背神のミルローズ

たみえ

文字の大きさ
上 下
14 / 33
|破《ほうかい》

初夢

しおりを挟む

『――おいで』

 ……温かい、音。

『いい子、いい子』

 ……温かい、色。

 ――あぁ、これは夢なのか。視た。

 ぼんやりする意識の中でも、すぐさまこれが夢だと理解出来た。……なにせ、この夢にあるような感覚も感情も言葉もまるで無いも同然の、烏滸がましくも比べ物には全くならないくらい、実際にはもっと酷く淡々とした無味乾燥なだったのだから。
 ……それが感想なんてもん、あまりに滑稽な後付けの捏造も良いところだ。

『私と一緒に行こうよ』
「――――」

 これは神との邂逅の夢、――実際にあった、過去の記憶なのだろう。
 夢とは過去の記憶から紡がれ、虚実が入り混じる生命にだけ備わる特殊な固有空間であり、安息の導きだ。

『怖がらないで。私についてきて――』
「――――」

 ――希薄な自我で怖がれるものかよ。

 かなりアホな事を言っている神へ、そうしてつい言葉を発してやったはずなのに――夢だからなのか、それとも忠実に過去の記憶を再現されているだけだからなのか――まるで何も出来なかった。
 それにしても夢、か……かなり自我の薄かった時だったというのに、ここまで鮮烈鮮明な記憶が残っていた事に対する驚きと、本来の記憶には無いだろう改ざんが見受けられる箇所に対する呆れが――。

『――を……して』

 ――ッ!

 ハッ、ハッ、と短く息を詰めながら目を開けた。
 ……気分悪ぃ。

「あっ」
「――――」
「おはようございます」

 ……何故かこちらが目を覚ました瞬間にササッ、と何かを素早く後ろに隠し、何事も無かったかのように挨拶する少女が近くに立って居た。
 視線は勿論、少女の背後に素早く隠された何かへと向かった。

「……オイ、テメェ今なに隠しやがった」
「何のことでしょうか」

 一旦は無駄に誤魔化そうと試みたようだったが――ひと睨みしてやれば即座に誤魔化しは不可能だと悟ったのか、観念したように非常に残念無念そうな表情になった。
 ……朝っぱらから何をしようとしていたのかは知らないが、諦めたらしい。

「……こちらですよ」

 まるっきり悪気なんて無さそうに、後ろ手に隠していた何かをあっさり見せてくる。
 ……こんなもんで何がしたかったんだ。

「最近、巷のちびっこの間で大人気な”スーパーGくん博士号さん五号改“です」

 少女がこちらへグイグイ差し出すようにどこか得意げに見せてきたのは、実際の実物の虫よりもかなり実寸が大きく、かなり精巧な贋物だった。
 意味が分からない。本気で何がしたいんだ……。

「……何だ、それは」
「こうして直接見せても、やはり動じませんか……残念です。期待していた反応とは……あ、そろそろ――」

 ――きゃああああああああああっつ!?

「そうそう、こんな感じの反応だったのですが……想定より可愛い悲鳴でしたね」
「…………」

 ……アホかよ。クソくだらねぇ。

「お兄ちゃんが大変そうなので、ひとまずはこれで失礼します。あ、ちなみにお姉ちゃんは昨日からずっと中庭に居ますよ。後、朝ご飯は第三左外回廊から外庭廊下を通った先の幾つかある座敷のひとつに用意してありますので」
「…………」
「近くまで行けば匂いで分かるので大丈夫ですよ。では」

 捲し立てるようにそれだけ勢いよく言い置いて、そのまま少女はぴょんぴょん飛び跳ねるように満面の笑みを浮かべながらさっさと出て行ってしまった。
 思わずそのまま見送ってしまったが、それでもかなり早く気を取り直して一拍後には追い掛けるよう外へ出た……が、そのたった数秒のうちに少女の気配はとっくに視界内に映らない廊下を曲がった先の回廊に移動していた……。

「チッ……オンボロのくせに、無駄に複雑で広ぇよ」

 置かれた状況に思わず文句を零すが……かなり大きな屋敷のわりに、外へと続く出口がというのがせめてもの救いか。
 昨日通った時は確かに一本道だったはずが、なぜ一人になった途端に無数の分岐が出現するのか……クソが。

「左、つったよな……?」

 以前、己の有り得ない欠陥に打ちひしがれていたら、神より『困ったら同じ壁伝いで移動すればいいよ! きっといつかは辿り着けるよ! ……その前に私が見つけるか、臨時の捜索救助隊を派遣すると思うけど』などと余計な小声付きで宣っていた。
 欠陥を認めて従うのは癪だが、癪だからといって欠陥は治らない。実に面倒だが、アホでも神の言う事なのだから結局は地道に言われた通りのことをこなすしかない。面倒だが。

 ぎゃあああああああっつ!?

「…………」

 時々聞こえてくる憐れな青年の声をひとつの印にし、ひたすら左の壁を撫で進んでいく。

「ここが外庭、か……?」

 延々続く木の廊下の先から、土と花が植えられた庭らしき明るい場所が見えてきてなんとなく呟く。
 奥のほうにはそこそこな大きさの池溜まりがあり、その中心の孤立した島とはよべない程度の規模の盛り地には、見上げるほどの太々しい大木が……あれ、は――。

『ううん、違うけど?』
「…………」
『ででーん! ここは中庭だよ!』

 だろうな……。

『ねえねえ、凄いよ! びっくり! ――絶対に通らないといけないはずの、一本道な制限区域を全部無視して通らず――ここにそのまま直で辿り着かれたのは今までに無い、初めての快挙だよ! たぶん!』

 ――制限区域? 神域結界のことか。確かに通った覚えはねぇが……。

『ねえねえどうやったの? ほんとにびっくり!』
「知るかよ」

 ……言われた通りにやってたら気付いた時には何故かここへ辿り着いてただけだ、むしろこっちが何故ここへ辿り着けたのかを知りたい。
 神の結界なんてもんに触れれば、平凡以下な人の子であっても実体のあるはずなのだから。

『えー。そうなの? うーん……あ。分かったかも。きっと奇跡的な方向音痴だけが為せる業なんだわ、これ。まさに神すら驚く奇跡ってやつだ!』
「うっせぇ、断じて方向音痴じゃねェ! 方角は正確に分かってるだろ!」
『うんうん。そうだね。分かってるんだよね。うんうん。分かる分かる。ちょこーっと散歩が苦手なだけ、なんだよね。うんうん』
「だから違ぇって! 聞けよ、オイ!」
『うんうん。うんうん。うんうんうん』

 ……くっそ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

夢現新星譚【外伝Ⅰ】歪な世界と未練の檻

富南
ファンタジー
●注釈 ※この作品は『夢現新星譚』の第一部【Ⅰ】夢と現の星間郵便の第69話で夢羽が話す、前日譚となります。 この作品から読み始めても楽しめますし、次に本編を読み始めても問題ありません。 ●あらすじ  3つの世界を維持するために、今日もたくさんの食事をしている創造神のソラ。  そのソラの元に、血塗れの服を着た中年の男、クロードが来訪する。 「僕の名はクロード。盗賊団に襲われ……妻は今も……今も……」  ソラは世界には希望があると伝えるべく、夢の世界の街を案内するが、 「僕は……人の世を終わらせます。この腐敗した世界に、もはや救いなどありません」  と言い、クロードは街の方へと姿を消した。  神々の怠惰、人々の苦しみ、そして新たな脅威。  夢と現の星間郵便の前日譚のソラの物語。ここに開幕。 ※この作品は旧作である『夢と現の星間郵便シリーズ』の設定を引き継いだフルリメイク作品です。  この小説は、カクヨムとアルファポリスとpixivにも掲載しています。  この小説は、実在するものを使っておりますが、全てフィクションです。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...