治験

おっくん

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治験

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 ひどい腰痛で目を覚ますと、肌が粟立つような悪寒がきて、弘樹(ひろき)はたまらずナースコールを押した。暗い病室に電灯のほそい光が差し込むと、現れたのは昼間の女性看護師ではなく、でっぷりとした五十代くらいのごま塩あたまだった。

 弘樹の様子をみて、どうしましたか、とは聞かなかった。非接触型の体温計を弘樹のおでこに向けると「予想より強く反応が出ていますね」となぜかうれしそうにいった。

「先生、熱があるみたいです」
 と弘樹が辛そうにいうと
「昨日打った薬の影響だよ」
 となんでもないように言った。それは弘樹を安心させるための言葉ではなく、実験の初期行程を何度も見てきて、慣れてしまった化学者のような言いかただった。

「治験結果に影響が出るので、解熱剤は処方できないんだ。なに、高熱は三、四日でおさまるから、ラクにしていなさい」
「大丈夫なんですか……?」
 弘樹が絶え絶えに聞くと
「ラットでは平気だったよ。ああ、それよりオムツはまだ平気ですか? 失禁する可能性があるのでちゃんと穿いておいてくださいよ」

 そういうとごま塩あたまは弘樹のうめき声にいっさい耳を貸さず、さっさと病室を出ていってしまった。
(大変なことになったな)
 割りのいいバイトだとおもっていたが、すでに後悔のほうが強くなってきていた。



 部屋が白々と明るくなってくるころ、女性看護師が見回りにやってきた。ぼやける目で時計を見るともう八時だった。厳重な防疫設備が、窓から差し込んでくる朝日も鈍くさせるようだった。

  睡眠と覚醒を波のように繰り返していて、脳みそが張り付いてしまったように朦朧としている。
 だから「眠れましたか?」などと女性看護師に聞かれると、弘樹は少し腹がたった。しかし、いきなりオムツに手が掛かるとそれどころではなかった。

「尿瓶もありますけど、トイレはなるべく自力で行ってくださいね。足が衰えてしまいますから。それとおちんちんのサイズを測りますね」
「は?」
 女性看護師は衛生手袋をはめた手で問答無用で弘樹を握ると、慣れた手つきであっという間にそそり立たせた。
「二十五センチ。大きくなってますね。四十センチになったら、次のお薬ですからね」
 女性看護師は弘樹にそう言ったが、朦朧としていた彼は、それが夢か現実か次第にわからなくなった。



 三日目の夜にようやく起きあがることができた。まだかなり熱っぽいが、意識はようやく輪郭をはっきりさせてきていた。高熱で身動きできなくなり、大学生にもなって失禁したオムツを女性に交換してもらい、さらに男性器のサイズを測られるとか悪夢のようだった。

 治験の最中に、来季のコンテストに投稿する漫画を仕上げてしまおうと考えていたのだが、持ち込んだ液晶タブレットの出番はまだ先になりそうだった。

 尿意を感じて弘樹は廊下に出た。足はたしかに萎えてはいたが、少し歩くと筋肉が動きかたを思い出したようで、重いなりに歩くことができた。

 病院の中は冷えるように静まりかえっていて、適当に歩けば見つかるだろうと思っていたトイレは見つからず、防疫の扉を超えて階段をふたつ降りたところで、ようやくそれらしきものを見つけた。

 オムツを外すため個室に入った。しかし便座はあっても扉はない。あらためてトイレを確認してみると、どの個室も同じような作りだった。見上げると入り口の天井には黒い半球型の監視カメラが取り付けられていた。それに気づいた弘樹はあわてて個室に隠れた。何度も女性看護師にオムツを交換されたとはいえ、小便をしているところまでカメラに撮られたくなかったのだ。

(やれやれ)
 弘樹は息を吐いてオムツを脱いだ。我ながら無様な姿だとおもった。
 異変にはすぐに気づいた。

(ウソだろ!)
 股間にあったのは、まるで馬のモノのように長く伸びた男性器だった。
 弘樹はおもわず鳥が鳴いたような悲鳴をあげた。
 萎えた足はショックに耐えられなかった。

 そのまま便座に向かって転倒すると、先っぽから水を撒き終わったビニールホースのように小便が流れ出た。
 弘樹はトイレの床に転がったまま、悪夢から目を逸らすために必死にオムツを引きあげた。しかし伸びた男性器がオムツの端から飛び出して収まらない。

(なんなんだよこれ!)
 気配を感じて顔を上げると、そこにごま塩あたまと女性看護師が立っていた。



 弘樹は病室に連れ戻されていた。

 もはやオムツすら与えられず股間は剥き出しにされている。何度も「治験は辞めます」「お金は要りませんから」と訴えたが「そのままだとその症状は進行するばかりだよ」とごま塩あたまに指さされて言われると弘樹はうなだれるしかなかった。

 女性看護師が弘樹のものを握っていつものように勃起させると、そのぶんだけ男性器が伸びた。
「いったいこれはなんなんですか!」
 弘樹が叫ぶとごま塩あたまは
「後ろ前症だよ」
 と答えた。

「今回の薬は抗体を持たせる従来のワクチンとはちがい、人間のからだをそもそも環状ウイルスに感染しないようにDNAレベルで改造する薬なんだ。実用化すれば世界が変わるとおもわないかい」

 ごま塩あたまは目を輝かせて言った。弘樹は狂気を感じて息を呑んだ。

「しかし問題があってね。君と同じように性器が伸びてしまう症例が多発しているんだよ」

 そういうとごま塩あたまは白衣の前を開けると、腰の部分を見るように目でうながした。腰になにかが巻きついている。弘樹は眉をしかめてその先端を追いかけていくと、末端部分に炭で汚れたような男性器の先端があった。

「まさか腰に巻いてあるのって……」
 ごま塩あたまは、尻尾のように長く伸びた男性器をサイヤ人のように自身の腰に巻きつけていた。

「わたしのちんこも後ろ前症だよ。自分でも実験してみたんだ」
 弘樹は目の前の男性器と自分のものとを見比べた。なんとなく、このまま症状が進行していけば、いずれごま塩あたまと同じようになるのが想像できた。

「まぁある程度長さがあるほうが管理しやすいものだよ」
 ごま塩あたまは腰に巻きつけた男性器を摩って、何でもないように言った。

「それに男はまだマシでね」
 ごま塩あたまがそういうと、静かにしていた女性看護師がスカートを落とした。黒いレースの下着があらわになる。弘樹はおもわず目を向けたが、その腰の部分にヌラヌラした赤いものが巻き付けてあるのに気づいた。

「男と違い女性は感度を保ったまま伸びていくから悲惨なんだ。なかには彼女のように望んでそうなる変わり者もいるがね」
 女性看護師は自分の腰に巻きついたものをうっとりと摩りあげている。吐き息に快楽があった。

「とにかく、この後ろ前症。尻尾が前から生えているように見えるからそう呼ばれているのだけれど、この症状さえ克服できればワクチンは完成なんだ。いまから作り直して同じ効能を得るのは時間的にも資金的にも難しい。だからその症状を抑える、別の薬を開発しているんだ」

 女性看護師の腰に巻き付けられていたものは意思があるようにスルスルとほどけると、蛇のようにうごいて鎌首を弘樹に向けた。いや、これは喩えではない。実際にその女性器の先端は蛇の口のようにぱっくりと開き、その中にあるゾロリと生えた牙を弘樹にむけた。

「後ろ前症を抑える新薬は女性器から男性器に直接注入する方式がとられている。覚悟したまえ」
 ごま塩あたまと女性看護師がニタリと笑った。

 蛇はシュッと伸びて、逃げようとした弘樹の男性器に牙を立てた。弘樹は悲鳴を上げた。蛇が新薬を注入するたびにのたうちまわった。刺激を受けて女性看護師が大きく嬌声をあげた。

「さぁ、治験の時間だ」
 ごま塩あたまが満足そうに笑った。
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