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本編
第二節 聖女の所以(ゆえん)
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新聖女誕生の儀は、身内の者だけで開かれ、あまりにも呆気なく終わった。盛大に祝われるものと思っていたミラが、むすっとして不機嫌になるのも無理はなかった。
「ちょっと、そこの貴女」
その様子をはらはら見守っていた御付きの者は、びくっと身体を震わせた。
「何でございましょうか?」
「誰でも良いわ。流行り病にかかっている者を、ここに連れてきなさい。私が治して差し上げるのよ」
「そ、そんな勝手なことをしても良いのでしょうか?」
「何? 文句がある訳? 私は聖女よ?」
「あの、まずは、王子に確認を取られるのが良いかと……」
「……」
「あの……」
「はぁ……使えないわねぇ。貴女が確認を取って来るのを待っているのよ」
「し、失礼しました!」
しばらくして、ばたばたと御付きの者が慌ただしく戻ってきた。
「どうだったの?」
「それが……病にかかっている者を宮殿に招く訳にはいかず……まして聖女様と対面させるのは難しいとのこと」
ミラは内心、悔しがった。皆の前で奇蹟の力を示すことは、聖女の株を上げるために極めて効果的な手段だった。聖女とは、皆からちやほやされて、何をしても赦される存在ではなかったのか。ミラは、その鬱憤を晴らそうと、口を開きかけた。
「ですがっ、獣に襲われて重症を追った兵士がいるとのこと。その者の治療をお任せできるなら、お任せしたいということでした」
このときのミラの喜びようたるや、にやりと表情を作るほどであった。そうして、ミラの目論見通りに事が進んだのである。
「さすが聖女様だ!」
「なんと美しい……そして慈愛の心をお持ちなのだ……」
やはり、このミラこそが聖女にふさわしい。きっと、流行り病も抑えてみせる。エリスができなかったことを、私が成し遂げるのだ。心地良い喝采の中、ミラは野心に燃えた。
――――
「あなた……怪我をしているのね」
ウォルデンへの道中。小麦色の深い草原の中で、弱々しくうずくまる獣と出会った。
「師は云われた。時は、傷を癒やす上質の薬であると――」
獣の脚に灯った光の粒子が、幻のように、はらはらと消えていく。血の固まった痛々しい創傷は、もうどこにもない。獣は、きょとんとした顔でわたしを見つめていた。
「さ、お行き」
「……」
草むらの向こうへ消える獣を見送った。
……わたしも、ここで休憩しようかな。
――草がさらさらと音を立てる。聞いたことのない鳥の声が聞こえる。
こんなふうに自然を感じるなんて、いつ以来のことだろう……。そう。あれは、まだ聖女見習いになる前のことだった……。
「そうだ」
鞄の中から、一冊の本と、一本の筆を取り出した。本の中は真っ白だ。
わたしが国から追放されることになったきっかけ。わたしが知ったこと。民が知らないこと。それを、何かの形で残しておきたかった。もしかしたら……すごく可能性の低い話だけれど、いつか、誰かがこの本を読むときが来るかも知れない。少しでも、その人のためになるなら――そう考えて、わたしは最初のページに筆を走らせた。
「ちょっと、そこの貴女」
その様子をはらはら見守っていた御付きの者は、びくっと身体を震わせた。
「何でございましょうか?」
「誰でも良いわ。流行り病にかかっている者を、ここに連れてきなさい。私が治して差し上げるのよ」
「そ、そんな勝手なことをしても良いのでしょうか?」
「何? 文句がある訳? 私は聖女よ?」
「あの、まずは、王子に確認を取られるのが良いかと……」
「……」
「あの……」
「はぁ……使えないわねぇ。貴女が確認を取って来るのを待っているのよ」
「し、失礼しました!」
しばらくして、ばたばたと御付きの者が慌ただしく戻ってきた。
「どうだったの?」
「それが……病にかかっている者を宮殿に招く訳にはいかず……まして聖女様と対面させるのは難しいとのこと」
ミラは内心、悔しがった。皆の前で奇蹟の力を示すことは、聖女の株を上げるために極めて効果的な手段だった。聖女とは、皆からちやほやされて、何をしても赦される存在ではなかったのか。ミラは、その鬱憤を晴らそうと、口を開きかけた。
「ですがっ、獣に襲われて重症を追った兵士がいるとのこと。その者の治療をお任せできるなら、お任せしたいということでした」
このときのミラの喜びようたるや、にやりと表情を作るほどであった。そうして、ミラの目論見通りに事が進んだのである。
「さすが聖女様だ!」
「なんと美しい……そして慈愛の心をお持ちなのだ……」
やはり、このミラこそが聖女にふさわしい。きっと、流行り病も抑えてみせる。エリスができなかったことを、私が成し遂げるのだ。心地良い喝采の中、ミラは野心に燃えた。
――――
「あなた……怪我をしているのね」
ウォルデンへの道中。小麦色の深い草原の中で、弱々しくうずくまる獣と出会った。
「師は云われた。時は、傷を癒やす上質の薬であると――」
獣の脚に灯った光の粒子が、幻のように、はらはらと消えていく。血の固まった痛々しい創傷は、もうどこにもない。獣は、きょとんとした顔でわたしを見つめていた。
「さ、お行き」
「……」
草むらの向こうへ消える獣を見送った。
……わたしも、ここで休憩しようかな。
――草がさらさらと音を立てる。聞いたことのない鳥の声が聞こえる。
こんなふうに自然を感じるなんて、いつ以来のことだろう……。そう。あれは、まだ聖女見習いになる前のことだった……。
「そうだ」
鞄の中から、一冊の本と、一本の筆を取り出した。本の中は真っ白だ。
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