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春 5
しおりを挟む最近の屋上は平和そのものである。
悪魔がいないというのもそうだがなにより、最近まで待ち伏せしてまで己の悪の所業を自慢してくるクズがあれから屋上に足を踏み入れていないからだ。
己の業の深さにやっと気付いてくれたんだろう、きっと。
そんな適当な理由で安心し、平和な屋上ライフを満喫していた――
◇◆◇◆◇
「――頼む! 一生のお願いだ!」
「お断りします」
――平和というのは一瞬のきらめき。ひとときのものでしかないと思い知る。ああ、なんと儚く脆いものなのか。
欲というのは、たとえ安息地の継続という些細なことでもかいてはならない。フラグとはそういうものである。
「なんでだ!?」
「お断りします」
「なあ、頼むって! この通り!」
「嫌です」
何がこの通りだ。こちらが言いたいくらいだ、その通りだお断りしますってな。……いや、お断りはもう言ってたな。失敬。
……いま何をしていて、なぜこんな面倒くさそうな状況に陥っているのか。説明するとややこしいのでとりあえず詳細は省く。
まあ簡潔に経緯を述べると、近々レム充イベントである林間学校が催される次第であり、現在はその班分けの最中なのだ。これでもうお察しである。
教師から例の如く建前の説明がなされ、その裏をいつも通り看破しながらじゃあいざ組み分けの時間でさて、どの美少女と組もうか……とゆっくり吟味しているうちに、例のさわやかくんに回り込まれて行く手を阻まれたのである。
真っ先一目散に私を誘いに来たのは、後ろで血相を変えている美咲ちゃん以下レム要員たちの表情と雰囲気で分かっている。大人しく彼女たちに引き下がってくれないものだろうか。無理だろうなあ、この雰囲気は。
どうにかこうにかこちらに向かってくるレム員たちに穏便に引き取ってもらえる算段は無いだろうかと、徹頭徹尾血走った眼で一生のお願いとやらを安売りする獣を機械的にお断りし続けながら考える。
そもそも私と席がかなり離れているというのに、私に悟らせることなく移動するその素早さは流石野獣。ギラつき方が獲物をどこまでも追いかける野生の肉食獣そのものであった。その謎の情熱が恐ろしい。
「佐藤千尋さん、ちょっと今お時間いいですか?」
「はい! ただ今行きます!」
そうしてこの面倒くさい野獣からどう脱しようかと思案し続ける最中、鶴の一声ならぬ、教師の一声により九死に一生を得た。ナイスタイミングである。
大義名分を得た私は堂々と「じゃ、あなたのところは班員がいっぱいのようですし、この話はもう完全にお断りということで。先生に呼ばれたので失礼します」ときっちりお断りしてその場を後にした。完璧だ。
丁寧且つ慈愛に溢れた私の言葉に「えっ……ちょ!?」と感動する声と「弘樹ぃ……?」というドスの利いた声たちが後方から聞こえたような気がしたが、私にはもはや関係ないし、非常に慈悲深く気が利く私のおかげで彼はきっと幸せだろう。
――今回のことは水に流して聞かなかったこととする。感謝したまえ、さわやかくん。三度目は無い。
「あー、佐藤さん、お取込み中でしたか?」
「いえ。些末なことですのでお気になさらず」
「そ、そう……?」
呼び出した担任のおばあちゃん先生が、私の後方で今頃繰り広げられているだろうキャッツなファイトで修羅場だろう情景をチラチラ気にしながら確認してくる。
穏やかで鈍めな我らが愛すべきおばあちゃん先生に気を使わせるとは……さわやかくんもはた迷惑な野郎である。もう少し慎みを持つことは出来ないのだろうか。非常に不快である。
とくに美咲ちゃんを持っていったのは度し難いクズの所業であると断言できる。潰れろ。……何がとは言わないが。
「ま、まあいいわ。それで、実はお願いしたいことがあるのだけれど……」
「はい、引き受けます。内容はなんでしょうか?」
女性の頼み事は須らく断るべからず、さすればモテるだろう、と。これは私の信条である。曲げたことはないが、今のところ美少女に頼られる頻度が増えて私得なのでこれからも守っていく所存である。
「え、ええ。それが、実行委員がどうしても決まらくてね……。佐藤さんさえ良ければ、なのですが……性格もしっかりしているし、授業態度も素晴らしいのでどうかなと……」
「はい、謹んで承りました」
先程も内容を聞く前に引き受けると言ったが、女性の頼み事はもちろん断らない。実行委員ならなおさら、どこかのレム充班に無理やり組み込まれるよりかは随分マシなのではなかろうか。渡りに船である。
少し申し訳なさそうにこちらを伺っていたおばあちゃん先生が「無理にとは言いませんし、せっかくの行事ですから仲の良い人と班に……て、え? 今なんて?」と続いていた言葉を引っ込め、目をきょとんとさせて驚いていた。
実行委員が決まらないのはおそらくというか、間違いなくレム充たちがごねるからである。
しかも実行委員になると良く知らない他クラスと班を組んだりするだけでなく、雑用で時間が潰されてしまい、行事どころではなくなるのだ。
脳がお花畑と獣欲で満たされているレム充たちにとって、こんなにおいしくないポジションも無いだろう。毎年大変不人気らしい。実にけしからん。
「い、いいのかしら? そんなすぐに決めなくても……」
「いえ、大丈夫です。むしろやりたいです。やらせてください」
私のあまりな即答に、話を持ってきたはずの先生が狼狽えて本当にいいのかと念押ししてくる。それほど不人気だったとは、先生たちも苦労してそうである意味不憫だ。
――だからおまえら、遊びに行くんじゃないんだぞ。
レム充員によるキャッツファイトがそこかしこで繰り広げられているのを確認して思わず大きなため息を吐きそうになる。行事1つで盛り過ぎである。頼むから変な間違いは起こさないでくれと願うばかりだ。
◇◆◇◆◇
「よろしくお願いします!」
「……よろしく」
「おーっす」
「よ、よろしくお、ねがいします……」
あれからなんだかんだと「本当にいいのだろうか……?」と狼狽える先生を押し切って、とんとん拍子で実行委員に決まった。先生も先生で委員が今日まで決まらなくて相当に困っていたようだ。
なんと、実は今日この後早速顔合わせがあり、実行委員班決めもクジで行われるとかなんとかで時間が差し迫っていたようだ。
今までも誰かやってくれないものかと一人一人五十音順に聞いていたようだが、私の番までついぞ嫌がられていたらしい。
……可哀想に。だからか、即決した私にあんなに念押しで確認してきたのは。そりゃ疑いたくもなるだろう。
ア行カ行の人数はかなりいたと思ったけど、サ行に至るまで誰も引き受けないとはやはりこの世界は色に狂っている。
私以外のもう一人もサ行だった。お料理のさしすせそとかにも使われるし、やはりサ行は使える。ア行とカ行は信用ならない。けっ。
「よろしくお願いします……」
それはそれとして。そんなこんなで少し前の出来事を想い出していたのは現在、その顔合わせの為に急遽近くの会議室に出向いて、悪寒を感じながらも恐る恐るクジを引いた結果……なぜか、どこかで見たようなメンツばかりであったからで……なんでこうなった?
「ちーちゃん! やったね! 一緒の班だよ?」
にこにこと、何故か当たり前のように悪寒の元凶である悪魔が腕を絡んで痴漢しながらも告げる。なんということでしょう……悪魔的に変質なストーカーだとは思っていたけれど、まさか本当にここまでするとは……。
私は実行委員班分けのクジ不正を疑わざるを得なかった。
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