らぶさばいばー

たみえ

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ヴィオーラガーデン

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「――命の始まりに祝福を」
「おはようございます」

 魔獣襲撃から幾日か経ったとある朝の出来事。

「歓喜の芽吹きが歌を紡ぎ、踊る楽園」
「ええ、本日はとても良い天気ですね」

 何が琴線に触れたのか、私はロックオンされていた。

「混沌に心あり、叡智の天秤に惑わず」
「そんなことは……ほめ過ぎですわ」

 私が最も『らぶさばいばー』の中でお気に入りだったといっても過言ではない悪役令嬢、
 ――エリカ・ラディ=ラノヴェール嬢に。

 ◇◆◇◆◇

 それは突然だった。

「悠遠に繁栄せしもの、今ひとたびの輝きにならんと欲する」

 サクラちゃんの言葉に考えさせられることが出来た私は、襲撃から全学年暫く休校することとなった翌日、学園の図書館へと夕方に赴いていた。 
 当初は調べ物のために本を借りてすぐ帰るつもりだったのだが、ここで想定外にもとある令嬢と館内で遭遇することとなった。

 ――その名もエリカ・ラディ=ラノヴェール侯爵令嬢。

 『らぶさばいばー』においては騎士プラタナスの婚約者であり、彼のヤンデレ化のストレス源といっても過言ではなかった存在で、とある不治の病を患っている設定であった。
 ……彼女の発する言葉のひとつひとつを聞き取れば、言わずとも何の病かは分かるだろう。そう、

「黄金の光に安寧を……」

 ――厨二病という、不治の病だと。

「…………」

 ――私は考えた。物凄く考えた。どう、対応すべきかを。

 状況を詳細にお伝えすると、さきほど借りたい本を探すために本棚の裏へ回り込んだ際、窓際に哀愁を帯びて佇む厳つい眼帯と喪服のような改造制服を着た令嬢がひっそりいたのだ。
 令嬢は私に気付いたはずだがこちらには顔は向かず、夕焼けに染まる窓の外を愁いを帯びた赤い瞳で眺め続け、さりげなく睫毛を下向けるように暗紫の髪を顔に掛けたことで影をやおら帯び、態勢が整ったところで滔々とか細い声で上記の文言を語り出した。
 状況説明終了。

「……エリカ・ラディ=ラノヴェール」

 む、難しい……反応が!

 詩を紡ぎ終わった後に出す締めくくりの作者名を言っているのか、それとも私に向けて挨拶をしているのか、普通なら非常に判断が分かれる理解の難しさである。
 ……だが、私は残念ながらゲーム知識で理解してしまった。
 これが――「こんにちは」な挨拶と自己紹介だと。

 少し考える。こんなどうとでもとれる言葉なら、前者として無言スルーしても問題は無いだろう。ゲーム通りの性格ならば相手も自己紹介の挨拶をスルーされても気にしないはずだ。……が、万が一この場に居ない他の誰かに挨拶も出来ない無礼者ととられるのはよろしくない。ここは館内でも死角になるが、声だけは聞こえるのだから。
 入館した時には私たち以外に誰も居なかったが、新たに入館した誰かがいるかもしれないのに危険はおかせない。ばったり鉢合わせして先にご挨拶することは失礼には当たらないはず。……よし、偶然高位貴族と鉢合わせて慌てて失礼の無いように先に挨拶をした呈でいこう。
 詩なんて聞こえなかった。うん。名前だけに反応しました。よし、完璧。

「……お初にお目に掛かります。デルカンダシア辺境伯が娘、シオン・ノヴァ=デルカンダシアと申します、ラノヴェール様」
「――エリカ。永久とこしえの雫」

 私の返しに暫し沈黙したエリカ様は、間を開けた後に――おそらく呼び捨ての許可と渾身のあだ名と思われる――通り名を言い残し、静々と去って行った――。

 ……と、そんな感じのやり取りがあった日から数日。私はエリカ様と休校中の学園で何故か度々顔を合わせては読解力の試される会話をするという高難易度の修行をするようになっていた。
 どこで気に入られたかと言われれば、おそらく図書館での出来事なのだろう。私としては、無難に紹介の挨拶だけを返したつもりだったが、エリカ様視点でかなり違うように取られていたらしい。

 そうして毎回鉢合わせるたびに、上位の身分である侯爵令嬢の言葉に何も返答しないわけにはいかなく、どうにか無難にやり過ごすつもりが、途中から普通に会話を理解していることがバレて今に至る。
 バレるまでが実に巧妙であった。私としては出来る限り聞き役に徹して、内容は理解していませんよ~という風に装っていたのだが、例えばエリカ様の「宵闇に砂塵が荒ぶ」という世間話のお言葉に「まだまだ肌寒さが続きそうですわ」などと絶妙に返事してしまったりなど墓穴を掘ってしまっていた。

 ちなみに意味を解説すると、エリカ様は最近「乾燥で髪が荒れる」そうで、私はそれに共感して「まだまだお風呂上りに髪を乾かすのも大変です」という意味合いで返事していたりする。
 普通の会話ではないが、こんな感じの絶妙なやり取りを何度か繰り返すうちに、ついに私はエリカ様に理解者として認められた。何故認められた云々が分かるのかと言うと、何度目かのやり取りの後にエリカ様がこうおっしゃったからである。

「――ヴィオーラ。菫色の園ヴィオーラガーデン

 こんな感じで同類の証である通称を頂いたからである。嬉しくない。

 それからである。私に呼びかける際は「ヴィオーラ、ヴィオーラ・ガーディア」とお声掛けされる。ちなみにガーデンとガーディアンを掛けているためにガーディアである。私の騎士とお姫様が呼ぶアレの曲解といってもいいが、本来の意味は守護者とか保護者だ、めちゃくちゃ懐かれている証拠でやめて下さいとは突き放しづらい。
 そしてここまでセットで意味を理解出来てしまう自分が凄い。が、憎い。会話のたびに背中がとてもむずがゆくなるからだ。許されるのならばベッドにダイブして枕を抱え込んでゴロゴロと悶え叫びたい。死ぬ。羞恥で。

 そもそもである。何故こんなにも私がエリカ様と遭遇するのか。勿論、相手がスタンバってるのではという疑惑もあるが、それでも本気で避けたいのならば休校中の学園に行かなければいいだけなのだ。しかし、それは出来ない。
 遡ること、私が兄の召喚の後遺症で倒れて保健室でサクラちゃんと会話していた場面まで戻る。サクラちゃんの証言により、私はある簡単な推測が思い浮かんでいた。
 ――行方知れずの夫が実はしれっと学園に在学していたのでは? という。

 そう考えると色々な辻褄が合うのだ。倒れた私を運べたことも、何故人気の無い場所なのに偶然にも居合わせたのか。相手は私を知っていたのだ。もしかしたら後を付けて調べられていたのかもしれない。
 でなければサクラちゃんと私が委員でペアになってるだけならまだしも、隠していないとはいえ、こっそり後見しているなんて知らない話だろう。サクラちゃんは何も疑問に思わなかったようだけど。

 そうなると気になるのは私の事を知っているのに何故直接の接触は無いのか。それにサクラちゃんは気付いてないようだけど、幼い頃のまま成長したのならかなりの美形になっているはず。珍しい色合いもあって王子たち並みに噂になっていてもおかしくないのに、そんな話は聞いたことが無い。
 つまり、相手は隠れているのか変装しているのか、通常では見つからない可能性が高かった。故に、あぶり出すために休校中の学園の中をこれ幸いと何か罠が張れないかと歩き回っていたのだ。
 毎回、必ずエリカ様に捕まってそれどころではないが。

「悪夢の浄化は天の道標に従う定め」
「ええ、魔獣の騒動も収まりそうで良かったですわ」

 実は私がエリカ様と仲良しになっている裏で、兄が獅子奮迅の活躍――後始末ともいう――をしていた。「天から一振りの金、瞬く間に魔獣消滅」。これはシネラリア王宮に各地から届いた兄の出現報告だそうだ。もうこの領地では魔獣対策への後方支援は必要ない為、他へ支援をという領主の旨を伝える為に簡略化されている。
 魔獣に関してだけでなく、何か危機があった際に王宮から支援を頂けるかどうかは貢献度によるもの。自分の領地が今無事だからと明日は我が身、お互い様である貴族領主達は迅速に王宮と連携を取らねばならない。でなければ無能扱いされ、以後危機があっても支援が遅らされる可能性もあるのだ。
 だからこそ速さを求め、その結果、似たり寄ったりの表現に収束していた。

 領地に溢れた魔獣は片付いたので他に支援を回してくださいという意図のために。

 すわ世界滅亡かという緊急事態レベルの魔獣対策支援をするための対応に追われることとなった王宮では、続々と届けられる魔獣対策の支援要請ではないが、似たり寄ったりである伝言の内容に当初混乱したものの、王宮に戻ったルドベキア王子が対応することで平静を取り戻し、事なきを得た。
 が、今回のことで王子の株は益々上がったようだが、王子は王子で別の支援の手配を余儀なくされることとなった。それは兄の去った後の始末――環境破壊――で、各地から今度は続々と復興支援の申請が届いて書類に埋もることとなって実に気の毒であった。私の前以外では手加減をしないのだ、兄は。可哀想に。

「……太陽の星、予定調和の輝き」
「兄をお褒め頂き光栄ですわ」

 ちなみに「太陽の星」は兄の通り名だ。命名、エリカ様。

 由来は兄の名前からだろう。結局名乗らず去った兄であったが、私経由で「アスター・ソル=デルカンダシア」であるのは即バレであった。エリカ様が兄の名前をもじって作ったのは間違いない。
 兄のような厨二心をくすぐる存在は得てして患う者たちの生贄になる定めなのだ。こうして兄の知らぬところで兄も私たちの仲間入りをすることとなった。やったね。

 そんなわけでエリカ様は兄の武勇伝がお気に召したようで、仲間意識を持たれてからは私に兄の過去の逸話をせがむこともままあることであった。自分よりも高位の貴族の質問に機密でもないのに喋らないのはよろしくない。存分に兄をネタにした。

 別に、この前後始末や母への報告を私に押し付けてさっさと逃げたことを恨みに思っているからではない。断じて違う。兄がいなければ死んでいたのだ。母経由での王子たちからの文句や嫌味、兄の分だったはずの仕事の肩代わりも甘んじで受け入れよう。
 ただ、どうしても異文化交流には必須の存在だから、仕方なく兄の過去の逸話で盛り上がってるだけである。これはストレス発散ではない。本当に他意は無いのだ、全く。
 ……今度家に帰ってきたときは兄に無茶ぶりして鬱憤を晴らしてやろう。どうせいつものように涼しい顔でこなすし。急な出費で今年の予算が激減、金欠にあえぐこととなった王宮には突き出さないのだから大丈夫、大丈夫。

 と、思考が逸れかけたが今は兄への文句などはどうでもいいのだ。

 問題は私がエリカ様に捕まってしまうために思うように学園内で捕獲用の罠を仕掛けられないということだ。夫の捕獲という響きはなんだかよろしくないが、背に腹は代えられない。捕まえる、話はそれからである。
 と、――

「――煌めく月下に集う、王の祝宴。綽々と舞う羽根、夢現」
「まあ、王宮で仮面舞踏会が行われるの?」

 知らなかった。我が家にはまだ招待状が届いていない。王宮で行われるのなら大規模なものだろう。国内外の貴族に送られる規模となると面倒だが、次期当主候補として参加しないわけにはいかない。いつ頃届くのだろうか。準備もあるので期間があるといいのだが。

「深淵に光、安息の喝采」
「舞踏会は魔獣討伐の祝勝会が名目になりますのね」

 さすがは高位貴族。情報が早い。
 一応私もギリギリその区分に当てはまるが、母ならともかくまだ何も実権のない後継者。王宮内部の計画について詳細を知る立場ではない。

「夜に陽の星、輝けり」
「残念ながら兄は参加しませんわ。こういう行事は苦手ですの」

 大活躍の兄を一目見てみたかったらしいエリカ様がどよーんと分かりやすく落ち込んだ。というよりエリカ様、婚約者のプラタナス様に見られたら誤解されるので紛らわしい落ち込みはやめてほしい。
 そんなことを考えていると、遠目に赤い色が見えた気がした。……気のせいだろう。というか、気のせいにさせてほしい。休校中でほぼ人もいないしと外廊下で立ち話をしていたのが仇となったのだろうか。
 ――どうか、何も聞こえていませんように。勘違いされていませんように。

 そんな願いも虚しく、覇気の欠けたエリカ様とこれ幸いと別れの挨拶を告げて学園を去ることにした。そうして足早に帰った家には先回りかのように全くもって嬉しくない危険物が届いていた。……こんな展開前にもあった気がする。

 ――アヴィデバルン家から茶会の招待状という危険物がその日のうちに我が家に届いた。

 デジャブ。
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