背神のミルローズ

たみえ

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|急《まくあけ》

神の贖い

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 ――生命は感情の奴隷だ。

 限り有る時を、限り無き感情に従属する。

 ――神は生命の奴隷だ。

 生命の感情のみから生まれ出でるからだ。

 ――感情は神の奴隷だ。

 天秤等しく保つ神は感情に左右されない。

 この三竦みの均衡は崩れない。崩してはならない。
 一つ欠ければ、それすなわちのみ。

 “――天秤が、激しく揺らいでいる”
 “生命、その中でも人類と称される智恵ある愚かなる生命どもよ”
 “善意、悪意、均衡ままならぬ。星の死。星河の死。無に帰す”

 “数多、星の眷属捧げし果てに神に至りて我らが子よ”
 “己が存在を供物にか”

 神々の囁く意思が聞こえてくる。
 生まれたばかりの神。死にゆく星の神。死神だ、と。
 干渉されることはない。
 神は、己の管轄外では余程の事柄でなければ注視しないのだから。

『――その余程のこと、しちゃうんだなあ……わたし』

 ぼそり、と呟いてはみたものの、
 恐怖も、歓喜も、悲哀も、憤怒も、何一つとして、吐出しない。神とはなんて不憫な存在なのだ、と人の時分であった頃はよく嘆いていたものだった。それを懐かしむ感情さえも芽吹かない。ただの事実確認。

 ――この星は、既に限界の極致だった。

 生命の繁栄、なんて素晴らしいことだろうか。
 神の力、命の源そのものといえる存在価値が上がるのだから。
 神の存在価値が上がれば、星は比例してより活性化する。
 そうして生命にとって、より心地良い住処へと星は変化していく。

 ――のだが、生命は星の許容範囲を大幅に超過していた。何故か。
 増えすぎた生命が、星のエネルギーを食い潰していたからである。

 星は生命を養うが、それは神を生むためだった。
 では何故、星は神を生み出そうとするのか。
 基本は世界の循環の為だが――星を食い潰す、害ある生命を為でもある。

 故に、神は星に生命と同じ姿形をしている。この星の場合は人間だった。
 何代も何代も何代もかけて、何度も何度も何度も神を生み出し、その度に生命どもを間引いてきた。

 生命の感情は星を経由し、神へと渡り、再び生命に恩恵を与える。
 その天秤が揺らぐ時、それが間引きの合図だった。
 星を経由する感情エネルギーは、もはや容易に制御しきれないほどに莫大なものとなっている。

 ……かつて誘引した生命。何の因果か、星に適合してしまった儚い生命。
 すぐに滅びるはずだった生命、当初はか弱く微々たる存在であったはずなのに。
 短い生を繰り返す生命、予想外に繁栄し、今では星を圧迫し続けていた。

 ある特定生命の死、そのあまりに高速な循環効率。おいしい。
 そんな理由で、星はその生命を原生生命として星に適合させた。
 ただのアホだ。――星の存在意義を考慮しなければ、だが。
 神をより多く生み出す、そんな星の存在意義を満たすエサに喰いつかないはずがない。

 そのせいで、星はかつてないほどの窮地に陥ることとなったのだ。
 ……自業自得だ。星にその認識は皆無だろうが。
 その窮地を端的に表現するならば、自転車操業の火の車である。
 全てを賄うには、あまりに生命が増えすぎた。

 ――なのに、何故かなかなか

 否、神は大量に生まれた。しかし、星にとって神様は神ではない。
 ――だ。
 それも、星のエネルギーを爆食いするだけして全く還元しない害物。

 神の役割とは、星から経由したエネルギーを生命に分け与えること。
 それすなわち――魂を宿す御業、生命を生命足らんと満たすための重要な御業。

 ……殆どの神は、その御業が出来なかった。
 故に神ではない。神、足りえなかったのだ。

 それでも……神でなくとも神様と称せるほどに、その生命である身にはあまりに似つかわしく無い、あまりにも過ぎた超常の力を彼ら彼女らが個々に持ち得ていたのは偶然か必然か。
 やがて、そうするのが当然であるように星のエネルギーを食らいに食らって争い合い、早々に力に吞まれ、扱いきれずに尽くが自滅していってしまったのは、星にとって何よりも僥倖な出来事であった。

 そして神々の生命らが激しく争い合ったことで、星に寄生する生命が大幅に減少してくれたのも良かった。
 大量のエネルギーを消費した星は、しかしそれでもなんとか神を生み出せる生命を求めて活発に誘引出来るほど、この時点ではまだ、原生生命を養い続けられていた。

 ――これが短い神代文明の末路。
 しかしそれは緩やかに、けれども確実に星を窮地に追い詰める始まりでもあったのだ。

 外から生命をひとつ誘引する、その間に原生生命が何倍もと数を増やしていく。
 その度に、稀に生まれる神によって間引きはするものの、それを上回る速度で数が増えていく。
 神の代わりに、苦し紛れので眷属を生み出した。

 ――眷属は星の欠片そのもの。
 その身を一方的に削るだけではいずれ破綻するが、仕方なかった。

 待つだけでは、神はなかなか生まれない。――ならば、後天的に神を生む。
 そのために、星の眷属を数多捧げる。やがてふいに、が生まれた。
 神と生命との間の存在、効率的に
 ややあって、が生まれるようになった。

 本来の、空白の虚無地帯で新天地を開拓し、生命の存在圏を拡張する神の役割を放棄した魔の神。
 星が神を生み出し続ける、その理由や本能、真理の循環を真向から否定する存在。
 その力は、生命のへ苛烈に特化していた。
 果ては神滅しさえも――。

 増えすぎた生命を手当たり次第に破壊し尽くし、やがて星をものみならず滅ぼす危険な神であった。
 例えれば星は、宇宙に存在する酷く小さな細胞群のひとつに過ぎなかった。代わりはいくらでも在る。
 ……とはいえ、いくら星が小さな細胞であっても滅びれば少なくない影響を及ぼすのには違いなかった。

 ――途方もなく広がり続ける宇宙。
 その宇宙を延々と広げる役割を持つ神。
 そしてその神を多く生み出すためだけの星。
 さらにその星へエネルギーを供給し続ける生命。
 またその生命が存在出来うる安息地そのものの宇宙――。

 こうした循環の元、世界は成り立っている。
 そうした宇宙せかいの体積の塵にも満たない、そんな小さな細胞未満の星でも。
 滅びて綻びが出来るのは見逃せない。――その為、神々は注視するのだ。

『……神が調和を果たすには、生まれるペースがあまりに遅すぎる』

 背後からじわじわと迫り来る破綻から逃れるため、息切れしながらも休憩など許されずに、ゴールが遠ざかっていくマラソンを次の走者になんとか繋ぐまで延々全力ダッシュし続けているようなものだ。
 ……そんなの、苦しいに決まっている。

 眷属や魔女という、いわば補給ともいえる存在を苦し紛れに出したところでダッシュは止められなかったのだ。
 ……だからこその、魔神だったのだろう。
 おかげで星に巣食う生命の文明は完膚なきまでに破壊されるが、それも星に暫しの猶予が出来るだけであった。
 猶予、なのは魔神が破壊の過程で星をも傷つけたせいだ。
 ……しかし、生命に食い潰されるよりかはマシな被害でもあった。

 最終的に、破壊の限りを尽くして己の力に暴走した魔神は魔女らによって丁重に封隠された。
 魔神を恐れた魔女らは魔神を生むのを厭い、やがては自ら生命の間引きを担うようになった。

 がしかし、そもそも魔女の存在は星が処理しきれず暴発しそうな感情エネルギーを変換――浄化するために生まれた星の眷属から派生した存在であり、直接の間引きは
 というより全力でギリギリ浄化出来ているかどうかという魔女らに、更に追加で間引きも担わせるような下手したら浄化が疎かになって即自滅しかねない博打に等しい行為、星にそのような余裕はまるで無かった、というのが正しい。

 だからこそ間引きの許しを与え、適切に取り仕切るのはあくまでも変わらず神の役割であった。
 けれど、神はなかなか生まれない。待ってはいられない。待っていれば破綻する。

 ――故に魔女は狡猾となり、用意周到となり、慎重になって星の浄化に支障をきたさない程度に間引きを細々と遠回しに行ってきた。

 生命の間に争いを生じさせ、その数を定期的に減らす。そして神の誕生を今か今かと待つ。その繰り返し。
 しかしそれでも生命の繁殖力は凄まじく、多く減らせば減らすほど、反動でより多く増えていく。
 そしてついに神が生まれ――既に取り返しのつかないほど、破綻寸前に達していた。
 ……神一柱ではもう、どうしようも救いようがないほど取り返しのつかない破綻に、この星は達していたのだ。

 生命――人からすれば、寝耳に水もいいとこだろう。
 しかし、これはもう覆しようのない現実。

『…………』

 私は、神になった。……なって、しまった。
 その意味するところは、たったひとつだけ――。

『――数多、遍く星々と神々よ。我が存在尽くの全てを掛け――遍くこの星の生命へと救いを齎さん』

 ……生命の感情エネルギーは大きく二つの性質に分けられる。
 善と悪。正と負。そして――真と偽。
 意味は違えど、その性質は大雑把に同じものである。

 生命は……人は増えすぎた。その偏りを無視できないほどに。
 天変地異、異常気象、人災さえも、これら全ては須らく星の悲鳴の顕現。
 ……この窮状を脱する方法は、ある。

 ――のだ。
 生命でも、神でも、星でも……いずれの、を。

 それは一度、無に帰すということ。――
 ひとつが欠ければ、連鎖的に消え失せる。真っ新な無に帰すのだ。
 ――そして。……最初に欠けた、ひとつ以外は。

 実は既に、前例がある。遥かな星々の記憶が教えてくれた、過去の記録より。
 その神は、もはや存在しない神だった。存在ごと抹消された。抹消した。
 神々が観測していなければ、その存在の証明は永遠に消え失せていただろう。

 ――その神は、死神と神々に呼ばれた。
 死ぬことの無い、神の死。その証明であったから。ただそれだけの理由の称。
 存在ごと消え失せる。消える。ただの死神。怖くは無い。何も感じない。
 ――必要なことだから。

 星はダメだ。
 生まれたての神に新たな星を創るだけの余力は……無い。

 生命もダメ。
 元凶諸共消し去る……可能だが、星への負担があまりにも大きい。
 最悪、木っ端微塵のまま再生不可。却下。

 神はどうか。
 己を削りつつの調和を実行。ひたすら苦しむ。
 人の記憶によるまやかしの錯覚。考慮不要。

 ――消滅寸前、星と生命共に正常な循環に戻る。そのまま力尽きて消滅。


 ……うん。――私を滅す。これがやっぱり、一番だよね。
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