らぶさばいばー

たみえ

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魔女の奉迎

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 ――かつて、人と魔女と神に世は分かたれていた。

 人は最も弱く、そして可能性を持つ存在であった。何故なら、魔女も神も元を辿れば人から生まれし存在だったからだ。しかし、人が上位に君臨することはどれほど知恵を得ようと、力を得ようとも叶わない。なにせ、人が強くなればなるほどに魔女や神たちもより強固な存在となったからだ。
 人より生まれし存在なのに、その上に人が立つことは叶わない。それが人であった。

 そこで人は一計を案じた。

 人を魔女に近い存在に変えてしまう術を生み出してしまったのだ。元々は人から生まれ出でた存在。やって出来ない道理は無かった。それこそが人の魔術の始まりであったとされているが、その方法はあまりにも原始的だった。
 ――なにせ、人を生贄として捧げる方法だったのだから……。

 そうして数々の犠牲の上で生み出されたのが『最初の魔人』たちだ。彼らは自らの力に酔い痴れ、傲慢となり、やがて当初の目的から逸脱した思考を持って人という矮小な種族から解き放たれることを望むようになった。
 ただ、やはり紛い物。いくら知恵や力を得ようと本物の前では差など無いに等しかった。

 ――それを悟った彼らは更なる禁忌に手を出した。

 魔女に及ばないならばと、もうひとつの存在に目を付けた。
 人の形に近い魔女とは違い、姿形に決まりのないものたち。

 ――神だ。それも人の世に度々顕現する攻撃的な邪悪の神を、だ。

 それを喰らえば魔女よりも強くなれるとでも思い込んだのか、愚かな魔人は我先にとその邪悪の神魂を取り込む儀式を執り行う研究を行った。だが結果は無残なものに終わることとなる。
 魔女と違い、人と神に親和性など無かったからだ。なにせ生を司り、生きた人から生まれる魔女とは違い、死人……つまり死体からしか神は生まれないからだ。生と死、矛盾したものに親和性など初めから存在しない。

 結局、魔人たちは研究途中で神の力を取り込んだ代償によって命を落としただけだった。しかし皮肉なことにもその時の彼らの行為が後の世において魔人、もとい魔術師たちの基礎となり『神降ろし』という禁忌を生み出すきっかけとなった。
 ――そうして人の世の儚い時を幾度も経て、禁忌を完成させたものがいた。

 後に『始まりの英雄』と呼ばれる男、
 ――イベリス・アイヴィ・ユスト=アイオーンである。
 彼の行いにより後の世界の仕組みが変わったといっても過言ではないだろう。

 何故なら、それまで人に近かったはずの魔女たちを容易く超えるほどの力を得ただけでなく、『神降ろし』による『神格化』という概念を生みだしてしまうことになったのだから。

 それによって人々は多くの恩恵を受けた。

 それまでとは比べ物にならないほど魔力が増し、同時に神の成り損ない――精霊をも従えるほどの力を得たことで、神を縛る法則も手中に収めたも同然であった。なにせ、殆どの神に明確な意志は無い。操りやすいことこの上ない存在なのだから。
 実質的に神を従えるまでの力を得たことで人は増長した。自らを神と呼称し、当時の人類の約9割が信仰するほどの一大勢力を築き上げた。
 ……そうして残ったのは、人を脅かす唯一の存在となった魔女だけだ。こうして人類は魔女の排除へと動き出した。

 ――魔女狩りだ。

 魔女の抵抗は激しいものであった。絶滅寸前まで続いた抵抗は、魔女狩りに加担した人類のほとんどを道連れとした。生き残ったのは魔女の力を理解していた賢者、恩を仇で返す不義理をしなかった一割にも満たない人類のみだった。
 ……こうして、人類の多大な犠牲を払い、魔女は絶滅まで追い込まれこの世から消えた。

  と、表の人類史では後半のほぼ最後の部分のみを主にして語り継がれている。邪悪な魔女の討伐譚。それもここまで詳細ではないだろうが。
 これだけでは肝心な部分は分からないまま。一部の辻褄が合わない。

 そもそも魔女とは何なのか。何が原因で生まれた存在なのかという根本的な疑問がある。答えは過去の誰も知らない。ただ、分かっていることもある。それは……表面上絶滅してもなお、魔女はこの世界に害を及ぼすものとして語り継がれているという事実。
 何故か。魔女の生存を確信し、その脅威を後世に伝えたい者がいたからにほかない。

「――帝国第一皇女、ヴィオラ・アイヴィ・セレーネ=アイオーン。……このような趣きのある場で噂の魔女殿に直接お目に掛かれて実に光栄なことだ」
「ふふ、勿体ないお言葉ですわ。アイヴィ殿。友好国である皇族に対し、いたずらに輝きで目が眩む失礼があってはいけませんから、此度はお許し下さいね」

 肩で綺麗に切り揃えられた白金の髪と、猛獣の如く輝く神秘の金を両目に宿した罪深き皇族。その第一皇女を母が応対するのを後ろで控えてひやひや見守る。最初から喧嘩腰だ!
 簡単に言ってしまえば、皇女は「魔女という存在にふさわしい陰気で地味な歓迎」だと馬鹿にし、母は「欲に忠実である貴方たちほどではないよ」と返したのだ。
 ……本当はもっと色んな意味が込められていそうなのが怖いのだが。

 皇女は母の返しを気にすることなく、鼻で笑って周囲を見回した。

「……ふん、二人だけか。夫や息子はどうした」
「此度の奉迎は魔女をご所望でしたので、出かけておりますわ」
「白々しい。当主ならば理解しているだろう。魔女の奉迎は一族総出のはずだが」
「残念ながら友好国の尊き方とはいえ、我が一族がお仕えするお方ではありませんもの。このように当主と次代が出迎えることも本来は有り得ませんこと。ご理解下さいね」

 ひぇぇ……!!
 真顔と笑顔のままに淡々と会話する二人がとても恐ろしい……!! 

 今すぐこの場を立ち去りたい衝動に駆られたが、私は兄の身代わり。穏当に皇女を出迎え終わるにはこの場を動くわけにはいかない。たとえ二人の圧に冷汗が止まらなくとも。

「……此度の舞踏会。私の相手を務めるならば魔女殿の息子だろうと思ったが」
「あら。それは失礼しましたわ。まさか一介の田舎貴族が栄光ある皇女様のお相手だなんて……思い至ることなどあり得ませんわ。お相手ならば王弟殿下が務めさせていただく予定ですもの」

 皇女の顔つきが一気に険悪なものに変わったが、母は表情を変えず笑みを張り付けたまま。
 ――あぁもう駄目だ。誰がどう見ても一触即発。

「――これはこれは皇女殿下ではありませんか。なんと久しいことか」
「……アヴィデバルン公か。ふっ、たしかに久しいな」

 私たちが皇女様を出迎えていたのは王城の正門。本来であれば通行規制が掛かっているはずだが、プラタナスの父であるアヴィデバルン公は近衛騎士団長の座にいる。城の警備としてわざと近くに控えていたのだろう。
 なにせ本物の魔女と自称神の末裔の邂逅だ。両者の背景を考えれば、こうなることは想定済みであったに違いない。

「此度は魔女殿との謁見をお望みだったとか」
「噂の真偽は確かめねばならない。……公なら理解出来よう」
「さようさよう。王の身辺を守る者として必要なひとつの気概でありましょうな……しかし、それで王を蔑ろにするというのはいくら皇女と言えど、いささか勇み足ではありますまいかな?」
「……ふん、シネラリア王や公には関係ないことだ。――興が削がれた。そろそろ行くぞ」

 皇女は控えていた従者へ声を掛けた。

「私が案内しましょう」

 すかさずアヴィデバルン公が皇女のエスコートを申し出た。こういうそつのないところはプラタナスとよく似ている。

「……ダリア様。くれぐれもお気を付けを」
「ええ。分かっているわ」

 去り際、小声でアヴィデバルン公が母に注意した。両者の因縁があるため仕方がないと言えなくも無いが、母が大人げなかったように映ったのは間違いない。実際には皇女のほうが危うかったのだが。
 実力行使に出ていたら間違いなくその場は母の勝ちだったろうが、同時に大戦待ったなしだ。魔女は気まぐれ。いつ手を出すのかアヴィデバルン公の様子を見る限り、気が気でなかったことだろう。
 母の忍耐力をもう少し信用してほしいものだ。

 ――そんなことを思っていると、ふと視界の端にキラキラしたものが掠めた。

「……ん?」

 何だろうと視線を向けて、それが人だと気づく。

「「…………」」

 目が合った。観念したのか、バツが悪そうな顔で物陰からその人物は現れた。
 いたのね、最初から。思わずジト目を送ってしまい、案の定視線を逸らされた。

「あらアスター。もう逃げ回るのはいいのかしら」
「……母上」

 アスター・ソル=デルカンダシア。今回の当事者だ。

「まったく……貴方って子は」
「すみません……」
「でも、そうね。どのみち貴方が出て来なくて良かったわ」
「……はい」

 いつもの上から目線な兄にしては珍しく殊勝な態度だ。実は母が皇女にした言を覆すようでなんだが、当初は舞踏会に出席する予定の兄も含めて皇女に先に挨拶しておく予定だったのだ。
 しかし、話を聞いた兄はよほどそれが嫌だったのだろう。直前になって逃亡した。それも割と本気で。

 あの母が捕まえられないと疲れたようにボヤいたほどだ。千里眼を持つ魔女の追跡を躱すなど本気も本気の大逃亡。しかも、必ず応じる私の召喚で捕捉したとしても、すぐさま気配を絶って逃亡されれば兄ほどの実力者は捕まえようもない。
 仕方がないので私と母だけで出迎えることとした。父は理由づけに不都合となったため兄とお留守番させることとなり、兄に文句を言っていたが、兄はあからさまにホッとしていた。

 どうしてそこまでして皇女に会いたくないのか。婚約者として狙われているからかと思ったが、兄曰く「とてつもなくくさい」かららしい。私と母が会った皇女の印象はプライドが高そうだったが、何か悪臭が匂うことはなかった。
 兄曰く「嗚咽を我慢できない生理的な嫌悪を撒き散らす匂い」らしいが、いくらなんでも女の子に対して酷い言い様だ。訪問時期や目的がきな臭いとは思うが、兄が嫌がるほどの体臭は皇女からは感じなかったのだから。

 とはいえ、兄の感覚を常人が理解できるものでもない。一応、デルカンダシア領経由で皇女を先導する際、母や私の代わりとして隠れながらも陰ながら護衛として同行する任務を全うしてくれたのだから文句も言えない。
 皇女が初対面から苛ついて母に喧嘩腰でいたのは、不意打ちで会えると思っていた兄が道中で一度も皇女の前には姿を現さなかったことが原因だろう。
 皇女が直接兄を呼びつけても、代理人を宛てがうという徹底した避けぶりだったそうな。

「――アスター、この後はどうするの。今回の舞踏会の主役は貴方なのよ。あなたが望んだ例の約束もあるのだから、簡単には逃げられないわ。皇女が適当な理由を述べて、少なくとも踊りに引きずり出されるわよ」

 愉快そうな笑みを浮かべて母が兄に問うた。想像でもしたのか、実に不愉快とでも言いたげに兄は顔を顰める。皇女と踊るのはそんなに嫌なのか。滅多に表情筋を動かさない兄の珍しい表情に関心しつつ暢気にそんなことを他人事のように思う。

「…………」
「まさか、このまま逃げ回るつもりじゃないでしょう?」

 黙り込む兄へ、母は容赦なく追撃した。

「……いえ、逃げても無駄なのは分かっています」
「そう。分かってるのならいいわ」

 母がホッとしたように息を吐いた。面白いことが好きな母とはいえ、さすがに主役が直前でバックレるような事態は避けたかったのかもしれない。……いや、よく考えなくとも普通ならそう考えるものだろうが。

「――あなたにいい人がいれば言い訳も出来たでしょうけど。我儘ばかりでここまで来たのだから仕方ないわね」
「いい人」
「……いるの?」

 母は口癖のように「いい人」という単語を私や兄に常日頃から言っていた。それを聞くのは大体婚姻関係の話や後継についての話の時だった。つまりそのものずばり、「いい人」は婚約者や恋人の意味だ。
 母が吃驚した顔で目を見開き、そのまま話の流れで居るとでも言いたげな兄の顔を二度見した。ちなみに私もだ。ほぼ森にいて出会いも限られるくせに、いったいいつの間に……。

「母上の考えるいい人かはともかく、俺にひとつ当てがある。名前は……。名前は知らん」

 ガクッ、とずっこけなかった私を褒めたい。

 一体誰だ!? と食い入るように兄を見ていた私たちに対して相手の名前を言いかけて、結局知らなかったと開き直った兄があんまりにあんまりである。この時点で兄の当てが当てにならないと察した。
 名前すら覚えてもらえてないのに、兄に勝手に当てにされるとはなんて気の毒なんだろうか。
 私はまだ見ぬ兄の当てにされた相手へひそかに合掌を送った――。
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