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月夜が照らす恋人たち
しおりを挟む「……そういえばアザレア、お兄様たちのほうは放っておいて大丈夫かしら」
「問題ありません。サクラさんが人混みに呑まれた際、あまりの人並みに足を挫いてしまった為、現在は会場の控室にて一緒に休憩しておりますので。それにサクラさんのほうから自分は動けないから、シオン様のことをと頼まれましたので。シオン様より優先されることなどありませんから当たり前ですが」
「……そうだったのね」
私は今、殺し屋と一緒に王宮の通路を歩いて目的地へと向かっていた。
……間違えた。
私は今、殺気立ったアサシンアザレアと一緒に王宮の通路を歩いて目的地へと向かっていた。
……表現を変えても大差無いな。
なんとか別行動をとろうと画策したが、私より優先されることなどないと言い切るアザレアに勝てるわけもなく、御覧の有様であった。
この子、本当にどうしてくれようか……。
「あの、アザレア?」
「はい、なんでしょうかシオン様」
「最初は私が話をして様子見するから、アザレアは相手の殿方が妙な行動をしないか遠くから隠れて見張っていてほしいの」
「ですが……」
「お願い。アザレアを信頼しているわ」
渋るアザレアに畳みかけるようにお願いすると、渋々ながら了承を貰った。
――よし! これでひとまず邂逅一番に殺伐とした事態にはならないだろう。
……ならないよね?
不安を覚えつつも目的地はどんどん近づいていた為、これ以上何か出来るわけもなく途中でアザレアと別れ、裏の庭園に続くバルコニーへと足を踏み入れた。
月明かりによって意外にも明るい庭園をバルコニーの上から眺めつつ、周囲を見回すが、誰も見当たらない。
「……どなたかいらっしゃいませんの」
アザレアが後方で見守ってくれているとはいえ、心細くなって小さな声で柔らかな暗闇に声を掛けた。
……そうして声を掛けてから暫く経つも、何の反応も得られなかった。
「嘘をついたのかしら」
「嘘なんてついてないよ」
「きゃ!」
突然後方近くから発生した声と気配に悲鳴が上がる。
――だから! 普通に! 出ろと……!
「――どうして驚かすような登場をなさるのですかっ!」
「ごめん。でも、あんなおっかないの引き連れてきた君が悪いんだから仕方ないよね」
「――ッ」
も、もしかしてアザレアに何か――!
「ああ安心して。ちょっと幻惑に陥ってもらってるだけだから。……すぐに破られるだろうけど」
「……幻惑? それは魔法で……?」
にしてはレベルが高すぎる気がする。
アザレアでさえ長い時間継続出来ないほどなのに……少なく見積もっても、彼は2、3曲以上の時間は確実に継続していたことになる。
――それに、不自然な登場の仕方や消え方を鑑みれば、掛かる相手を意図的に指定出来るのかもしれない。
アザレア以上の使い手なのは間違いなかった。
「……あの子の目を曇らせたのは同じものですわね」
「まあ、似たようなものかな」
のらりくらりと、何が面白いのかずっと微笑みを浮かべている。
……踊っている時はいっぱいいっぱいで気付かなかったが、少し冷静になった今、私を見る目がどことなく慈愛に満ちている、気がした。
目の錯覚だろうか。
……一度しか会ったことのない女に向ける視線じゃないような――。
「それより、僕に会いたくてここまで追いかけて来たんでしょ? 何か言いたいことがあるなら聞くけど」
肩を竦め、バルコニーの手摺りに座るように背を預けながら、まるで私から率先して追いかけてきた追っかけかのように彼は宣った。
……その仕草が絵になることや美形としての謎に高い説得力、それと状況だけを見れば何も間違ってないのが実に腹立たしい限りだ。
「……何やら語弊がある言い分ですわね。どちらかといえば貴方が私に会いに来たように見受けられましたけれど?」
「そうだよ」
「大体、このような場所で――そっ?」
そ、そうだよっ!? ……み、認めたんだけど!
そんな簡単に認められてしまうと、何を言えばいいか咄嗟に思い浮かばず、口がもごもごしちゃうんだけど!
嫌味のつもりで言っただけなのに、とんでもない反撃を受けるはめになった……なんて人。
「――そ、れなら! どうして今の今まで連絡が無かったの! どうして私の前から消えてしまったの!」
兄以外とあまりやり取りする機会が無かったせいなのか、彼だからなのか、調子が狂って思わぬ言葉が叫びとして出てしまった。
――違う! そうじゃなくって……!
もっと穏便な言葉で探りを入れて、それから――。
「……ごめん。こんなに心配かけたとは思ってなかったんだ」
「し、心配だなんて……」
……そ、そりゃあ、幼く衰弱し切った子どもが流されてきて、かと思えば突然消えたりすれば普通の人は気になると思う、けど――。
「――事情はあった。けど、それについての言い訳はしないし、する気もない。……もし過去に戻ったとしてもあの日、僕は君の前から消えていただろう。それは間違いない」
「――――」
……じゃあ、もう話せることなんてないじゃない。
一番知りたかったのはあの日、彼が忽然と姿を消えてしまった理由だったのだから。
――ずっと、気に掛けていた。
「……ごめん」
私の表情を見て、困ったように謝られた。でも、それだけだ。謝罪はしているけど、彼の言った通り事情も話さず消えたことに関して何も後悔はしてないんだろう。
そういう態度だ。実に腹立たしい。
……ずっと、いつも心のどこかに引っかかっていた。
毎日毎日、傍に誰も近付けさせられないからと、母に毎回頼んで背中を確認してもらって、色褪せていないと聞いて安心して――それなのに。
攫われたのではなく、全部が自分の意思だったなんて――今までの私が、ただの馬鹿だったみたいじゃない。
「……なら、どうして今更ッ」
「――君を守るためだって言ったら、信じる?」
驚きで言葉が止まる。
彼の顔がとても真剣で真摯に訴えるようだったからか、それとも言葉の意味が理解出来なかったからなのか、――それを知るには時間を掛け過ぎた。
「な、にを……」
言ってるの……?
――そう続けようとした瞬間だった。
パリーン――。
確かにその音は聞こえ、同時によく知る声が聞こえた。
「――シオン様を謀る不埒者がッ! その死を持って償いなさい!」
アザレア、と私が声を掛けるのを躊躇するほどに悪鬼羅刹が如き表情で殺気を身に纏い、こちらへ迫る声が。
「あー、時間切れだ。ごめん。またね――シオン」
アザレアの迫力にビビって固まっていると、彼が――バリー・アリウムが私に囁くように笑って告げて、そのままバルコニーの手摺りをあっさり超えて背中から真っ逆さまに落ちて消えてしまった。
それを一瞬見送り、しかしあまりのことに瞬時に我に返った。
――う、嘘でしょ!? ここは二階とはいえ十メートル近くはあるのに! しかも背中から……!
「なっ、待ちなさ――」
「待ちなさい! 不届き者! 切り刻んでそこらの路傍に埋めて火葬してやるわ!」
「まっ、待ってアザレ――」
慌てて手摺りから見下ろし、落ちたはずの彼が暗闇に見えないのを探す間もなく、――不穏なことを宣言しながら殺気立ったアザレアが私の横をひょいっと片手で軽く手摺りを飛び越えるようにスリットのドレスをセクシーにたなびかせ、追いかけるように下の暗闇へと落ちて消えてしまった。
――ふ、普通に降りなさいよ! 二人とも!
負け惜しみなのか、ケガの心配なのか、ツッコミなのか。突然の事態に混乱しながらも手摺りを掴んだまま私は何も動けなかった。
やっと動けるようになったのは、二人が暗闇に落ちて消えてから約十数秒経ってからだろうか。
……その時になって、不自然なほどに周囲の音が戻ったおかげかもしれなかった。
「お、追いかけたほうがいいかしら……」
誰に言うでもなく独りでに呟くが、何某かの返答があるわけでもなく、虚しく闇へ消えていくだけだった。
……急展開の猛スピードだったから、今更追いかけても追いつけないだろうけど、ここに一人残されるのはなんだか想像以上に心細かった。
……でもたしか、アザレアの言う通りならバルコニーから下に降りれる階段が左右にあったはずだけど――。
実は先程、何故か城内の地形を把握していたアザレアの案内の元、指定された庭園へ移動中にマメ知識として聞かされていたのだ。
……アザレアとしては、いざという時の逃げ道として教えたのだろうけど、まさか追跡のために利用することになるとは思いも寄らなかっただろう。
結局、アザレア自身は飛び降りてしまったし。
そんなことを考えつつも、とりあえずはと右側の階段を選んで移動を開始した。――が、予期せぬ事態に遭遇する。
「――カトレア。この舞踏会の後の話なんだけど……」
「はい。なんでしょうか、ルドベキア様」
「実は、今回の件を受けて各地へ視察に――」
げぇっ! なんでここに……!
なんでこんな場所に遭遇したら面倒くさそうな人たちがっ……!
暗いせいで上からでも人がいるかどうか微妙にしか分からない距離ではあるが、さすがに名前が聞こえれば誰だかは分かろうというものだ。
どういう経緯でこんな暗い階段下で真面目そうな話をしているのかは知らないが、もっと場所を選んでほしかった。
……見なかったことにしよう。
関われば面倒なことになるのは目に見えていた。ただでさえ遅れてアザレアたちを追いかける必要があるのに、ここで時間を掛けるわけにはいかなかった。
見つからないうちにこっそり後退した私は、そのまま左側の階段目指してすぐに方向転換した。一刻も早く面倒からは遠ざかりたかった。
だが、――。
「――太陽の星! 月下美人!」
「太陽? 月下……?」
――げげげぇっ……! なんで……!
よりによって、なんでもっと面倒くさそうな二人が左階段下に……!
……しかも、気のせいじゃなければ何だかエリカ様大興奮してない?
いつも以上に言葉少なで解釈困難なんですけど!
確か太陽の星って兄が……あれ。
……そういえば、エリカ様には兄が不参加と伝えていたような――。
「――夜に陽の星! 一等星!」
「うーん、何かを凄く喜んでるところまでは分かったんだけどなぁ……」
「…………」
ここはスルーするしかない。うん。
何故なら私はイパーン人。イコクノコトバ、ワカラナイネっ!
関われば最後、新たな業を背負わされそうなので、先程よりも音を殺して静かに後退する。
……仕方ない。遠回りにはなるけれど、一度中に入ってから別のところから裏の庭園に――。
「――可愛い可愛い迷子の仔猫ちゃん。君に会えなくて心が枯れそうだったんだよ」
「――――」
げげげげげぇぇぇえっっ……!!
比較的近くで聞こえて一瞬ビビって身構えた。……が、身構える必要はまだ無かった。なにせ、お相手は私ではなかったからだ。
ジギタリスの声しか聞こえないし、私が見つからない奥に居るようではあるが、おそらく中に入れば確実に遭遇するのは間違いなかった。
……たとえ無視したところで絡まれるのは目に見えていたのだ。
――八方塞がり。
いったい、今の今までこいつらはどこに居たのかと小一時間くらい問い質してやりたいが、それをすると確実に見つかって面倒な事になるので出来ない。
存在感がチャームポイントのはずなのに、揃いも揃ってこんな場所に示し合わせたかのように集合しなくとも良いだろうに……。
このバルコニー、何かで呪われてるんじゃないの――!?
「――じゃあ詳しい話は後にして。そろそろ戻ろうか、カトレア」
「ええ、ルドベキア様。御随意に」
そしてついに右側の階段下からそんな声が聞こえ、
「祝宴! 帰還!」
「うん。これは分かった。広間に戻りたいんだね」
更には左側の階段下からそんな声も聞こえ、
「――ん? 庭で? いいよ。じゃあ、行こうか」
と、屋内から声がした。
無情にもバルコニーで行き場を失くしてウロウロしていた私は、神のいたずらか、全ての声をバッチリ聞き取ってしまっていた。
――まずい! 鉢合わせなんて、想定出来る中でも最悪中の最悪!
こうなった以上、逃げるにしてもとにかく急いで庭園に出なければ――!
最短距離で――!
……そうして私が思い浮かべたのが、現在進行形で追いかけっこの最中だろう二人なのは偶然か必然か。
まるで啓示でも受けたかのように考える前に行動し、気付けば私は何の躊躇も無く手摺りを飛び越えていた――。
応援ありがとうございます!
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