短編つまみ食い

おっくん

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お菓子な関係

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 部屋にたちこめる甘い香りで目を覚ますと、奈綾なあやはもうキッチンにたっていて、コトコトと音をたてる鍋を、まるで数学の問題でも解いているかのような表情で見つめていた。

 ベッドには彼女の体温は残っていなかった。時計を見るとまだ日が昇ったばかりだ。

 彼女の真剣な姿をみて、邪魔をしてはいけないとおもった僕は、スネークのように気配を殺すとヒタヒタと朝日の染みた部屋を進んだ。

 奈綾の薄い背中にゆるくまとめた髪が揺れている。彼女の白いうなじが誘うように見え隠れしていて、唇を押し当てたい衝動に駆られる。

「ピコン!」

「わぁびっくりした!」

 キッチンの入り口でジッと彼女のうしろ姿をみていた僕は、ついに我慢できなくなって声をかけた。そのまま流れるように背中に合体した。

「充電」

「やめい」

 奈綾は肩を振った。

 背中越しに鍋の中身をのぞきみると、茶色いチョコレートが煮たっている。ふちにはねたチョコレートが焦げていて、それが部屋にたまった香りの正体だった。

「おお、バレンタインだ」

「そうだよ、だから邪魔しないで」

 飼い犬にお預けを言い渡す飼い主のように彼女はいった。

 奈綾の背中は暖かかったけど、スリッパを履いてこなかったので、どうにも足の指がキンキンする。

「まだ寝てなよ、今日は午後からなんでしょ? 大学」

 スリッパを探していると、奈綾は僕の背中にそういった。

「奈綾も中間じゃないの?」

「違う、学年末テスト。まだだけど」

 僕と奈綾は声を放り投げようにいった。

「じゃあ家庭教師してややるよ」

 少し本気でそういうと、彼女はようやく僕のほうをみて、鍋をかき回す手を止めた。

「イヤ」

「なんで?」

「すぐエッチなことするもの」

「昨日もしたじゃん」

 僕がいじわるをいうと、彼女は猫のような薄い舌をベーと出した。

「好きな男でもいるの?」

「なにそれ、面倒くさい」

 僕が何をいわせようとしているのか察した奈綾は、怒ったようにそういった。笑っている。

「そうゆうことも必要なの。高校ってところはね。擬態っていうのかな?」

「そういうもんかね。興味ないけど」

「そういうもんだよ。そういうことをしないと仲間外れになるの。くーちゃんさぁ」

「なに?」

「高校でエッチしなかったでしょ? 女受けが悪いの、なんかわかる気がする」

 図星を突かれて反応に困っていると、奈綾が笑いをこらえて肩を揺らした。

「そういうノリの悪い男はさー モテないよ」

「ツバいれんなよ」

「もっとすごいものが入ってるよ」

「おいやめろよな」

「愛情だよ、なに入れる気なの」

 奈綾はダメージからまだ立ち直れていない僕をからかうようにいった。

「じゃあ僕もいれてやるよ。ラブチュウニュウ!」

 両手でハートマークを作り、失敗したドラえもんの物真似で鍋に近づいていくと

「やめて! 濁る!」

 奈綾は大笑いしながら、鍋を守るフリをした。
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