浮雲の譜

神尾 宥人

文字の大きさ
上 下
1 / 32
第一章 浮雲

(一)

しおりを挟む
 戦端が開かれたのはまだ夜明け前、丑の刻をわずかに過ぎた頃であった。そして稜線に日輪が顔を覗かせんとしている今になっても、筒音は間断なく響き渡っている。織田勢の攻撃は小休止するどころか、さらに激しさを増すばかりであった。
法幢院曲輪ほうしょういんくるわが落ちた。もはや一刻の猶予もないわ!」
 鎧姿の大男が、髭面を歪ませながら叫んだ。男の名は渡辺金太夫きんだゆう。もとは徳川に仕え、姉川の合戦では一番槍の功名を立て、かの信長より「天下一の槍」と称えられたほどの猛将である。しかし高天神城落城のおりに捕らえられ、その後は武田の麾下として取り立てられていた。そして此度の織田・徳川勢による侵攻にあたり、城主である仁科五郎盛信より徳川への帰参を許されたが、それを断って武田に残ったという忠の者でもある。ゆえに盛信からの信も厚く、今も二百の兵とともに、城の要である大手門の守りを任されていた。
「下知はくだった。我らはこれより城を出て、城介じょうすけ(秋田城介。織田三位中将信忠の前の官位)が首を獲る。誰ぞ、我と槍を並べる者はおらぬか!」
 その金太夫が、三間の長槍を頭上に掲げて吼える。されど誰ひとりとして応える者はなく、皆その姿を眩しげに見つめているだけだった。もちろん、怯んでいるわけではない。各々の目にあるのは、怖れではなく畏れであった。天下一の槍上手と並んで先駆けなど、いくら何でも烏滸がましいとでも思っているのか。
 飯島いいじま善十郎ぜんじゅうろうは小さくひとつ息をつくと、大男を取り囲んだ輪の中へと割り入っていった。そうして静かな声で言う。
「では、某が同道仕ろう」
「おおっ、これは飯島どのではないか!」と、金太夫は厳つい顔を綻ばせる。「聞いたか、皆の者。伊那の赤鬼がご加勢くださるぞ。無双と呼ばれた槍捌き、とくと拝ませてもらおうではないか!」
 大手門前に集まった城兵たちから、地響きのような歓声が沸き上がる。その一瞬だけ、門の外の筒音がかき消えた。善十郎は苦笑いしながら、大男の隣に並びかけた。
「猿芝居に付き合わせて悪いの。じゃが、これで士気も上がる」
 金太夫は顔を寄せ、囁くように言った。善十郎とて決して小兵ではないものの、金太夫と比べれば三、四寸ほどの差がある。おのずと、大きく身を傾げる格好になった。
「それで、どうするのだ。まことに行くのか?」
「言ってしまったからには、行くしかあるまいよ」
 善十郎はこともなげに答える。金太夫は呆れたように首を振り、顔を上げた。その目の先には、まだ固く閉じられたままの門があるだけだ。しかしその門も、このままでは遠からず破られる。
「ああは言ったが、我らの役目は風穴を開けるまでぞ。それが精々であろう。つまりは捨て駒よ」
「わかっておる」
 と、善十郎はなおもあっさり頷いた。何しろ実に三万余の敵に、わずか二百で討ち入ろうというのだ。生きて戻れる望みはまずあるまい。
 
 
 天正十年、三月二日。ところはかの山本勘助晴幸が築いたという名城・高遠城である。
 織田・徳川・北条による武田領一斉侵攻は、その前月、木曽福島城主・木曽伊予守義昌が織田方へと寝返ったことを契機にしてはじまった。四郎勝頼率いる武田本軍は義昌を討つべく新府城を発したが、上原城まで達したところで、宿老穴山梅雪斎の手引きにより徳川勢が侵攻してきたことを知る。背後を突かれることを恐れた勝頼は、相次ぐ裏切りに臍を噛みながらも、やむ無く新府へと引き返すしかなかった。
 一方、木曽口より攻め入った織田勢は、鉄壁を誇ったはずの武田の信州防衛線を瞬く間に呑み込んでいった。松尾、飯田、大嶋といった各支城を守るはずだった重臣たちは、ある者は敵方へ寝返り、またある者は城を捨てて逃走し、ろくな抵抗も見せなかった。
 その中で唯一大軍の前に立ち塞がったのが、飯島一族が守る飯島城であった。城主である飯島民部少輔為次ためつぐは、幾度も差し向けられてきた調略の使者をすべて撥ね付けて武田方に残り、天竜川を堀とした要害で織田勢を迎え討つ。しかし城兵は千にも満たず、周辺の城からの救援も受けられぬまま、為す術もなく城は落ちた。為次も一族とわずかな手勢を連れて、高遠へと落ち延びるしかなかった。この為次の弟・飯島善十郎為佑ためすけもその中のひとりである。
 しかしそうして拠ったこの高遠城にも、織田勢は迫ってきていた。敵は総大将・織田三位中将信忠以下、木曽・小笠原の軍勢まで加わって、いよいよ三万余にまで膨れ上がっている。対する守勢はわずかに三千。しかも後詰はない。それではいかな堅城といえど、遠からず押し潰されるのは目に見えていた。古来より籠城とは、後詰があることを前提とした戦術なのだ。
 となれば、あとは城を出るしかない。乾坤一擲の突撃で、敵の大将の首を獲るのだ。それ以外に、此方が勝つ策はなかった。大将である五郎盛信もその心積もりで、切り札とも言える小山田備中守昌成まさしげ隊五百と、盛信本隊の五百を温存していた。
 敵はろくに策もなしに、横に広がり城を包み込むようにして、力押しに押してきている。物見によれば大将の信忠みずから前線に立ち、矢弾を潜りながら気勢を上げているという。父親譲りの疳の虫が騒いだのであろう。ならばそこが付け込みどころだった。
 此方はまず、金太夫率いる決死隊が大手門を出て、真っすぐに斬り込む。薄く広がった敵のどてっ腹を鏃となって突き進み、包囲に風穴を開ける。次いで小山田隊五百がありったけの騎馬とともにひた走り、その風穴を通り抜ける。そして敵の後方を回り込み、信忠の本隊を背後から急襲。思わぬ攻撃に混乱したところで、正面から盛信の五百が出陣し、これを挟撃する。
 慥かに無謀な策だ、と善十郎は思う。しかしこれ以外にはないのもわかっていた。そしてすべては、先陣を切る決死隊の働き如何にかかっている。たとえ一瞬でも敵軍を割り、風穴を開けることができれば此方の勝ちだ。しかしその場合でもおのれらは、すぐ万余の敵に呑み込まれ、生還はまず望めぬであろう。後続を通すためだけの、まさに捨て駒であった。
「だが勢い余って城介が首、我らで上げてしまっても構わぬのであろう?」
 そう軽口を叩いてやると、金太夫は一瞬だけ目を見開いて、それから笑った。
「恐ろしくはないのか、飯島どのは」
「残ったところで、負ければ死ぬのだ。なら、行くも残るも同じことよ」
 それは決して虚勢ではなかった。いざここに立っても、こころは奇妙に凪いだままだ。
 慥かに間断なく響く筒音は、設楽原っしたらがはら(長篠)の戦場を思い出させる。善十郎もあのときは、恐ろしくて仕方がなかった。幾度も耳元をかすめてゆく鉛玉。次々に弾かれたように倒れてゆく兵たち。血と玉薬の臭いが入り混じり、粘ついたように重い空気。あの地獄は幾度も夢に見て、夜中に汗みずくで跳ね起きたものだった。
 けれど今は、その記憶も霞がかかったように朧だ。あるいはこれが「死人になる」ということかとも考えた。父である美濃守為昌ためまさが、戦の極意として語っていた言葉である。しかし今の心持ちは、それともまた違う気がした。
「渡辺どのもそうではないのか。某などよりも余程、多くの戦場を駆けてきたのではあるまいか?」
 善十郎はそう尋ねながら、大男を横目で見上げた。すると金太夫は、ひひっと喉を鳴らして引き攣った笑みを浮かべる。
「まあの。だがやはり、わしは恐ろしい。どれほど修羅場を潜ろうと、戦が恐ろしいのは変わらぬ」
「……まさか」
「まことだ。恐ろしいから叫ぶのだ。叫んで、走って……それでどうにか、今日まで生き延びてきた」
 そう言って、金太夫は最後に「……誰にも言うでないぞ」と付け加えた。その声は細かく震え、唇は血の気が引いて青ざめていた。どうやら嘘を言っているわけではないようだ。
「凄いのう……渡辺どのは」
 善十郎は心の底からそう思った。この男は、それでも残ったのだ。十中八九、落ちると決まったこの城に。敵方はかつての主家、逃げることだってできたはず。しかしそれもしなかった。恐ろしくとも残った。そして恐ろしくとも、また槍を携えて戦場へ出てゆく。おそらくはそれこそが、勇というものなのであろう。
 翻っておのれはどうなのだ、と善十郎は自問する。今こうして平然と立っているのは、ただ捨て鉢になっているだけだ。生まれ育った里は敵に蹂躙され、もはや帰れぬ。妻も子もとうに病で亡くし、守るべきものもない。ならばおのが命など、このへんで終わってしまってもいいではないか。まるで他人事のように、そう投げ出してしまっているだけだった。こんなものは、とてもではないが勇などと呼べまい。
 滑稽よの。誰に言うでもなくつぶやいて、冷笑を漏らす。そのとき、背後からよく聞き知った声が聞こえてきた。
「やはりここにおったのか、善十郎」
 振り返るとずんんぐりとした小柄な影が、具足を鳴らしながら近づいてくるのが見えた。七歳上の兄・為次であった。民部少輔の官位を自称しており、国許では民部どのと呼ばれ敬われていた。
「かようなところへ何をしに来た、兄上」
「聞くまでもなかろう。我もともに参る。五郎殿にもお暇をいただいて参った。然らば、あとは我の勝手よ」
「それはならぬぞ。兄上は一家の長なのだ、何としても生きてもらわねば」
 善十郎がそう言っても、為次はゆっくりと首を振った。城を落ち延びての逃避行の間に、すっかり鬢に白いものが増えた。それでも面差しは、憑き物が落ちたように明るかった。
「まことなら、飯島の城とともに灰となるべきだった身よ。今さら命は惜しまぬ。それに伝兵衛さえ生き延びれば、飯島の家は残る」
 伝兵衛とは、三年前に元服して為仲ためなかという名を与えた嫡男である。すでにふたりの男子をもうけており、妻子を連れてここまで逃げ延びてきていた。慥かにかの者、あるいはせめてその子らだけでも生き残れば、一族が滅びることはない。
「そのためにも、わしは行かねばならぬということよ。止めるな、善十郎」
 兄の決意は固いようだった。その目には、もう動かしようのない覚悟が漲っている。これもまた、勇なのだろう。そう思うと、胸の中にまた苦いものが込み上げてくる。
いかぁ!」
 金太夫が再び兵たちの前へ進み出て、叫んだ。その怒号に、地響きのような「応」という声が返ってくる。大男は満足げに笑みを浮かべた。その顔にはもう、先ほどの怖気は露も見えない。
「この門を一歩出れば、そこは地獄じゃ。覚悟せい!」
「応!」
「周りにおるのは、すべてが敵じゃ。手当たり次第に薙ぎ倒して進めぇ!」
「応!」
 傍の兄も、ひび割れた声で「応」と叫んでいた。善十郎も苦い胸の裡を押し隠し、それに倣う。
「征くぞっ、門を開けぇっ!」
 その合図とともに、閂が外された。開きはじめた大手門の向こうから、波のような筒音が押し寄せてくる。前方に朝日を浴びて翻るは、右三つ巴の旗印。河尻肥後守が軍勢だった。
 
 
 門を一歩出れば地獄。その言葉に偽りはなかった。勢い込んで飛び出して行った兵たちが、最初の斉射でばたばたと倒れてゆく。しかしそれでも、止まるわけにはいかなかった。
「征けぇっ!」
 金太夫が吼え、屍を跨ぎ越して突き進む。善十郎もまた、兄や飯島の残兵たちとともに続いた。騎馬はすべて後続の小山田隊へと集めたので、全員が徒士だ。それでも先頭を行く金太夫の巨体は、さながら悍馬のごとく猛々しかった。
 再び筒音が響き渡り、耳元を熱いものが掠めていった。されど誰もが大声で、言葉にならない叫びを上げながら、先を争うように突進してゆく。
「進めぇっ!」その叫びを圧して、金太夫の命が響き渡る。「進むのじゃ、止まるなぁっ!」
 斉射が止むと、入れ替わりに槍隊が押し出してきた。一列に並んだまま、大きく穂先を持ち上げる。善十郎と兵たちはひと塊になって、真正面から突進した。そして槍が振り下ろされる前に潜り込み、身体ごとぶつかってゆく。
 兜で突っ込み、手甲でかち上げ、倒れた敵を踏み潰して、ひたすら前へと駆け続けた。首を取る必要などない。今はただ、ただただ進むのだ。
 気が付けば、手にしていた槍は中ほどでぽっきりと折れていた。それは投げ捨て、足元の泥濘から敵のものを拾い上る。こんなもの、使えさえすれば何でもいい。
「首など捨て置けっ、進むのじゃ!」
 金太夫の怒号はなおも聞こえている。その大男に、右手から槍衾が迫っていた。善十郎は咄嗟に気付いて、「渡辺どのっ!」と叫ぶ。
 それで気付いたのか、金太夫が槍衾に向き直った。しかしそれから逃げようとはせず、長槍を高々と頭上に掲げる。そうして、裂帛の気合ととも振り下ろした。
 雑兵が数名叩き潰され、槍衾がふたつに割れる。そうして、眼前に一本の道ができた。
「進めぇっ!」
 あとから兵が大男を追い越し、その一本道を駆け抜けて行った。善十郎もそれに続こうとするが、すぐに別の槍先に阻まれる。
「退けっ!」
 構えた槍を出鱈目に振り回す。鈍い音がいくつも響き、緒の切れた兜が宙を舞った。そしてできた道を、再び駆け出した。しかし敵兵はあとからあとから、尽きることなく湧き出てくる。
 さすがにこうして戦場に出れば、凪いだこころのままでなどいられない。されど相変わらず、恐怖はなかった。敵の槍が幾度も胴を削り、鼻先をかすめ、兜を叩く。ひとつでも間違えば、こちらの命まで削り取ってゆくのはわかっている。それでも、気が付けば口元には笑みが浮かんでいた。
 
 
 殺せるものなら殺せ。早く殺せ。どうせわしには何もない。もはや何も残ってはいないのだ。ならば、恐ろしいものなど何もない。あるわけがない。だから疾くと殺してみせよ。ただしその前に、おぬしらをひとりでも多く道連れにしてやるわ。
 もしかしたら、声に出して喚いていたかもしれない。しかしもう、善十郎にはそれもよくわからなくなっていた。ただひたすらに槍を振り回し、叫び、笑い、駆け続けた。いつしか、おのれの声以外には何も聞こえなくなっていた。先ほどまでともに走っていた、金太夫の怒号も。兄の具足が鳴る音さえも。
 そうして唐突に視界が開けた。あれほど際限なく湧き続けていた敵兵も、いきなり途絶えた。
 敵陣を走り抜けたのだ。そう気付いた。それでもまだ、脚は止めなかった。駆け続けた。止まらなかった。ごつごつとした斜面を、さらに勢いを増して下ってゆく。
 振り返ると、数名の雑兵がこちらに追い縋ってくるのが見えた。味方の姿はなかった。どうやら駆け抜けたのは善十郎ひとりだけだったようだ。その向こうに、おのれが突き破ったはずの兵の群れがあった。しかし風穴などどこにもなかった。兵の群れはすぐにまた密集し、隙間なく槍が並んでいた。
 駄目だ、これでは騎馬隊が抜けられぬ……
 そう思ったとき、脚が縺れた。そのまま前につんのめり、地に倒れ伏してゆく。踏み止まるほどの力も、もう残ってはいなかった。
 倒れると同時に、おのれの体が大きく弾むのがわかった。そしてそのまま止まることなく、山肌を転がり落ちてゆく。駄目だった。無駄だった。これで武田の命運は潰えた。すべてはお終いだ。
 しかしそれと同時に、だから何だとも思った。おのれの為すべきことは成し遂げた。敵の大軍の只中を駆け抜け、包囲を突破してみせた。わしの戦は、わしの勝ちよ。そう心の中でつぶやいた。ならば良し。満足して死んでやろうではないか。
 転がり続けていた身体が、何かに激しくぶつかったのがわかった。視野が瞬時に暗く閉ざされ、一切の音も消えた。善十郎が覚えているのはそこまでだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夕映え~武田勝頼の妻~

橘 ゆず
歴史・時代
天正十年(1582年)。 甲斐の国、天目山。 織田・徳川連合軍による甲州征伐によって新府を追われた武田勝頼は、起死回生をはかってわずかな家臣とともに岩殿城を目指していた。 そのかたわらには、五年前に相模の北条家から嫁いできた継室、十九歳の佐奈姫の姿があった。 武田勝頼公と、18歳年下の正室、北条夫人の最期の数日を描いたお話です。 コバルトの短編小説大賞「もう一歩」の作品です。

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

検非違使異聞 読星師

魔茶来
歴史・時代
京の「陰陽師の末裔」でありながら「検非違使」である主人公が、江戸時代を舞台にモフモフなネコ式神達と活躍する。 時代は江戸時代中期、六代将軍家宣の死後、後の将軍鍋松は朝廷から諱(イミナ)を与えられ七代将軍家継となり、さらに将軍家継の婚約者となったのは皇女である八十宮吉子内親王であった。 徳川幕府と朝廷が大きく接近した時期、今後の覇権を睨み朝廷から特殊任務を授けて裏検非違使佐官の読星師を江戸に差し向けた。 しかし、話は当初から思わぬ方向に進んで行く。

新木下藤吉郎伝『出る杭で悪いか』

宇治山 実
歴史・時代
天正十年六月二日未明、京都本能寺で、織田信長が家臣の明智光秀に殺された。このあと素早く行動したのは羽柴秀吉だけだった。備中高松城で、秀吉が使者から信長が殺されたことを聞いたのが、三日の夜だといわれている。堺見物をしていた徳川家康はその日に知り、急いで逃げ、四日には自分の城、岡崎城に入った。秀吉が、自分の城である姫路城に戻ったのは七日だ。家康が電光石火に行動すれば、天下に挑めたのに、家康は旧武田領をかすめ取ることに重点を置いた。この差はなにかー。それは秀吉が機を逃がさず、いつかくる変化に備えていたから、迅速に行動できたのだ。それは秀吉が、他の者より夢を持ち、将来が描かける人物だったからだ。  この夢に向かって、一直線に進んだ男の若い姿を追った。  木曽川で蜂須賀小六が成敗しょうとした、若い盗人を助けた猿男の藤吉郎は、その盗人早足を家来にした。  どうしても侍になりたい藤吉郎は、蜂須賀小六の助言で生駒屋敷に住み着いた。早足と二人、朝早くから夜遅くまで働きながら、侍になる機会を待っていた。藤吉郎の懸命に働く姿が、生駒屋敷の出戻り娘吉野のもとに通っていた清洲城主織田信長の目に止まり、念願だった信長の家来になった。  藤吉郎は清洲城内のうこぎ長屋で小者を勤めながら、信長の考えることを先回りして考えようとした。一番下っ端の小者が、一番上にいる信長の考えを理解するため、尾張、美濃、三河の地ノ図を作った。その地ノ図を上から眺めることで、大国駿河の今川家と、美濃の斎藤家に挟まれた信長の苦しい立場を知った。  藤吉郎の前向きに取り組む姿勢は出る杭と同じで、でしゃばる度に叩かれるのだが、懲りなかった。その藤吉郎に足軽組頭の養女ねねが興味を抱いて、接近してきた。  信長も、藤吉郎の格式にとらわれない発想に気が付くと、色々な任務を与え、能力を試した。その度に藤吉郎は、早足やねね、新しく家来になった弟の小一郎と、悩み考えながら難しい任務をやり遂げていった。  藤吉郎の打たれたも、蹴られても、失敗を恐れず、常識にとらわれず、とにかく前に進もうとする姿に、木曽川を支配する川並衆の頭領蜂須賀小六と前野小右衛門が協力するようになった。  信長は藤吉郎が期待に応えると、信頼して、より困難な仕事を与えた。  その中でも清洲城の塀普請、西美濃の墨俣築城と、稲葉山城の攻略は命懸けの大仕事だった。早足、ねね、小一郎や、蜂須賀小六が率いる川並衆に助けられながら、戦国時代を明るく前向きに乗り切っていった若い日の木下藤吉郎の姿は、現代の私たちも学ぶところが多くあるのではないだろうか。

麒麟児の夢

夢酔藤山
歴史・時代
南近江に生まれた少年の出来のよさ、一族は麒麟児と囃し将来を期待した。 その一族・蒲生氏。 六角氏のもとで過ごすなか、天下の流れを機敏に察知していた。やがて織田信長が台頭し、六角氏は逃亡、蒲生氏は信長に降伏する。人質として差し出された麒麟児こと蒲生鶴千代(のちの氏郷)のただならぬ才を見抜いた信長は、これを小姓とし元服させ娘婿とした。信長ほどの国際人はいない。その下で国際感覚を研ぎ澄ませていく氏郷。器量を磨き己の頭の中を理解する氏郷を信長は寵愛した。その壮大なる海の彼方への夢は、本能寺の謀叛で塵と消えた。 天下の後継者・豊臣秀吉は、もっとも信長に似ている氏郷の器量を恐れ、国替や無理を強いた。千利休を中心とした七哲は氏郷の味方となる。彼らは大半がキリシタンであり、氏郷も入信し世界を意識する。 やがて利休切腹、氏郷の容態も危ういものとなる。 氏郷は信長の夢を継げるのか。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

処理中です...