背神のミルローズ

たみえ

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|急《まくあけ》

最強無敵ー神の娘ー

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 ――都市から離れた郊外。
 山々が連なる道無き獣道の半ば。生命の気配が薄弱なその奥地。

 ザァァァァァァ……――。

 雨は未だ、止む気配がない。
 先ごろのはこの雨に関してはだったらしい。
 容赦なく降りしきる雨は、浴び続ければ続けるほど効果が出てくる類のものだ。
 ――オレ様には全く無意味だが。

「ハッ……」

 鬱陶しい雨に打たれながらも気にせず平然と山中の道無き道を通って目的地へと向かっていると、先制した奇襲の失敗で一時遠ざかっていた数多の気配が、先程よりも数十倍以上となって戻ってきたのに気付いて足を止める。
 ……足を止めてじっくり探ったが、周囲に集った数多の気配の中にはクソ魔女どもの中でも上位だろう魔女どもの気配はひとつもなかった。
 ……どういうつもりだ?

「……クソ弱ェクソ魔女どもを勢揃いさせたところで、オレ様をどうにか出来るものかよ」

 数で押せるとでも思われたか? ――いや。それなら上位の魔女どもが居ないのは尚更おかしい。
 何の意図があるかと、周囲にそうと気付かれないよう目配せして考察していると――突如一斉に殺気立つ。
 あァ……そういうことかよ。

「――ただの自棄かよ、クソつまんねェ。もっとまともな策を考えろよ、アホらしいぜ」

 自棄ではないと知りつつ、適当な煽りを入れて更に格下どもを殺気立たせる。
 ――もう一押しか。

よ、これ――」

 言いつつが巻かれた腕で髪をこれ見よがしにどけ、耳たぶに揺れるをこれ見よがしに見せびらかした。
 シーン、と雨音さえ静寂に吞まれたように空気が凍り――ダメ押しに嘲笑で一言。

「――挨拶したらどうだ、ん?」

 ……バキッ!

「くたばれえええええええええええええええええッッッ!!!!!」
「待てっ!挑発――ッ」

 木々の物陰から、幹を圧し折るようにして憤怒の表情を浮かべた格下の魔女が飛びかかってきた。
 逆上した魔女を追うように、苦々しい表情を浮かべた魔女も連携しながら飛び掛かってくる。
 ……釣れたのはコイツらだけかよ。けっ、しけてんなァ。

「――まァ、後か先かで変わんねェが」

 ザシュッ!

「ば、け……も……――」

 ブシャアアアアアアアアアアアッッ!!

 雨を逆昇るように、鮮烈な赤が噴水のようにあちこち勢いよく飛び散った。
 魔女やつらを一辺に両断したからだ。

 ――即死。

 実にあっけない。にしては、あまりに弱すぎだ。
 捨て駒でも、もっとマシな活躍をするだろうぜ。

 それか――こちらが手加減してやるとでも勘違いしてたのか?
 ……ハッ、オレ様がわざわざ手加減してやるのはその価値があるからだぜ。
 魔女なら何でも良いとか甘い皮算用があったってんなら、思い上がりも甚だしい。

 ざわり、今起きたことに理解が追い付き動揺するクソ弱ェクソ魔女どもの気配を無表情で感じ取る。
 次第に大きくなった騒がしさは、頂点を超えて即座にみるみる萎んでいった。
 ――今さらビビったかよ。

「――――」

 ――上位の魔女でもないクソザコどもが。
 テメェら如きは、そもそも凶帖に刻む手間を掛けるには値しねェんだよクソが。

「ひっ」

 そんなこちらの意図を察したらしい、勘の良い幾人かの魔女が逃げようと
 ――が、オレ様が見逃すはずもなく。
 すぐさま回り込んでぶしゃり、と容赦なくミンチにする。

「――そんだけ勘が良かったのに、オレ様と対峙するまで分からなかったのかよ」

 何が、とは敢えて言わなくとも其の場にのこのこ集ったクソ魔女どもには伝わったことだろう。
 その証に、残っていた逃亡を諦めた。

「ふ……フハハハハハハハッッ」

 ……数百、数千、数万。

「楽しいなァ、オイ――」

 ――まだ辿り着かない幸運なクソ含め、不運なクソ魔女ザコどもの楽しい楽しい大虐殺の時間だ。

 ◇◆◇◆◇

 ザァァァァァァ……――。

「――――」

 赤々と染まったに、ぐちゃり、ねちゃり、雨溜まりにしてはかなり粘着質な音が響いてそちらへ視線を向けやる。
 ――やっとお出ましかよ。クソ遅ェ。

「――うっわぁ……」

 ねっとりと、たかが雨では到底流せないほどの赤がそこら中に塗りたくられたかのような様相に頬を引き攣らせ「うわぁ……」とだけひたすら繰り返すクソ魔女。
 ……、その反応はザコどもが浮かばれねェだろがよ。

「なんなんですかコレ。トマト祭り跡地ですか。盛況だったようで……うわぁ」

 べちゃり、と歩くたびに纏わりついてくる赤を嫌そうに魔女がごちる。
 ――流石はのクソ魔女。

 まるで他人事かのような態度で知らんぷり決め込むとはよくやるぜ。
 それに付き合う義理は無いので、無視して本題をツッコむ。

「――とうとうオレ様に一矢報いる方法でも思いついたかよ」

 ぴたり、オレ様の問いに対してねちょねちょと足裏にくっつく赤の粘着質な伸縮で遊んでいた動きを止めるクソ魔女。
 ……本気で、イイ趣味してやがるぜ。

「……むしろ、あると思ってます?」

 かなり深刻そうな雰囲気で質問を返されたので、思いっきし爽やかな笑顔で答えてやった。

「さあな。一度も無かったことをオレ様が知るかよ」
「うわぁ……うざぁ……」

 呆れたように魔女が――クレマチスが肩を小さく竦める。隙だらけだ。
 が……こいつはごく最近少し見掛けただけだったが、一番用心している魔女だ。

 たとえ圧倒的にオレ様が格上であっても、気を抜くことは絶対にしない。
 ……これは格や強さ云々の問題じゃねェからな。

 ――なにせ、他の魔女どもは節が見え隠れしていた。
 こいつと――牡丹……ぼうたん以外は。

 それはつまり、何かを諦めてねェってことでもある。
 ――みすみす更なるクソ面倒を増やされるのを黙って見過ごすつもりは毛頭ねェ。

「――オレ様の凶帖に、大人しくテメェの聖名を刻ませろ」
「え……」

 こちらの宣告に魔女がゴクリ……と息を呑み、一拍後に返答した。

「それ、真面目に言ってて恥ずかしくならないんですか」

 …………。

「ぷーくすくす。やーい、厨二病」

 …………。

「あ、そういえばまだ2ちゃい未満なんですっけ? 鈴蘭様から聞きましたよ~」

 …………。

「おーよちよち、ご機嫌ナナメでちゅかぁ~?」
「……テメェ」

 その場から一歩も動かず、みょうちきりんなポーズで性懲りもなく無駄にバカにしてくる魔女にビキリと額に青筋が浮かぶのが分かった。
 ――いいぜ、そのクソみてェな挑発。言い値で買ってやるよ!

「いないないばあっ! ほぉら、ご機嫌直してぬぇ~?」
「――ブチ殺す」
「きゃー、暴力はんたーい」

 ガッ! と強めに踏み込んで、一気にふざけた魔女に接近。
 さっさと首を刈り取ろうと鎌を虚空から引っ張り出し――。

「――反対にごあんなーい」
「はっ!?」

 ぐりんっ、と視界が反転し……気付けば一気に遠ざかっていた。

「いってらっしゃーい」

 実体がぐんぐんと引っ張られるように宙へと飛びあがっていく。

「――クソがッ!」

 まるで抵抗出来ねェ!

「銀河の果てまでー」

 無重力状態というやつなのか――いや。

「帰ってくんなー」

 それならはなんだ?

「げげげっ、猛烈に嫌な予感」

 大地にへばりついていた大量の赤は、そのままだ。
 ――雨だけが、巻き戻すようにしている。

「これにて御免でドロンに候!」
「――あァ、なるほど。そういうことかよ」
「げげぇっ!? 速くねぇっ?」

 一瞬だけ柄にもなく焦ったが、カラクリが解ればもう
 素っ頓狂な顔で焦ってなんとか逃げようと必死な魔女の背後に音もなく完璧に着地し、己の推察が正しかったことを確認した。
 ――過去一でクソ危ねェ。マジで焦ったぜ。油断も隙もあったもんじゃねェよ、コイツ……。

「くっ、チート反対!」
「オレ様に、同じ手が二度も効くかよクソ魔女が!」

 苦し紛れに何度も四方八方に力をでたらめに行使されるが、難なく攻略適応していく。
 心なしか、一歩一歩着実に近づく度に魔女の顔が真っ白になっていくようだった。

「――終わりだ」
「ぐむむぅ」

 唸る魔女が他の何かをする前にと、大鎌を最小限で振り上げ魔女の首に振り下ろす。
 キッ! とこちらを睨む瞳の奥からは、唯一オレ様にとって有効だったろう策を失敗してしまったという紛れもない悔しさが滲み出ていた。
 ――やっぱりコイツが一番危険だったな。とんでもねェこと企みやがってクソが。

 ……だが、ここまでだ。
 確かに決まればオレ様でもヤバかったかもしれねェが――策を仕掛けるタイミングを焦り過ぎて見誤ったな。

 …………?

 ふと、鋭敏な感覚に何かが引っ掛かった。これは……。

「――クッ」

 ――ソがッ! まじぃ、コイツに気を取られ過ぎて……ッ!

 こちらを口惜し気に睨む魔女の首に刃が当たるまでの刹那の思考、首に到達するその寸前のわずかな間隙に、が突如として一瞬だけ無警戒で無防備だったから猛烈に襲い掛かってきた。
 ――本命はこっちかよクソ魔女どもがアアアアアアアアアアアア!

「ぅぶっ!?」
「――なーんちゃって。てへぺろっ」

 負け惜しみの滲んだ声色が遠ざかっていく。――上へと。

 ――アイツ仕損じたのかよ、クソうぜェ!

 大地を穿つように進む大量のに吞み込まれ、地中深くへと道連れにされながらも次に見つけたら確実に即行で〆てやる。
 そんなしょうもないことを流されながらも真っ先に考えていた。

 ◇◆◇◆◇

 ――雨だ。

 うねる水流に身を任せ、流されるがままに大量の水がどこからやってきたのかについて考えて、すぐに悟った。
 ――鬱陶しいだけで何の意味もないと無視していた雨水だな、と。

 思い返せば単純な仕掛けで、宙に飛ばされた後にこちらが自力で戻ること含めて想定内だったのだろう。
 ……あの策が失敗した時の悔し気な感じは本当に本気だったんだろうよ。
 ただし出来ればあれで決めてしまいたかった、とでもいう類の悔しさだったがな……紛らわしいことしやがって、油断も隙もねェクソ魔女が。
 じゃなきゃオレ様がそう簡単に騙されて、しかも直前まで気付かなかったはずがねェ。

 ……正直、なんだかんだと舐めてかかってたぜ。

 ギリギリまで宙に滞留させていたをぶつけてきた。
 言ってみれば、やられたのはたったそれだけのことだ。
 ――だが。
 たったそれだけのことであったとしても、いくらこのオレ様でもさすがに実体を持つ身で完全に物質を丸ごと無視なんて真似はそう簡単に瞬時に出来はしない。

 ダメージなんざクソほども無いが、だからこそ意識外のそこをつかれたのだ。
 おかげでマヌケにも仕損じて取り逃した。……地味にクソうぜェ。

 ガラララララッ、ガシャアアア……。

「――っと」

 流されるがままに身を任せているうちに、とうとう終着らしいどこぞの巨大な地下空間に放り込まれた。
 ……放水路かよ。
 地下空間と認識した瞬間、すぐさま膨大な星に居着く生命どもの記憶からそれらしいヒットによって情報を抜き出し、この地下空間の正体に早々に素早く見当をつけた。
 何故なら――。

 カツ、カツ、カツ、――。

「――よォ。たしかユキノシタだったか、テメェは」
「あははー。あったりー」

 ――ここは魔女にとって、力を揮うにはあまりにも絶好の立地だったからだ。

「――じゃあ早速で悪いけど、終わらそっか」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!

「チッ」

 先程とは比べるべくもなく、どこからともなく押し寄せてきた大量の水によってほんの一瞬で地下空間全てが水で埋まりきる。
 ――埋まり切った瞬間、魔女が即座に凍らせようとするのを察知した。

 阻止するために急接近するが、やたらと全身怠い。
 単にただの水ではなく、魔女が力を籠めた水だから余計にだ。
 ……クソが。身体がクソほど重ェぜ。

 しかも水の流れを細かく操って、こちらの身体が重くなったり軽くなったりといったクソみたいな嫌がらせの小細工で感覚を狂わせようとしてくるので、いちいちズレの微調整をするのがクソ面倒であった。
 感覚のズレを瞬時に把握しつつ魔女を追いかけ、追いかけ、追いかける最中にズレの矯正に慣れてきてどんどん距離を縮めて確実に追い詰めていく。

 大量の水を操るだけならばともかく、大質量を凍らせるとなると一瞬では不可能。かなりの隙を晒しながらでないと実行は不可能だから、追い付いた時点で詰みだ。
 僅差へ迫るたびにひょいひょいと素早く遠くに逃げられ、それから再び凍らせる準備に入ろうとするのを繰り返す、いたちごっこみたいな状況であった。

 ――ただし向こうにしてみれば、確実に追い詰めてくるこちらを精神が削られながらも、なんとかしてなるべく長くやり過ごす消耗戦なのだろうが。
 ほら、破綻はもうすぐそこだぜ――。

 ――ザシュッ!

 やっぱだめだったかー、ごめ……――。

 苦笑を浮かべた魔女の最後の言葉は、そのまま水中の泡沫に淡く消えていった。

 ◇◆◇◆◇

「――わっはっは。やはりゆっきーはダメだったみたいだぞ!」

 …………。

「ここから後はもう、泥沼どころかどうしようも出来ないのだ! ――とうとう万策尽きたぜ、わっはっは!」

 ……アホくさ。

 巨大な水槽の中をひたすらブクブク彷徨い歩き、やっとなんとか外に出られたかと思えばこれだ。
 万策尽きたというのは、本当にそうなのだろう。――清々しいまでに晴れてる。

「――雨はテメェかよ」
「そうだぞ。ボクは見掛けによらず、魔女の中でも特に繊細なのだ!」
「……あァ、そうかよ」
「わっはっは」

 真面目に話すのが心底面倒になって適当に返答する。
 こちらのあからさまにぞんざいになった対応を気にした様子もなく、満面の笑みで何が面白いのか笑い続ける。
 別に何か面白い事があるわけでもないのに、ひたすら笑い続ける。笑い続ける。
 笑い続け……コイツは一体いつまで無意味に笑ってやがるんだ。こぇーよ。

「いつまで無意味に笑ってやがる。――オレ様がテメェらのクソみてェな稚拙な時間稼ぎに、いつまでも付き合ってやるとは思うなよ」
「わっはっ――やはり誤魔化されてはくれないのだ。仕方ないぜ……」

 観念したのか、無駄に陽気だった雰囲気を張り詰めたものへと瞬時に変えて魔女が身構えた。

「――いざ、勝負だぞ!」
「さっさと来やがれ、クソ魔女ザコが」

 ガッ、と鋭く踏み込んで魔女が飛び掛かってくる。

「やぁっ!」

 コイツは前に、ところかまわず接近戦を仕掛けてきたので対処は容易い。
 予測した通りの軌道に突っ込んできた頭をそのまま鷲掴んで地面に容赦なく叩き落とす。
 ――実に呆気ない。

「――這い蹲ってろ」
「ぐぁっ……」

 前の時よりも多少動きが素早く鋭利になっているが、その程度だった。
 たとえ前の時が本気ではなかったとしても、というものは本気でなくとも無意識に表出するものだ。
 ――だからコイツがオレ様との対峙で読み合い負けるのは必然だった。

 ピュィン!

「――やっぱし居たかよ、他のクソ魔女が!」

 頭部を正確に射貫くような攻撃を、直感頼りに軽く後ろに身を逸らして避けた。
 ――音が後追いだ。速ェな。

「何が尋常に、だ」

 超遠距離からの一方的な狙撃かよ、どいつもこいつもイイ趣味してやがるぜ全く!

「ガァッ!!」
「なんだっ!?」

 遠くに潜む魔女を探るよう意識を向けた一瞬、押さえつけていた魔女が咆えた。
 咆えるだけならまだしも、剛力で押さえつけていた手を跳ね除けようとしてきた。

 ピュィン!

「く――」

 押さえつけるほうに意識を向けた途端、今度は的のデカい胴体を狙撃された。
 直感に従って最小限の動きで避ける。
 そして再び狙撃手に意識を向けようとし、押さえつけた魔女が激しく暴れた。
 ――クソうぜェことしやがって!

 ピュィン!

「――しゃらくせぇッ!」
「が、がぁ……ッ」

 押さえつける為に掴んだままだった魔女の頭部を持ち上げ、狙撃の盾にする。
 盾にされ、狙撃がもろに直撃した魔女が痛みに呻いた。さあ、どうする。
 ――そっちがそう来んなら、オレ様もこうしてやるぜ。

 ピュィン!

「が……」
「気にせず諸共かよ!」

 一瞬の躊躇もなく、盾にされた魔女ごと貫通するつもりで狙撃しやがった。
 さすがに、せっかくの上位の魔女をしょうもねェ使い捨てにする気はない。

「クソうぜェ……」

 盾にした魔女の姿はボロボロになっていたが、致命傷だけは避けた。
 ――今の咄嗟の行動でこっちの思惑がバレたな。クソが。

 ピュィン!
 ピュィン!
 ピュィン!
 ピュィン!
 ピュィン!
 ピュィン!
 ピュィン!

「――テメェらマジのクソかよ、いっそ笑えてくるぜこんちきしょうがッ!」

 こちらが魔女の致命傷をわざわざ避けたとみるや、むしろ笑えるほどあっさりと更に遠慮がなくなって攻撃をぶちかまし始めたのだ。
 ――盾にした魔女を執拗に狙って。クソうぜェ。

 ピュィン!
 ピュィン!
 ピュィン!

 ……チッ。
 こっちが優しく手加減してりゃァ、付け上がっていい気になりやがってクソが!
 かなり遠くからちまちまちまちま、ちまちまちまちま延々と地味にクソうぜェ感じに狙いやがって……――必ず目の前まで引きずり出して、絶対ェそのクソ面を拝んでやるぜ!

 ピュィン!
 ピュィン!
 ピュィン!

 うざい連続狙撃の合間をかいくぐって、少しでも近付こうとすればするほど逃げるように、ほぼ同じ距離を遠くへ離れて一定距離を保とうとする狙撃手の気配を地道に探り、探り、探り、探り――
 ――なんだ、そういうことかよクソうぜェ小細工しやがって!

 カラクリが分かれば攻略の仕方も容易に分かるというものだ。
 それに気づいた瞬間ぽいっ、と掴んでいた魔女を適当に宙へ放り投げ――。

「――悪く思うなよ」

 ピュィン!
 ピュィン!
 ピュィン!

 すかさず放り投げた魔女を狙って飛んできた

「ガガガガガガガガガガッッッ!!!???」
「――文句はテメェをハチの巣にしたクソ魔女に言いやがれッ!」

 勢いよく狙撃手の方へと真っ直ぐ吹っ飛んでいく魔女の軌道上には数多の追撃が残っていた。
 ――さあ、のテメェはともかくはどうだろうなァ?

 キィィィィィィィィィイイイインンンンンンンンン!!!!!!!!

「ばっ! 罠だよ、あんたたちっ! 今すぐ逃げな!」

 ――もう遅ェよ、バァーカ!

 遠くで慌てて狙撃を止め、必死の形相で叫ぶ魔女をちらりと見やってする。
 ――あいつはだ。先にコイツらのを潰さなきゃ、なァ?

「――よォ、お疲れ。オレ様相手に、なかなかやってくれたじゃねェか」
「「あっ……」」

 狙撃が止んだ刹那に、隠れていたの気配に反応する隙を与えず急接近する。
 そしてそのまま驚愕にぽかん、と口を大きく開けてマヌケ面を晒しているへと取り出した大鎌を振り下ろした。

「――後は大人しくねんねしてろよ、!」

 双子が反応出来る程度に遅緩した、振り下ろしただった。
 ――案の定。

「ももぉ……っ!」
「う、め……っ!」

 キィィィィィイイイインンンンンンン!!!!!

「ガアアアアアアアアアアッッ!!??」

 ザシュッ!

「――オイオイ、大事な大事な前衛が潰れちまったぜ。さあ、次はどうする」

 狙撃手の魔女――ラナンキュラスのほうへと吹っ飛んでいたの魔女、ガザニアに糸を軽く引っ張って引き寄せ、スパッと一思いに処理したのだ。
 ――ガザニアは、ボロボロではあったがハチの巣にはなっていなかった。

「まァ……もう何をしようがしまいが、もはや詰みだろうがなァ?」

 涙目で見上げながら、ぶるぶると蒼褪めて血の気が無い顔でお互いに抱き着いて恐怖に震える双子に対し、わざと嗜虐に満ちた笑みで大袈裟な脅しをかけた。
 すると、遠くから呆れたように、けれどこちらの注意を引くように大きく張り上げた声が聞こえて来た。――ふ。やっぱりな。

「……スイセンとユキノシタの能力かい。やらしい組み合わせだよ、まったく!」

 もうこれ以上は無理だとついに観念したのか「はぁ……」と如何にもやってられない、と言わんばかりの投げやりで怠そうな態度でこちらへとてくてく歩み寄りながら愚痴られる。
 使ったのはほんの一瞬だけだったっつーのに、たったそれだけで目敏くオレ様が何をしたかの全貌が分かっちまったらしい。
 ……さすがは上位の魔女の中でも更に上位に在る魔女の面目躍如ってところか。

「こんだけ使いこなされちゃあ、あの子たちも浮かばれないねぇ……」

 苦悶に眉を顰め、苦笑しながら魔女が更に聞かせるともなくねちねち愚痴る。
 ――まァな。オレ様にかかれば、ざっとこんなもんだぜ。

 スイセンの糸を使っていつでも魔女を引き寄せられるようにし、ラナンキュラスの狙撃をむしろ迎えるように全て無理矢理受けることになった魔女の身体には、致命傷を避けるために薄っすらとバレない程度にユキノシタの衝撃を和らげ吸収する水の防膜を着弾した瞬間に細々と小器用に張り変えていた。
 ――つまり、たとえな双子の魔女がガザニアの防御に間に合わなかったり、そもそもオレ様の罠に引っ掛からずにガザニアの防御をしようとしなくても全く問題無かったのだ。

「……しゃーないね。ここらがあたいらの潮時だってことさね」

 そうまで偽装してガキどもを釣ろうとしたのは、その双子の能力がオレ様にとっては最も厄介で、最優先で対処すべきクソ面倒だと判断したからだった。
 なにせ――のは、ラナンキュラスの攻撃やシャナラの刃をほど頑丈頑強なだったからだ。

「「ラナさま……」」

 この双子自体は先ごろ大虐殺した格下の魔女ども以下の強さだが、その能力だけは特出して上位の魔女すら凌駕する異質なものだった。
 ――ついでにで身動き出来なくなった厄介な保護者も同時に確保だぜ。

「見習い魔女でも魔女なんだ。そんな情けない顔を晒すんじゃないよ、あんたたち」

 とうとうオレ様の目の前までトコトコ普通に歩いて辿り着いた魔女がちら、と未熟な双子の魔女をまるで母親が子どもの可愛らしい失敗を許すかのような慈愛の眼差しで見つめながら叱咤した。
 いつでも狩れて且つラナンキュラスが助けられない双子の間合いにオレ様が入った時点で、ラナンキュラスの戦意のようなものは砂糖菓子のようにみるみる萎んでとっくの昔に消えてしまっていた。
 よほどコイツらに思い入れがあるらしい。

「はぁーまったく。何してんだかねぇ、あたいは……」

 ……仲間はあんだけ容赦なくボロ雑巾にされても全く気にしなかったくせに、コイツらは見捨てられなかったって基準がイカレてるのは自分でも重々理解しているらしい。
 何とはなしにその複雑な胸中の魔女を眺め――ふと、もう粗方片付けたのだという終わりの余韻からか、なんともらしくない言葉がぽろっと出て来た。

「――オレ様に対して善戦した褒美だ。先か後か、好きな順番ほうを選べよ」
「はん、なんて気の利いた素晴らしいご褒美をくれるもんだ。――あたいが先だよ」

 一瞬も躊躇することなく、魔女が自分のほうが先だと宣言した。

「「ラナさま……や!!」」

 しかし、すぐさま双子がそれに嫌だと抗議する。

「なんだい、あんたたち。あたいを先にしておくれ」
「「やー!」」

 …………。

「最後まで残って仲間を看取るのはもう、こりごりうんざりなんだ。――ほら、だからあたいに先を譲ってはくれないかい?」
「「やー!」」

 ……やべー、しくったか? クソほどやりにくいぜ。

「絶対に、ラナさまよりわたしたちが、先」
「どのみち厄介なのは、わたしたちだもん」

 …………。

「はん……せっかく、みすみす機会を譲ってくれたんだ。わざわざ自己申告せずとも大人しく成り行き任せに黙ってりゃあ、あたいが狩られるまではバレなかっただろうに……せっかくのチャンスをふいにして、まったく……ふぅ。手の掛かる仕様の無い子たちだよ、本当に」

 やれやれ、とでも言いたげに苦笑しているが……オイオイ、こいつマジかよ。
 確かに、ついさっきまで雰囲気に吞まれてそのことを完全に忘れてたぜ、マジでクソ危ねェ!
 本当にどいつもこいつも最後まで油断も隙もあったもんじゃねェぜ……。

「「やって!」」

 ちらり、とこの期に及んでまで小狡いことをちゃっかり企んだ魔女をみて確認をとれば、小さく肩をすくめて双子に対して無防備に背を向けた。
 ……もう誰も看取りたくねェってのは本気だったらしい。

「――あァ」

 ザシュッ!

 遠慮なく取り出した大鎌で、無抵抗な双子を揃って狩り取った。
 カラン、カラン――と双子が4もの装飾品へと変化した。

「――――」

 双子それぞれで分けても、それぞれで二つずつ。これは凄まじい……。
 なにせ――他の上位の魔女でさえ、たっただ。
 他はたった一つにしかってのに、本気で大した能力だぜ。

「……分かってはいたが、本当にでたらめだねぇ――神の娘ってやつは」

 双子の変化した装飾品を拾って確かめていると、魔女が黄昏れた背を見せながら愚痴ってきた。
 詳細な確認は後回しにし、装飾品を仕舞いながらその愚痴に答えてやる。

「――オレ様は最強無敵のミルローズ様だからな」

 その傲慢な返しに対し、力なく鼻で笑いながら魔女が無防備に振り返った。
 ……目元が赤い。

「はん、嫌味じゃなく本気で事実を言ってるだけなのが始末に負えないさね」

 そのまま無防備に近づき、腰に手を当てながらドン! と胸を叩いて仰け反った。

「――やるならとっとと一思いにやっちまいな! しけた最期は御免だよ!」
「……あァ、お望み通りに――」

 ……ザシュッ。

 ラナンキュラスの最期うつしみ――それはそれは美しい、慈愛に満ちた羽衣ヴェールとなった。

 ◇◆◇◆◇

 ――仕上げだ。

「後はテメェだけだぜ、クソ魔女が……」

 不意をつかれて一度は取り逃したが、次こそは確実に獲る。
 既に対面した時点で魔女の気配は完全に覚えていた。
 もはや隠れたり、消そうとしても無駄な足掻きだ。

「――オレ様に散々ふざけたことしやがってクソが、覚悟は出来てんだろうなァオイ」

 言いながら、今までで視る。
 障害物なんざは全くもって無意味で関係ない。直線直通でのお透視だ。

 ――見つけたぜ。

 こちらが姿を見つけた瞬間きょとん、と不思議そうな顔で周囲をきょろきょろしたクソ魔女が、一拍後に何か恐ろしい事実に気付いてしまったかのように頬をぴくぴく盛大に引き攣らせながらダラダラと汗をかき始めた。
 ……げげぇっ!? とでも言ってそうな様子だ。つーか言ってんな、アレは。

 ――どうやら、自分がかなりふざけたことを仕出かしたという自覚は充分にあったらしい。

 ……と、どうあのクソ魔女を料理してやろうかとニヤニヤ眺めて思案に耽っていると、クソ魔女を捉えた視界の端に突如として看過出来ない光景が偶然映った。
 それはぼさぼさに髪を振り乱して狂乱したかのように暴れ回る女が、神木に対し――あ゛ァ゛ア゛?
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