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|破《ほうかい》
御神木
しおりを挟む『わー、生き返る~! あ、私ってば幽霊だった』
のほほんとした、いかにもアホそうな声を上げながら神がくるくる舞った。
……何度この意味の無いヘンテコ舞を見せられたことか。今回のは過去一動きがアホっぽいな。
『ねえねえ見てて見てて! せい、――びよよーん!』
「…………」
神が、神木から伸びる枝先を下にぐぐぐっと押して離し、しならせた。
アホか。
『えっへん!』
「…………」
神が如何にも偉そうに腰に両手を置きながら腰を反り、胸を張って顎を上げた。
アホか。
「――ほらほら、箒持って。ちゃちゃっと掃いてくよ」
そこへ、両手に箒を二つ持って朝っぱらからどことなく精魂尽き果てた様子の青年がやってきた。
委細省き、色々なことがあって成り行きで清掃とやらを手伝うことにいつの間にかなっていた。
「……なぜ」
「日課だから。例えまだ子どもでも、働かない居候にタダ飯はあげません」
手渡された箒を片手に全く動く気配を見せないこちらをチラと見て、青年が再び「ほらほら、早く動けばその分早く終わるよ」と背を向け隅からちまちま掃きながらも催促してきた。
……仕方ねェ。面倒だが、さっさと終わらすか。
ゴオオオォォッ。
「――ちょちょちょすとーっぷ、すとーっぷ!」
何故か、凄い勢いで振り返って歩み寄って来た青年に動きを制止するよう声を掛けられた。
無視してもいいが、一応は一旦動きを止める。
「なんだ? 言われた通りやってんだろーが」
「いやいや、周り見てね! 無駄に散らかしてるの間違いでしょ!」
信じられない、と言わんばかりの表情であちこち指差し指摘されたが……指差された箇所を見れば、落ち葉どもを無駄なく残らず隅に追いやっている。完璧だな。
「……そもそも何したの、今。急に背後からゴオオオ、って物凄い音立って、振り返ったら既にあちこち全部に落ち葉が吹き散ってたんだけど!」
「完璧だろ」
「……ウン。ソダネ」
かなり酸っぱそうな顔が気になるが、青年がカタコトで同意した。だろ?
「――君が普通の子じゃないって、うっかり忘れてたよ! そっか、そうだよね。あの魔女たちのお仲間、同類なんだよね……。ごめんね、君は悪くないよ。難しいこと頼んだ僕が悪かったんだから。うんうん」
「…………」
アホどもと一緒くたにされ、反射で眉根に皺が寄ったのが分かった。
手に持っていた箒に目線を向け、――。
「確かに今回悪いのはお兄ちゃんですが――何か勘違いして誤解していませんか」
「? うん」
ひょこ、と中庭の戸越しに少女が突然、顔を出して言った言葉に邪魔され、思考が中断した。
「違うって……この子は君たちの同類なんじゃないの?」
「お兄ちゃんの平凡な思考性質は大事に尊重すべきものですが、あまりに鈍感だと余計な事故に繋がってしまうので、ここは私が一肌脱いで、お人好しなお兄ちゃんでもしっかりと理解出来るように説明します。――その子は魔女ではなく、ただの超人です。すーぱぁーひゅーまん、なのです」
「あれもしかして今、流れるようにかなりの悪口を言われて馬鹿にされたのかな、僕」
少女がぷく、とわざとらしく頬を膨らませて分かりやすく不満を露わにした。
……神も時々、同じことしてたな。
「何を言っているんですか、お兄ちゃん。とんでもないことですよ。私にしては有り得ない程、かなりの絶賛称賛万歳三唱な誉め言葉と親切な忠告だったのに……。酷い偏見です!」
「そう、なんだ……? ごめん……?」
アホが。納得すんな。んなわけねーだろが。
巧妙に嘘は言ってねーだけだろうが。少し考えりゃ分かるだろ……。
「そもそもお兄ちゃんは、一体この子を何歳だと思って接しているんですか」
「いや何歳って……。どう低く見積もっても、二桁いくかどうかくらいなんじゃ……?」
「全然違います」
「全然違うんだ……なら本当は何歳なの? 小学校中学年くらい?」
……そういや、時間があったな。
重要なことでもないから、全く気にしてなかった。
「――まだギリギリ、数え一歳ですよ。なので勿論、難しいことなんて出来ません。なので、今回のこれは虐待になります」
「――うそ、これでまだ0歳なの!?」
「数え一歳です。そこを間違えないでください、お兄ちゃん」
「そこ、やけにこだわるんだね」
……不本意ながら。
この実体を得てからを明確に時間換算すれば、そういう事にはなるのだろう。不本意ながら。
「0と1では概念からして違いますので。気を付けて下さいね。繊細なお年頃なのです」
「繊細……なの?」
何を考えてるか丸わかりな怪訝そうなアホ面で、青年が少女とこちらを胡散臭そうに交互に見てきた。
凡人相手ではアホな魔女らよりも会話が面倒なので、問うような視線は全て丸っと無視してやった。
「そうですよ。人間に例えれば、運動機能の発達著しい成長期なのですから。それと多感で加減が難しいお年頃なのです。ですので、刺激するような物言いは教育上よろしくありません。勉強不足ですよ、お兄ちゃん」
「いやいやいや、勉強不足とかそういう問題じゃないよね!? 明らか0歳って容姿や能力じゃないよね!? どう頑張っても完全に見た目が日本人じゃないのに、何故か普通に意思疎通余裕レベルで日本語使いこなして喋ってるし! 口悪いし!」
「数え一歳です」
「そこは絶対に譲らないんだね!」
……口が悪いのは全部、神のせいだ。この実体と名を与えたのは神の御業だからな。
文句があんなら神に言え。こちらが文句を言われる筋合いはねェ。
「勉強不足ですね、お兄ちゃん。最近の子はマセてて大きいグローバル化です」
「意味が分からないよっ!? どこかで聞いたような言葉、適当に繋げただけでしょ!?」
「……バレてしまいましたか。惜しかったですね」
「何が!? 何も惜しくないよ!? 帰ってきて早々、お兄ちゃんを弄ばないでくれるかな!?」
「それは困ります……」
「いや困るの僕だよね!? そもそも――」
などとぎゃあぎゃあ言い合いを始めたアホどもを全く気にも留めず、今までずっとあらゆる角度で神木のあちこちを検分するように真剣な眼差しで見定めていた神が、突如としてひとつの大きな枝に目星を付け勢いよく飛び掛かるのがハッキリ視えた。
近くに寄れば寄るほどにハッキリ伝わってくる……やはり神の実体は、あの中にあるな。だが、……。
『むんっ……びっよよ~ん!』
「「あ」」
せっかく落ち葉どもを隅に追いやってやったのに、再び中庭全体が落ち葉だらけになった。
異変に二人も気付いて同時にマヌケな声を上げたが、起きた惨状は変わらない。
『ふぅ……えっへん!』
……やってられっかよ。
胸を張ってやたら偉そうにする神を無視して箒をその辺へ投げ捨て、青年が唖然としてる間に中庭を出た。
神と少女がすぐさま追ってきて、青年だけがその場に取り残された。
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