らぶさばいばー

たみえ

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旅立ちの日に

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 兄の言葉により、すぐさま王子が騎士の一人を報告の為に王宮へと走らせた。続けて、私と兄について来るように言い、兄が速攻で拒否したため、私が有無を言わさず連行する形で場所を移動した。
 移動の最中、学園長が『神の試し』についてけんもほろろな兄に懸命に質問しているのが聞こえた。最初は面倒くさそうにしていた兄だったが、質問に答えるまで離れなさそうな学園長が鬱陶しくなったのか、最終的に端的に答えるようにして遠ざけようとしていた。

「どこで『神の試し』を手に入れて……」
「神の間に咲いていたのを毟った」
「ほう! その神の間にはどうやって……」
「神の気配を辿ったら行けた」
「なるほどなるほど、『神の試し』を手に入れるだけはありますな……」

 そんな感じで色々とツッコミどころ満載の会話が道中繰り広げられていたわけだが、それも目的地に到着するまでである。到着してしまえば、さすがの学園長も弁えているのか、知的好奇心を優先せず、緊急事態の対処に当たらせてもらうとさっさとその場を後にした。
 ちなみに、兄が見せた『神の試し』と言われる花を偽物と言う者は誰一人としていない。何故なら、どんな鈍感な人でも気付くくらいには神物にふさわしい聖なるオーラをビンビンに発していたからである。

 それに何より、神と名のつくものについて自称したり難癖をつけたりするのが命がけに等しいのは私の例を見れば明らかなのだ。兄が堂々と神物であると認めても神罰が下らない時点で偽物だと疑うような馬鹿を犯すものはこの場に誰一人としていない。
 そんなわけで場所は移り、防音の為かやたらと分厚い壁をした会議室まで移動していた。事は魔獣大侵攻と言っても遜色ない事態に陥っているのだから、いたずらに漏らすわけにはいかないという王子たちの意思だろう。

「……先程、繋がりを斬ったとのことだったけど、大体でいい、どのくらいの数だったか思い出せないだろうか」

 突然の事態に緊張しているのか、強張った顔で王子が質問を投げ掛けた。嫌そうな顔をした兄を見てすかさず「お兄様……」と声を掛けると、ちらりとこちらを見た兄が仕方なさそうに息を吐き、思い出すように斜め上に視線を向けた。

「……俺の記憶が正しければ、太い線なら百はくだらなかった」
「太い線は、というと……?」
「……細いのまでは流石に全部は分からん。が、大体は産毛のように貧弱ではあったな」

 いちいち王子から会話の救難信号を受け取るのも面倒なので、兄の腕を掴んで話を促していると、兄がそんなことを言った。これは補足説明が必要と見た。

「つまり、お兄様にとっては太い線以外は取るに足らない強さだったということでしょうか」
「ああ。そこにいる騎士ぐらいの強さなら十人もいれば魔獣を一匹ずつでも倒せるだろう」
「……なるほど」

 王子がより、深刻そうな顔になった。

 それもそのはず。王族の護衛をするような近衛騎士は強さの象徴である。それが十人もいてやっと一匹倒せるような魔獣が何十、何百、何千と現在進行形で各地で暴れているということなのだ。まさかの世紀末である。
 詳しい原因はついぞ語られることは無かったが、もしや『らぶさばいばー』での世界滅亡はこれが原因だったのだろうか。だとするともうどうしようもない。さすがくそげー。とんだくそゲーである。

 ――既に負けイベントは起こってしまっているのは私だけが知っている事実だ。

 ゲームでどんなことをしても最期までひっくり返せなかったこれを覆せるとするのならば、物語的にはヒロインとヒーローの愛による奇跡が起こるとか、もしくは主人公が修行してパワーアップとかのジャンル替えくらいではなかろうか。
 元々のジャンルが乙女ゲーであると考えるのならば愛の奇蹟一択なのだろうが、残念ながら奇跡以前にまだプロローグからキャラ選択前のようなタイミングで真実の愛などというものは何も発生していない。

 ――そもそもだ。

 出歯亀ゲーに主人公の真実の愛は元々無かった。あるとすれば続編のほうだが、残念ながらその前にお陀仏となった為にその内容は未知。今更願っても知るすべはもうない。
 ……と、なると、これはもう乙女ゲーではなく、王道RPGとすれば逆転のチャンスが無いことも無いのでは。

「……お兄様」
「なんだ」
「お母様、怒りますわね」
「……」

 兄がとても、本当にとても嫌そうな顔をした。

「後始末は――」
「――残らず完遂」

 面倒そうに言って立ち上がった兄は、次の瞬間にはいつもの無表情に切り替わっていた。私たちの急な問答に深刻な顔から怪訝そうな顔にチェンジしていた王子たちは、次の兄の言葉で完全に思考が停止することとなった。

「――片付けてくる。一匹残らずこの世から」

 兄の頼もしい言葉に、一瞬、前世でスプレー片手にあらゆる隙間に潜む黒い奴らを相手取っていた記憶が脳裏を過ぎる。魔獣と同列に危険な奴らであった。思わず兄に掛ける言葉が力強くなる。

「お願いしますわ」
「ああ。……母上には片付けたら領地に帰るとだけ頼む」

 私に頼むあたり、兄的には母に会うという選択肢はないだろう。とはいえ、それは間違っていない。魔獣を野放しのままに行けば嫌味を言われること必須であるし、何より兄は母の小言と頭を使わされるお仕置きが苦手なのだ。

「まあ……分かりましたわ」

 その諸々を理解しつつ兄を送り出す。王子たちと言えば、私たちのやり取りをぽかんとした顔で見届け、兄が去った後で正気に戻ったようで、裏返った声で聞いてきた。

「つ、つまり、ど、どういうことだ?」

 よほど展開についていけていないようで、かなり動転している様子。

「はい。これから兄が暴れているだろう魔獣どもを責任もって片付けてくる、ということですわ」
「……し、しかし、場所が分からないのでは。確かに君の兄は強いのだろうが、先に各地の状況を把握してからでないと意味がないだろう。それに数が多いのだろう? 何故堂々と一人で出ていったんだ……」
「ああ、そんなことですか」

 王子の疑問は最もであった。というか、確かに暴れる魔獣の場所も分からないのに、当てずっぽうで移動なんてすれば貴重な戦力の無駄な上、とてつもなくカッコ悪い。まだ、「すまん、場所が分からん」とでも言って戻ってきたほうがマシだろう。
 しかし、残念ながらあの兄に心配はいらないのだ。何の考えもなしに出ていったように見えるが、兄はこういったことに関しての勘は天性の才能を持っている。全て承知の上で出ていったのだ。兄は強い。心配など無用。

「心配いりま……」
「で、殿下! 大変です! 地下牢に捕えていた魔獣が、何者かによって連れ出され、そのままどこぞへと飛び去ってしまわれました!」

 話の途中で報告にやってきたのは、よほど急いだのだろう、制服がよろよろとした兵士であった。兵士の言葉に王子がこちらにどういうことだと言わんばかりの視線を投げ掛けた。
 ……兄を見捨てても誰も文句は言わない気がする。

 と、カッコよく決めようとした手前見捨てたい衝動に駆られたが、兄が魔獣――もとい神龍を奪取したなんとなくの理由が想像出来るために、ぐっとこらえてもう一度セリフをやり直す。

「心配いりません。あれは元々神龍であり、魔獣ではありません。捕えているほうが危険です」

 とりあえず、保身に走った。

 ◇◆◇◆◇

 王子たちの視線の圧をスルーしながら、とりあえず魔獣のことは兄に任せてほしいとひたすらお願いしてその場は一応解散した。まだまだ話を聞くはずだった張本人が飛び去ってしまったのもあるし、魔獣被害を確認するために王子たちがこれから忙しくなるという理由もある。
 束の間の解放だが、母に連絡しておけば、今後呼び出しがあったとしても兄の不敬くらいなどはなんとかなるだろう。問題は、しばらく私を母が扱き使うことだろうが世界が滅亡するよりはマシだ。仕方がないと諦めようもある。

 そういうわけでやっと一人になることが出来た私は、人目に付かないように注意しつつ、あまり知られていない学園内の裏道細道獣道を移動する。ふらふらと足取りがおぼつかなくなってきた。
 ――ついに、反動が来た。

 今の今まで我慢していたが、ここまで人気の無い場所であれば問題ないだろうと、行儀悪く壁に背を預けて座り込んだ。

「……はぁ、つら」

 気が抜けて言葉遣いが乱れる。なんだか暑いのに寒気を感じる。きっと熱が出てるんだろう。兄を喚べばこうなることなどは最初から分かっていたことである。だが、つらい。
 副作用とでも言うべきか。そもそも召喚魔法は己の魔力で操れる者までしか強制的に喚べない。後は同意の上であれば多少楽になるが、それも突然であると普通は有無も言えない。

 特に意思ある個体、つまり知能が高ければ高いほど難易度があがるのだ。そこらへんにいる一般人を喚ぶのでさえ命がけである。だが、私は兄を喚んだ。兄であれば、常人離れした感覚で召喚に瞬時に反応、同意出来るからだ。
 ……それでも、私の実力では本来なら血が繋がっているとはいえとても兄を召喚などとはおこがましい。兄がいくら力を抑えても、私の召喚――魂の許容量などはスパパパパーンと超えていく。
 結果、副作用として器である魂に響いたダメージが時間差で現実の肉体にまでゆるやかに届くのだ。

「はぁ……」

 しばらく昏倒することだろう。事情聴取に時間を取られ過ぎた。兄がさっさと退散してくれなければ自身の身体の限界に気付かなかった。近くに居ればいるほど私へのダメージ蓄積が増々強くなるのだから、当たり前だが。
 こうなると分かっていたのなら兄の召喚後すぐに家に帰るべきだったが、問題の大きさもあって結局は出来なかっただろうとも考えられる。

 ――視界がだんだんと暗くなっていく。意識が落ちそうだ。

「――!」

 あれ? 誰かいたんだ。
 うーん、見上げると白くて眩しい……よく見えない……。
 それに、何か言ってるみたいだけど、全然聞こえないなぁ。

「――?」

 ……でもいっか。どうせ変なことは出来ないだろうし。
 それにしても、なんでか気分がすこぶる良いなぁ……。

「うーん」
「――!」

 とても安心する。あったかいなぁ。それにゆらゆらして楽し……――。

「――シオン様!」
「ん……」

 透き通るような声に起こされて意識が覚醒する。まだ目は開けていないが、感覚でベッドに横たわっているのがまず分かった。次に、声の主が分かって目を開ける。

「サクラ、さん……」
「お、お水をどうぞ!」

 掠れた声で返事をすると、すかさず気が利くサクラちゃんがお水をサーブする。さすがは孤児院で小さい子の面倒を見てる設定のサクラちゃん。実に手際が良い。

「ありがたくいただくわ……それにしても、倒れた私を運んで下さったのはサクラさんでしたか。お手数をお掛け致しましたわ」
「あ! いえ……私はシオン様を運んで下さった方にお願いされて後から来たので感謝されるようなことは……」
「私を運んで下さった方? まあ、大変力のある女性の方ですわね。その方にも後日お礼を……」
「えっ、いえ男性の方でしたが……」
「へっ?」

 だ、だだだ、男性!?

「そ、その方はどこかお怪我などされておりませんでしたかしら!?」
「えっ、特には……。そのようには見えませんでしたが」
「なんということ……本当にその方、男性の方でしたの?」
「ええ、はい。確かに女性のようにお綺麗な方でしたが、男性の制服を着ていらっしゃいましたので男性だったかと……」

 てっきり、通りがかりの女性の誰かが運んでくれたものだとばかり思っていた。何故女性だと思ったのか。サクラちゃんの話を聞く限りでは女性のような綺麗な顔をしていたというし、意識混濁していたから勘違いしたのだろうか。
 いや、そういう問題ではない。私には神の呪いが刻まれている。それは意識があろうがなかろうが死のうが生きようが消えないものだ。特に意識の無い私に近付こうものなら丸焼けでも生易しい神罰が下るだろう。

 意識の沈みかけた私に近付こうとする前にも牽制を受けているはず。まさかそれが無かったというのだろうか。そうだとするなら、実はその男子生徒が女性であった可能性もあるが……どうだろう。
 神の守備範囲を思えば微々たる違いかもしれない。つまり結論、誰も近付けないはずである。……しかし実際、女顔の男に運ばれたという……謎だ。

「あの……すみません。シオン様が心配なさるということは、その方は何か危険だったのでしょうか……」
「――いいえ、取り乱してごめんなさい。少し、寝起きで混乱していたみたい」
「そうなのですね。今回の騒動できっとお疲れだったのでしょう」

 話している間にいつの間にか果物をカットしていたサクラちゃんがお皿に乗せて渡してくる。……かなり手慣れている。手練れである。
 もぐもぐと果物をありがたく咀嚼しながら考える。とても不可解だ。

「……サクラさん。お願いされたとおっしゃってましたけれど」

 梨をプロ顔負けに飾り切りしていたサクラちゃんが手元を止めてきょとんと顔を上げた。……それにしても、ひと房丸々私に食わせる気なのだろうか。さすがにお腹が膨れて夕食が食べられなくなりそうだ。

「はい。そうです」
「その、何をどのようにお願いされたのかしら」
「えーっと、シオン様が意識を失くして倒れたところを保健室まで運んだので、後見を受けているなら私は見舞いに行ったほうがいい、とだけ言われました」
「それだけ?」
「はい。あっ! この果物はその方からのお見舞いの品だそうですよ」

 さっと周りを見渡し、そういえばここは保健室だったのかと納得。次いで、大量の果物が運んでくれた人の見舞い品だと知って複雑な気持ちになる。

「……サクラさん。他人から受け取り、毒見していないような食物を貴族の患者に勧めてはなりません」
「も、申し訳ございません! シオン様!」

 慌てて立派に飾り切り終えた果物の皿をサクラちゃんが私の手元からひったくった。

「……貴族の持ち物を許可なく下げてはなりません。盗人にされてしまいますわ」
「も、もも申し訳ございません!」

 と、すぐさま私の手元に戻そうとしてまだ毒見していなかったと焦って引っ込めてまた出すを繰り返し始めたサクラちゃんの手首を抑え、混乱を止める。

「学べば良いのですわ。焦ることはありません」
「は、はい!」

 私の言葉でやっと混乱がおさまったサクラちゃんは、すぐに「では、毒見します!」と意気揚々と果物にかぶりついた。とても美味しそうで何よりだが、毒見の作法は壊滅的であった。
 今は指摘しないでおこう。とても幸せそうだもの。

「そういえば、その運んで下さった女性のようにお綺麗な男性の方、お名前はなんとおっしゃいましたの? なにはともあれ後日お礼をせねばなりませんわ」
「えっ、あっ、も、申し訳ございませんシオン様……実は、シオン様が倒れたと聞いていてもたってもいられず、果物だけ受け取ってしまい、お名前を聞く前に飛び出してしまいまして……」
「そうですか……」

 それは困った。

「あっ! でも、とても珍しく綺麗な髪色と瞳をしていたので、すぐに見つかると思います!」
「そうなの? どのような色をしていたの?」

 カラフル集団の学園の中で珍しく綺麗な色といえば、王子たち攻略対象者や私のアメジストの瞳が筆頭に挙げられるのだが、それ以外に珍しい色合いの生徒なんて学園にいただろうか。

「――白く輝く髪に、金と蒼の瞳で、お人形のように綺麗な方でした」
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