背神のミルローズ

たみえ

文字の大きさ
上 下
21 / 33
|破《ほうかい》

最も容易で重い罪

しおりを挟む

 だらしなくも畳の上にゴロゴロ寝転がって棚に置いてあった適当な漫画を読み漁っていると、その間ずっと暇そうにぼーっと天井の木目を眺め続けていた鈴蘭が脈略もなく、唐突に口を開いてぺらぺらと喋り出した。
 ……構うのは面倒だが無視するともっと面倒なので、ちょうど山場を迎えて話が盛り上がっている場面の漫画を気にしつつも、見開きにしたままで一旦は腹の上に置いてからちゃんと顔を向けて聞いてやる態勢に入った。

「全ての生きとし生ける人々が、須らく罪人つみびとである――と、人々に真理として語り継がれ続ける由縁。その最も重い罪――原罪が、実際には具体的に何のことなのかを知っていますか」
「……神に、背いたことだろ」
「抽象的ですが、まあいいでしょう」

 ……クソうぜぇなオイ。

「正解は、――『』です」
「――――」
「人が犯し、未だ安易に犯し続ける最も容易で重い罪です」

 ――――。

「何故、人の中から魔女ばかりが生まれてくるのかを知っていますか」
「神が宿るからだろ」
「その通りです。男性でも、神秘の恩恵にあずかって超人的能力に目覚める可能性が全く無いわけではありませんが……を宿せるのは女性の特権なので、やはり比較してしまえば殆ど無いに等しい確率になります」

 ――正確には。宿し子が男だとか女だとかはどうでもよく、全く関係がない。

 重要なのは、生命の産み腹というを授かったのが女という実体を持った生命体であり、その役目によって稀に神にを産めるよう適応した女が、影響を受けて自然と魔女に至っている、という部分だ。
 大した差ではない。に神に近く生まれやすいのが男で、後天的に魔女へ至りやすいのが女というだけで。なりやすい、という程度のものだ。
 ……だが、そうしての魔女だけが人の子の実体が存在する次元の現世に増えていると、まるで一見して魔女だけが多く増えたようには錯覚してしまうのだろう。

「お兄ちゃんはどう思いますか」
「無理だろ」

 視ずとも分かる。あれは、――至って典型的で平凡な男であり、どうしようもなく只人にしかなれない――だ。
 ただでさえ先天的に神に近く生まれられなかったのなら、既にある程度の歳を重ねておいてさらに後天的に神に近く至れる可能性など――限りなく無いに等しい、と断言してもいい段階だろう。

「お姉ちゃんなら、どうでしょう」
「――――」
「分かりませんか」

 ふふふ、と天井の木目を眺めながら鈴蘭が思わず、と珍しく口角を上げて可笑しそうに

「――お姉ちゃんが、私の良かったのに」
「…………」
「そうすれば私も、こんなに生まれることもなかったのでしょうね」

 上がっていた口角をさらに歪ませて、皮肉気に言葉を締めくくる。
 暫くの沈黙ののちに再び、鈴蘭がぼそりと囁くように口を開いた。

「……神に嘘は通じませんよ」
「――知ってる」
「分かっているのなら、いいのです」

 首が疲れたのか、天井を見上げるのを止め、そのまま外庭へとで視線を顔ごと動かした。
 ……中途半端、な。

「――ぼうたんは、どっちだと思います?」

 ――――。

「……男だろ」
「へえー、あなたにはそんな風に視えてるんですね」
「オイ」
あなたの力を試したわけではありません。ただ、あなたにはが一体どう視えているのかがふと気になっただけですよ」

 クソうぜェことを……。

「なにせ、ぼうたん本人の魂は男で自己申告も男なのですが……その身体自体は丸っきり女の子ですからねえ……間を取って男の娘、というところなのでしょう」
「なんだ、そりゃ」
「魂の巡りの混乱により産まれてしまった、人の子のひずみです」

 ――――。

「それだけてしまいましたから。……、分割せざるを得なかった代償の一例ですよ」
「ハッ、だからってになんのかよ」
「ええ、そうです。完全に十割であれば、間違いなく魔女になっていたことでしょう。……ですが、実際には割符のようにカチリとハマる調和の為に。破綻寸前の自転車操業も良いところです」
「ハッ、既ににまで影響があんだけ色濃く出てんだ。もうとっくに破綻してんだろうがよ」
「……そうですね。おっしゃる通りです」

 鈴蘭がそれと分からないほど小さく頷き、肯定を示し――。

「魂の巡りの乱れ、それによって延々と『戦争』『疫病』『災害』という人知を超える天変地異の混沌に襲われ続け、安息も許されずに乱され続ける人の子たちが一体全体何をしたというのか。そうした災難に見舞われ、その度に神の救いに対して懐疑的に煩う人の子たちに、そうなるに至る何かしらの明確な罪、過ちがあったのだと気付けるように導くとするならば、きっとそれは――古来より人の子たちが『嘘』を吐き続けたことであり、そして今もなお変わらず『嘘』を吐き続けていることが原因である、という導きになるのでしょう……」
「――――」
「辻褄合わせ、帳尻合わせ、神に救いという名目で都合の良い整合性を常に都合よく吐露し、求め続けた代償。……人々が『己は罪人である』と当然のように認識するのは、己が犯した最も重い罪に対して無自覚に気付いているからです。それは分かりやすく、罪悪感と言い換えてもいいでしょう」

 罪悪感。それは神には決して無いものだ。……からな。
 感情のある人の子――生命だからこその、特有のものなのだろう。

「人の子の道理を神は理解出来ますが、決して共感はしません」
「…………」
「手を取り慰めることでその人の子が救われるのなら、包むように手を取りましょう。人の子の間で犯した許されざる罪が赦されることでその人の子が救われるというのなら、赦しを与えましょう。……それは慈愛でも何でもない、実に淡々とした――天秤を傾けないようにと常にバランスを整えるだけの、実に淡々としたただの作業に過ぎません」

 神は調和バランスを維持する。それは神の本質であり、存在意義であり、特質そのものだ。
 ……不要となれば、躊躇なくことさえ厭わないほどの。

「――神に嘘は通じません」

 ここまで言われてまさか……神が全てを見通すから、などという安易な意味ではないだろう。
 ――そもそも神には嘘が存在しない、それが全くもって神にとっては全くもって必要ないものだからだ。
 だからこそ全てを受け入れられる、ということを伝えたいのだろう。

「――あァ、知ってる」
「……ですが、懺悔なら通じます」

 ――――。

「懺悔であれば、きっと、――」
「……そうかよ」

 神が何を成す為に、ミルローズという存在を生んだか理解していながら……いちいちお節介なやつだぜ。

「――嘘は、神に対する最も重く、罪深い過ちです」
「…………」
「――それでも神は、変わらず赦しを与えることでしょう。ですから、――」

 ――神から生まれた、聖霊ヒトであるあなたの選択の全てを、私は尊重します。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...