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本編
第十節 因果応報
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民は、真実を知った。突如街に現れた、聖女の手記。教会の検閲もままならないまま、収拾不可能な勢いで広がった。そうなれば、どういう結末になるのか? 支配者の数は、民の数に比べてあまりにも少ない。太刀打ちできるはずもなかったのである。
「くそっ! 俺は王子だぞ! こんなことをして良いと思っているのか! ええい、俺に触れるな、奴隷どもぉ!」
王子は処刑された。恩情の声もあったが、そうしなければ、民の怒りは収まらなかった。
「な、なんです貴方たちは……! 神の、神の罰がくだりますぞ!」
悪しき教会の人間は一掃された。彼らの懐からは、膨大な私財が見つかった。
「私は聖女よ! 私は、ちゃんと貴方達のために祈っていたわ! 本当よ! だからお願い、酷いことしないで!」
聖女は声を荒げた。聖女は関係ないのではと声が上がる。
「皆様。こちらが、聖女様の日々の活動記録となっております。これを見て、皆様がどう思われるか……じっくり考えてみてください」
「な……あ……」
侍女が提示したその紙束には、聖女の行動が事細かに記録されていた。目を覆いたくなるほどの放蕩っぷりであった。
聖女は追放された。そして、神に見放された。もはや奇蹟の力も使えまい。彼女が今、どこで何をしているのか。それを知る術はなかったし、知りたい民もいなかった。
目に見える支配者がいなくなったこの国は、今後、どのような方向に進んでいくのか? それは分からない。すべては、民にかかっていた。ただし、そこに聖女の祈りが後押ししてくれるのは、確かなことだろう。
――――
わたしがこの国に来てから、そろそろ半年が経つだろうか。手記の出版や国籍の取得など、慌ただしい日々が続き、ようやく落ち着いたところだった。そうそう、嬉しいことに、わたしから何日か遅れて、ルゥがやって来てくれた。わたしの身の回りの世話をすると言って聞かないのは、国にいた頃から変わらない。そして、この半年間、ミゲルには、並々ならぬ助力をいただいていた。今は城の客人として迎えられているが、甘えすぎる訳にもいかない。そろそろ出て行くか、何とかしないといけないところだろう。
そんなことを考えながら、城の外れにある花畑を散歩していた。
「エリス様」
ミゲルが呼ぶ声がした。丁度良かった。この件について、相談させてもらおう。
「こんなところにいらしたのですね」
「ええ、好きなのです、この場所が」
「そうでしたか」
「ミゲル、わたしのことを探されていたのですか?」
「そう、ですね……。どこか、貴女が遠くにいってしまうような、そんな気がしたものですから……」
「ふふっ、なんですかそれは? わたしはそうそう死にませんし、行くあてもそうそうありませんよ。ミゲルも御存知でしょう?」
「ええ、そうですね。ははっ、私としたことが、どうやら寝惚けているのかも知れません」
蝶が、ひらひらと横切っていった。
「エリス様」
「なんでしょうか?」
「貴女は、聖女として、これまで立派に務めを果たされてきた。聖女として、辛いことや、苦しいことを、沢山経験されてきたでしょう。ですから……」
「……」
「ですから、これからは、私だけの聖女として、おそばにいてくださらないでしょうか」
これは……うん、プロポーズというものなのかも知れない。
「……」
「……」
「……お断りします」
「――! そう、ですか……」
「わたしは、多くの民の幸せを願う、そういう聖女でありたいと思っています。ですから、もし可能なら、ウォルデンの聖女として務めを果たすことができれば、これ以上の喜びはありません」
「分かりました。皆が喜びます。是非取り計らいましょう」
「それから――」
せーのっ。
「それから、貴方のことは、聖女ではなく、一人の女性として、愛することはできると思います」
そのあと、わたしがどのような人生を歩んだのか……それは、皆さんの御想像にお任せします。
それでは、聖女の手記はここでおしまいです。
この物語を読んだ皆さんの幸福を――心より願っています。
(了)
ここまでお付き合いくださった皆さん、お気に入り登録してくださった皆さん、ありがとうございました。
ここからおまけが5本続きますので、よろしければそちらもどうぞ。
「くそっ! 俺は王子だぞ! こんなことをして良いと思っているのか! ええい、俺に触れるな、奴隷どもぉ!」
王子は処刑された。恩情の声もあったが、そうしなければ、民の怒りは収まらなかった。
「な、なんです貴方たちは……! 神の、神の罰がくだりますぞ!」
悪しき教会の人間は一掃された。彼らの懐からは、膨大な私財が見つかった。
「私は聖女よ! 私は、ちゃんと貴方達のために祈っていたわ! 本当よ! だからお願い、酷いことしないで!」
聖女は声を荒げた。聖女は関係ないのではと声が上がる。
「皆様。こちらが、聖女様の日々の活動記録となっております。これを見て、皆様がどう思われるか……じっくり考えてみてください」
「な……あ……」
侍女が提示したその紙束には、聖女の行動が事細かに記録されていた。目を覆いたくなるほどの放蕩っぷりであった。
聖女は追放された。そして、神に見放された。もはや奇蹟の力も使えまい。彼女が今、どこで何をしているのか。それを知る術はなかったし、知りたい民もいなかった。
目に見える支配者がいなくなったこの国は、今後、どのような方向に進んでいくのか? それは分からない。すべては、民にかかっていた。ただし、そこに聖女の祈りが後押ししてくれるのは、確かなことだろう。
――――
わたしがこの国に来てから、そろそろ半年が経つだろうか。手記の出版や国籍の取得など、慌ただしい日々が続き、ようやく落ち着いたところだった。そうそう、嬉しいことに、わたしから何日か遅れて、ルゥがやって来てくれた。わたしの身の回りの世話をすると言って聞かないのは、国にいた頃から変わらない。そして、この半年間、ミゲルには、並々ならぬ助力をいただいていた。今は城の客人として迎えられているが、甘えすぎる訳にもいかない。そろそろ出て行くか、何とかしないといけないところだろう。
そんなことを考えながら、城の外れにある花畑を散歩していた。
「エリス様」
ミゲルが呼ぶ声がした。丁度良かった。この件について、相談させてもらおう。
「こんなところにいらしたのですね」
「ええ、好きなのです、この場所が」
「そうでしたか」
「ミゲル、わたしのことを探されていたのですか?」
「そう、ですね……。どこか、貴女が遠くにいってしまうような、そんな気がしたものですから……」
「ふふっ、なんですかそれは? わたしはそうそう死にませんし、行くあてもそうそうありませんよ。ミゲルも御存知でしょう?」
「ええ、そうですね。ははっ、私としたことが、どうやら寝惚けているのかも知れません」
蝶が、ひらひらと横切っていった。
「エリス様」
「なんでしょうか?」
「貴女は、聖女として、これまで立派に務めを果たされてきた。聖女として、辛いことや、苦しいことを、沢山経験されてきたでしょう。ですから……」
「……」
「ですから、これからは、私だけの聖女として、おそばにいてくださらないでしょうか」
これは……うん、プロポーズというものなのかも知れない。
「……」
「……」
「……お断りします」
「――! そう、ですか……」
「わたしは、多くの民の幸せを願う、そういう聖女でありたいと思っています。ですから、もし可能なら、ウォルデンの聖女として務めを果たすことができれば、これ以上の喜びはありません」
「分かりました。皆が喜びます。是非取り計らいましょう」
「それから――」
せーのっ。
「それから、貴方のことは、聖女ではなく、一人の女性として、愛することはできると思います」
そのあと、わたしがどのような人生を歩んだのか……それは、皆さんの御想像にお任せします。
それでは、聖女の手記はここでおしまいです。
この物語を読んだ皆さんの幸福を――心より願っています。
(了)
ここまでお付き合いくださった皆さん、お気に入り登録してくださった皆さん、ありがとうございました。
ここからおまけが5本続きますので、よろしければそちらもどうぞ。
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