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春 4

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 ドッジボールは結局、悪魔のクラスである10組の勝ちであった。あの野郎、最後の最後で私が美少女の盾になると知っていながら、一見そうとは見えない剛速球で女の子たちを人質にし、庇ってしまうだろう私を狙って当てに来たのだ。
 もちろん悪魔の目論見通り庇いに行った私は、奴の剛速球をもろに受けて退場である。
 しかも私を当てた途端、もう内野に用はない! とばかりに手を挫いただとか何とかで先生にそれらしい嘘をついて言いくるめ、自らも退場したのだ。
 さらには幼馴染なのでという謎の理由で私を一緒に保健室に連行し、あわよくば連れ込もうとした策士だった。
 直前で気付かなかったら危なかった。まったくもって油断も隙も無い。

「はあ~」

 珍しく、用事があるらしい悪魔が居ない昼休みを無為に屋上で過ごしながら、この前のレム充イベントを想い出して憂鬱なため息を吐く。
 私と悪魔の活躍により、コートには美少女しか居なかったのだ。美少女たちのきゃっきゃうふふな試合なら外野から見れてむしろ眼福だったのにな。
 悪魔の策略のせいで彼女たちの手に汗握るくんずほぐれつというサービスシーンを見逃してしまった。なんて惜しいことをしてしまったのか……。悔いが残る。

 ――ぽつ、ぽつ

 私のどんよりとした心残りが反映されたのか、曇天模様の空は今にも降り出しそうな按配あんばいである。

 ――ガチャ、ガチャ、ガチャガチャ……

「…………」

 ……悪魔じゃないな、この感じ。

 やつならもっと雑に、しかしスマートに抉じ開けてくるはずである。間違ってもこんな遠慮がちに、弱弱しく開けようとはしない。
 ただでさえ悪魔に脅かされてしまった我が安息地に、新たな侵入者など許せん。ここは我がテリトリーだ、引き返せ――

「…………」

 ――と、言えればいいのだが。

 そもそもここは立ち入り禁止の屋上区画である。そこにツッコまれて困るのはこちらなので、せめて見つからないようにと願いながら口には出すことなく、死んだ目で淀んだ空を見上げ続ける。

 ――カチャ……

 ついに侵入されてしまったか……。美少女なら大歓迎だけど、はてさてどうなのか。いつもの定位置で、見えない美少女を妄想しながら相手に見つからないよう動かずじっとしておく。
 どうせ見つかるなら美少女がいいなあというだけであって、万が一にも期待して先生と鉢合わせ、なんてことも有り得る。変な好奇心は身を滅ぼすだけである。

 そんな感じで息を潜めて妄想していると、とぼとぼ、といった足音で相手の気配が近付いてきた。なんか、こう、自信無さげな足取りが気弱な乙女を連想させてくれて、非常に妄想がはかどる。

「………ぇッ!?」

 そうこうしてるうちに、とうとう私が見つかる位置に相手が移動してきたようだ。私を視界に入れてすぐ、心臓が止まりそうなほど物凄く驚いたのか、悲鳴にならない悲鳴と共に肩を大きく跳ね上げていた。
 確認のためにちらっと見た相手の見た目は小動物のような擁護欲をそそられる外見で、ちっこい。その目はまるで暴漢被害に遭った乙女のようにうるうるとうるんで、今にも滴が零れ落ちそうなほど怯えていた。
 全体的にとても可愛らしい――

「…………」

 ――野郎だった。おかえりくださいませ。

 どこかで見たことあるなあと思ったら、この前ぶちのめしたちびっこ少年ではないか。それだけ確認した私は興味を失くしたので、引き続きどんよりとした空を経過観察するという使命に舞い戻った。

「あ、あのぅ……」
「…………」

 いやだ。絶対返事なんかしない。私分かるもん。きっと返事しちゃったが最後、なんやかんやあって勝手に仲良し認定されるんでしょ?
 それで、なんやかんやあってコイツのレム充に目の敵にされ、色々ありながらも何故か認められて、それで最後はしれっと何もしてなかったコイツのレム充要員に追加されてるんでしょ?
 分かるもん、そのくらいの展開――

          ◇◆◇◆◇

 ――結論から言おう。

 始終無視を決め込み、昼休み終わりの時間になって戻る間際でさえスルーした。それなのに……小動物少年に返事をしなかったにもかかわらず目をつけられたらしい私は、あれから何度も何度も屋上で待ち伏せされていた。
 くそっ! 無視しても無理やりルートを開拓しようとしてくるとは、見た目に反してなんて卑劣なやつだ!
 実はロールキャベツなのか? あ゛ぁ? どうなんだっ!?

「――でね、皆僕に優しくしてくれるんだけど、でも誰も頼ってくれなくて、気付いたら全部やってくれてるんだ。僕が何かお手伝いしたいって言っても――」
「…………」

 そしてこれである。

 無視したにもかかわらずこうして毎日のように押しかけ、いや、待ち伏せしては私の近くで独り言を垂れ流していらっしゃる。精神的にも物理的にも非常に迷惑だ。
 そして不本意ながら独り言を物理的な距離で聞かされ続けている私はと言えば、相変わらずハイライトの飛んだ目で流れる雲を観察していた。

「――だからね、こう言ったんだ。しばらく放っておいてって。でもなんでか皆が急に笑顔なのに怖い顔になって、相手は誰かとか良く分からないことを――」
「…………」

 この果てしない苦行は毎日のように続けられているが、こういう時に限って悪魔は何やら忙しくしているらしい。お弁当だけ渡して――押しつけて――くるが、それ以外は滅多に会っていない。

 ――はっ! しっかりするんだ! 毎日のように聞きたくない惚気のろけを延々聞かされ続けて精神的にキツイとはいえ、あの悪魔にだけは魂を売ってはならない。
 頼ったが最後、何を見返りに求められるか恐ろしくて分かったものではない。そして悪魔の居ない日常に感謝すべきである。このお惚け色ボケ少年を追い払って、平和な昼休みを勝ち取るのだ――!

「――だから、その、お願いします!」
「嫌です」

 悪魔に魂を売るか否かと意識を飛ばしていたので、途中から全く聞いてなかったけど、野郎のお願いは実の父ですら聞かないのが代々の我が家の家訓。考えるまでもなくお断りである。

 ――そもそも、静かに聞いていればっ……! その弱弱しく擁護欲を掻き立てられる可愛らしい外見に似合わず、とんだクソ野郎ではないか……!
 己の従順なレム充として乙女の園を築き上げ侍らせるに飽き足らず、自ら無償の奉仕をするように調教し向け、だがそんな乙女の献身を好みじゃないと鬱陶しがる。
 そして最終的には奴隷と成り果てた乙女たちを汚らわしいと遠ざけ、挙句の果てには飽きたからと他を見繕おうとし、手元の乙女たちを見捨てたい、と――
 ――もはや生きている人間の所業ではない。真正のクズである。

「あ――えっ……!」

 まさか速攻断られると思っていなかったのか、もしくは今までお願いして速攻断られるという経験があまりなかったのかもしれない。チッ。
 ぽかん……とアホ面を晒したかと思うと数瞬後には涙をいっぱいに溜め、そのまま決壊したダムのように目からぽろぽろ大粒の涙を流し出す。
 小動物のような彼のイジらしい涙に、彼のレム充達でなくとも男女問わず妙な罪悪感から即座に謝るとか慰めるとか、まあなんとか泣き止ませようと慌てることだろう。
 ――だが残念ながら私にその手は効かんのだよ、少年。

「う、ぅ……」

 なんせ、悪魔が日常的に乱用し多用する技である。もう慣れた。

「…………」

 そして無反応な私にとうとうその場の空気に耐えきれなくなったのか、まるで恋人に裏切られたと知って宛所も無く無我夢中で逃げ出した乙女のように走り去っていく。
 私は哀愁漂うその背中を視線すら追うことなくガン無視し、平和になった屋上でイチゴ牛乳片手に雲の経過観察に舞い戻った。
 やっと静かになったな。じゅぅ~。
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