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春 9

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 林間学校二日目。

 一日目からメインキャラと思われるヤンキー×委員長という組み合わせの重要イベントをこなしたことで、後はモブ男どものイベントばかりだろうと高を括っていた。
 しかし、このギャルゲー世界はそこまで甘くなかった。次なるイベントが私を待っていた。
 それは、――

「――キャアアアア! イヤアアアアア!」
「カレンお嬢様! お手を! 御身が穢れてしまいます!」
「……」

 ヤンキー島田と茜ちゃんが離脱したことで人数が減ってしまった我が班は、分裂の憂き目にあっていた。というのも、二日目の予定で一班が計算上ハブられることとなり、ならちょうど人数の減った我が班を分裂させようという話になったからである。
 悪魔がぷくぅと頬を膨らませて猛抗議していたが、このイベント以降ずっと分離するわけではないという説得を受け入れて渋々離れることとなった。
 そのイベントとは、――

「イヤアアア! わたくし、冷えは苦手ですのに!」
「お嬢様! 気をしっかり! 私の手をお掴みになって温めてください!」
「……あそこ、代わりましょうか?」

 男のほうと。

「あ、お構いなく……こちらの下拵えはしておきますので、テントのほうを手伝ってもらってもいいですか?」
「了解です」

 ――キャンプBBQ体験である。

 お米を研ぐという作業にぎゃあぎゃあ騒ぐ主従を横目に苦笑で指示を出してくれたのは、思わずさん付けしたくなるようなお姉さまな色気を持った大和撫子なともみさんである。
 そんなとってもお淑やかなともみさんであるが、例の如く彼女には既に野獣がついていた。

「竜胆くん、ともみさんに言われて来たんですけど、テントは大丈夫そうですか?」
「うっす」
「大丈夫っぽいですね」

 ゴリゴリの筋肉を窮屈そうに制服に押し込んだ黒帯保持者の大きな野獣が。

 昨日、力では叶わないなと思ったヤンキー島田だったが、クマとタイマン張ったヤンキー島田であっても竜胆くんのゴツさの前には流石に負けを認めるしかないだろうと思われる。
 竜胆くんは柔道部所属で口数は少ないし、一般的にモテるような王子様な外見ではなくまさにワイルドな野獣。しかし、美少女チェッカーの私は知っている。彼がともみさんと幼馴染であり、高校から始まった朝練の為に毎朝ともみさんにお弁当を作ってもらっているということを。
 ともみさんを幼馴染特権で苦難なく落とすとは、こいつもやりおる。

「あ、炭と薪貰って来たよー!」
「待てよスズ!」

 と、竜胆くんとともみさんの馴れ初めについて予測していると、遠くから元気な声が二つ聞こえてきた。一つはいつぞやの朝、落とし物を拾わされてぽっと騙されていた巨乳美少女ことスズちゃん。
 そしてもう一人は鈴ちゃんを騙した悪い男、佐々木チャラ男である。あ、チャラ男は充て名で実際は別の名前だ。興味無くて下の名前は忘れたが。

「佐藤さん、お待たせ。ほい」
「……どうも」

 佐々木チャラ男からニコッと爽やかな笑顔と共にもたらされた必要物資が入った段ボールを確認する。スズちゃんはともみさんの方に脇目もふらず一直線にぱたぱた騒々しく走って行ってしまった。可愛い。
 ほっこりしつつ、とりあえず受け取った物資の中身を確認。布団類や油、BBQコンロなどの重いものが中心で、他にも色々と詰め込まれている。

 スズちゃんの言葉から、彼女に荷物を押し付けた軟弱者かと思っていたが、段ボールの中にはそこそこ薪なども入っていた。スズちゃんは一部だけ持っていたらしい。
 ……一応、男としての仕事はしたのだなと評価をマイナスからゼロに修正。

「……過不足は大丈夫そうです」
「そっか。ねえ佐藤さん、今日の夜空いてる?」
「いいえ」
「即答!?」

 男の為に空ける予定など存在しない。ましてや夜などと。……野獣が最も血気盛んになる時間帯ではないか。冗談ではない。草むらに連れ込んでナニをするか分かったものではない。犯罪者め。くたばれ。
 嫌そうな顔で即答した私の顔に「あはは、困ったなぁ」などと犯人は供述しており、どうやらまだ諦めきれない様子を察知。非常に面倒だ。くたばれ。

「スズが旅館の裏に小さな神社を見つけてさ。絶対肝試ししたいって言ってて……それで、ともみさんたちに昨日聞いたら断られてさ、それで今は他を誘ってるんだけど、佐藤さんダメかな?」
「……暗くて危ないのでは? 日中にクマも出たようですし」

 スズちゃんの名前を出すとは卑劣な男だ。どうにか叶えてやらねばという気持ちに一瞬させられたではないか。しかし、明かりの無い夜に男女が揃うイベントは危険極まりないと長年の直感が告げている。
 クマのことを引き合いに出して説得を試みた。が、

「あ、それなら大丈夫。なんか小鳥遊って人が昨日のうちに猟銃会に連絡して山で徹底的に猛獣狩りさせたらしいんだよ。だから暫く小動物もここら辺には近寄らないだろうって先生たちがさっき段ボール貰うときに言ってたよ」
「そう、ですか……」

 みつきいいいいいいいいいいいいい。あの悪魔! 余計なことをっ!

「うちは金持ちのボンボンが多いからやろうと思えばできるけど、あの対応の速さは流石にすごいよね」

 たしかに、まだ未成年なのに満月の財力と人脈、対応力は半端ない。私から見ても唯一の弱点は男だというくらいの完璧超人間。小鳥遊グループの御曹司だからこそ成せる業なのか。それとも生まれつきなのか。神は不公平である。贔屓するなら私の要望をもっと贔屓して欲しかった。くそが。
 ちなみに進路を決める時に美少女が多くて制服が可愛いという邪な理由で選んで進学した我が校は大金持ちの多い学校ではあるが、それでも小鳥遊グループの寄付7割で成り立っているのだという。恐ろしい話だ。入学後、満月に言われて知った時は愕然としたものである。悪魔からの逃げ場などない、と。

「あ、カレンたちも誘わないとなぁ。ちょっと行ってくる。じゃ、考えといて!」
「あっ、まっ」

 と、悪魔への恨みと恐怖を募らせていると、佐々木チャラ男が飯盒炊きの火加減へと移って再び大騒ぎしているお嬢様たちに気付いて颯爽と去って行ってしまう。無駄に足取りが軽快で爽やかだ。
 というかさっき開口一番に断っただろうが。聞いてなかったのか? 都合よく解釈して聞いてなかったことにしたんだろうなぁ。だって断った後に食い下がってたし。チャラ男らしい手口だ。やられたな。

「千尋さん、お料理のお手伝いをお願いしてもいいですか?」

 と、チャラ男をすぐさま追おうか追うまいか、でもまた聞かなかったことにされたら堪らないから作戦を練って……と考えているところにともみさんが申し訳なさそうにお願いしてきた。勿論! と即答で応えてやりたいところであったが、先に佐々木チャラ男に断りを告げたほうが良いと直感が告げていた。……苦渋の選択だ。

「……ごめんなさい、後じゃだめですか」
「出来れば早めにお願いしたいのだけど……ほら、あそこ」

 私の言葉に眉尻を申し訳なさげに下げたともみさんがある方向を見た。つられてその方向を見てみると、飯盒炊きで大騒ぎしているお嬢様コンビwith爆笑してる佐々木グループと、どうすればそうなるのかと首を傾げるような危なげしかない包丁捌きをしようとして竜胆くんに危険人物よろしく取り押さえられてるスズちゃんのグループに分かれていた。

「この後の予定も決まってるから、出来れば千尋さんに手伝って頂けると時間的に非常に助かるのですが……」
「……」

 ……仕方ない。仕方ないんだ。

 乙女のお願いごとは須らく断るべからず! これ鉄則!

 やけくそ気味にともみさんのお手伝いを優先したことで、その後のキャンプ実習での予定はギリギリ間に合った。が、結局佐々木チャラ男にお断りの文言を突き付けることは叶わず。
 更に言えば、佐々木チャラ男の野郎がスズちゃんに私が参加する前提で知らぬ間に話していたおかげで、喜んだスズちゃんに喜びのアタックを受けた私は余計に断ることも出来ず、泣く泣く肝試しに参加する流れとなったのは仕方のない犠牲であった――。
 許すまじ、佐々木チャラ男。
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