短編つまみ食い

おっくん

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おっさん

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 古いロックのBGMが耳について顔をあげると、小さな男の子を連れた若いママさんが、食事を終え荷物をまとめているところだった。

 外をみるとどしゃ降りで、陽が落ちているかのように薄暗い。

 すでに飴色の灯りが、向かいの店先に丸く浮かんでいる。

 雨の日は地下道を使う人が多くて客入りが悪い。今日の売り上げは月間ワーストかもしれない。


「そのままで結構ですよ」

 わたしはそういいながら洗い物の手を止めると、スカートのポケットで手を拭いた。

 カウンターを出てママさんから食器がのったトレイを受け取ると、ちょうど男の子が店内を一周して帰ってきたところだった。
 
 走るのがたのしくてしかたがないというふうに肩で息をしている。

「子供ってなんで走りたがるんですかね」

「ほんと困っちゃう。いうこと聞かなくて」

 ママさんはそれでもホロホロと笑っている。

 男の子はあっというまに手を繋がれて、まるでソリを引くハスキー犬のようにびよんびよんしている。

 振り返るとレジに立つ新人バイトのおじさんと目があった。

 表情がない。求職中だという。

 親子ほど歳が離れているから距離感が掴めなくて、どうにも声をかけずらい。

 うちの店は学部は違えど同じ大学の仲間が多いから、普段はこんな通夜のような雰囲気にはならない。

 残念だけど今日はハズレだな。

 おじさんには悪いけど、遅番がくるまで食器でも磨いて時間を潰そうとおもった。

 ママさんが自動ドアの前で立ち止まっている。

 向かいの横断歩道が赤なのだ。男の子はもう我慢ならんという感じでウズウズしている。

 そうしているうちに男の子とおじさんの目があった。

 散歩中の犬同士のような睨み合いになった。ゴングがあればわたしは鳴らすべきなのだろうか?

 おじさんは無表情のまま指を顔の前に持ってくると、ゆっくりと赤信号を見た。男の子も緊張したまま、つられておじさんの視線を追いかけた。


 ぱちん。


 実際には音はしなかったけど、おじさんが指を鳴らす仕草をした瞬間、向かいの横断歩道がちょうど青になった。

 男の子は目を丸くして息を吸った。

 信号が青に変わった理由を報告しなければならない。

 そんな勢いでママさんの手を引いた。
 
 すかさずおじさんが口元に人差し指を立てた。

「――――――っ!」

 それを見て、目を丸くしたままの男の子は深くコクリと頷いた。


『おもしろいおっさんだな』

 ママさんに引きずられていく男の子を見送りながら、わたしはテーブルを拭きおわったらレジのメニュー表も拭きに行こうとおもった。

 もしかしたら退屈なバイトの時間が面白くなるかもしれない。
  
 BGMにつられて、つい鼻歌がでた。  
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