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|急《まくあけ》
調子に乗んなよ
しおりを挟む「――調子に乗んなよ、こんクソ女ァ゛ア゛!」
「ひっ」
ギャリィィィィィィィィイイイイイイ――。
「チッ」
――光を散らし、揮おうとした刃が直前で阻止された。
「……神域結界か」
「だっ、だれなのよお前っ!?」
突然の喝に、ビビって腰砕けになり座り込んでいた女が遅れてこちらに気付き、発狂したような声色で誰何する。
――衝動でついやってしまった、という苛立ちでそれに答える気にもならない。
「あ゛ァ゛?」
「ぅひっ……」
ひと睨みしてやれば、女は情けなく身を守るように縮こまって漏らした。
……なんだコイツ。ちぐはぐしやがって気持ち悪ぃぜ。
「――あ~ぁ。ミルっちてば、大人気なぁ~い。ひどぉ~い」
にゅるり、追いかけるように空間から姿を現したディプラデニアが、きゃっきゃとお漏らしな惨状の現場を検分してから苛つく顔でヤジを飛ばしてきた。
焦って呼び出すんじゃなかったぜ、クソうぜェ……。
「ええ、本当に酷いです。大の大人が幼気な子を恫喝した陰惨な現場ですよ、これ。可哀想に……」
ディプラデニアに便乗するようにクレマチスがノリノリで余計な言葉を上乗せする。
…………。
「……本気の大人気なさってやつを見せてやろうか? あァ゛?」
「「ごめんなさい」」
結界を挟んだ両者共がこちらへ綺麗な土下座で謝罪した。
……ビビってんなら最初から口にすんなよ、クソうぜェ。
「――面白い場面に間に合いましたね」
「鈴蘭……」
「おおむね予定通り、というところでしょうか」
背後から牡丹とカサンドラを伴い遅れてやってきた鈴蘭が、結界の内側にいるクレマチスへ顔を向けて何かを確認しながら告げてくる。
ビビッて漏らした後、いつの間にか白目を剥いて気絶していた女のほうへは、まるで最初から何も存在していないかのように徹底して意識を向けることはしなかった。
……やっぱしアレが鈴蘭の言ってたクソ女かよ。中身はガキじゃねェかよ。
「お姉ちゃんは優しいですから。――守ってもらえて良かったですね、クレマチス」
「視線の圧力だけで、今も全身ザワザワちょちょぎれそうですけど……?」
「その程度で済んでて幸いですね。でなければとっくに腐ったひき肉へ転生ですよ」
「グロっ! こわっ!」
両腕をさすりながら慄いた表情で器用な後退りを披露したクレマチスを鼻で笑う。
神域結界に守られててわざとらしい怯えのポーズだ。煽りにしてもくだらない。
などと思いつつ、この現状の元凶にチクりと文句を零してやる。
「――オイ、鈴蘭。テメェやりやがったな」
「なんのことでしょうか」
「この期に及んでとぼけんのかよ、クソうぜェ」
ジト……と睨んだままでいると少し間を開けて、にこにこと丸っきり無害そうな笑みを浮かべたまま全く悪気の無さそうな声色で平然と言葉を続けられた。
「――初めて一矢報いられた御気分はいかがでしたか」
「やっぱしテメェの入れ知恵かよ!」
そんなこったろうと思ったぜ!
「力押しの脳筋プレイだけではやり込められることもままある。とても素晴らしく、身に染みるイイ教訓になったことでしょう」
「……テメェ。観客なら観客らしく大人しく見物してろよ、クソうぜェ」
「盤面を左右しない観客のアドバイスはただの応援に含まれますので」
「クソうぜェ!」
下手な屁理屈捏ねやがって! ただの嫌がらせだろうが!
「……私、わりかし嫌だったことは永久根に持つタイプなので」
「……オイ。まさかクソじじいの件か? ありゃチャラになったはずだろうが!」
ボソ、と暗黒の雰囲気を滲ませながら零された言葉にまさかと思って訊ね――。
「見解の相違ですね。一時考慮し、相殺させた結果のコレですよ」
「どんだけ根深かったんだよ……執念がクソこぇーよ……」
「私は最も物質に近しい存在ですからね。この程度の執着は平常運転です」
「……そうかよ」
ひくひくと口元を引き攣らせながらも、深く突っ込まずにそうとだけ返した。
今はそんなことよりも――こっちが先だ。
「――つーわけだ。とっととそこから出て来やがれ、クソ魔女」
「何がつーわけなのか全く分かりたくないので、断固遠慮させて頂きます」
素早く丁寧に腰を折りながら頭を下げられ、丁重に固辞された。
……ふざけやがって。
「いつまでも引きこもってられるとでも思ってんのか? 優しく言ってるうちに出てきやがれや」
「優しさに対する、重大な解釈違いが発生してますけど?!」
「んなことオレ様が知るかよ。つべこべ言わず、オレ様が優しく下手に出てるうちにとっととテメェを狩らせろってんだ」
「……それが優しく下手に出てる方の態度ですか」
「文句あっかよ、あァ!?」
じとっとしたあからさまに呆れた、とでも言わんばかりのクレマチスの苛つく顔つきと態度に、思いっきり内心で沸々苛々していた不機嫌が低い声として表出してしまう。
これに対し、またぞろ適当になんとか引き伸ばそうと言葉を重ねてくるかと思えば――。
「いいえ、ただ――」
……今までのふざけた態度を潜め、思いのほか真剣な眼差しで見極められる。
「――取り引きをしましょう」
◇◆◇◆◇
「――私たち魔女には、神と違って感情が残っています。そしてそのままで、生命としては異様な程の力を行使出来ます。……ですが、神ほどの力を扱えるわけではない」
所詮、魔女の役割は星の浄化。安定をどうにか長く保つための苦肉の策でしかない。
言葉を選びながらクレマチスが語る。
「そもそも、扱えるわけもないんですよ。何故なら……神のように執着が全く無いわけではないので。――いえ。むしろ有り余るほど異様に何かへ執着するのが魔女という生命なのでしょう」
意図意味は違えど、神という存在に執着するシャナラ、カサンドラ。
人だった頃の神の面影に執着する牡丹。
人間に執着していたスイセン。
ありのままの自然に執着していたバンクシア。
海と温度に執着していたユキノシタ。
大気の流れに執着していたガザニア。
お互いにお互いへ執着していた双子とラナンキュラス。
「……ひとり、ディプラデニアという例外は居ますが」
「ラディちゃんでぇす」
「ラディちゃんという例外以外は、規模は違えど魔女らは魔女であればこそ誰しもがこの星に在るものへ並々ならぬ執着心を持っています」
本来は、そのように創られています。創られました。
せっかく苦肉の策で創った存在が、未練無く星から出て行かれると星が大層困るので当たり前の処置なのでしょうが。
……淡々と、事実を羅列するようにクレマチスが他人事のように続けて語った。
「なので私も例に漏れず、何かにとてつもなく執着しているわけなのですが――」
「あァ、そうかよ……つまりオレ様がテメェとの取り引きとやらに応じれば、テメェはオレ様に大人しく納得して狩られる。そんな大事な大事なシロモノの話だっつーことかよ」
「お察しの通りです」
顔色ひとつ変えず、真顔で真剣に即答された。
……わざとバカにしながら確認したのに、どんだけだよ。
「もったいぶらずに言ってしまいますと、――星です」
「…………」
「星に在る何かではなく、星、そのものです」
「……オイ」
思わず顔を顰めたこちらに対して素早く分かっています、と頷き返される。
うんざりした心地でクレマチスから鈴蘭に視線を移し、このクソ面倒な事態を私怨の嫌がらせで引き起こしておいて一体どうするつもりなのかを無言の視線で問うた。
「――クレマチスが星に執着しているというのは本気で本当ですよ。狭い領域に固執しがちな魔女にしては珍しく、常にあちこち旅してた魔女ですから。星全体が自らの領域のような気分なのでしょう」
「……オイ」
こちらが続けて何かを言う前に、追加で補足される。
「星の各地に点在している神を生み出す亀裂を自らが魔女となった瞬間から飽きもせず延々と監視、保護していたのも何を隠そう彼女であり、数々の神を生み出し見送った実績をもっている、星の原初理念に最も近い魔女は彼女だけですから」
「オイ……」
そんなことはどうでもいい……いや良くはないが。
それよりも、お互いの求める結果が交わらないってのが大問題だった。
「――神は言わば星からあぶれたエネルギーの塊。星の正常な代謝によって定期的に生み出される存在です。本来であれば、神は生まれた瞬間に星に巣食う無駄を削ぎ落し、更には最終手段で共に連れ出してまでくれる、星にとっては絶対に欠かせない大事な大事な免疫機能です」
話の主導を戻すように、クレマチスが淡々とした口調で迂遠に続きを語る。
「なので、様々な理由で神に固執している魔女たちには大変心苦しくも悪いのですが……ただの免疫機能である神がその役割をしっかり果たしてくれるのであるならば、その後に『無』へと帰すぶんにはお好きにどうぞご勝手にという感じで別にどうでもいいんですよ、私は」
「――まったく心苦しくも悪くも思っていないのを隠す気がさらさら無いのであるならば、むしろしかと明瞭にそのようであると申すべきでござる故に」
今まで黙って成り行きを見守っていた牡丹が思わず、と苦言した。
「変な配慮でむしろ逆に気分を害してしまったようで、それは大変失礼致しました」
殺気立つ牡丹たちに向けて、まるで心の籠らない謝罪がなされる。
そして、――。
「――では誠心誠意、正直に申しましょう。私は、たとえ神の存在が消えようが消えまいが、己の役割を全うしてくれるのであれば、全くもってその後の去就とか心底どうでもいいと思っています」
「貴様……」
「ただそうなのだと、私がそう認識しているのだけなのだというただの事実として受け入れて下さい。……これは言い換えれば――あなた方が。星なんて、神に関わること以外はまるで神と比べればどうでもいい存在、と思っている事と何ら変わりありませんので。もし違うのであるならば、私が一方的に悪辣で残酷無慈悲な魔女だということになるのでしょうが」
「――――」
言い返せず、ぐ……と押し黙る牡丹たち。
「話を戻しましょう。つまり、私としては神が役割を全うしてからであれば、どのようにか好きに消失する分には全く問題ないのですよ」
「……だがオレ様が神を滅せば、最悪の場合は星諸共、神の消失した衝撃で消え失せる可能性がある」
「そう、そこなんですよね私にとって最も大事な部分は」
我が意を得たり、と言わんばかりに激しく頷きながらクレマチスが言葉を続けた。
「星の再生、再構築。良いではないですか。なんて素敵で素晴らしい案なのでしょう」
「…………」
「諸手を上げて、毎日のように歓迎歓待パレードをしてあげたいくらい素敵な案です」
一見してただただ神を絶賛するように告げるクレマチスだったが、その言葉の裏にはこれでもかというほどの黒い感情が込められていた。
それに気づかないものは、居ない。
「――害悪共々の再生、再構築なのでなければ」
案の定、言葉の最後で忌々しそうにそうやって吐き捨てた。
「せっかくの良案だというのに、そんなことをしてしまってはせっかくなんとかギリギリで生まれてきてくれた大事な大事な免疫機能を無為に失うだけな上に、星はその後、新たな神を生み出す間もなく抗いようもなく破綻破滅します。……ちゃんと害悪どもを処理してくれないのなら、ただの延命にすらなりません。自分勝手で無意味な処置なんですよ」
「ならクソ面倒を他人任せにしてねェで、最初からしっかり間引いとけっつーんだよ」
きょとん、とした不可解そうな顔をされ、微妙な雰囲気になる。
「――おかしなことを言いますね。まさかここまでやってきておいて、今さら知らないというのはあり得ないと思うのですが……」
クレマチスが恐る恐る聞いてくる。
「……私たち魔女を大量に狩っていたのは、星の存続に全く貢献しないくせに星を散々に食い潰されてるのを放置していたからですよね?」
「んなもん興味ねェよ。テメェらが勝手にうざったく襲い掛かってくるのがクソ面倒だったから、むしろそのクソ面倒を減らす為だけに、途中からわざわざオレ様自ら積極的に討ちに行ってただけだぜ。オレ様の寛大さにもっと感謝しやがれクソどもが」
「えぇ……」
とドン引きされた。……まあ正確には。
それぞれの理由はなんであれオレ様に襲い掛かるしかなかった、というのが正しいのだが。
「……なるほど。何故、害悪どもは総スルーされてるのかがイマイチ納得出来てませんでしたが、そういうことでしたか。確かに何も知らない害悪どもにあなたに襲い掛かる理由はありませんから、無視出来ますね。あー、それなら私ってかなり勿体ないことしちゃったんだなぁ……あちゃぁ……でも不可解でモヤモヤしてた部分は解決したので、これに関しては納得で大丈夫です」
「……そうかよ」
納得したという割には、暫くぶつぶつと「もっと巻き込むように動いていれば……」云々と悔しそうに未練たらしくぼそぼそと言葉を零し続けていた。
「はぁ――とにかく! 私たち魔女は、原生生命を直接的には害せないんですよ。例え存在が害悪のゴミであっても、その存在は極論在るだけで良い、いわば星の保有財産そのものですからね。星にとって同じ財産であったとしても、株価がいちいち上下するような魔女如きが安易に手出し出来る存在ではありません。所有者が散財するならばともかく、財産同士が食い合う衝撃的な光景なんて絶対に有り得無いことですから」
「……だろうな」
暇だったのか、ディプラデニアがどこからともなくお札を取り出し、クレマチスの例えの再現でもしたかったのか、ペラペラしたお札同士をぺちぺちと互い違いに触れていない端をぺらぺら接触させていた。
しかしディプラデニアがそれぞれの端をしっかり持ち、意図してそう動かしているだけで札自体が自力で動いてない以上、その再現度はゴミだ。
……クソしょうもねェこと考えちまったぜ、クソが。
「だがテメェらは、その辺を誤魔化して実際に間引いてきてやがったろうが」
「そんなの、限界や限度というものがあるに決まってますよ」
じとりとした視線を向けられた。
「だって魔女は採算度外視でどうしようもなく執着する存在なんですから。害悪どもの存在は、上手いこと魔女たちの執着の琴線に触れているんですよ――残念ながら」
――そういうことかよ。
「――だからテメェは仲間を生贄に差し出したのかよ。騙してまで」
「ここ以外で暴露出来る場面もありそうにないので暴露しますが――その通りですが何か」
何らやましい事はない、とでも言いたげな悪びれない態度であった。
「しかも、その中にはテメェすらも含まれている」
「ええ、勿論。そもそも魔女は星が神を生み出すまでのただの繋ぎであって、本来は星に存在してはならないものですから」
堂々と言い切る姿はいっそ小気味良い。
「――ですから私と、取り引きをしましょう」
己を賭さないのではなく、賭す前提での無意味な取り引き。
――そうとは思えない余裕のある妖艶な笑みで、再び魔女が提案した。
◇◆◇◆◇
「――かつて、私は二番目に魔女として生まれました」
「ちなみに一番目はラナンキュラスですよ」
鈴蘭のどうでもいい補足が入る。
「……ラナンキュラスは、星を常に最優先する私とは違って星に住み着く全ての原生生命を保護する役目を担っていました。財産の管理人のようなものです」
今まで顔色ひとつ変えず、仲間を生贄に捧げた事を悪びれなかったクレマチスだったが、ラナンキュラスに関しては思うところが多分にあるのか、少し苦しそうな声色であった。
「ですがご承知の通り、増えすぎる害悪は始終変わらずに星を食い潰す害悪でしかなかった。そうだとしてもまさか、保護下にあるはずの我が子も同然な生命を保護者自らの手で抹殺するなんてとんでもないことです」
だから――代わりに魔神を産みました。
「これは失敗でした。生み出すべき存在じゃなかった。たとえ到底有り得ない禁忌であったとしても、保護者自ら引導を渡すほうが随分とマシだった。……今だから、そう断言出来るんですけど」
とんでもない禁忌であり、自らの尊厳を踏みにじる有り得ない所業であった。
「……そうですよ。彼女はその禁忌を犯してしまい、ラディちゃんとは違う意味で執着を持てなくなりました。自らを許せなくて手放した、とも言えます。自らの尊厳と同等なはずの原生生命の保護という執着よりも、星の存続を優先したんですよ。――それが我が子の為になると思って。健気ですよね」
本来、魔女とは最終的にそう在るべきであった。その手本である、最初の魔女。
――だが、誰も追従などしなかった。
「笑っちゃいますよ、こんなになるまで誰も自身を省みない救いようのなさに」
だからせめて、生贄として神を経由して星に還元されてくれ。
……そう言いたいのだろうことがありありと伝わってくる。
「ラナンキュラスは弱かったでしょう?」
「……オレ様からしてみりゃァ、テメェらに大差なんざねェよ」
ふ、と息が思わず漏れてしまったようにクレマチスに嗤われた。
「あなたにとってみれば、それはそうなのでしょうけど。では、言い直しますよ――かなり弱かったでしょう、魔女のなかでも最高位の魔女にしては」
「…………」
「なんとかそれらしい見せかけの執着を作ってまで、自らの尊厳を壊してまで守ったはずの星の最期がどうなるのかを、例え偽りの執着に縋ってでもなんとしてでも見届けたかったんですよ。――ですが、あなたが現れた」
神を滅す存在。『無』に導く存在。
「……ラナンキュラスは、いつもただただ終わりたかった。終わりをずっと、待ち焦がれていました。きっと本心では、ズタボロな尊厳のまま、星の為に存在していたくはなかったのでしょう」
無かったことにする。無かったことになる。
――後悔が許されない過ちも、かつて執着していたものも全てが。
「――これは彼女にとって絶望であり救い。だから、中途半端にあなたの前に出てあっさり敗れました。……負ける理由をわざわざ用意してまで」
…………。
「私も同じだから、分かるんですよ……執着したものの最期は、やっぱり見届けたくはないものです。あまりに辛過ぎて、考えるだけで気が狂ってしまいそう。魔女は、元々狂っているような存在ですが」
…………。
「――でも。だからこそやれることをやり切れずに、自己都合の怠惰で脆弱な理由だけで投げやりな退場だけは決して出来ないんですよ……」
今のは、本人にとっては本題に入る前の不退転な意気込みというところだろう。
――空気を切り替えるように、クレマチスが息を吐いてさらりと告げた。
「……害悪どもを道連れにします。その為の猶予を私にくれませんか?」
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