見て否定しやがれ」

 小人さんからのジトッとした眼差しから逃れるように、ぷいっと自然に明後日の方向に視線を逸らす。
 ……まあ、同じレベルで意思疎通出来るのにそこらの動物と同じようなペット扱いをされるのは気分が悪いだろう。反省。あ。

「――ペットの基準って異世界でも共通なのかしら?」

 パチンッ!

『えっ? あ……』

 ぼそり、と誰にともなく独り言のように溢した何てことない疑問の言葉の直後、綺麗な指パッチンが大きく響き、周囲の騒音が途端に消える。
 ――正確には、一定範囲の音が魔法で全て奪われたのだ。

 自分の喉を触り、音は口からでてないのに、自分の声が頭に直接響くように聞こえたことですぐに何かの魔法だと悟る。
 私は何もしてない。だから、音を奪う魔法を掛けたのは――。

『――シオン。一度しか言わねェから、よく聞け』

 頭に響く声がなんとなく、音の発生源を教えてくれる。
 そろり、と逸らしていた視線を元に戻すと、指パッチンしたポーズのままこちらを感情の見えない片瞳で見つめる小人さんがいた。

『テメェが口に出す言葉にはもっと慎重になるべきだぜ』

 …………ぇ?

『言葉ってのは楔だ。発する言葉は罪禍そのものであり、福徳そのものでもある。一度でも口に出したら最後、普通は取返しがつかねェ二度と戻ってくることのねェもんなんだぜ?』

 頭の理解が追い付かなくて、小人さんを凝視してしまう。
 魔法で音を奪われた。呟いた言葉が響く速さを丸ごと呑み込むように。

 ……つまり、聞かれてはよろしくない言葉を私が口にしてしまったと注意したいのだろう。
 しかし、私が直前にした呟きは――。

『…………』

 ……もしかして、私が生きていた前世の世界を小人さんは知っているのだろうか、――と鼓動が速まり、無意識に唾を呑み込む。
 今まで一度として前世のことを口にしたことはない、と思う。

 私と似た転生者や前世持ちの話をこっそり過去に調べたりしたこともあったが、調べた限りで転生や前世といった言葉はあったが不自然なほど異世界という概念が存在しなかった。
 一通り調べた結果、どうにも受け入れられる自信がしょぼんでしまった私は、今になるまで誰かに前世や転生について話したことはないし、不用意に前世の言葉で話さないように貴族令嬢としての教育に励んできた。

 先程は、本当に気が緩んでて口にしてしまっただけ。もしくは、色々ありすぎて頭が疲れていたというのが原因かもしれない。
 ……しかし、それを差し引いても――。

『し、――知ってます、の?』

 主語を省いた言葉。
 しかし――知っているのなら、私が聞きたいことは分かるはず。

『……オレ様の真名を答えられたら、教えてやってもいいぜ』

 私の問いに対し、何の感情も読み取れない瞳の奥が揺らぎ、それを隠すかのように睫毛をしばたたかせて伏し目がちに言われる。
 ――真名とは。簡単に言えば司源の宿している核であり、一人一人が持つ魂の命そのものの名である。

 魔女が扱う古代魔法の殆どが司源に関連しているので、普段から真名を用いることは多い。それは魔女が生命を司るからこそともいえる。
 真名が広く知られて口に出されたところで何か悪いことが起こるわけでもないし、簡単に悪用されるわけでもないが……。
 ――いくら悪用しづらくとも命は命。

 基本的に真名を知ってても家族や親しい人以外が不用意に許可なく真名を口にすることは絶対に無い、というのが真名というものの立ち位置なのだ。 
 ……まあ単純に司源に干渉出来る魔女――疲れるので普通の魔女はやらない――という存在がいるので真名を隠そう、というのが理由だろう。

 そもそもあまり知られていないが、真名は相手の同意が無いと魔女でも強引に魔法で調べられない――反動がデカすぎる――ので、直接確認しようにも同意が無ければ苦労した割に結局調べきれずに判明しなかった、という場合も充分起こり得る。
 なので、基本的に相手と仲良くなって直接的に真名を聞き出すほうがよほど簡単で労力も少ないし、人としては最悪最低だが相手を脅して聞き出すほうがよほど手っ取り早い。
 以上のことを踏まえ、協力も無しで自力で真名を調べて答えろと……なんて無理ゲーを吹っ掛けてるのかがお分かり頂けることだろう。

『普通に無理ですわね。ヒントを所望しますわ』
『オイ、言葉には気ぃ付けろっつってんだろォが……。それと条件は譲らねェ』
『ケチ……』
『なんとでも言いやがれ』

 ふん、と生意気にも顔をつーんと逸らしてしまった小人さんに『ぐぬぬ』と唸りつつ顔がにまにまとにやついていく。
 何故なら、明言はしていないが態度からして何か知っているのは明らかだからだ。
 ……帰ってきたら前世の小人さんが好きそうなイメージのあるお菓子わいろでもあげて懐柔して聞き出そう。そうしよう。

『――とにかく言葉には気ぃ付けやがれ。テメェしか知らねェ言葉を誰にも聞かせるんじゃねェ。――吐くならせめて、真実の嘘を吐け』
『……先程も言っておりましたがつまり、喋る時には常に嘘を吐けと? 魔女である私に?』

 魔女の発する魔法の言葉は単純に強力なので、その代価も比例して単純で難儀なものになる。
 魔女の場合は「嘘を吐かない」という非常に単純明快だが、一生涯をそれで貫くには非常に難しい代価が与えられている。

『――真実の嘘だぜ。そこを履き違えんじゃねェ。つーかそもそもテメェら魔女の特技だろうが』
『特技……?』

 私の首を傾げる反応を見て、途端に憐れな者を見るような目で『純粋なんだな……』と小人さんが呟いた。
 ――ちょっと! なんで私がまるで騙されてるおバカさんみたいに言われないといけないの!?

 魔女の特技って言われて自分はどうなんだろうって少し思っただけだしぃー!
 ちゃーんと他の魔女たちの言葉巧みさは理解してるしぃー!

『何か誤解してますわね?』
『まァまァ純粋なのはいいことだぜ。才能が無くてもそう落ち込むな』
『私、何も言っておりませんので邪推してボロクソに言わないで頂けるかしら? そちらこそもっと慎重に言葉をお選びになって』
『オレ様ほど慎重なやつなんざァこの世に他といねェぜ。へっ、なんならオレ様直伝で極意を教えてやってもいいんだぜ?』
『お手々でぎゅっとしますわよ、ぎゅっと』

 真顔で両手を見せつけるよう指を短く開け閉めしてにぎにぎしてみせると、『げっ』とでも言いたげに小人さんから距離を取られた。が、誤差の距離だったので素早く捕まえられた。
 ……なーにが慎重だ。そんな逃走距離では捕まるに決まってる。

『くぅ……卑怯な手を使いやがって……』

 手だけに? とかダジャレが思い浮かんでサッと思考から振り払う。
 上手い事を言うんじゃありません。反省しなさい。

『……仕方ねェな。――真実の嘘を吐くってェのは、テメェが望む嘘を吐けって意味だ。簡単だろ?』
『それがアドバイスですの?』
『だから気ぃ付けろって何度言ったら分かんだ……』
『安心なさって。今だけですわよ』

 それにしても私が望む嘘……つまりは「こうなってほしい」と願う自分の主観的な想いってこと? それとも「そうなってほしい」と相手に対して客観的に想い願うってこと?
 ……うーん、頭がこんがらがる。意味的には圧倒的に前者だけど、聞いた感じのニュアンス的にはどうにも後者な気もする。難しい。

『……悪ぃ。重要なことを言い忘れてたが……この後、何があっても絶対振り返んなよ』
『えっ? 何故?』

 うんうん唸りながら考え込んでいると、捕まった時点で大人しく抵抗をやめていた小人さんが変なことを急に言い出す。
 ……何があってもって、そんな漠然と怖いことを急に言われましても。

『何故も何もねェ。とりあえず何でもいいからオレ様を信じて頷いとけ』
『えぇ……』

 散々自分で大物詐欺師かの如く大嘘吐きだなんだと講釈垂れて自慢しといて、その直後にとりあえず自分を信じろとはこれいかに……。
 なんて、暢気にジト目で小人さんを見ながら考えていると、急にバンッ! と背後で窓が勢いよく開く音がした。

「きゃあっ!」

 いつの間にか音を奪う魔法が解けていたことにも気付かず、急に鳴った激しい音になんだなんだと驚いて悲鳴を上げ、小人さんの忠告を無視して反射的に振り返ってしまった。
 ……振り返らなければ良かった。

「えっ……」
「あ……」

 振り返った先、窓からまるでスパイ映画の飛び込みのように転がり込むようにして立ち上がってこちらを見た人影と目があった。夫だった。
 そこまではいい。よくないがまあ、よしとしよう。

「「…………」」

 部屋の中のホコリなのか、外からのホコリなのか。もくもくと立ち込めていた煙がだんだんと晴れていき、やがて夫の姿が月夜をバックに淡く白い輪郭で明確に浮かび上がってきた。
 驚き顔で見つめ合って思考停止したままふと、何かに気付いたように視線が引き寄せられるように流れて下へ落ち、て――。

「――あーあ、言わんこっちゃねェぜ」

 そんな小人さんの言葉を最後に、私は何かとんでもなく恐ろしいものを目にした衝撃であっさりと気絶してしまった――。
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