不自由と快楽の狭間で

Anthony-Blue

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9.答えのない感傷

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「いつも使ってるホテルってあるんですよね」

 あまり食事をした気になれるはずもなく、困惑の気持ちでファミレスを出たボクたちは行き先を決めあぐねていた時に咲恵がそう聞いてきた。

「ボクは、そんなに女性とホテルに行っているように見えます?」

「あっ、ごめんなさい。わたしはそういうところに行ったことがなくて、瑞樹さんの方が経験があるのかなと思ってしまって聞いてみたんです」

 咲恵は申し訳なさそうにうつむいた。

「わかりました。他の人には聞かれたくないお話なのでしょうから、バリアフリーのホテルを知ってますから、そこに行きましょう。それでいいですか?」

「はい」

 安心したように、咲恵は微笑んだ。アカネと行ったホテルに、また咲恵を連れて行くことに後ろめたさを感じたが、ボクの方も選択肢がたくさんあるわけではなくあのホテルに足を向けるしかなかった。途中、二人は会話をすることもなく、少し距離を取って進んだ。

「ここです」

 ボクは、咲恵にそう言うと先にエントランスに入り、この前と同じ部屋番号のタッチパネルを押した。二人でエレベーターに乗り目的の部屋に行く。部屋に入ると、こんな感じの部屋だったんだと改めて思う。前回は緊張していたこともあって、雰囲気が違って見えた。

「へぇ、こんな感じなんですね」

 咲恵は、珍しそうに部屋の中を見回している。

「普通のホテルとあんまり変わらないでしょ」

「そうですね。でも、わたしはあまりホテルとか泊まったことがないので、違いとかよくわからないです」

「そうなんですね。たぶん、そこに緑茶のティーバッグとかあるはずですから、入れてもらえますか」

「あ、はい」

 咲恵は、電気ポットでお湯を沸かし、お茶を入れてテーブルの上に二人分のコップを置いた。ボクはテーブルを挟んで向かい側のソファーに座るように促す。

「お茶、まだ熱いから気をつけてくださいね」

「ありがとう」

「じゃあ、いただきます」

 二人は、お茶に口を付けて「ふぅ」と小さなため息をついた。誰にも言ったことがない話を告白する側と、何を聞かされるかわからない側で緊張が少しだけ緩んだような空気が漂った。

「話を聞かせてくれますか」

「はい。もちろん、わたしがお願いしてここまで来てもらったのですから」

 咲恵は、もう一口お茶を飲んで意を決したように話し始めた。

「わたしには、障害を持った弟がいるんです」

「そうなんですね。今は一緒に住んでらっしゃるのですか」

「いえ、今は施設にいます。弟が産まれ障害があるって分かってから父と母は喧嘩ばかりしてて、父は弟が3歳の時に家を出て行きました。それから母は夜の仕事に出て、私たちを育ててくれました。弟は、ほとんど寝たきりで意思疎通も出来ない重度の障害者です。母は、昼の間は弟の身の回りの世話をして、わたしが学校から帰るとお化粧をして仕事に出て行きました」

「弟さんの食事とか、排泄の世話とかは咲恵さんもしてたの」

「はい。夕ご飯は母が作ってそれを食べさせてました。ほとんど流動食のような感じでしたけど、それをスプーンで一口ずつ食べさせてました。何年か前に、誤嚥性肺炎になってしまって今は施設で胃瘻にされてますけど」

「キミといくつ離れてるんだっけ」

「弟とは3つ違いです。わたしが小学校低学年から弟の面倒を見たましたね。トイレは紙オムツを使ってました。小さい頃は、お昼の間に母がお風呂に入れてたんですが、徐々に体が大きくなって濡れタオルで体を拭くだけが多くなってました。生活も苦して、その上に弟のことがありましたから、毎日が辛かったですね」

「役所とかに行って、いろいろ制度とか使わなかったの」

「母も意地になってたみたいなんですよね。父がいた時、弟に障害があったのは母のせいだと責めてました。父が出て行く時も、母がちゃんとわたしの手で育ててみせるって言ってたのを覚えています」

「そっかぁ」

「福祉担当の人が役所から来て、障害者手当みたいなものは申請してもらってたみたいなんですが、人的な助けは数年前まで受けてなかったですね。母も病気とかして、やっと弟を施設に入れることを承諾したんです」

「だから、今は施設に入所してるんだね」

「そうなんです。母は最後までいやがったんですけど、体のこともありまして。それで・・」

 咲恵は一旦言葉を切って、ボクを見つめ直して吐き出すように話を始めた。

「わたしが高校に入った頃、早めに学校から帰ってきた時、弟がいる部屋からうめき声が聞こえてドアの隙間から裸の弟が見えたんです。母が体を拭いているんだと思い声をかけようとしたら、母の裸の姿が弟の下半身の方に見えたんです」
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