背神のミルローズ

たみえ

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|破《ほうかい》

初夢

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『――おいで』

 ……温かい、音。

『いい子、いい子』

 ……温かい、色。

 ――あぁ、これは夢なのか。視た。

 ぼんやりする意識の中でも、すぐさまこれが夢だと理解出来た。……なにせ、この夢にあるような感覚も感情も言葉もまるで無いも同然の、烏滸がましくも比べ物には全くならないくらい、実際にはもっと酷く淡々とした無味乾燥なだったのだから。
 ……それが感想なんてもん、あまりに滑稽な後付けの捏造も良いところだ。

『私と一緒に行こうよ』
「――――」

 これは神との邂逅の夢、――実際にあった、過去の記憶なのだろう。
 夢とは過去の記憶から紡がれ、虚実が入り混じる生命にだけ備わる特殊な固有空間であり、安息の導きだ。

『怖がらないで。私についてきて――』
「――――」

 ――希薄な自我で怖がれるものかよ。

 かなりアホな事を言っている神へ、そうしてつい言葉を発してやったはずなのに――夢だからなのか、それとも忠実に過去の記憶を再現されているだけだからなのか――まるで何も出来なかった。
 それにしても夢、か……かなり自我の薄かった時だったというのに、ここまで鮮烈鮮明な記憶が残っていた事に対する驚きと、本来の記憶には無いだろう改ざんが見受けられる箇所に対する呆れが――。

『――を……して』

 ――ッ!

 ハッ、ハッ、と短く息を詰めながら目を開けた。
 ……気分悪ぃ。

「あっ」
「――――」
「おはようございます」

 ……何故かこちらが目を覚ました瞬間にササッ、と何かを素早く後ろに隠し、何事も無かったかのように挨拶する少女が近くに立って居た。
 視線は勿論、少女の背後に素早く隠された何かへと向かった。

「……オイ、テメェ今なに隠しやがった」
「何のことでしょうか」

 一旦は無駄に誤魔化そうと試みたようだったが――ひと睨みしてやれば即座に誤魔化しは不可能だと悟ったのか、観念したように非常に残念無念そうな表情になった。
 ……朝っぱらから何をしようとしていたのかは知らないが、諦めたらしい。

「……こちらですよ」

 まるっきり悪気なんて無さそうに、後ろ手に隠していた何かをあっさり見せてくる。
 ……こんなもんで何がしたかったんだ。

「最近、巷のちびっこの間で大人気な”スーパーGくん博士号さん五号改“です」

 少女がこちらへグイグイ差し出すようにどこか得意げに見せてきたのは、実際の実物の虫よりもかなり実寸が大きく、かなり精巧な贋物だった。
 意味が分からない。本気で何がしたいんだ……。

「……何だ、それは」
「こうして直接見せても、やはり動じませんか……残念です。期待していた反応とは……あ、そろそろ――」

 ――きゃああああああああああっつ!?

「そうそう、こんな感じの反応だったのですが……想定より可愛い悲鳴でしたね」
「…………」

 ……アホかよ。クソくだらねぇ。

「お兄ちゃんが大変そうなので、ひとまずはこれで失礼します。あ、ちなみにお姉ちゃんは昨日からずっと中庭に居ますよ。後、朝ご飯は第三左外回廊から外庭廊下を通った先の幾つかある座敷のひとつに用意してありますので」
「…………」
「近くまで行けば匂いで分かるので大丈夫ですよ。では」

 捲し立てるようにそれだけ勢いよく言い置いて、そのまま少女はぴょんぴょん飛び跳ねるように満面の笑みを浮かべながらさっさと出て行ってしまった。
 思わずそのまま見送ってしまったが、それでもかなり早く気を取り直して一拍後には追い掛けるよう外へ出た……が、そのたった数秒のうちに少女の気配はとっくに視界内に映らない廊下を曲がった先の回廊に移動していた……。

「チッ……オンボロのくせに、無駄に複雑で広ぇよ」

 置かれた状況に思わず文句を零すが……かなり大きな屋敷のわりに、外へと続く出口がというのがせめてもの救いか。
 昨日通った時は確かに一本道だったはずが、なぜ一人になった途端に無数の分岐が出現するのか……クソが。

「左、つったよな……?」

 以前、己の有り得ない欠陥に打ちひしがれていたら、神より『困ったら同じ壁伝いで移動すればいいよ! きっといつかは辿り着けるよ! ……その前に私が見つけるか、臨時の捜索救助隊を派遣すると思うけど』などと余計な小声付きで宣っていた。
 欠陥を認めて従うのは癪だが、癪だからといって欠陥は治らない。実に面倒だが、アホでも神の言う事なのだから結局は地道に言われた通りのことをこなすしかない。面倒だが。

 ぎゃあああああああっつ!?

「…………」

 時々聞こえてくる憐れな青年の声をひとつの印にし、ひたすら左の壁を撫で進んでいく。

「ここが外庭、か……?」

 延々続く木の廊下の先から、土と花が植えられた庭らしき明るい場所が見えてきてなんとなく呟く。
 奥のほうにはそこそこな大きさの池溜まりがあり、その中心の孤立した島とはよべない程度の規模の盛り地には、見上げるほどの太々しい大木が……あれ、は――。

『ううん、違うけど?』
「…………」
『ででーん! ここは中庭だよ!』

 だろうな……。

『ねえねえ、凄いよ! びっくり! ――絶対に通らないといけないはずの、一本道な制限区域を全部無視して通らず――ここにそのまま直で辿り着かれたのは今までに無い、初めての快挙だよ! たぶん!』

 ――制限区域? 神域結界のことか。確かに通った覚えはねぇが……。

『ねえねえどうやったの? ほんとにびっくり!』
「知るかよ」

 ……言われた通りにやってたら気付いた時には何故かここへ辿り着いてただけだ、むしろこっちが何故ここへ辿り着けたのかを知りたい。
 神の結界なんてもんに触れれば、平凡以下な人の子であっても実体のあるはずなのだから。

『えー。そうなの? うーん……あ。分かったかも。きっと奇跡的な方向音痴だけが為せる業なんだわ、これ。まさに神すら驚く奇跡ってやつだ!』
「うっせぇ、断じて方向音痴じゃねェ! 方角は正確に分かってるだろ!」
『うんうん。そうだね。分かってるんだよね。うんうん。分かる分かる。ちょこーっと散歩が苦手なだけ、なんだよね。うんうん』
「だから違ぇって! 聞けよ、オイ!」
『うんうん。うんうん。うんうんうん』

 ……くっそ。
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