ツーサイドグローリア

たみえ

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前世と転機

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「――アドニス? いる?」
「……でぃ、あな?」

 オンボロ廃家の床に敷かれた藁の上。ガリガリに痩せたその身を横たえてごほごほと咳き込んだ少年ことアドニスが、機嫌が頗る良さそうな双子の姉であるディアナを不思議そうな目で見た。

「きげん、いい、ね」
「こら。辛いなら話さなくていいから。そのままじっとしてて」

 ディアナはアドニスに近付くと、そのまま苦しくならない程度にアドニスを抱きしめた。――その存在を、その呼吸を、生命の温もりを確かめるように。……ゆっくり、ゆっくり。

「?」
「――いいの。気にしないで。いつもより顔色が悪そうだったから、少しでも温めたほうが良いと思って。かなり冷えているでしょう?」
「あ、りがと」
「――いいのよ。私たちはたった二人だけの家族だもの」

 ここはスラムの中でも最も危険と言われる凶悪な魔物が潜む森の近くにある廃家であった為、驚くほど周囲に人気は無い。人攫いなどの人的危険が少ないその代わりに、この近くには凶悪な魔物が数多く潜んでおり、半分正気でないスラムの住人でさえ住み着こうとは考えない位置に存在していた。
 ディアナはその森から帰る途中で前世を思い出し、そのまま廃家まで戻って来ていた。

 前世ぶりの再会であるディアナは、アドニスを優しく抱きしめたまま、その頃はほぼ使ったことのなかった表情筋が思わず歪な笑みが浮かぶほどに喜色満面で内心舞い上がっていた。
 もちろん、それには最愛で唯一のアドニスと再会出来たという理由もあるが、それ以上に嬉しい事実が判明したからである。

「――ねぇアドニス」
「?」
「私、あなたを治せるみたい」
「!?」

 ディアナの腕の中でアドニスが驚愕にピクリと反応した。見上げたその顔も驚愕一色で、美しい紫紺を動揺に揺らして見開いていた。それもそのはず。なにせ――
 ――アドニスは既に亡くなってしまった母の、遺伝性の不治の病を生まれつき患っていたのだから。

「ほ、んと……?」
「ええ、勿論。私があなたに嘘を吐くはずないじゃない」
「なん、で」
「そうね。話せば長くなるのだけど……とりあえず、その話は治してからでもいい?」

 コクリ、とアドニスは瞳に希望を輝かせて頷いた。

 ――そう。ディアナはアドニスに会えたと同時に、その病すら治せることに気付いたのだ。

 前世では既に完治出来る時期を過ぎて手遅れとなってしまっていたアドニスの身体には、延命としてしか機能しない役立たずな知識であったが、戻ってきたこの時点の過去の幼いアドニスの身体は確認したところまだ病状の段階的に治療が間に合う状態であった。
 ディアナはそれに気付いて心から歓喜していたのだ。碌な一生ではなかった前世も、今なら諸手を上げて誠心誠意感謝出来るほどに満ち満ちていた。
 アドニスの患っていた不治の病、それは――

「――魔力官収縮供給過多。それがあなたの病気なの」
「ま、りょく……?」
「そう。魔力よ。私も多少持っているのだけど……あなたの場合はどうやら魔力官という魔力の通り道が狭くなってしまっているのに加えて、一度に通ろうとする量が多いのよ。だから体のあちこちに不具合が出てしまうの」
「ふぐ、あ……い?」

 前世では代々この病の原因は不明とされていて、一族の中でも稀に体の弱い者が産まれると必ず同じ症状、最期であったという。
 侯爵家に引き取られてすぐ、この病について解明するため長年かけて手を尽くしたディアナは、身体を透過して診断するという新たな魔術を生み出し原因を解明していた。

 ……ただ、解明出来た頃には既に手の付けようがないほどにアドニスの魔力官はボロボロになっており、下手に治そうとすればショック死してしまう可能性があったため、魔力を定期的に少量ずつ取り除いて延命するしか方法は残っていなかった。
 過去に戻った今でも、何の反応も無く寝たきりであったアドニスをはっきりと思い浮かべられる。二度とそんな状態にはしない。――他の何を犠牲にしても。

「……大丈夫よ。少し、眠くなるだけ。目が覚めたら元気になってるわ」

 心配そうにこちらを見つめたアドニスは、ディアナの腕の中で段々と力を抜いていった。――まるで己のすべてを、信頼を、命を託すように。
 ディアナは少しづつ、少しづつ、慎重に己の魔力を動かした。感覚は前世の記憶が、魂に焼き付けられたかのように覚えている。前世で必死に覚えた知識は混乱なく頭にしかと根付いていた。

「大丈夫、だいじょうぶ、だいじょうぶ、よ……」

 6歳の身体では負担の大きい治癒の大魔術を行使しながらも霞む視界を、震える身体を、沸騰する血液を、唇を血で真っ赤に濡らし、滴るほどに噛んで耐え凌ぐ。
 狭い廃家から溢れんばかりの光の奔流が零れ、その神秘の術を黄金のように輝かせていた。
 途中で放棄すれば失敗してしまう世紀の大魔術が紡がれて、最終仕上げにカチリ、と何かがハマるように術の行使が成功したのを確認したディアナはその途端、意識を手放した――。
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