ツーサイドグローリア

たみえ

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前世と転機

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「――ハッ!」
「まだよ! アドニスッ」

 森の奥深く。スラム街の住人は勿論、普通の平民や騎士ですら近づかないいつもの場所で、深紅と空色が激しく交錯していた。

 ガキンッ、カッカッ、ガッ、カランカラン――

「――ぐぅ……」
「はぁはぁ、はぁ、はぁぁ……このくらい出来れば、とりあえず、大丈夫ね……」

 ――二人が国を出る決意をしてから早一年近くが過ぎようとしていた。

 その間二人がしていたことといえば、相も変わらず力の制御と戦闘訓練だけであった。それ以外は森の実りを頂き、特に噂の魔物に襲われることは一度も無かった。

 アドニスはディアナ指導のもと、怪力の制御と武器の扱いを主に学んでいた。がしかし、ディアナはもともと魔術を極めたと言ってもいいが、武器については嗜み程度でしかなかったため、教えるといっても付け焼刃だった。
 その嗜み程度のディアナの指導でも余程アドニスにはそちらの才があったのか、手に取っただけで驚くほど手練れのように数多くの武器を自在に扱いこなしていたが。
 ちなみに、ディアナが苦労して用意した武器をアドニスの怪力で何度も力加減をあやまってすぐ壊すため、今はもう魔術で創ったディアナ手製の使い捨てしか使っていない。

 ディアナ自身は前世の知識があっても行使するための魔力が致命的に足りていなかったため、まずは己の身体に効率よく魔力を吸収して容量を増やすことから始めることになっていた。だがそれも前世の鍛錬の記憶があった賜物か、それとも幼い身体のほうが馴染みが速いのか、驚くほど急速に前世の全盛期まで達しようとしていたのだが。
 そうしてお互いに切磋琢磨し合い、驚異的な速さでその天賦の才をこの一年で更に磨き上げていた。

「……ずるい」
「はぁ、はぁ、へ? なに、が……?」
「なんでもない」
「そう?」

 地面に手足を投げ出して荒く息を吐くアドニスを見て、ディアナは少し複雑な心境になっていた。己が前世で得た知識は割とずるいと思っていたが、アドニスは更にずるかった。ずっと寝たきりだったとは思えないほど、たった一年でアドニスは成長著しかったのだ。
 魔術は苦手なようだが、それもこの一年で最低限王宮魔術師レベルまで出来るようになったのだ。その上、その才が霞み、軽く凌ぐほど武器類に関する肉体的な戦闘において正真正銘の天然ものの天才であった。

 ……魔術の天才と言われたディアナが霞む勢いの真の天才とはこういうことかと……病弱というハンデが無ければとても対抗できる気がしない。ディアナは己の弟の病弱の原因がこの天才っぷりに起因すると推測し、勝手に納得していた。
 既にそこらへんのごろつきなど文字通り一捻りである。……いや、あまり気持ちの良い想像ではないな、とディアナはその思考を振り払った。

「そろそろ今後の資金を稼ごうと思うの」
「……どうやって?」
「もちろん、ここにはここのやり方があるでしょ?」
「――まさかっ!」

 ガバッ! と勢いよく上体を起こしたアドニスが、唯一お揃いである紫紺の瞳を見開いてディアナを凝視した。

「本気なの!?」
「本気も本気よ。大丈夫。何があってもどうせ怪我するのは相手だし」
「そういう問題じゃないよ!」

 ディアナの宣言にアドニスは頭を抱えた。

「ときどき、ディアナの勇敢さにめまいがするよ……」
「ちょっと。ちゃんと水分補給しないとダメじゃない」
「そういうことじゃないよ……」

 ディアナの魔術で創り出した味のしない水を貰いながら、やっぱりアドニスは頭を抱えたのだった――。



 ――某日某所某酒場にて。

「ぎゃはははは、そんでよぉそいつがさぁ」
「なんだと! もっぺん言ってみやがれこの野郎!」
「おい、例の取引はどうなった」
「チクショー! これはイカサマだ!」

 カランカラーン

 入店の際に鳴らされる、吊り下がった小さな鐘が喧騒のなか控えめに鳴った。その音を聞いた店内の客が同業者かどうか、チラリと新たな来店者――ボロボロのフードを纏った二人――を確認するにとどめる。――だけにとどまらず、あまりに店に不釣り合いな客を見て目が釘付けになった。
 ボロボロのフードだけであれば後ろ暗い客が多いため珍しくもなんともないが、さすがに子どもサイズのそれらはその場の後ろ暗い連中でも想定外だった。先程の喧騒が嘘だったかのように酒場全体がさざ波が立ったようにシーンと静まり返った。

「――おい。ここはガキんちょが来る場所じゃねーぞ」

 静まった酒場の中でも子どもに近かったからか、親切心か別の理由か、古傷だらけのイカつい面の男が二つの小さなボロ布へ睨むように告げた。それを聞いた二つの小さなボロ布ことディアナとアドニスは、その言葉に一度立ち止まる。こころなしか前者は満面の、後者は引きつるような笑みを浮かべていた。

「――お金が欲しいのだけど」
「――ぶっ、ぎゃははははは!」

 あまりに単刀直入に用件を告げたディアナの発言に、一拍おいて静まり返っていた酒場が、一気に引っくり返る勢いで爆笑の渦に呑まれた。その反応は想定内だったものの、やはり気分は良くないのかディアナはフードの下でむっとした表情になった。アドニスはその後ろで「そうだよねー」とから笑いしていた。

「一番高い賭け事は何かしら?」
「おいお前ら聞いたか! かしら? だとよ! ぎゃはははっ」
「ぶははッ! 傑作だな! てめーらガキんちょにゃぁまだはえーよっ、お家に帰んな!」

 全く取り合ってもらえないことに早々にイラつき始めたディアナは、そろそろ限界だった。いっそのこと酒場ごと灰塵に帰すことも辞さなかったが、出来れば事を荒立てて裏稼業の連中に目立ちたくはなかった。アドニスも目立つのは本意ではないので、どうどう、とディアナを宥めた。
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