らぶさばいばー

たみえ

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切り札発動!

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「――切り札、発動」
「シオン様!?」

 ――来て、来て、来て、来て。

 サクラちゃんの驚きの声を無視して、私は地に膝をついて手をついた。――いわゆる土下座である。
 これは決して、迫りくる魔獣の群れに世を儚んで奇行に走ったわけではない。一度決まり文句を言うと、身体が勝手にこうなってしまうのだ。自分の意思ではない。

「何をしてるんだ!?」

 ――来て、来て、来て、来て。

 戦闘を教師に交代し、遠くから救助のためにこちらへと駆けつけようとしていたらしい王子たちの素っ頓狂な声が聞こえた。しかし、その声も無視する。というより、反応出来ない。何故なら、現在進行形でどんどん身体の自由が利かなくなってきていたからである。

「シ、シオン様、一体何をっ……いたッ!」

 ――来て、来て、来て、来て。

 焦ったようなサクラちゃんの声と共に、どうにか私を連れて行こうとしていつの間にか張られていた結界に阻まれて尻餅をつく音が聞こえた。残念ながらそれを確認する余裕は無かった。

「――シャアアアアアッッ!!」
「――――」

 ――来て、来て、来て、来て。

 一瞬、私の突如の土下座に身構えた大蛇の魔獣だったが、暫くして何も起きないと分かると、今が好機だとばかりに襲い掛かってくる。
 後ろでは尻餅をついたまま悲鳴をあげるサクラちゃん、大蛇の後ろからはこちらへと必死に駆けてくる攻略対象者たち。それでも、私は逃げない。切り札はもう、発動したから。

 ――来い、来い、来い、……来てッ!

「ぉ……お、にいいちゃあああああああああああああんっっ!!」

 身を切るような魂の叫びの数瞬間、校庭が音を失くしたように静まった気がした。私の叫びに反応して、こちらへと必死に駆けてきていたはずの王子たちが停止し、ぽかんとしたアホ面を晒していた。そしてすぐに「あいつ正気か!?」とでも言いたげな失礼な視線に変わった。
 その視線は王子たちだけではない。周囲に残っていた避難途中の生徒や教師たちまでもが「あいつ気が触れたのか?」とでも言いたげな顔をしていた。失礼な奴らである。

 そんな空気をものともせず、急激に体の重さが増すのが実感できた。重くて顔は上げられないが、眩い光が迸ったような気がする。――やっと、来た!
 突如発生した謎の光に、周囲が身構えたのが空気で分かった。
 ……そうしたほんの数瞬の出来事、しかし長く感じた静まりは、

 ――ザン

 突如閃いた金色と、ひとつの音と共に再び動き出し、

「……呼んだか? ノヴァ」

 ――そして、停止した。

「……お久しぶりです。お兄様」

 ちらりと周囲を見渡せば、いつの間に消えたのか、魔獣の欠片、塵芥一つとして校庭に残ってはいなかった。危険は去ったようである。身を裂く危険な切り札を切った甲斐があった。

「ああ、久し」
「早速で申し訳ありませんが、離れて下さいませ、お兄様」
「ああ、すまん」

 何かを言われる前に、さっさと距離を取ってもらうように兄にお願いをする。この態勢のまま会話をするのは流石にキツイ。ある程度兄が距離を取ると、身体に自由が戻ってくる。よろよろと力の入らない膝に喝を入れて立ち上がり、制服についた土埃を払った。
 そうしてひと息つくと、周囲では一体何が起きたのか分からないとばかりに困惑している空気が漂っていた。

 それはそうである。なにしろ、ついさっきまでは全滅の危機という絶望的状況にあったのだから。それが一転、まるで夢か幻のように大量に湧いて出ていたはずの危険な魔獣が姿を消したのだ。白昼夢でも見たのではないかと生徒や教師までもが戸惑っていた。
 そして、おそらくその原因でありそうな突如出現した金髪の麗人に視線が集中する。

 キラキラと謎のエフェクトで輝く淡い金髪はどこか儚げな印象を抱かせるが、その瞳は対照的に力強く、業火のようにメラメラと燃えさかる炎のように美しい赤であった。
 表情の浮かばない顔はどこか造り物めいたものに見え、まるでこの世のものならざる存在のような美しさだ。色合いや顔が平凡寄りの私とは違って、母親譲りの超絶美人。それが我が兄である。
 お互いが落ち着いたところで兄が首を傾げて尋ねるが、共にサラリと揺れた髪に、間近にいた犠牲者何人かが顔を赤くし撃沈した。……相変わらずの美貌の暴力である。

「それで、何があったんだ」
「ああ、それならもう解決したので、お気になさらず。助かりました、お兄様」
「そうか?」

 私たちの会話に、いつの間にか横に来て話を聞いていたサクラちゃんが「えっ、あれ? ……えっ?」といった困惑顔で聞いていた。しかし暫し戸惑ったものの、察しの良いサクラちゃんは、途中でおそらく理解したのだろう。
 ネタや冗談ではなく、兄にとって先程兄が倒したと思われる危険な魔獣の群れが「」に含まれていないということに。目を見開いて兄を見ていた。
 と、こちらへと近づいてくるやたらキラキラした集団が視界に移って思わず天を仰ぎそうになる。頼むから兄に話しかけな――

「――失礼。あなたは、」
「なんだ、凡愚。俺に話しかけるな。気持ち悪い」

 ――遅かったかぁ……。

「ぶ、無礼な! この御方をどなたと心得る! この国の第一王子であらせられるのだぞ!」

 王子の言葉を一刀両断した兄の言葉に、プライドの高そうなジニアが一番に反応した。が、残念ながら兄に権力や権威は通用しない。通用するのは母の怒りや妹の言葉くらいではないだろうか。
 ……父に関してはどうだろう。無口なほうである父と会話する兄があまり想像出来ないが、おそらく会話だけなら成立するだろう。聞くかはともかく。

「ハッ、有象無象の凡愚など知らん。俺に覚えていて欲しいのなら、後千年は修行してから出直せ」
「なっ!」

 案の定、鼻で笑われながら言われたことで頭に血が上ったジニア君がもはや可哀想である。しかし千年かぁ……兄にしては高く評価しているからマシなほうではないだろうか。いや、それより時代劇でよく聞いたようなセリフややり取りにツッコむべきなのか。悩ましい。
 ……というのは冗談である。さすがに現実逃避をするにはまだ早い。これを見過ごしてややこしいことになれば、いの一番に母に怒られるのは私なのだから。
 嫌々ではあるが、兄の、というよりは私の為に前に進み出た。

「ノヴァ? どうし」
「お兄様が申し訳ございません。月日の殆どが国境の森での魔獣狩り生活のため、あまり世俗とは関わりが無いのです。変わってお詫び申し上げます。……しかし、この度の危険な魔獣を全て片付けたのはお兄様なのも事実です。ご配慮を頂ければと存じます」

 私に気付いた兄をガン無視して王子たちに話かける。この際、礼儀がどうのこうのというのは魔獣のこともあってうやむやになるだろう。強気で行っても問題は無い。

「貴様の兄だと? そういえば先程そんなような奇怪な叫びを――」
「ああ、こちらこそすまない。突然の魔獣だったからね。急に見知らぬ人が現れて魔獣が消えたものだから、少し驚いただけなんだ。処罰を与えることはないから安心していいよ――ただ、さすがに公では気を付けたほうがいいね」
「有り難きお言葉。しかと忠告のほど受け止めます」

 ちらり、王子は兄を見て最後に一言。

「それと、後で事情聴取するのをお願い出来るかな?」
「かしこまりました」

 そのまま何かを言い足りないようにもごもごと口を動かしていたジニアの口を手で封鎖した王子は、早口でそんな言葉を告げると、教師の元へと去って行った。去り際、何故か私がジニアに睨まれた。解せぬ。

「――なあ、ノヴァ。あの軟弱そうな奴、斬っていいか?」

 そう言った兄の視線を辿ると、にやにやとこちらを見ている憎き桜色が見えたので条件反射で頷いて兄に呟く。

「今はだめです。お兄様。機会を――」
「シオン様……」
「!」

 しまった。聞かれたか!?

「先程は、お邪魔をしてしまい申し訳ございませんでした……」

 違ったらしい。

 一瞬ヒヤッとしたが、平然を装ってサクラちゃんに向き直る。なお、兄は可憐なサクラちゃんを見ても無反応であった。会話を中断されたことで、つまらなそうに空を見上げ始めた。態度の差があからさま過ぎて注意する気も失せるというものである。

「なんのことかしら?」
「先程の……シオン様のお兄様をお呼びする儀式……だったのですよね?」
「まあ……そうともいえるわ」
「私、そうとも知らずにシオン様のお邪魔を……」

 先程の土下座はまあ、ある意味儀式ではあったが、正確には違うのでなんとも返答がしがたい。話せば長くなるが、とある理由により兄は神に嫌われている。
 故に、一定の距離を私に近付くと、かなりの負荷が掛けられるのだ。兄はケロッと平然としているが、私の何百倍も負荷が掛けられているはずである。なのに、常人ならぷちっと押しつぶされるような重力にもなんてことない感じで立っていた。

 ちなみに、私への負荷は血筋による影響という完全なとばっちりなので、父と母も同じく影響を受ける。完全に被害者だ。しかもそよ風のような影響だけで押しつぶされている私たちと比べてしまえば、兄の異常さが分かろうというもの。
 チートな強さといい、極めてる外見といい、実はどこぞの少年漫画出身の主人公ですか? 産まれるジャンル間違えてますよ、と世界に疑問を問いかけたい。

 そんなわけで、兄を召喚する際にはかなりの魔力を使うため、余計に強固な重力の呪いの影響を受けるハメになるのだ。だから自然と土下座という一番楽な姿勢になってしまう……決して自らの意思で膝をついているわけではない。断じて、違う。
 召喚さえ済めば、後は影響も通常まで薄まるので、ある程度は近づいて問題ない。私は、だが。兄については良く分からない。顔色が変わらないので、本人に聞くしかないが、本人曰く「少し身体が重くて煩わしい」程度らしいので心配しても損である。

「いつものことだからお気になさらずに。皆様がご無事で何よりです」
「シオン様……!」

 何やらいい感じで会話がまとまったので、そろそろ兄を事情聴取まで連行せねばなるまい。と、顔を兄に向けてぎょっとする。低く腰を据え、いつの間にか片手剣を居合いの態勢で構えているではないか。て、

「お、お兄様!? 何をなさって……」
「ああ、こっそり逃げそうだったからな。脅してる」
「どなたをですか!?」
「それより、ノヴァ。もう一度お兄ちゃんって呼んでくれないか?」
「今頼むことですか、それ!」

 マイペースに会話を進める兄にツッコみつつ、回り込んで兄の視線を辿ると、空へと固定されていた。一応見上げてみるものの、勿論、普通の人である私には何も見えない。
 イマジナリーフレンドという可能性も捨てきれないが、さすがに長年チートな兄の妹をしている私の目は誤魔化せない。兄にしか見えないということは、魔力で捉えられるはず。すかさず目に魔力を込めて空を凝視する。

「シオン様? どうかなさいましたか?」
「ええ、少し……」

 急に空を鑑賞し始めた兄妹にサクラちゃんが少し遠慮気味に声を掛けてくる。奇行ばかりしているように見えるが、気にしないでもらいたい。いつものことである。
 そんなこんなで空を凝視していると、ぼんやりとした大きな蜃気楼が見えた。姿を隠す魔法だろうか。かなり知能が高い個体である。

「……いますわね、お兄様」
「ああ、こそこそ隠れて軟弱なやつだ」
「……もしかして、先程言っていた……?」
「? ん、ああ」

 先程の会話を思い出して、少々青褪める。あの兄が、基本的に魔のモノは速攻斬って出落ちさせてしまう兄が、斬っていいかと聞いてくるレベルなのだ。普通に配慮せずにやれば、相当な被害が出るに違いない。
 理解して慌てて周囲に今出来る限りの結界を張る。結界ならば暴発しても問題は無い。無いが、兄の戦いの影響に耐えられるかは疑問である。
 そんななか、急に出現した巨大な結界に気付いた教師や実力のある生徒がこちらへと視線を向けた。そして兄が構えているのを見て、一番に反応したのは意外にも王子であった。

「散らばった生徒は一か所に! 教師は結界の補助を!」

 正直、とても助かる。なんだかんだで王子として生きてきただけあって、的確な指示に周囲も条件反射で迅速に従った。――後はどうやって兄に手加減をさせるかが問題である。

「……お兄様」
「ああ」
「……周囲に被害が出ないように生け捕りは出来ませんか」
「……」

 珍しく、眉間に皺を寄せてまで表情筋を動かした兄の顔に、流石に兄にそこまで期待して願うのは厳しかっただろうか……とも思ったが、そんな私の思考を読み取ったのか、私の顔を一度見た兄は、暫く沈思黙考したかと思えば、おもむろに居合いの形で構えていた剣を魔法でどこぞへとしまい、素手で新たに構えを取って答えた。

「ああ、任せろ」

 実に頼もしい返事である。そして――

「――いくぞ」

 兄にしては本当に珍しいことに、事前に声を掛けてから一歩を踏み出し――消えた。

『ギリャアアアアアアアアアアアアッッ!?』

 ――ズガーンッッ!!

 気付けば、人の居ない位置に舞う巨大な砂埃の中心、巨大な身体の上で両の羽根を手折った兄がカッコよく竜を踏みつけて絵になるようにこちらを見て立っていた。
 精緻な絵画のような光景に綺麗もの好きな私は思わず、――ミッション、コンプリート。
 ――あまりの現実味の無さに、とてもイイ声のナレーションが頭を流れた。
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