短編つまみ食い

おっくん

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ラストショット

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 股間が痛い。

 正確には睾丸が痛い。

 正直にいうと両金痛い。

 腫れてはいないが触ってみるとグツグツされたおでんの大根くらい熱をもっている。

 とても痛い。
 
 しかし、モノがモノだけに誰かに相談するのもはばかられ、寝れば治るといいきかせてひと月がたった。

「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!」

 開口一番、お医者さんに怒られた。

 せっかく勇気をだして隣町の泌尿器科を受診したのに、とすこし悲しくなった。

「これね、残念だけどね」

 お医者さんは僕の目をみると声のトーンをすこし落としていった。

「あと一回しか射精できないから」

 なんのことだか一瞬わからなかったが、言葉を何度か反芻はんすうするとやがて震えがきた。

 胃袋が底のほうから冷たくブルブルとしめあげられた。

「まだ若いのに。高校生だっけ? えっと、二年生か」

 カルテをペラリンとめくると痛そうな声で先生がいった。

「あと一回って…… あと一回なんですか! 僕、将来子供は三人欲しくて、一番上の子は女の子で、長男次男は年子で…… え、本当にあと一発なんですか!」

 派手に椅子が倒れて、おばちゃん看護婦さんが何事かと診察室をのぞいた。

 お医者さんは目をつむってゆっくりうなずくと

「最後の一回を大事にしなさい」

 といってカルテに『ラスト一発』と日本語でかいた。


 その夜、久しぶりに布団の中で泣いた。

 「――――――もっと早く受診すればよかった、なんで僕がこんな目にあうんだ。わりと真面目に生きてきたのに――――――っ!」

 やり場のない怒りは、部屋の明かりを消すと悲しみに変化して、涙が止まらなかった。
 
 精子の冷凍保存は可能だという。

 しかし、そのために必要な費用は自力では捻出できない。

 週二のバイト学生なのだ。さっさとこの事態を親に打ち明けるべきなのだろうが、後ろめたさが先にきてしまって、まだはなせないでいた。

「こうなったら、誰か犯してやろうか」

 目をつむっていると、突然そんな思いがわきあがってきた。

 病院のトイレにこもって、紙コップに最後の精子をデロリと出すぐらいなら、女性の中で全力で射精したい。

 だってもうどうしようもないくらいにラスト一発なのだ。

 子宮口に鈴口を押しつけて爽快なラストショットを決めたいじゃないか!

 不意に笑いがきた。

 我ながら凶暴な笑みを浮かべているだろうなとおもった。

 しかし、薄明かりの中、オーディオラックのガラス戸に映った顔は、せいぜい豚がくしゃみでもしたような表情だった。

 寝返りをうった。

「どうせなら美人がいい」

 僕はマシンガンガールズユニット・AK47のメンバーを一人ずつ脳裏で吟味していった。

 からちゃんはサッカー選手と熱愛中だし、やっぱりセンターの椎子しいこちゃんだろうか、いや、巨乳のニコちゃんも捨てがたい。Fカップを両手で弄びながら、彼女に腰を音がでるほど激しく叩きつけるのだ。なんどもなんども。

「そうだ、ニコちゃんがいい。オレの最後の一発はキミに決めた!」

 興奮のあまり、おもわず叫んでしまった。

「はやくねなさーい」

 階下から母親のたしなめる声がきこえた。

 母親を小声で罵倒しながら僕はいそいそと布団に潜りこんだ。

 臨月を迎え、乳首を真っ黒にしたボテ腹のニコちゃんを想像しながら、僕はいつか眠りに落ちていた。






 ※夢精しました。
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