らぶさばいばー

たみえ

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アスターの当て

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「――母上の考えるいい人かはともかく、俺にひとつ当てがある。名前は……。名前は知らん」
「……そう。迎えに行くときはしっかりと名前を聞いてきなさいね」

 相手に失礼だものね。さすがに。うんうん。

「ああでも、出来れば採寸を先に済ませたいわね……。やっぱり先に値を聞いておいてくれるかしら」

 ――いや、ちっがああうッ! お母様、そこじゃないですよッ!?
 乙女のスリーサイズをなんだと思って……。
 それにもっと聞くべき言うべきことが……!

「ああ、必ず聞こう」

 えぇ……了解するんだ……。

 吃驚からワンテンポで復活した母がすぐに兄へ要望を並べ立て始めたが、未だ衝撃から戻れていない上に更なるツッコミどころ満載の会話に回復が遅れて私の口は半開きのままだ。
 完全に私を置いてけぼりに二人の会話がぽんぽんと進んでいく。

 慣れていても相変わらずこのノリにはついてけない……。
 私は会話に混ざるのは早々に諦め、二人の様子を眺めることにした。

「――では、そのように手配しておくわ」
「頼みました。ああ、あともう一つ……」
「なあに?」
「例の件も頼みます」
「ええ、もちろん」

 兄は母との軽い打ち合わせを終えると、こちらへ向き直った。

「――行くぞ、ノヴァ」
「あ、はい!」

 急に話を振られて反射的に返事をする。

「あら、もう行ってしまうの? もう少しゆっくりして行ってもいいのよ」
「いえ、そういうわけにもいきません……」

 王城のほうを気にしながら兄が母に告げる。残ったところで皇女が動けば再び世紀の大逃亡をするのは目に見えていた。
 と、そこであることに気付く。

 ……あれ。兄がお相手を迎えに行くという話だったはずなのに何故、私も行く必要が?

「ノヴァ。高いところは苦手か?」
「えっ、特には……」

 前世ではジェットコースターに何度も乗るほどアトラクションは好きだったし、世界規模の高層タワーの上階で透明なガラス越しに下を見てジャンプまでしてはしゃいでたタイプだから苦手ではないはず。
 それに、今世は高いと言っても建築に関して前世ほどの文明の発展はしていない。高いと言ってもこの辺では城ぐらいしかないのではなかろうか。その城も横や下に広がるのを優先して上にはあまり伸びていない。
 この質問の意図は分からないが、以上の事からとりあえず苦手ではないと思う。

「そうか」

 そう言って納得した兄が突然、右足を大きく上げた。
 えっ、と思う間もなく軽く足踏みしたようにしか見えなかった兄の位置からドォォォォオオオオンッッ!!と踏ん張っても立っていられないほどの凄まじい揺れを感じた。

 周囲で魔女一家を恐々と遠巻きに眺め、控えていた騎士や侍女たちが一斉に地に尻餅をつくのはいいほうで、殆どは地べたに這いつくばることとなった。
 騎士たちがかろうじて膝をつく程度であったが、訓練されていないだろう侍女たちは無様に地面と顔が衝突している人もいた。
 ……可哀想すぎる。

 母はと言えば咄嗟にちゃっかりと地面から離れて宙に軽く浮いて避難していたし、どんくさい私に関しては元凶の兄が支えてくれたので令嬢としての尊厳は一応守られた形だ。

「すまん」

 そう言って兄が手を離すと重力に従って私の身体は再び地面に落ちる。かなりの衝撃と音だったにも関わらず、恐る恐る確認した地面にはひび割れひとつ見当たらなかった。
 ……内側だけに衝撃を伝わらせたってこと? それにしてもただの足上げなのに、なんておそろしい威力……。

「……ありがとうございます」
「構わん」

 色々と言いたいことを呑み込んでお礼を告げる。それよりも何故急にこんなことをしたのか問い詰めなければならない。周囲で転がる多数の被害者もそうだが、ここは王城の目の前だ。
 学園でもそうだったが、この国は装飾過多が大好きなのだ。……中では相当に悲惨なことになっているに違いない。

 兄の突飛な行動のせいで、中の様子が容易に想像できるくらいだんだんと騒ぎが大きくなっているのは感じ取れた。
 ただでさえ王国は魔獣騒動でカツカツだろうに。

 ……もしかしなくとも、今回の補償は我が家の負担にされないだろうか。
 目撃者多数で兄が原因だとすぐバレるだろうし……考えたくもない。

「……お兄様。何故、急にこのようなことを……」

 我が家創設以来の未曽有な財政難危機がっ……!

「来たか」

 私が恨み言を言い終わる前に、兄が視線を上へと向ける。つられて見上げると、太陽を背に大きなかたまりが近付いてくるのが見えた。
 ……だんだんとはっきりそれが何かを認識出来るようになった距離で、私は引きつりそうな顔で思わず母を見ていた。

 宙から降りてくる最中だった母は、私の引きつった表情に気付いてもにこにこと「後は任せなさい」と言わんばかりにひらひらと手を振るだけであったが。
 母の暢気な反応が非常に不安になるが、私にここで出来ることは何もない。それに、非常識な問題はひとつずつ解決しないと私の身が心労で持たない。

『ギュルルルルウウウウ!! ギュルル! ギュウ! ギュウ!』
「うるさい」
『ギュエッ……』

 猛スピードで何やら叫びながら兄へ突進してきた大きなかたまりは、兄の華麗な受け流しによってズドドドドォォオオオンンッッ!! と、盛大な砂煙を上げながら一本背負からの首絞め技を食らっていた。
 心なしか顔色の無いはずのその生き物が青褪めている気がしたが、きっと心労が見せた気のせいだろう。威厳も皆無だし。
 なんとも残念でならないその生き物の正体はいつぞやの――。

「神龍……」
「これで迎えに行く」
「えっ」
「そのほうが早いからな」

 私の「えっ」を解釈違いで受け取った兄がのたまう。別に乗り物に不満があって言ったのではない。確かに速いかもしれないけど……どこの世界に神龍を当たり前のように気軽なタクシー代わりにする人がいるのか、というまさかな事態に対しての驚きの「えっ」である。
 いやまあ、ここにいるんだけれども……!

「――さすがにそれは……」
「問題ない。ノヴァは俺の腕の中にいれば安全だ」
「えぇ……」

 そういう問題じゃ……。

「俺だけでは無理だからな。今回はノヴァが必要だ」

 ……私が必要? 大抵の事はやらないだけでこなせてしまう兄にとって無理と言わしめるとは……あまり良い予感はしない。
 とはいえ、ここで搭乗を拒否したら話は進まないだろう。最後には後ろでにこにこ控える母にも何か言われそうだ。
 ……はぁ。仕方ない、か。

「……分かりましたわ。行き先はどちらですの?」

 諦めて行き先を問う。

「――アイオーン帝国第三都市所属、国境の森林に存在する孤児院だ」

 ◇◆◇◆◇

 気後れはあったものの、ええい、ままよ! とばかりに勢いで乗った神龍での移動というものは予想外に快適であった。
 最初はツルツルした表皮に対してドレスやブーツでは滑って乗り心地が悪そうだと予想していた。だが、兄の支えもあったものの、意外にも飛行がしっかり安定しており振動も少なく、とても快適な空の旅となった。
 兄が私を腕で閉じ込めた状態で安全バーとなっていたからか、安全性に関してはもとより特に疑っていなかった。……最初から一人で乗れと言われたら躊躇以前に拒否したかもしれないが。

 私はともかく、兄には命綱も安全バーも無い。普段はもっとアクロバティックに上下左右に飛び回っているそうで、兄は自らの飛び降り以外で落ちたことがないらしい。
 一応、私を乗せている今は足でトントンと神龍をしばきつつ安全運転をしてくれているようで、時折神龍がうずうずしだすと普通に攻撃しても傷なんてつかないだろう固さの鱗にえぐい靴跡が残るくらいの強めのトントンを食らわせ、ぴーぴー泣かせて無理やり忠実な僕として従わせていた。既に調教済みなのだろう。
 ……何故神龍が調教されてるのか、普段から乗り回してるのか、とツッコんだほうがいいのだろうか……。

「あそこだ」
「……!」

 目的地上空へと着いたところで兄が眼下に見える、鬱蒼と木々生い茂る広大な敷地の一角にある木造の建物を指した。
 ――あんなところに兄の当てになる人物がいるとは思えないのだけど……。

『ギュウ!!』

 建物の近くに着地すると同時に神龍が元気な鳴き声で大きく吠える。ついでにピシッ! と渾身の羽根ポーズらしきものを決めて「着陸!」とでも言ってそうな行動を見せてこちらを――兄をちらちら伺う。
 しかし、肝心の兄は必死に羽根をばさばさ決めてアピールしている神龍を無視し、私を丁寧に地面へ降ろしてからやっと面倒くさそうに振り返って「うるさい」とか言いながら無慈悲に叩いて神龍を黙らせようとしただけだった。不憫。

 そんなやり取りを横目に建物の方を見ると、一体何事かとわらわらと建物の中から小さな影がたくさん出てきた。そのどれもが幼く小さい姿だった。
 ……幼い子供ばかり?

 孤児院と聞いていたから、子供が大勢いることは分かるが……。兄はこの子達が目当てなのだろうか。……どう見ても年端も行かない子供たちばかりでとても頼れる人材とは到底思えないのだが。
 まさか本当にただの孤児を引き取るつもりで連れていくわけじゃあるまいし。兄に限って。

「あいつはいるか」
「――えっと……」

 私が困惑しつつ子供達を見ている間に、兄は何を思ったか近くにいた子供へ当たり前のように問いかけた。

「いるよー!」
「どこだ」
「ごはんつくってるー!」
「どこだ」
「あっちぃー!」
「わかった。案内を頼む」
「うんっ! こっちだよ!!」

 ……なんか、会話が成立してるんですけど!?

 兄はお世辞にも口が上手いとは言い難い。相手が子どもであっても結果を求めるような実力主義者だ。大抵の子どもにとってそんな兄は怖い存在でしかないはずなのに……。
 まるで慣れているとでも言わんばかりに兄の用件を確認した後、気付けばいつの間にか子どもたちは解散し遊び始めていた。
 ……まさか、頻繁に訪れているのだろうか。

 兄への態度や反応がデルカンダシア領民と似ている。まさか、ね。

「行くぞ」
「……ええ」

 疑問は尽きないが、とりあえずは兄についていくことにした。

「ここっ! ここでまっててー!」
「ああ」
「えへへー」

 とてとて走り去っていく子どもをなんとはなしに無言で見送る。

「……」
「ノヴァもここで待っていてくれ」
「……分かりましたわ」

 ……こんなところまで兄はいったい誰を迎えに来たのだろう。その疑問に対し、私はここに至ってちらちらと脳裏に思い浮かぶ心当たりがあった。――だが、まさかそんなことがあるのだろうか。
 私の知る彼女は王国の出身であったはずだ。それとも私の記憶違いだったのだろうか――。

「わあわあわあ! そんなに引っ張らないで!」
「早く来て! キラキラだよ!」
「えぇ~……?」

 遠くで聞こえる騒々しい声と、聞き覚えのある少女の声。
 そして、先程の子どもに引っ張られながら現れたその姿は――。

「……」
「えっ、し、シオン様!?」

 どこかで見たようなグレーの髪に、まん丸に見開かれた桜色の瞳は私をいの一番で見つけ、驚きを露わにする。まさかとは思っていたが、私も驚きでいっぱいである。
 一度、思考を整理したい。混乱する。

「――話がある」
「あ、シオン様のお兄様も……」

 お互いに驚きで声が出せない私たちを後目に、兄が色々すっ飛ばして声を掛ける。
 と、声を掛けられてから兄を認識したのか「しまった……!」といった顔で彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべた。……普通は私よりもキラキラとデフォルトで目立つ兄に視線がいきそうなものだが。
 今までを思い返してみると意外にも彼女は――サクラちゃんはあまり美形とかには興味が無いのかもしれない。信じられないことに。血の繋がってる私ですら気を抜くと兄をガン見する始末なのに……。

「今いいか」
「えーっと……はい。大丈夫です」

 兄の言葉に答えようとして料理か何かの途中だったことを思い出したのか、何かの粉で汚れていることに気付いたサクラちゃんが兄から少し離れてから服をパタパタと叩いて汚れを落とした。ほっぺがまだ粉っぽいが。兄も私も誰もそこまで気にしてないし、指摘する必要は無いだろう――。
 ――と、私はそこでやっと気付いたのだが、サクラちゃんの服装はいわゆる古き良きほっかむりと割烹着といういかにもなおかんスタイルなのであった。他のことで思考が混乱していたのもあるが、それよりはサクラちゃんの着こなしがあまりに違和感無さ過ぎて気付くのに遅れてしまったのが正直なところだった。
 似合い過ぎでは……?

「あの……それで、お話しって……?」
「……お前のことについてだ」
「わたしの……?  あっ、もしかして、この前のことですか……!」
「それもある」

 そう言って兄がちらりと見やったのは私だった。――どういうこと?

 二人にしか分からない、一向に見えない話に首を傾げるも今は答えてくれなさそうなので諦めることにした。兄の言葉足らずは今に始まったことじゃない。様子を見るに、知らないところで何度か会っていたようだし。
 サクラちゃんの姿を見ながら、「なんだかなあ……」なんて思っていると兄がいきなり真顔でキリッと核心的なことを言い出した。

「――お前の身の寸法を教えて欲しい」
「え? 寸法? ……えーっと、上からでいいですか?」
「ああ」
「ああ、じゃありませんわよ!?」

 何かを考える前に気付けばぺちーん! と勢いのまま力の限り兄の後頭部を叩いていた。痛い。私の手が。
 それに、勢いと力の限り引っ叩いたわりにあまりいい音はしなかった。

 見上げた兄はノーダメージだ。
 ……まあ、そもそもびくともしないのは最初から分かっていたことだ。
 それでもまさか私の手のほうがダメージを負うほどとは思わなかったけど……!

「いきなりどうした、ノヴァ。お前の手を痛めるだけだろう」
「いきなりどうした、ではなく! 当たり前の反応でしょう!! 最初に何を言い出すかと思ったら……!」

 兄はすぐさま私の手を取って治癒魔法を掛けてくれたが、そんな兄に詰め寄るように私は怒りのままに言葉を発した。私の勢いに対しのけぞりつつも、兄は何も悪い事なんてしてないと言いたげな顔だった。実に腹立たしい。
 私に任せればいいものを、何も母の言葉通りに全て有言実行しなくてもいいだろうに!

「シオン様、大丈夫ですか!?」

 兄が私に治癒魔法を掛けたのを見て顔色を変えたサクラちゃんが駆け寄ってきた。こちらにも言いたいことは山ほどある。標的を変えてサクラちゃんに向き直ってカッ! と目を見開いた説教モードで言葉を発する。

「あなたもよ! 聞かれたからと軽々しく己の寸法を明け透けに殿方へ教えるなんて、恥を知りなさい!」
「ええっ!? も、申し訳ありませんっ……!」

 私が怒るほどとは思ってなかったのか、サクラちゃんが驚いた顔をして反射的に謝った。その様子で我に帰った私は自分が思った以上に頭に血が上っていたことに気付いて反省する。
 ――冷静になろう。

「あ、――ごめんなさい。あまりのことに我を忘れてしまったわ……」
「い、いえ! 私こそ至らぬばかりでシオン様にはいつもお助けいただいて――!」
「いいえ、いいの。あなたが全て悪いわけではないもの。……でもね、これからはもう少し考えてから発言することよ? 自分の事に関してなら特に」
「はい……。以後気を付けます」

 しゅん、と項垂れるサクラちゃんに「私も強く言って悪かったわ」と声をかける。彼女は悪くないのだ。本当に。

「――だが、寸法は」
「……私が! 代わりに聞きますわ!」
「そうか」

 しつこい! そんなに乙女のサイズが知りたいか!?

 ……なんて。兄にそちらの関心事が無い事は私が一番よく知っている。どうせ聞けなかったときの母の態度の面倒さを考えて聞こうとしてるだけだろう。
 兄らしいが、だからといってそんな酷い理由で乙女の秘密を直球で聞き出そうとするほうが実にあほらしい。

 呆れた私が代わりにサクラちゃんから聞き出すと言えば、やはり兄はあっさりと引いた。
 そんな私たちのやり取りの最中、今になって質問のマズさに気付いたのか、サクラちゃんもどこかほっとしたような表情になった。
 ……ともあれ、これでこの話は終わりだろう。

 最初から息切れしそうな疲れ具合であるが次だ、次。

 そもそもからして、こんな遠くを訪れてまで果たしたかった目的は別だったはず。
 寸法はその話が成立した後だ、本来なら。
 サクラちゃんに聞く前に問い詰めるべき人物が目の前にいる。

「――それよりもですわ、お兄様。まさか、当てというのは彼女ですか? ……彼女を今回のことに巻き込むおつもりなのですか」
「……そうだ」

 兄とサクラちゃんが知り合い――名前は憶えられてないが――であったという衝撃や違う怒りで一瞬忘れていたが、今回の目的を思えば必要のない危険にサクラちゃんを巻き込むということだ。『らぶさばいばー』でプレイヤーのせいとはいえ死にまくってたサクラちゃんを思えば賛成出来兼ねる話だ。
 始めは罪悪感から裏よりこっそり後援したり、指摘したりもしてきたが、これでもちゃんとした友情も持ち合わせているつもりだ。危険の渦中にわざわざ引き入れるのは心情的にもよろしくない。

「ですがそれは――……」
「いいんです、シオン様。詳しくは分かりませんが、役に立つのなら私も一緒に行きます……!」

 サクラちゃん……?

 兄に何かを言い返そうとしたが、その言葉は横から割り込んできた彼女に遮られた。真剣な眼差しの彼女の瞳には何者も覆せない強い意思が宿っていた。

「……まだ、何も言ってませんわよ」
「いいえ、言われずとも分かります。何か困りごとがあって、シオン様のお兄様は私が適任だと判断し頼りにしてくれたんでしょう。それを今知ったシオン様が私を心配してくれたんですよね?」
「……」

 驚くほどに的確だ。まだ何も言ってないはずなのに……。
 さすが主人公……空気を読むどころの話じゃない察し能力だ。

「ありがとうございます。でも、私は大丈夫です。だって、シオン様はいつだって助けてくれましたから」
「……!」
「それに、私はシオン様の力になりたいんです。私の知らないところで苦しんでいるのは嫌なんです。だから――お願いします」
「――」

 サクラちゃんの真っ直ぐで力強い言葉に、不覚にも感動してしまった。
 私のことをここまで想ってくれるなんて……。やっぱりサクラちゃんは癒しだ!

「……分かったわ」
「ありがとうございます! シオン様!」

 まるで二人だけの世界にいるようにサクラちゃんが輝いて見えた。
 昭和のおかんスタイルなのに、逆におしゃれに見えてきた。
 なんだか後光も差してるような……カッコいいよ、サクラちゃん!

「手間が省けた」
「……お兄様」

 と、空気を読まない発言が聞こえてきた。
 兄の発言が全てを台無しにした心地だ。

 ジト目を送ったが当人はどこ吹く風だ。というか、結局兄ではなく私が説得してるんだけど。
 本来頼む側なのは兄なのに、これは違くない?

「お兄様。助けが必要なのはお兄様でしょうに。ここは本人がしっかりと頼むべきですわ」

 私の言葉に、もうやることはやった感を出していた兄がピクリと反応した。
 ……相変わらず面倒事は嫌いなようで。

「……そうだな」

 心底気が乗らない様子ではあったが、兄はひとつ頷くとサクラちゃんに近付いて見下ろした。兄のオーラにサクラちゃんがちょっと引け腰だ。
 頼む態度が……い、威圧的過ぎる!

 思わず頭を抱えそうになるが踏みとどまった。まだ何も言葉を発してないうちから決めつけるのは良くない、と。文字通り上から目線ではあるが、きっと丁寧な言葉で頼むことだろう、きっと――。

「――お前が必要だ。黙って俺についてこい」
「は、はい!」
「……――や、やり直し! やり直してくださいませ!」

 一瞬、少女漫画的なセリフに「これはこれでいいかも……?」とか血迷ったが、何も良くなかった。明らかに人にものを頼む態度ではない。兄の美貌によって幻視した華やかな花模様な背景とセリフの相乗効果に騙されるところだったが、危ういところで引き返してなんとかやり直しを要求することが出来た。危ない。
 私の要求に気付いた兄がわざわざ私の元へ戻って来て言った。

「だが、これ以上何を言えばいい」
「少なくとも言い方なら他にあるでしょうに……」

 だめだこの兄、破壊的過ぎる。色んな意味で。

「私やお母様へ頼み事をする時よりも酷いですわよ。せめて私だと思いながら頼むくらいはしてくださいませ」
「ノヴァだと思いながら頼む……?」

 何を言っても無駄だろうから、マシな方法を提案しただけなのだが……そんなに難しいことを言っただろうか。
 暫く眉根を寄せ、目を瞑り兄が黙り込んだ。そして、次に目を開いた時には――空気がガラリと変わる。

 私が驚きの声を上げるよりも前にスタスタと律儀に待機してくれていたサクラちゃんの元へ近寄ったかと思うと、ザッと片膝をついて跪き、ぽかん顔のサクラちゃんの片手を優美な動作でにこやかに取って全く聞いたことのない甘い声を発した。
 ……気のせいだろうか、兄がサクラちゃんの手を取った瞬間、昭和のおかんスタイルが兄の優美でキラキラな動作につられて割烹着が純白のドレスに、ほっかむりが豪奢なレースの髪飾りになったように見えてきた。

「――君の名前を知りたい」
「……さ、……サクラ・クローバー……です」

 ……先程の少女漫画的なシーンの名残だろうか。目を擦ってみても二人の周囲にキラキラのエフェクトが追加されただけでスチルのワンシーンのような光景は何も変わらない。
 んんんっ。……実はこれは白昼夢で、実際は変なキノコでも食べたことで幻覚症状を見ながら末期状態になってるのかもしれない。それくらい、目の前の兄の態度しかり、色々と有り得ない光景だ。

「サクラか。――ふ、美しい名だ」
「あ、ありがとうございます……」

 空いた口が塞がらないとはこのことだろう。
 あまりのことに脳の処理が全く追い付かない。

 ……な、なんだ、あの妹の私でさえ一度も聞いたことの無いような甘々な声色は。
 そしてなんだ、あの無駄にキラキラが四方八方に飛びまくってる煌びやかな微笑は……!

「サクラ、君に折り入って頼みがある」
「……な、なんでしょうか!?」

 サクラちゃんも兄の変貌に戸惑ってるが、なんとか返答が出来ているぶん、兄に慣れてたはずの私よりタフだ。さすが主人公。
 ――それに比べて私の衝撃の大きさといったら、もう!

 幼い頃から兄と過ごしてきた家族ということもあるのだろうが、それでなくとも普通の令嬢ならもう何度か失神してるのではないかと思うほどの破壊力だ。
 私ですら精神的に危険すぎるのに、逸らそうとしても謎の抗いがたい魅惑の魔力に掛けられたようで目が全く離せない。
 ……なんだ、これ。何が起きてるの……?

 目の前で起きてることが信じられない。……というより、今気づいたけど、私だと思いながら兄が頼む時って、もしかしなくとも周囲にああなってみえてるの?
 え、うそでしょ。はずかし……。

 混沌とした思考の中で辿り着いてはいけない疑問についでに辿り着いてしまい、ちょっとした羞恥に見舞われていた私をよそに、兄はさっさと色々手順をすっとばし、話を加速させていた。

「――俺の婚約者になってほしい」
「は、はい! ……はい?」

 サクラちゃんの素っ頓狂な返事が、虚しく空に響いて消えた。
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