らぶさばいばー

たみえ

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王宮へ

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 ガタゴトガタゴト。

「ダリア様のお計らいで馬車列には並ばずとも良いとのことです」
「シオン様のお母様ですか? お会いしたことはありませんが、お話は聞いてます!」
「――シオン様の母親としてふさわしいお方ですわ」
「お会い出来るのが楽しみです! ……ですが、シオン様のお母様だと考えると緊張してしまって……」

 ガタゴトガタゴト。

「緊張することはありません。ダリア様はシオン様の母親らしく、気さくで親切なお方ですから。……それに、今から緊張していては気疲れするだけですわ。玄関口では先にサクラさんたちが、その後に私とシオン様が続きますので、緊張で足を踏み外すような初歩的な失敗があってはなりません」
「は、はい! アザレア様とシオン様のご期待に添えるように努めます!」
「よろしい」

 ガタゴトガタゴト。

「――それと、そこのはぐれモノ。シオン様の汚点となることが無いように努力しなさい。目立つことで結果、あなたの要望は叶えられると理解しているなら言うまでもないでしょうけど」
「……ああ、分かってる」
「そう、ならいいわ。――申し訳ありません、シオン様。出来れば他の馬車に私とお二人で参りたかったのですが、ダリア様のご命令でして……」
「私は構わなくってよ。気にしてないわ、アザレア」

 ごめんなさい、嘘です。めちゃくちゃ構うし気にしてます。この空気を。

「寛大なご判断、痛み入りますシオン様」

 心の底から嬉しそうに笑みを浮かべてお礼を述べたアザレアであったが、すぐに私の横に座る兄が視界に入ったのか、あからさまに嫌そうな顔になる。
 ……例えるなら、狭い汚部屋に閉じ込められた上で害虫にでも遭遇したかのような忌々し気な顔。実に切り替えが器用なものである。

 そんな普通なら色々台無しか、もしくは一部にとってはご褒美な表情を浮かべるアザレアであったが、その装いは前世の現代的なドレスだった。
 お姫様系のふわふわ装飾過多なデザインではなく、どちらかといえば映画に出るような女スパイ的なシンプルなラインで背中が大きく開き、スリットも大胆に入った蠱惑的なワインレッドな色の大人ドレスである。

 しかもそのドレスの下に隠された自衛手段の数々は、これから危険な潜入調査の任務にでも行くのかとツッコミたいほどに過激だ。
 ちらちら見える、太もものガーターベルトを脱がしたいと願う紳士が殺到するのは間違いなしだろうが……。

 ……問題はそのガーターベルトに魔獣も真っ青な魔女謹製薬品や武器があるので、襲い掛かってもあっさり返り討ちどころか命の危険があることか。
 アザレアへの恋や一目惚れは命がけである。

「シオン様の為に頑張ります!」

 アザレアと私の会話をどう解釈したのか、サクラちゃんが改めて決意表明し、アザレアが満足げに頷く。
 ちなみに私邸にいる間から馬車に乗って王宮へ向かっている今の今まで、定期的にされているやり取りである。

 私は逆にサクラちゃんが張り切るたびに色々と心配になってきたが、アザレアが不機嫌になったタイミングの決意表明が、アザレアの機嫌の悪さを和らげているのも事実。
 何も言わず頷いてサクラちゃんを安心させていた。

 ……空気が悪くなるたびにどうにかしようとするのは、主人公の本能的なものだろうか? おかげで助かってるから別にいいけど。
 的確にアザレアの好む回答を自然に出せるサクラちゃんに関心しきりだ。さすがは主人公。コミュ力がレべチである。

 そんなコミュ力レべチなサクラちゃんの装いはアザレアとは正反対と言って良い。いわゆるふわふわ典型的なお姫様系だ。
 唯一の色気ポイントはオフショルダーぐらいで、腰から下にいくにつれてふわふわと花のような可憐なふくらみとなる。

 色合いは兄に合わせたのか薄紫色で、ダーク系統な色合いの生け花をこれでもかと飾られていた。
 ちなみに兄は暗めの紫を下地に金色に輝く数々の装飾をこれでもかと飾り立てられ、直視出来ないレベルでキラキラが倍増している。

 ……横に居るだけなのに、隣から無数のスパンコールでも浴びせられているかのようにキラキラが飛んでくるのだ。
 兄の前に座ることになっていたら、おそらく私は目を開けられないほど兄の物理的な眩しさの破壊力に視力が死んでいたはずだ。

 そんな三人の目立つ装いと比べ、私の装いは実に保守的といえるものだ。
 首から手元までびっしりと刺繍と布で覆い、ストンと足元までしっかり落ちるタイプのドレスによって肌を晒す隙などどこにもないのだから。

 なにせ、ついつい忘れそうになるが私の背中には中ボスもかくやという堅気じゃない感じの華やかなタトゥーが存在している。
 アザレアスタイルは傷や痕などを嫌う貴族的にも、そもそも背中を見せるというのが恥ずかしいと思う乙女心的にも断固拒否である。
 アザレアを見てるぶんには大歓迎なのだが。

 唯一色合いだけは明るめの萌黄色だが、これにしたって他のご令嬢も多く用いるだろう色なので会場で目立つことはまずないだろうから安心である。
 ――それに、今回はドレスよりも重要なのが仮面だ。

 目立つ予定の兄は申し訳程度のモノクルを。サクラちゃんは顔全体を覆う目だけが垣間見えるけれど全体が能面タイプの仮面をつける予定だ。
 今はまだ兄以外仮面をつけてはいないが、アザレアは顔の横半分を、私は顔の上半分を覆う典型的な仮面で入場予定である。

 今回、兄は更に顔面偏差値を上げ、サクラちゃんは異質な仮面で注目を集める作戦なのだ。
 ……出かける直前に仮面をつけたサクラちゃんと出くわし、「ひっ!」と悲鳴を上げてしまった私が言うのもなんだが、作戦の為とはいえかなり不気味な仮面である。

 どこから引っ張り出してきたのか、誰が作成したのか、怖くて聞きそびれたのは、聞いたら眠れなくなりそうというのが一番の理由だった。
 そんな仮面をサクラちゃんは気に入ったようで、気まずい馬車の中でも仮面を手に嬉しそうである。

 ……前から薄々感じていたけど、サクラちゃんはちょっとズレているのかもしれない。だって、アザレアや他の魔女ともすぐ仲良くなってたし……。
 魔女と仲良く出来るって相当である。ゲームではヤンデレたちを攻略出来ていたから気質が似ている魔女たち相手は容易いのかもしれないけど。

 ガタゴトガタゴトガタッ。

「あら? ついたようですわね。では手筈通りに」
「はい!」

 兄と私はたた頷き、サクラちゃんは元気よく返事した。
 ……元気よく返事したのはいいけど、まさかとは思うけど会場では喋らず兄とアザレアに任せる予定なのを忘れてないよね?

 不安に思いつつも、私が降りるのは兄たちの後だ。やらないだけでやれば何でも出来る兄はそのまま先に降り、慌てて仮面を被ったサクラちゃんの手を卒なく取って外へ優雅に導く。
 外からは老若男女問わずな感嘆の声が聞こえた。

 そうして二人の背中を馬車の中から静かに見送り、いよいよ私たちが降りる番になる。
 先に降りるのはアザレアだ。目立ちたくない私の為に隠蔽の魔法をかけてくれるのだ。

「――シオン様。お先に失礼します」
「ええ。お行きなさい」
「感謝致します」

 そう言ってアザレアが降りると、途端にざわざわとした声が聞こえた。大半は男性陣の嬉しそうな声で、一部機嫌の悪そうな女性の声が聞こえてきたが彼らの問題なので私の関知することではない。
 今度はいよいよ私の番だ。

『常闇に静寂を、静かなる者に安らぎを』

 エリカ様が聞けば喜びそうな、魔女に代々伝わる古代魔法言語が聞こえた為、安心して降りる。
 アザレアレベルの使い手が隠蔽の魔法を使えば、キラキラしい兄でさえ一時的にとはいえ存在感を隠せる。

 ……まあ、相手に声を掛けたりして認識されれば術が解けたり、時間制限がある上、一定以上の魔法の実力を持つ使い手には効果が無いために魔女たちの間ではあまり使われないが。
 こういう注目されたくない時にはとても便利だ。

 アザレアの手を借りて降りると、先に降りた兄たちが殆どの視線を上手く掻っ攫っていったのか、少し前にいるはずなのに既に人混みに埋もれてしまってあまり身長の高くない私ではその背中は見えなくなっていた。

「――予定通り進んでおりますので、残念ながら私はここでお別れとなります。御用がございましたら会場に配置した若い魔女たちをお使い下さいませ。シオン様を敬うのは当然ですが、いささか態度が目に余りましたので良い教育となるでしょう」
「……ええ。分かったわ」

 ……やっぱ聞こえてたね。どんまい。

 そんなわけで、名残惜しそうなアザレアを見送り、私一人で会場へ入場のために向かう。私のようにパートナーがいないご令嬢は結構いるので魔法も手伝って余計目立つことは無い。
 今回は仮面舞踏会ということもあり、会場に入る際の家柄の名乗り上げは任意となっているが私は勿論やらない。せっかくこっそり来たのに名乗り上げたら台無しである。
 よほどの目立ちやがりか遊び目的でなければやらないだろう。

「――グロヴェリア家侯爵御嫡男、ジギタリス・サギ=グロヴェリア殿。入場!」

 ……タイミングがいいのか悪いのか、前のことを思い出して気分が悪くなるが、仮面もつけているし大丈夫だろう。
 一応、入る前に簡単に紹介状や招待状などで身元は確認されるが、それだけだ。
 特に会場入りの名乗り上げをせずにあっさりと中に入れた。

「――デルカンダシア辺境伯家御長子、アスター・ソル=デルカンダシア殿。およびご婚約者殿、入場!」

 私より先に馬車を降りた兄たちだったが、どうやら思った以上に人並みに囚われて進めなかったらしい。
 アザレアやサクラちゃんの名乗り上げは無いが、意図的なものなので作戦通りだ。

 ――皇女がサクラちゃんの存在を知れば焦るかもしれないが、会場に入っているかどうか、名乗り上げを聞いていたかどうかは不明だ。
 正直言えば、あの兄が本能的に嫌うほどなのだから出来れば私も関わり合いにはなりたくない。

 ……あちらは関わる気満々で無理な話だろうけど。
 せめて心の準備のためにも先に探し出しておきたい。

「――すみません、ご令嬢」

 そんなことを考えていると、後ろから若い男性の声が聞こえた。結構良い声をしているなとは思ったが、既婚者の私には関係ない。
 振り返ることはなく、もう貴族たちのやり取りが始まったのか、とだけ思って気にもせずに皇女の姿を先に見つけるために歩き出した。
 が――。

「――素敵な刺繍を纏うご令嬢、あなたですよ」
「……はい? わ、私ですかっ?」
「もちろんです。あなた以外にはいません」

 歩き出したが……素早く回り込まれた。
 会場の天井に高く昇った魔法の光の逆光で顔は良く見えなかったが、かなり高身長だ。そして先程聞こえた良い声の持ち主だった。

 ――けれど、そこじゃない。

 私は今、確実に隠蔽の魔法に包まれているのだ。まだ発動は切れていないのは感覚で分かる。
 これはアザレアほどの使い手が施した魔法。まさか魔女でもない一般人に見破られるとは思わなかった……。

「――御手を」
「えっ」

 急に何を言い出すんだ、と思ったが、慌てて周りを見るとそこかしこで踊りの誘いを受けているご令嬢たちの姿があった。
 ――しまった! 踊りを待機する為の区画に入ってたのか!

「――――」

 どどど、どうしよう!
 アザレアの魔法も切れてないし誰にも見破られないだろうからと、安易に一人でいたのが完全に仇になった!

 ……さすがに見破った男性が不運で可哀想とはいえ、神罰を受けさせるのは忍びない。
 マナー違反ではあるが、丁重にお断りの文言を告げるために口を開く。

「――申し訳ありませんわ。私――」
「――大丈夫」
「へ?」

 私が断ろうとしたのを察したのか、男性が私の手を掴んだ。

 ――まずい!

 私の準備も無く、手に触れられたのは非常にまずかった。何がまずいって、年々神罰が過激になっていることか。
 一度断ろうとした分、なお悪い。ストーカーと同レベルの危険人物と判断されてしまえば男性にとってたまったものではないだろう。

 このままでは、一人だった私をマナーで誘っただけで悪くなかったはずの男性は、神に危険人物と判断され良くて気絶、悪くても危篤の神罰という憂き目に遭わされてしまうのだ。
 そうなれば会場は騒然となるだろう。――迂闊だった。

 下手したら神罰で手までも失くしてしまうかもしれない!
 すぐに離れないと……!

 焦って掴まれた手を引っ込め強引に離れようとしたが、タイミング悪く音楽が奏で始められ、逃げ場を失くす。
 そうやって焦って周囲を見回す私に、男性は気にせず貴族たちが踊る中へとスマートに手早く私をエスコートし、踊りの構えを取った。

 ――何をするのか! と、抗議の声を上げようとした私の言葉は、逆光でなくなった男性の顔を見たことで行き場を失うこととなった。
 何故なら、――。

「落ち着いて。大丈夫だから。――僕はね」
「――なっ! ななな!」

 ――会ったのはたった一度。
 ……けれど、どれほど月日が流れようと忘れたことなど無かった。

 速達で届いたとは思えないほどに非現実的に整ったその、容貌。
 例え仮面をしていようとも隠す事など不可能なその、色。

 サラサラと輝きを放つ白髪に、金と蒼の虹彩異色症ヘテロクロミア
 ……私にとって、とても身に覚えのある配色であったのだから。
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